2012年09月30日

●和文解釈入門 第499回

同じく「日本語と日本語論」に無理問答というのが載っている。それは、「一羽でもニワトリとは如何?」とか「日本の真ん中にあるのに尾張とは如何?」というもので、それに対する答えが、それぞれ「一羽でも千鳥というが如し」とか、「山があるのに山梨というが如し」というように、直接答えるのではなく、類例を挙げるのだが、自分の書いているロシア語の文法の説明についてもそういう嫌いがなきにしもあらずだなと感じた次第。

設問)「誰の下でトレーニングしていますか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:50 | Comments [2]

2012年09月29日

●和文解釈入門 第498回

「日本語と日本語論」(池上嘉彦、ちくま文芸文庫、2007年)の、特に「文法的範疇としての<数>」という章を非常に興味深く読んだ。現代の言語学の素人向けの解説書で、ドイツ語、英語、フランス語、日本語の文例で説明してある。go to schoolに冠詞がつかないのは、学校という建物を意味しているのではなくて、学校の機能を示しているからだというのは、英語の専門家なら常識なのかもしれないが、わたしのとっては初めて聞く話である。go to bed, go to churchも同じ考え方とのことである。単数・複数も、単にものが複数あるから複数をという場合だけではなく、話し手の主体的判断によって、機能だととらえれば抽象化されて冠詞がなくなり、具体的・個別的と意識されれば、抽象名詞でも複数になるという指摘は興味深い。ロシア語にもつながるものがあるように思える。
複数には、同質の個体が複数あるという意味での複数の他に、近似複数(мыのように、私 + だれか)、強意複数(量の多さや程度の高さを示す。ロシア語のснега〔大量の積雪〕, пески〔砂漠〕などもそうであろう)や回数を示すものもあると指摘している。回数に関してはロシア語でも同じ考え方をするようで、「ポテトサラダ8人前」は8 порций ольвьеとなるが、その他にвосемь раз ольвье、直訳すれば「ポテトサラダ8回」という言い方も街のレストランでは聞くことがあり、これは回数で複数を示していることになる。痛みболь、便秘・下痢などの抽象名詞の有無を尋ねるときに、複数にするのはこういう意識が働いているからかもしれない。Вы страдаете запорами (поносами)? (便秘〔下痢〕していますか?)

設問)「発作を止めるには何がいいですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:51 | Comments [3]

2012年09月28日

●和文解釈入門 第497回

(222) *「黙移」(相馬黒光自伝)、平凡社、1999年
 相馬黒光(1875~1955)は新宿中村屋の設立者で、盲目のロシアの詩人エロシェンコやインドの志士ボースを匿い、そのために長女を嫁にやったのでも有名である。大義親を滅すというが、大義娘を滅すか、娘の意向をあまり考えなかったようで、当時の開けた女性の限界でもあろう。ロシアチョコレートやロシアパン、月餅、印度式カレーを売り出した。しかし姪(母の妹の長女)が佐々城信子であり、国木田独歩と結婚し、結局厳しい監視に耐えられず家を出た、その内情について語っている方がより興味深い。独歩は信子を生きがいのように、いつまでも未練がましく思い、というよりはむしろ、彼の生きがいである小説の糧でもあったようでもある。森田草平が平塚らいてうと1908年心中未遂である塩原事件を起こした時も、初めから小説にするつもりいたのと同じと思われる。芸術のためなら何でも許されるとして、アイデアが出ないから現実に情死のまねごとしてみせたのだが、禅の悟りを得ている(見性者だった)らいてふとでは格も覚悟も違ったのは、喜劇ですらある。閑話休題、信子とのことは親友の花袋の「東京の三十年」にも述べられている通りである。信子の方はさっぱりしていて、当時の世間からはいろいろ指弾されたようだが、独歩よりよほどにさばさばしたまともな人柄のようで好感が持てる。

設問)「論理的にはそうなる」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:39 | Comments [2]

2012年09月27日

●和文解釈入門 第496回

(221) 「硬石五拾年譜上巻」、内田良平、日本人の自伝第11巻所載、平凡社、1982年
 烈士であり、柔道家であった内田良平(1874~1937)の日露戦争までの自伝。1892年東邦語学校にてロシア語を学ぶと同時に講道館に入門し、広瀬武夫と親しくなる。1897年ロシアの内情調査のため自発的に西シベリアを往復した。あまりロシア語はできなったらしい。ブラゴベシシェンスク、ストレーチェンスク(日本人経営の女郎屋が2軒あったという)、ネルチンスク、チタ、イルクーツク、モスクワ、ペテルブルグを往復した。ネルチンスクを過ぎたあたりで、御者の発するヨッポイマーチ(Fuck your mother.)という言葉に、別の馬車のロシア人が頭に来て、彼らの喧嘩に巻き込まれたが、得意の柔道で投げ飛ばして事なきを得たという。ロシア人や中国人との格闘の場面多いが、全部勝ったようである。モスクワでは林菫公使が「西郷や頭山の如き豪傑を好まず、大久保、福沢先生の如き人に私淑せり」との発言に、反論して大いに論じている。中村久弥のフィリピン独立用兵器代金横領事件など宮崎滔天の自伝「三十三年の夢」と併せて読むとなお面黒い。大宅壮一の「昭和怪物伝」(大宅壮一全集第13巻、蒼洋社、1981年)所載の児玉誉士夫について、児玉は終戦において天皇退位を主張し、天皇は神ではなく、国の中の一つの組織であり、制度であると述べたとあるが、そうであれば右翼といってもいろいろあって、浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢(「テロルの決算」、沢木耕太郎ノンフィクション第7巻所載)のような純粋というか観念右翼とは違うのだなという印象を得た。

設問)「回りで何が起きているのか、彼はすぐには分からなかった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:08 | Comments [3]

2012年09月26日

●和文解釈入門 第495回

前回の設問で質問が投稿者よりあり、その回答は他の方々にもご興味があるかと思い、ここに掲載する。
<質問>
「朝起きて無意識に電気をつける人がいます」の訳をしていて、朝起きるのも、電気をつけるのも、一般的、日常的な動作だから、と思って、
Есть люди, которые включают свет после того, как они встают утром.
としてしまいました。あとで日本語訳をみてみると、после того,как они встали
と完了体過去になっていたので、あぁ順序が伴ってくると日常的な行為で、過去じゃなくても完了形の過去を使うんだなぁと思ってみてたんですが、たとえば、「夜寝る前に、彼女はいつもミルクを飲む。」のような場合でも(перед сномのように名詞を使わずに従属節を使って表すと)Перед тем, как она легла спать, она всегда пьёт молоко.という感じでいいんでしょうか?
同じように順序を表して主に完了体と用いるперед темなどの場合もその従属節の中では完了体を使うんだろうな、と思ったんですが、書いてみて、「~する前に」という表現に過去を使うのがなんとなく違和感があるというかなんというか。でもそれ以外でどんな言い方があるんだろう?とこんがらがってきたので、質問させてもらいました。~したあと、~する前に・・・する、という場合、だいたい主節も従属節も完了体の場合が多い感じなので、辞書等で同じような例文を調べてもあまり載っていなくて。

<答>
これについては和文露訳入門9-2に書きましたが、不十分なような気がしますので、次のように説明を加えたいと思います。

 ロシア語には日本語同様、二つの動作を記述するときに先に終了する動作(未来の時制なら未来完了、過去の時制なら大過去とか過去完了)を示す形式がないために、未来の時制においては完了体未来形ないしは完了体過去形を、過去の時制においては完了体過去形を、二つの動作のうち、先に終了する動作に使われることがあります。不完了体は、主節と従属節に共に不完了体が使われていれば、下記の文のように同時性を示します。不完了体過去形というのは過去の時制でしか使えないということを頭に入れておいてください。つまり完了体の未来形も過去形も時制の転用に使う場合があるということです。

Когда мы возвращались домой, шёл дождь.(帰宅の時は雨が降っていた)
二つの不完了体が並立して用いられれば(並立複文ならば)、先の動詞が時間的に先行する反復の動作を示します。
Вечером прихожу домой и ужинаю плотно.(夕方帰宅して、夕食はたっぷり食べます)
ですから、並立複文にすれば、不完了体現在形を二つ続けることで問題ないと思います。
Есть люди, которые встают утром и бессознательно включают свет.

従属複文を用いる場合は、未来の時制では時間的に先に動作が終了するものには、完了体未来形が用いられ、動作が次々と行われる順次的用法の場合は、主節にも従属節にも完了体未来形が使われますが、先に終了する動作を強調する場合には、完了体過去形が用いられる場合もあります。また過去の時制では時間的に先に動作が終了するものには、完了体過去形が用いられ、後に動作が終了するものには、文脈によって不完了体過去形や完了体過去形が用いられます。主節と従属節に共に完了体過去形が用いられる場合は、動作が次々と行われる順次的用法であって、従属節の完了体過去形が時間的に先に動作を終えることになります。同じ体が続く並立複文では、先行する不完了体過去形、ないしは完了体過去形が時間的に先行した動作を示します。

Если вы встретитесь (встретились だと強調のニュアンスがある) с ним, то вы узнаете(完了体未来形で力点はаにある)об этом.(彼に会えば、そのことについて分かりますよ)
После того как больной принял лекарство, он почувствовал себя лучше.(病人は薬を飲んだ後で、気分がよくなった)
После того, как сработает будильник в другой комнате, вам придется встать и выключить его.(違う部屋で目覚ましが鳴ったら、起きて、止めざるを得ない)<例示的用法>
Когда хлор улетучится, я наливаю раствор в банку. (塩素が蒸発したら、溶液を瓶に〔いつも〕注ぎます)<主節は反復の動作を示し、従属節は例示的用法>
 перед тем (,) как + 不定形が一般的です。それゆえ、具体的な一回の動作には完了体を、反復の動作の時は不完了体不定形を使います。
Перед тем как отправиться в путь, он решил искупаться.(旅に出る前に入浴することにした)
Перед тем как ложиться спать, она всегда пьёт молоко.(寝る前には彼女はいつもミルクを飲む)
それ以外の例文は和文露訳入門9-2を参照下さい。和文露訳の改訂版が出ることになれば、上記の説明を書き加えたいと思います。

設問)「人ごみだと落ち着かないですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:40 | Comments [4]

2012年09月25日

●和文解釈入門 第494回

完了体と不完了体の用法の違いというのは、いろいろな面から考えることができる。和文露訳をするときに日本語の「~します」という非過去(現在・未来)において、完了体か不完了体かどちらか使うべきか迷ったら、和文の時制に徹底的にこだわってみよう。完了体は、厳密な意味での今現在の一点を動作で示すことができない。結果の現存が現在の時制で示すのは動作が終了した、その状態であって、動作ではない。Сейчас приду.(今参ります)の今は、和訳同様、未来を示すし、Я сейчас соседу встретила, рассказала мне массу интересного.(今、隣の人〔近所の人〕と会ったわ、彼女ったら面白い話をたくさんしてくれたの<完了体過去形が続くのは順次的用法、和文露訳入門2-2-3参照>)の今は過去である。このように、今と言っても、ロシア語でも日本語でも、今現在の一点でないこともある。不完了体現在形の予定の用法(和文露訳入門4-1-2参照)は、過程(進行形)の用法が起源だと思われるので、現在と未来の境界が曖昧であり、使われるとしても、直近の未来であることが多い。不完了体現在形は今現在の一点を含む動作のときに使うのが原則だが、そこから発展した予定の用法にも使えるということになる。伝達型の動詞(和文露訳入門3-1-4参照)で不完了体現在形が使われるのは、動作の始まるのが今この瞬間からで、発話の終了と共に動作に結果が現存することになる。例えば、Я открываю чрезвычайное заседание.(特別会議を開会します)では、открываюと言った瞬間から開会という動作が始まり、заседаниеと言ってこの文の発話が終了した段階で、特別会議の開会が宣言され、議事に移ることになる。このように訳そうとする日本語の動詞の時制を厳密に考える癖をつければ、動作が今この瞬間かどうか、それをチェックするだけで、少なくとも非過去については瞬間的に体の使い分けができることになる。

設問)「たった今の彼女とは何か違っていることに私は気づいた」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:34 | Comments [3]

2012年09月24日

●和文解釈入門 第493回

原求作先生が小説家としての第4作「皇女タラカーノワ」(鳥影社、2012年)を上梓された。タラカーノワについては、私も「ロシア奇聞」(東洋書店、ユーラシアブックレット No. 145)に詐欺師列伝の中で、どんな人物だったのか簡単に書いたので、非常に興味深く読んだ。エカチェリーナ2世の時代、プガチョーフはピョートル3世の子を僭称し、タラカーノワは、ヨーロッパを経巡って、エリザベータ・ペトローヴナ女帝の隠し子を名乗ったわけだが、謎の女である。小説家メーリニコフの資料では、そばかすがあったようだが、色は黒からず、白からず、目が大きい美人とあり、傾城の美女だったようである。何人も男が群がり、彼女の贅沢のおかげで破産した男も多数いたようである。このような女の魅力を、先生は、「(タラカーノワは)、生まれつき(右目が少し)斜視だった」とし、斜視が男を引き寄せる魔力の源だとしているのは、小説とは想像の産物とは言っても、単に美人であるだけでは、なぜ何人もの男が彼女の魅力から逃れられなかったのかが分からないわけなので、それに斜視を使ったというのは、すごいなと思う。斜視の女性は、程度の問題もあるが、見られる相手と焦点がずれるので、その相手とすれば、見られているような、そうでないような何か不思議な色気をおぼえるというのも聞いたことがあり、なかなか説得力のある設定である。ロシア史の裏面に興味のある向きは一読を!

設問)「その設備は生産中止となりました」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:39 | Comments [2]

2012年09月23日

●和文解釈入門 第492回

ガースФ. П. Гааз(1780~1853)はドイツ人(ドイツ名はHaas)で、眼科医としてロシアに招聘され、後ロシアに帰化した。1828年に設立されたモスクワ監獄委員会の委員、および監獄病院の院長、また自ら設立に関わった警察病院(行き倒れ用)の院長を死ぬまで勤め、囚人の待遇改善、モスクワにおける監獄病院や囚人の子弟のための学校設立のために奔走したヒューマニストである。彼の残した言葉として有名なのは、「絶対的な善をなすのに躊躇するなかれ!Спешите делать добро!〔「善は急げ」という意味ではない〕であり、この場合の善は第22回本文に書いたように、相対的な善ではなく、絶対的な意味での善である。彼がどんな人間であったかを示すエピソードがあるのでそれを紹介したい。囚人のためにするといっても、ロシアの役所は当時も官僚主義的な事なかれ主義であった。ガースはドイツ人特有の合理性と根気強さを兼ね合わせたような人だった。死ぬまでに囚人の待遇改善のために142の提案書を書き、その実現を監獄委員会、上司で彼の活動に理解のあったゴリーツィンГолицын Д.В. モスクワ知事、必要とあれば皇帝ニコライ1世に直訴したりした。1840年代かと思わるが、あるとき監獄委員会の委員長だった有名なフィラレートФиларет府主教とガースが囚人の件で衝突した。フィラレートはしつこいガースの無実の囚人たちに対する陳情に飽き飽きして、
「ガースさんはいつも無実の囚人の話ばかりなさいますが、無実の囚人というのはいないのですよ。もし人が罰を受けるとしたら、すなわち、それはその人に罪があるからです」
 短気で、かっとなりやすいタイプのガースは、イスからがばっと立ちあがって、
「睨下、キリストの事をお忘れです」
 一瞬、みな凍りついたが、フィラレートも並の人ではなかったので、
「いや、ガースさん、私が早まったことを申し上げたときに、キリストの事を私が忘れたわけではないのです。キリストが私の事をお忘れになったのですよ」
 こう言って、皆に祝福の言葉を述べ、部屋を出たと言う。

設問)「それがご指摘されなかった唯一の点です」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:14 | Comments [2]

2012年09月22日

●ロシア奇譚

電子書籍第6弾として「ロシア奇譚」(DL-MARKET、定価700円)を上梓した。これは2009年東洋書店のユーラシアブックレットNo. 145「ロシア異聞」の続編で、ヴォール・ヴ・ザコーニェ вор в законеの略史、ラスプーチン、その他のあまり日本では知られていない、9世紀からのロシアとソ連時代の女傑、変人、奇人、鬼才について紹介した本である。モスクワの心霊スポットについても書いたので、その方面にご興味のある方がいらっしゃるかもしれない。ご参考までに、目次を挙げておく。
目 次

第1章 ロシア犯罪小史(ロシア極道のエリート -ヴォール・ヴ・ザコーニェ -)
第2章 怪僧ラスプーチンの亡霊
第3章 ロシア女傑・列女伝
3-1 大公妃オーリガ、3-2 女傑マールファ、3-3 公女フェオドーシヤ・モローゾヴァ、3-4 皇女ソフィア、3-5 ブラヴァーツカヤ、3-6 コロンターイ、3-7 リーリヤ・ブリーク
第4章 ロシア奇人変人怪人伝
4-1 偽シューイスキー、4-2 ミュンヒハウゼン、4-3 ボーブリンスキー伯爵、4-4 フヴォストーフ中尉とダヴィドフ少尉の友情、4-5 詩人バラトゥインスキー、4-6 アメリカ帰りのトルストーイ、4-7 マトヴェイ・ドミートリエフ=マモーノフ、4-8 ランズベルグ、4-9バラーノフ、4-10 画家パオロ・トゥルベツコーイ、4-11 ニコライ2世と皇后アレクサンドラ・フョードロヴナ、4-12 チベット医術とバドマーエフ、4-13 タニェーエフ、4-14. ブリュームキン、4-15 もう一人のマキシーム、4-16 ジノーヴィー・スヴェルドローフ、4-17 イスカンデール閣下
第5章 ロシア奇譚
5-1 教義問答、5-2 十六世紀ロシア皇帝の宴席で、5-3 もう一人のイワンの死、5-4 十六~十七世紀ロシアの美の理想、5-5 猛妻、5-6 十八世紀ロシア貴族の身だしなみ、5-7 マリー・アントワネットの首飾り、5-8 マルタ騎士団と土の城、5-9 アレクサンドル1世と愛人、5-10 カメハメハ、5-11 皇帝と食べ物の好み他、5-12 二重姓、5-13 日本とエルドラド、5-14 モスクワ放浪家族、5-15 ロシア最初の保険金殺人、5-16 ベッサラビアのロビンフッド、5-17 スターリンに一杯食わせたすごい奴、5-18 閉鎖都市、5-19 核の平和利用、5-20 ロマーノフとエルミターシュの食器、5-21 モスクワの心霊スポット

Posted by SATOH at 06:41 | Comments [0]

●和文解釈入門 第491回

(220) 「三十三年の夢」、宮崎滔天、宮崎竜介・衛藤瀋吉校注、東洋文庫、平凡社、1967年
 1902年初出。宮崎滔天(1869~1922)は大陸浪人革命家で、金玉均、犬養毅、康有為などを知己とし、特に中国の哥老会、三合会、興中緒会の合同を実現させたのは大きな功績と考える。孫文の辛亥革命を助けた。孫文も含め中国人とは下手な英語と筆談で会話したというが、何とか通じたらしい。漢字のありがたさよ。書生であり志士として大陸に雄飛し、多分当時の青少年の理想を実現した人物である。実に人とよく飲んだ。女性にとっても男性にとっても何か愛嬌のある人物で、何かしてあげたいと思わせる親分というよりは万年青年のような大人物だが、器も違うし、自分がこのような人生を送りたいと思はない。原文は概嘆調だが、読みにくくはない。

設問)「それが存在するという形跡(その存在を示唆するもの)は何かありますか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:39 | Comments [2]

2012年09月21日

●和文解釈入門 第490回

露文解釈学習用の文例を見ると、ロシア文学や時事ロシア語であれ、語彙の説明や、よくて慣用句や諺の説明に終始したものばかりである。これらの例文を和文露訳用に使おうと思っても、体の用法や単数・複数の使い分けについては何も書かかれていないので、まったく同じ和訳の文を露訳するというような、ほとんど考えられないような偶然の時しか使えないという事になる。露文解釈用の文例は、まさに露文解釈用であって、和文露訳(会話で使うロシア語)への応用については、全く考慮されていないのが実情である。

 そこで、今回電子書籍として出版した、「女性のための技術ロシア語」における<技術ロシア語トピックス>や和露技術語彙集1000、および「観光ロシア語」の中の構文、会話集、和露観光語彙集471において、新機軸として、体の使い分けが分かりにくいと思われる部分に、和文露訳入門の参照小見出し番号を付けた。体の用法について詳しい説明を知りたい向きには、「和文露訳入門」の当該番号を見れば、より詳しい説明が分かるように工夫した。「和文露訳入門」と連携させたわけである。例を挙げると、

ショート(短絡)
короткое замыкание

Не замыкало кабель под водой? 水中でケーブルがショートしなかったか?
(ショートは短絡という意味であり、上の文は無人称文で、動作の有無の確認をしているので、不完了体過去形が来ている。詳しくは和文露訳入門2-1-1参照)

A: Проходите, господин Сато, Президент ожидает вас.
B: Добрый день, господин Сато. Рад вас видеть в Москве.
C: Здравствуйте, господин Петров. Знакомьтесь, господин Икэда, наш коммерческий директор.
B: Мы знакомы.

A: 奥へどうぞ、佐藤さん。社長がお待ちです。
B: こんにちは、佐藤さん。モスクワでお会いできてうれしく思います。
C: こんにちは、ペトローフさん。ご紹介しましょう。当社の営業部長池田です。
B: 前にお会いしましたよ。(顔なじみです)
<Здравствуйте はいつでも(真夜中でも)使える便利な挨拶言葉。знакомьтесьは直訳すれば、「お知り合いになってください」で、その場の雰囲気で、こう言葉をかけるのが自然だから、着手の意味の不完了体命令形が来ている。познакомьтесьと完了体命令形でもよいが、その場合は、新規の動作(そういえば、と思い出したような感じ)のニュアンスになる。和文露訳入門5-1-1および5-2-1参照>

設問)比喩的な意味で「彼らは表に(表面に)出たがらない」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:12 | Comments [2]

2012年09月20日

●和文解釈入門 第489回

(219) 「妾の半生涯」(わらわのはんせいがい)、福田英子、岩波文庫、1958年
 女性解放運動の先駆者となった福田英子(1865~1927)、旧姓景山英子は、備前岡山の藩士の娘として生まれ、19歳のとき1885年自由党大阪事件(朝鮮で親日政権の樹立を目指すべくクーデターを策したが長崎で逮捕)で逮捕された。本書は文語調だが、達意の文であり、まじめな人柄が窺われる。本書で胸を打つのは福田が逮捕される前、同志と決行を準備していたときに、子を背負った女乞食が屑拾いをしていたときに、屑を拾うたびに腰が曲がり、子供が痛がって泣く。それでかわいそうに思った福田は当時大金の50銭を子供にと授け、後にその女乞食と鑑別所で再会を果たす場面である。子供は流行病で死に、亭主にも先立たれ、食うに困って洗濯ものを盗んで監獄行きとなったのだが、そのときもらった50銭で、一時は子供にもお菓子を買ってやれ、亭主も喜んだという話である。その女乞食は福田のそばにいるためにシャバでもっと悪いことをしてまた入牢すると言うのをいさめている。今までで人からよくしてもらったことがなかったからだろう。福田は生理の始まりが22歳で、今と違うといっても、当時ですら15歳だったから、大変遅かった(この点は平塚らいてうと似ている)ということも隠しだてもせず書いている。大阪事件で事を計った時に、閑があれば男の同志は(女性は彼女一人だった)妓楼に行って散財するのを非常に不快に思っていたが、とがめ立てはしなかったようだ。大阪事件に義士はおらず、ただ烈婦一人あるのみということがよく分かる。後に同志の大井憲太郎の内縁の妻になるが、大井には結婚しようというような気持もなかったので、結局別れ、後に福田友作という好伴侶に恵まれた。

設問)「発言は遠慮させていただきます」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:29 | Comments [1]

2012年09月18日

●電子書籍第5弾 観光ロシア語

このたび電子書籍第5弾として「観光ロシア語」(EL-MARKET、900円)を上梓した。ロシア語の観光ガイド志望の方や、ビジネスやそれ以外で、ロシア人に観光案内したい人向けの参考書である。観光案内でよく使う言い回し、会話集、和露の語彙集721で、実際の観光案内に則した工夫をしてある。ご参考のために、会話のサンプルと目次を下記に挙げる。場面ごとの会話集としては、「そのまま使える!ロシア語会話表現集」(東洋書店)を書いたが、暗記しやすいように、1行ずつの問答の形にしたので、実際の会話とは違う。文と文の間の接続詞、「それから」、「そこで」というような語句は短文では学べない。またこのコーナーの設問も短文形式で、接続詞が学べないという欠点がある。そこで、実際の会話に近いもの、いくつかの会話のまとまりといったものを実戦会話集として「観光ロシア語」で挙げてみた。このコーナーでは力点は見えないが、下線は力点で表示している。

 本書における構文、会話集、和露観光語彙集471において、新機軸として、体の使い分けが分かりにくいと思われる部分に、和文露訳入門の参照小見出し番号を付けた。詳しい説明を知りたい向きには、「和文露訳入門」の当該番号を見れば、より詳しい説明が分かるように工夫した。例を挙げると、

A: Проходите, господин Сато, Президент ожидает вас.
B: Добрый день, господин Сато. Рад вас видеть в Москве.
C: Здравствуйте, господин Петров. Знакомьтесь, господин Икэда, наш коммерческий директор.
B: Мы знакомы.

A: 奥へどうぞ、佐藤さん。社長がお待ちです。
B: こんにちは、佐藤さん。モスクワでお会いできてうれしく思います。
C: こんにちは、ペトローフさん。ご紹介しましょう。当社の営業部長池田です。
B: 前にお会いしましたよ。(顔なじみです)
<Здравствуйте はいつでも(真夜中でも)使える便利な挨拶言葉。знакомьтесьは直訳すれば、「お知り合いになってください」で、その場の雰囲気で、こう言葉をかけるのが自然だから、着手の意味の不完了体命令形が来ている。познакомьтесьと完了体命令形でもよいが、その場合は、新規の動作(そういえば、と思い出したような感じ)のニュアンスになる。和文露訳入門5-1-1および5-2-1参照>

買い物

A: Доброе утро. Что я могу вам предложить (Что вам угодно)?
B: Покажите мне кимоно.
A: Как вы находите это.
B: Кажется мало.
A: Какой у вас размер.
B: Я не знаю.
A: Тогда попробуйте примерить это. Вам, наверное, подойдёт к эмке.
B: Тоже немного мало.
A: Я думаю эту подойдёт.
B: Действительно, это как раз. Сколоко оно стоит?
A: Пять тысяч иен.
B: Это дорого. Нельзя ли немного подешевле?
A: К сожалению нет. Уверяю вас, куда бы вы ни пошли в Токио, дешевле не купите.

A: おはようございます。いらっしゃいませ。
B: 着物を見せて下さい。
A: これなどはどうでしょう?
B: 小さすぎるようです。
A: サイズはどのくらいですか?
B: さあ。
A: それではこれを着て見て下さい。多分Mで大丈夫だと思います。
B: これもちょっと小さいですね。
A: これならぴったりだと思いますが。
B: 本当にぴったりです。おいくらですか?
A: 5000円です。
B: 高いですね。少しは安くなりませんか?
A: あいにくですが。東京のどこに行ってもこれ以上間違いなく安くはなりませんよ。
(малыйの中性短語尾の力点はмалоでもмалоでもよいが、「小さすぎる」という意味ではмалоとなることに注意。эмкаはMサイズで、Sサイズはэска、Lサイズはэлка)

和露観光ロシア語721のサンプル
麺の食べ方
способ поедания лапши

Подхватывая лапшу палочками, её окунают в соус и затем с большими шумом втягивают в рот. 麺を箸でつまみ、たれに浸し、その後大きな音を立てて口の中にすすりこむ。

観光ロシア語が手持ちのロシア語関係の参考書としては最後であり、今週中にロシア奇譚というロシア史関連の本を出して終わりという感じである。

Posted by SATOH at 20:18 | Comments [0]

●和文解釈入門 第488回

(218) 「明治のジャポンスコ」、ヨセフ・コジェンスキー、鈴木文彦訳、サイマル出版会、1984年
 1894年に訪日したボヘミア教育総監でチェコ人コジェンスキー(1847~1938)の日本紀行。植物や昆虫に詳しく、写真が豊富で、非常に上質なガイドブックである。当時公認ガイド協会開誘社いうのがあったが、ほとんどは英語のガイドで、ドイツ語のガイドは一人(井口さん)、フランス語のガイドは数人だったという。ベニバナから作る棒口紅とか鉄漿など、まだ幕末と変わらない日本の様子がよくわかる。神奈川から品川に行く汽車(2等)で、若い婦人が、「誰もが手鏡を持っていて、まず髪を直し、それから口紅を直し、頬に粉おしろいをつける」とあるのは、今の日本と変わらない。

設問)「吐くと楽になりますか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 20:07 | Comments [2]

●和文解釈入門 第487回

日暮硯(ひぐらしすずり)」、笠谷和比古校注、岩波文庫、1988
 恩田木工(おんだ・もく、1717~1762)の事績を紹介した説話。木工、忌み名は民親、信州松代藩真田家10万石の家老で、名君の6代真田幸弘に仕え、藩の財政立て直しに貢献した。自らを律し、無理をせず、敵を作らず、命がけで藩の財政改革(宝暦の改革)を行ったことがよく分かる。日本的な根回しである対話と合意による決定を目指した。そのため他の改革とは異なり、平穏なうちに改革が推移したのは褒められるに足る。「嘘は言わず、食事は飯と汁のみ、木綿着物を着る」を自分に課し、その覚悟のために、妻には離縁、子は勘当、親戚は義絶を申し渡したが、家族、親戚、奉公人もこれを守るということで、思いとどまったという。まず身内からというのは説得力のあるやり方である。年貢の無理な取り立てを止める代わりに、賄賂を禁止し、年貢を1カ月ごととし、収入を確保したのは、まるで魔法のようである。一命をなげうつ覚悟でないとできることではない。そういう人を抜擢した幸弘もまた名君である。説話であるために、宝暦の改革が本書に書かれている通りに推移したわけではないと校注にある。

設問)「その専門家の病気の期間が60日以上となる場合には、その専門家を交代させる措置を取ります」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:38 | Comments [2]

2012年09月17日

●和文解釈入門 第486回

(216) 「ドイツ宣教師の見た明治社会」、C・ムンチンガー、生熊文訳、新人物往来社、1987年
 1890年より5年間日本に滞在したプロテスタントの宣教師ムンチンガー(1864~1937年)の日本人論。日本人には独創力がない、日本人が好きなのは現実のこととか具体的な事柄で観念的なことには弱いなど是非こもごものところもある。日本語に堪能な人だったゆえ、日本語は受動態を避ける、日本語には未来形がなく、未来は不確定を表す形で表現する、それは現在と過去は経験から言って現実を含むからだ、いったい何が問題になっているか最後の言葉(多くは動詞)まで分からないが、文は最後の単語まで聞き手の注意を引き付けるとか今から見てもなるほどと思う知見が多い。日本語とドイツ語の違いについても具体的に説いているが、当時の日本語と現在のでは、よほど現代の日本語がドイツ語に近づいているような気がする。

(217) 「薩摩国滞在記」、H.B. シュワルツ、島津久大・長岡祥三訳、新人物往来社、1984年
 1893年から1915年まで米国メソジスト監督教会の宣教師として弘前、長崎、鹿児島に在住した。本書は薩摩国滞在記と題しているが、内容は薩摩、琉球、長崎、秋田、長崎に分かれていて、手際良くその地方の特徴が簡潔な文章で描写されている。特に薩摩については薩摩人は行動の人で、思考の人ではないとか、日本の他の地方の人が知りえないことまでもよく書いているし、薩摩以外でも宿屋の茶代は料金の1/3ぐらいで、使用人のチップではなく、宿の主人の心付けであり、茶代の領収書が出されるというのは知らなかった。

設問)「この行き(思い)違いは荷受人のせいで生じた」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:13 | Comments [2]

2012年09月16日

●和文解釈入門 第485回

前回のАякаさんへの回答で思い出したが、「~への手紙」というときは、письмо + 与格である。「お手紙ですよ」なら、Вам письмо.となる。詩人のエセーニンЕсенинには、Письмо матери(内容から見る限り「母への手紙」)とПисьмо от материという二つの詩があるが、Письмо материだと、материが生格なのか与格なのかによって意味が変わる。生格なら主体生格という意味上の主語で、手紙を書いたのは母となり「母の手紙(母の書いた、あるいは母の所有している手紙」、与格なら「母への手紙」(客体生格)になる。エセーニンの詩には他にПисьмо к сестре(姉・妹への手紙)、Письмо к женщине(女性への手紙)があり、このような誤解を防ぐため、特別に、кを用いる場合もある。ネットでエセーニンの詩をПисьмо к материとしているものがあるが、エセーニン全集(6巻、Художественная литература、1977年)の第1巻を見る限り明白な誤りである。意味を分かりやすくするよう変えたというよりは、内容から判断しての勘違いであろう。Письмо от матери(母からの手紙)も誤解の余地はない。このように意味を明確化するという前置詞の使い方もある。

設問)「代理店は自費で販促(販売促進)キャンペーンを行う」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:31 | Comments [1]

2012年09月15日

●和文解釈入門 第484回

和文解釈露訳入門の設問とその回答は認知学習法を基に構成しているつもりである。認知学習法はチョムスキーの変形生成文法と認知心理学を理論的背景にしており、文法の説明を先行させ、人間の認知能力を利用して、その言語の規則を理解してから、文型練習などをした方が効率的だとしている。常に日本語とロシア語を比較し、その差を頭に置くようにさせる。なぜ60年代に流行った認知学習法というやや古い型の勉強法を採用したかというと、ロシア語をまったくの独習から始めて続く人は稀であり、普通は初級の段階で学校やラジオ講座などの授業を受ける。しかし、その後、もっと上のレベルに到達しようと思えば、独学せざるを得ない。ぴったりと自分に合う、レディーメードの講座というのがないからであるし、個々人に完全に合わせた講座というのは今後も出現することはないだろう。和文解釈入門のような双方向的でないものでは、認知学習法以外は不可能だという事がある。

 そうなると、自学自習をどうやって手助けをして、上のレベルに上がる手伝いをするかであるが、皆一様に同じところが不得手という事はあり得ない。そのため自分が損の時点で不得手だと気付くような設問を設定する必要がある。そのために、技術、日常会話、医療、政治、経済、スポーツなどあらゆる分野から出題することと、自分の経験から、母語者のロシア語と日本人の使うロシア語の、大きな違いである体の用法に目を付けたわけである。体の使い分けも時制や法によって現れ方の強弱があり、得意不得意の出やすいところでもある。体の用法と言っても、実際に和文露訳するときには、個人によって会得しやすいものとそうでないものがあり、それを設問によって自分の弱点がどこにあるかを理解してもらうということにある。外国人にとって体の使い分けが一番難しいことは、どのロシア人の先生方も等しく認めるところである。このコーナの狙いがうまく機能しているかどうかは、分からないし、今後も分かることはないだろうが、500回近く続いているのだから、少しは役に立っているのかもしれない。私もタダでやっているわけではなく、見返りに、自分の体の用法を含めたロシア語文法について深く考えさせられるところがあり、得たところも多い。人のプライバシーには興味はないが、ロシア語、特に和文露訳に興味のある人が、どのように和文露訳を究めようとしているのかには大いに興味があるところである。得られた成果が和文露訳入門であり、投稿者の回答やフィードバックなくしては、つまり自分一人では検証できず、今の形で書き上げることはできなかったし、できたとしても何の役にも立たない代物になったろう。このコーナーは少なくとも始めた以上の価値は、少なくとも自分にはあったわけで、それはそれでまことに有難い限りである。

設問)入札などで「わが社の勝ち目はどうですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:31 | Comments [4]

2012年09月14日

●和文解釈入門 第483回

能動形動詞現在は名詞としても用いられるものが多い。присутствующиеは御来場の皆様ということだが、要は出席者(今そこにいる人)という意味である。верующиеも信者という意味であり、この他に、учащиеся(学生生徒)、служащий(事務員)などがある。3-1-1-4で挙げた(建設中の都市で)в строящемся городеもそうである。
語義の「現在~している、~しつつある」という過程の用法から派生して、名詞化しても近接未来(すぐ近くの未来)を示すことがある。брачующиесяとновобрачныеの違いは、брачующиесяは、結婚式場でこれから式を挙げるカップルを指し、новобрачныеは結婚式を終えた、つまり披露宴以降のカップルを指す。разводящиесяも、これから離婚をしようとしているカップルを指す。

設問)「彼病気だって聞いたわ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:56 | Comments [3]

2012年09月13日

●和文解釈入門 第482回

(213) 「ドイツ歴史学者の天皇国家観」、ルートヴィッヒ・リース、原潔・永岡敦訳、新人物往来社、1988年
 ルートヴィッヒ・リース(1861~1928)はユダヤ系ドイツ人で、1887年来日、日本人を妻に迎え、1902年まで東大史学科で歴史学を講じた。ドイツのランケの孫弟子であり、すべて確実な史料に基づいてのみ歴史を叙述するという考え方であり、価値観を持って歴史の各時代を考察してはならないということでもある。本書は日本滞在中の出来事についての印象を述べたものである。日露戦争直前ニコライ堂が建設されたときに、皇居の小尖塔よりも高いのが日本人の反感を買ったとか、正教に改宗した日本人は精神的にはツァーの手下だという流言があったことが分かる。英国詩人エドウィン・アーノルド(1832~1904、「アジアの光」)曰く「日本人は普通の人間的特徴よりはむしろ、鳥や蝶のような特徴を持っている。彼らは人生というものを決して真剣に受け止めようとはしないし、そのような能力もない」ということに強く反論しているのも頼もしい。

(214) 「ウェストンの明治見聞記」、W・ウェストン、長岡祥三訳、新人物往来社、1987年
 日本登山界の恩人ウェストン師(1861~1940)の手記。ウェストンは英国聖公会宣教師で1888~1895年、1902~1905年、1911~1915年の3度訪日した。熊本、神戸に在住し、日本アルプスなど登山した。本書は日本の農村も踏まえた上での日本論であり、「日本人は自然に対する愛着の強い民族である」とか、「日本の農村では婦人が非常に重要な役割を果たしており、主婦が一家の財布を握り、実際に家庭を支配することが多い」とか、混浴についても、日本らしい日本では、裸体を見てもよいが、見つめてはいけないとあるなど卓見が多い。寺田寅彦随筆集(5巻、岩波文庫、1946年)の第1巻で寺田寅彦(1878~1935)がモンブランでそのあたりに当時住んでいた、見ず知らずのウェストンから声をかけられ、自分は日本に住んだことがあり、随分登山もしたと話したとある。奇縁であろう。

設問)「この日付を契約調印日と見なすこと(べきである)」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:33 | Comments [1]

2012年09月12日

●和文解釈入門 第481回

「こ」、「そ」、「あ」系を指示語という。文章における文脈指示には「あ」系は用いられず、直前の文に出てきたものを後続の文で言い換えて指示する場合、「この」は使えるが、「その」は使えないと研究社日本語教育事典(近藤安月子 + 小森和子編、2012年)にある。例として、「私は、水族館に行くといつもエンゼルフィッシュを見る。この(*その)魚は色彩が鮮やかで、見ていて飽きない」が挙げられている。我々は中学校から英語を習い始め、定冠詞のtheが名詞についていれば、所構わず「その」と訳を入れる習慣がついてしまった。そのせいかどうか知らないが、例文で「その」でだめだという感覚が分からなくなってしまった。若い人はどう感じるのだろう?

 露文和訳のときに、ロシア語は冠詞がないから、気軽に「その」は使えないことが分かる。上の例文をロシア語にすれば、エンゼルフィッシュскалярия (-и) を受けるのは、рыбаかона (они) だろうから、「その魚」ではまずいことになる。「この魚」にしなければ、日本語とおかしいということになるのだろう。それにしてもプロの翻訳者がここまで気を使って露文和訳しているのだろうか?日本人だから日本語ができるというのは、案外、大きな落とし穴かもしれない。

設問)「傷は命にかかわるものではなかった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:57 | Comments [2]

2012年09月11日

●和文解釈入門 第480回

優秀な通訳というのは、語彙が豊富であるというのが前提だが、プロの通訳と言っても二つに分かれる。一つは、会社専属というか、その会社の、もっと言うと、その部署の関連の仕事の通訳しかしなくてもよい通訳である。こういう通訳は日常関係の政治経済一般はもとより、専門分野は狭いが、内容は細かく深い。外交官の通訳や、大手商社で営業兼通訳もする人がこういうタイプである。もう一つは小さい商社や、いわゆるプロの通訳で何でもこなさなければならないから、技術の基本的な語彙、医療、政治経済、スポーツなど広く浅く覚えており、いくつか得意分野(鉄鋼・機械などの)を持っている必要がある。語彙は広く深く覚えておくにこしたことはないが、あらゆる分野というのは実際的に不可能である。そこで、基礎的語彙をまず覚えることになる。政治経済なら、時事関係も含めて新聞で頻出する語彙であり分かりやすいが、技術的な語彙というのは、経験しないと分かりにくい。そのため悪循環というか、基礎的な語彙が分からないために、技術通訳に踏み出せないという人も、特に女性には多いだろうと思う。

 技術通訳というのは分野も多様であるとはいえ、通訳の分野で中心となるのは、機械、鉄鋼、化学であり、その基本的な語彙を知っていれば、その上に、依頼される通訳の具体的な分野の語彙を押さえておけばよいというのが、私の持論であり、これは40年にわたる技術通訳の経験から言える。その基本的な語彙というのは、私の経験から言えば、千ぐらいだが、これとて全部丸暗記していなくてもよい。私だって時々はうっかり忘れることも多いから、そういうときには、「女性のための技術ロシア語」のもとになったものを見るようにしている。

設問)「彼はもうずいぶん前から車を持っている」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:36 | Comments [1]

2012年09月10日

●和文解釈入門 第479回

ロシア人から日本の葬式についてよく質問を受けるのだが、日本では火葬が一般的であるというような話をする。それに関連して、ロシアはキリスト教だから土葬かと、何となく思っていたが、よく考えてみると、社会主義革命のあった国でもあり、どんなものか調べてみた。火葬が公式に認められたのは1918年12月7日の政令によってである。戦争で死者が増え、墓地の土地が不足したのと、衛生上の関係からと思われる。モスクワではドンスコーイ修道院の近くのセラフィーム・サローフスキーおよびアンナ・カーシンスカヤ教会において火葬場крематорийができた。火葬場には遺骨安置所колумбарийがあり、その壁に火葬後の遺骨が葬られた。この時代、モスクワで亡くなったアメリカのジャーナリスト、ワルター・ヴィッフェンはモスクワ上空に散骨するよう遺言した。ヴァガニコーフスキー墓地(ヴィソーツキーが葬られている)の上空を飛行機が何度か旋回し、モスクワ市内における唯一の散骨が実現したことになる。粛清されて銃殺された人は火葬され無縁墓地に葬られた。ソ連時代は火葬と土葬が並行して行われた時代だったと言える。

設問)「宮殿の木の内装はすべてオーク(樫)だった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:24 | Comments [3]

2012年09月09日

●和文解釈入門 第478回

「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ」というのは、周防正行監督の映画「それでもボクはやってない」の冒頭のスクリーンに浮かび上がる言葉らしい。らしいというのはこの映画を見ていないからだ。このロシア語はЛучше десять виновных освободить, нежели одного невинного наказать. となるが、残念ながらこれは私の訳ではない。ピョートル大帝が1716年陸軍操典第5章第9項 (в п.9 гл. Ⅴ Устава воинского) で最初に述べた。ところが、ロシアではこの言葉を初めて言ったのはエカチェリーナ2世であるという風説が流れていたという。そう革命前の名判事であるコーニは著書に書いている。ピョートルは白黒はっきりすさせるのが好きだから、こう述べたとしても、ヒューマニストの立場からではないのは言うまでもない。多分、文字通りであろう。ピョートルは自分の息子も拷問したぐらいだから、建前としてそれは当然と思っただけで、この操典が発布されてから、彼の部下が冤罪が出るのを恐れて、牢屋の囚人を釈放したという話は聞かない。昔も今も、建前ならその通りで、冤罪は出すべきではないし、罪をおかした者には罪を償わせるという現実的方策を行うしかないのである。エカチェリーナの場合は、ヒューマニストとしての建前と立場からという、より政治的な啓蒙君主としての立場上の配慮が感じられる。死刑の廃止をしたのは彼女の前の前の、ピョートル大帝の娘エリザヴェータ・ペトローヴナ女帝だからだ。義母だった彼女に対しても、あからさまではないにしろ、チクチクと真綿で首を絞めるような書き方をしており、エカチェリーナは含むところがあったように思われる。嫁姑の問題というよりは、義母の存命中は何も言えない立場だったからだったのだろう。

 死刑を廃止(後に復活)したと言っても、カモフラージュした死刑замаскированная смертная казньというのがあり、ムチ打ちの刑だって、列間笞刑шпицрутеныでは2列に向き合って、柳のしなった棒をもった兵士の間を通って、その棒で打たれるのだが500回でほぼ死ぬという。打つの手加減する兵士は、その場で同じ刑に処されるから手加減はあり得ない。これを千回とか一万ニ千回ムチ打つという判決自体が、カモフラージュした死刑であるとコーニは述べている。

設問)「次の項目はピストンです」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:31 | Comments [4]

2012年09月07日

●電子書籍化の理由

電子書籍を4冊上梓して、近く第5弾「観光ロシア語」(これがロシア語関係で最後の手持ち原稿)を出版予定である。7月29日の発売から9月6日現在で34冊売れた。目標は25冊なのでよしとしたい。この25冊 = 10人(常連の投稿者5人くらい? + 常連の閲覧者5人くらい?) x 5点(電子書籍発売予定数)x 1/2(義理で買ってもらう必要はないが、本当に必要だと思う人が半分くらい購入してくれると考えて)であり、これでも分かるように、このコーナー「和文解釈入門」をよく見てくれる人に、教科書というか参考書を配布したいと考えたのが、電子書籍を出版しようとした三つの理由の第一の動機である。紙の書籍で出版しないのは、出版を引き受けてくれるところがないからだし、自費出版は最低1点あたり100万円前後かかる。そんな金はない。あったらもっとロシア語の本を買うのに回す。

 このコーナーでは和文の単文を出題し、それを和文露訳に興味のある投稿者に回答してもらい、それに添削する形で今日に至っている。始めて何回かしてから、設問の回答や、投稿者の間違いを正すだけでは、似たような間違いを投稿者や閲覧者が繰り返す可能性があることに気がついた。出題のテーマは回毎に違うので、何か統一的な場で、和文露訳をする際の体の用法の使い分けについて、まとめて書いておく必要があると考えたわけである。それで、第10回、第21回、第30回、第100回と続け、最後は第300回にまとめて体の用法の使い分けを書いたのだが、だんだん書く内容や量が増えていき、そのまとめの中に第~回を参照と何度も書かざるを得なくなり、その参照の量も増えて行った。これでは読むほうもたまったものではない。

 二つ目の理由だが、そのような参考書を、ワードやPDFなどファイルの形で興味ある読者に無料配布すればよいのだろうが、二つ問題がある。コスト的には文献に使った本代は何百万円にもなるだろうが、他にも本を書いたし、自分の趣味や生きがいでもあるから、それはいい。具体的にはPDF化したときに、しおり(小見出しから必要なページに飛んで行ける機能)を作ったが、これは専門の会社に頼んだので有料である。そうは言っても25部売れればペイする位の料金だから、著者の負担という事で無視してもよい。理由の一つは、このコーナー自体が参加者開放型で、だれでも匿名で気軽に参加できる形式なので、メールアドレスなど知らせる必要がないようになっているからである。こちらから個別に投稿者や、あるいは体の用法に興味があるが投稿をするほどではない人と連絡の取りようがない。もう一つは、「和文解釈入門 出会い」と入力してネットで調べれば分かるが、出会い系サイトらしいところに簡単に辿りつく。「和文解釈入門」というタイトルは、私が使ったのが最初の方だとは思うが、別に特許を取っているわけでないので、自由に使えばよいのだが、世の中ににはいろいろな人がいるわけで、無料で「和文露訳入門」を配布したら、そのファイルを書きかえられるだけならまだしも、変なウィルスでもつけられたりしたら、いろいろな人に迷惑をかけることになる。電子書籍なら、完全ではないにしろ、セキュリティーはあるわけで、少額とは言え、銀行振り込みなら、そのようないたずらをする人がわざわざ金を出してまで、また本名が分かるようなリスクを冒してまで、いたずらをするとは考えにくい。タダより高いものはないのである。

 三つ目の理由は電子書籍そのものに興味があり、いろいろ電子書籍に関して本を読んだが、結局のところ自分で書いて見るしか分からないだろうという事に落ち着いた。今にして思えば、確かに出さないと分からないという事はいろいろあるものである。

 今のところ、販売実績を見る限り数人の人、それも同じ人が2点、3点と買っているようなので、和文露訳入門を10人の人に販売するという所期の目的は果たされたと考えてよいように思う。中小の出版社の本の初版は2000部で、それが1~2年で売れれば、採算が取れると考えるらしい。私の本で一番売れたのは、「アネクドートに学ぶ実践ロシア語会話」と「ビジネスロシア語」で、それぞれ3000部ぐらいである。それでもビジネスと考えるなら、大手の出版社でも2万部位売れないと商売にはならないのではないかと思う。ロシア語の本は何万部どころか、何千部でも売れるものは今やないといってよい。ましてや、私の著書のように、中級やそれ以上の人を対象にしたものは尚更である。2010年は電子書籍元年と言われ、一時のデジカメのようにこれからも発展してゆくと思うが、私のように、売れないテーマの本を、実際に興味を持つ10人前後(残念ながら何十人とか、何百人ではない)の人に配布する一つの手段としても、電子書籍は今のところ使えると思う。

 DL-MARKETで発売した大きな理由は、非常に応対がよくて、販売する本が無審査だったことである。大手だと、その本が売れるかどうかの審査が厳しいから、私の本などは、ロシア語関係であること、本の表紙などの体裁がまったくなっていない、ごく少数の関心を持つ人(それもたった10人)向けという本だから、まず門前払いを食らう可能性が高い。販売手数料の他に、高額の掲載料や売上保証料を取られるかもしれない。DL-MARKETだって、今後経営方針が変わり、もっとシビアになって、売れないものは、販売打ち切りにするということだってありうる。3ヶ月後、半年後には私の本は絶版になっていないとも限らない。しかし、ターゲットの10人が和文露訳入門を買ってくれたようなので、何度も言うが目標は果たされたので、その分、気は楽だ。

 私の電子書籍は、語彙や体の用法などをまとめたものを、ロシア語の和文露訳に真剣に取り組みたいという人たち向けに配布する手段の一つなのである。これをあだ花兵法と呼んでもよい。この40年ロシア語を勉強して、自分が知り得た知識や、語彙が、他の誰にも知られずに無に帰するのは、まことに忍びないと最近強く考えるようになった。年を取ってきた証拠である。日本の人口一億三千万の中に、10人前後とはいえ、このコーナーに興味を持っていただける方がいらっしゃるのはまことに有難いことで、有料にしたのはまことに心苦しい限りだが、以上の理由なので何卒ご理解、ご寛恕願いたいと思う。chijikpijikさん、メイさんなどの紹介、お勧めもあり、電子書籍化に踏み切れたのは、ご両人のみならず、このコーナーをご覧の方すべてに感謝申し上げる次第です。

Posted by SATOH at 13:10 | Comments [0]

●和文解釈入門 第477回

(210) 「蹇蹇録」(けんけんろく)、陸奥宗光、中塚明校注、岩波文庫、1983年
陸奥宗光(1844~97)の日清戦争(1894~95)外交秘録。李鴻章について人物評は豪胆逸才、非常の決断を有すというよりは、むしろ怜悧にして奇智あり。妙に事機の利害得失を視て用捨、行蔵するの才気あるとして、運がよいからこれまで来れ、はったりやで、そのために西洋人の受けがよいと見ている。文章は文語体だが、虚飾なく、簡にして要を得ている。個人的にはロシアの干渉(三国干渉も含めて)について興味深く読んだ。三国干渉となったのは露仏同盟に危機感を感じたドイツが、これに加わることでその緊密さに楔を打つべき目的であったというのは面黒い。

(211) 「青木周造自伝」、板根義久校注、東洋文庫、平凡社、1970年

 青木周造(1844~1914)は条約改正に力のあった外交官。林董もその実力を認めていた。1868年プロシャ留学、1877年日本人の前妻と別れ、エリザベット・フォン・ラーデというプロシャの男爵の妹と結婚。白黒はっきりした論理を好むのは日本人離れしている。プロシャ好みというのもその論理的思考からであろう。その反面ロシア人は蒙昧愚鈍として嫌った。人に対する好悪もはっきりしており、そのため興味も一層増す。文体は文語体であるが、校注者が私のような浅学者のことを考えて、難しい漢語のすぐあとに訳を入れると言う気遣いに感謝したい。青木は木戸孝允に私淑し、その亡き後井上馨に兄事したが、大津事件の後は山形有朋系となった。長州閥といっても伊藤博文とは対立した。憲法調査にも関わり、大津事件のときは外相で責任を取らされた。犯人の死刑には刑法上の観点から反対した。論理的な人柄がよく現れている。

設問)「頭痛持ちですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 13:08 | Comments [4]

●和文解釈入門 第476回

体の用法の使い分けをするときに、文脈と切り離した場合を考えてみる。どちらの体が使える場合があるにしても、どちらかの体の方を使うのが自然であるとか、使うにせよ、どちらかの体の間にニュアンスの差が生じるのが普通である。次に、文脈に応じて、体の用法を考えてみる。回りの雰囲気に合わせるのなら不完了体だろうし、自主的にということなら完了体であろう。このときに、森全体を見渡す手法と、木を一本一本見分けようとする手法の二つを交互に頭に置いておかないといけない。森を見る手法と言うのは、「不完了体は客観的な動作や状態を示し、完了体は主観的なそれを示す」という体の本質のことであり、木一本一本見るというのは、時制や法によって体の用法の使い方を個々に学ぶという事である。体の用法の本質は同じでも、その現れ方が同じではないからである。常に双方向的に勉強して行かないと体の用法の奥義を会得できないと思う。その文脈で、あるいはその動詞の用法で、どの体が一番自然であるかを考え、そうでない例外となる場合はどうしてなのかという理屈を和文露訳入門から見つけるというのも面白いかもしれない。

設問)「彼は収容所で重労働もいとわない」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:28 | Comments [1]

2012年09月06日

●和文解釈入門 第475回

日本語の時制は過去と非過去(現在、未来)が対立する。時制から見て日本語の動詞を状態動詞と非状態動詞に分けると、状態動詞は、「~ている」の方を取らずに現在の状態を表す動詞で、「いる、見える、思う」などであり、「今家にいる」、「明日もここにいる」のように、ル形で現在と未来を示す。非状態動詞というのは、「話す、行く、歌う」などの動きを表す動詞で、ル形が未来だけを示し、現在はテイル形を用いて示す。

 一方アスペクト(出来事が進行中か、継続中か、終了したかなど動きの局面に注目する文法形式)で、日本語の動詞を分類すると、動作動詞(継続動詞とも言う)、変化動詞(瞬間動詞・結果動詞とも言う)に分かれる。動作動詞は「電話で話している」のように、テイル形が進行の状態を示している動詞で、変化動詞は、「イスに座っている」のように、テイル形で結果の状態(現存)を表す動詞である。テイル形には、このほかに「学校に通っている」などの反復・習慣を示す用法や、「棒の先がとがっている」というような形容詞的用法、「その話は一度聞いている」というような経験を示す用法があり、「~した」も「歩いた」や「歩いて来た」のように、日本語では過去と現在完了の意味がある。これらをロシア語の時制やアスペクトなどに振り分ける必要が出て来る。ただ伝達型動詞はについては、「和文露訳入門」に挙げたように、さらなる別の工夫が要る。

 ロシア語の参考書などで、Завтра он прочитает эту книгу.の訳を「明日彼はこの本を読み終わるだろう」と「だろう」を入れて訳しているのを見るが、これは第472回に述べたような考え方からだということは理解できるが、「だろう」は国語辞典を引いても、「推測の意味」であるので、これを避ける工夫が必要である。主語が三人称だから、意志・欲求の「~う」は使えない。それに、このпрочитаетは未来の動作の確実性を意味している。だからそれに相当する日本語の動詞表現である「~る」を使えばよい。「読み終える」は動作動詞であり、ル形は未来だけを示すから、「明日彼はこの本を読み終える」とすれば正しい和訳という事になる。

設問)「最近6カ月の間に乗組員に病人が出ましたか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:37 | Comments [2]

2012年09月04日

●「女性のための技術ロシア語」

このたび電子書籍第4弾として、「女性のための技術ロシア語」(定価800円)をDL-MARKETにて出版した。技術ロシア語の入門書で、ロシア語で技術文献を読む場合、あるいは技術通訳の基礎の基礎をつけるために、技術関係の語彙を和露形式で1000語ほど厳選し、必要なものには解説をつけ、使い分けも示した。これらの語彙がある程度(8割くらい)頭に入っていれば、あるいはiPadなどで、常に取り出せる環境にいれば、女性や文系出身の人など、技術が不得手な人でも、工場見学などの通訳などに大いに力を発揮すると考えている。
このコーナーでは残念ながら見えないが、概ね、下線をつけて力点を入れた。ご参考に、サンプルと目次を挙げておく。

 本書の<技術ロシア語トピックス>や和露技術語彙集1000には、新機軸として、体の使い分けが分かりにくいと思われる部分に、和文露訳入門の参照小見出し番号を付けた。詳しい説明を知りたい向きには、「和文露訳入門」の当該番号を見れば、より詳しい説明が分かるように工夫した。例を挙げると、

ショート(短絡)
короткое замыкание

Не замыкало кабель под водой? 水中でケーブルがショートしなかったか?
(ショートは短絡という意味であり、上の文は無人称文で、動作の有無の確認をしているので、不完了体過去形が来ている。詳しくは和文露訳入門2-1-1参照)

横の
поперечный

поперечная прокатка 横圧延
(〔横の〕というのは日本語では、幅方向 по ширине の場合と、горизонтальное положение〔横の位置〕というように、〔水平方向горизонтальный〕という意味があり、поперечныйは幅方向である。また長さ〔長手〕方向はпродольный。〔縦の〕の項参照)

コンセント
штепсельная розетка

электророзетка в стене 壁のコンセント
включать (вставлять) вилку в розетку プラグをコンセントに差し込む
вытаскивать вилку из розетки コンセントからプラグを抜きとる

(штепсельныйのтеの発音はтэである)

はじめに
<技術ロシア語トピックス>
1. 技術ロシア語でよく使われる動詞
イ)使う
ロ)注ぐ
ハ)積み込む
ニ)ポンプでくみ出す
ホ)スイッチを入れる/切る
ヘ)溶接する
ト)かける
チ)塗装する(塗る)
2. 水
3. 土
4. 工場
5. 機械と道具
6. 場所
7. 凹凸と凸凹
8. 重量と質量
9. 油圧と水圧

和露技術ロシア語1000(アイウエオ順)

次回作は「観光ロシア語」の予定。

Posted by SATOH at 14:14 | Comments [0]

●和文解釈入門 第474回

(209) 「シドモア日本紀行」、エリザ・R・シドモア、外崎克久訳、講談社学術文庫、2002年
 1884~1902年の日本観光案内。鉄道が発達していなかった時代とはいえ、米国人女性であるシドモア(1856~1928)が、人力車で日本各地を回ったというから驚きである。日本の観光案内で日本のよさを強調しすぎたために、客観的な視線からは外れているように思われるのが少し残念である。古き良き時代の日本らしさが残っていた日本についての紀行文であり、ガイド(無論英語の)についても書いてあるのは我々にとって興味深い。鎌倉の大仏について、「参観者はその合わせた親指と両手の上で記念撮影をするため、よじ登ってポーズを取ります」とあるのには驚いた。1884年~91年ごろの鎌倉らしい。

設問)「彼はこれを業務にも役立つし、時間の節約にもなると思っている」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 14:10 | Comments [5]

●和文解釈入門 第473回

(208) 「自由か死か」、玉水常治、日本人の自伝第2巻所載、平凡社、1982年
 自伝とあるが、1885年自由党大阪事件に関与した明治の自由党壮士玉水常治(1862~1939)の、長崎にて捕縛され、大阪堀川監獄からの脱獄と3年ほどの逃避行についてのみであり、本人にとっては人生の華と感じた時代であろう。乞食になって道中の蚊遣りの使い方を乞食に習うなど面白い。これなど海舟の父小吉の若いころの家出の様子とあまり変わらず、当時の壮士の生活や考え方がよく分かる。新潟、山形などを経て函館で憲法発布の特赦(国事犯のみ)の知らせを聞いて自首した。途中鳥目になったりしたが、ヤツメウナギを食べて治ったとも書いている。兄の玉水嘉一(1859~1947)は1884年加波山事件(栃木県令三島通庸〔みちつね〕暗殺計画)の首謀者である。文体は口語文で読みやすいが、自分のことを三人称で描くなど気障な感じがないわけでもない。

設問)「生存者を収容してください」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:42 | Comments [3]

2012年09月03日

●和文解釈入門 第472回

「ベーシック日本語教育」(佐々木泰子、ひつじ書房、2007年)の日本語文法関係は、森山新先生が執筆されておられるが、その中で、非常に興味深い記述を見つけたので、要約してお知らせする。
 感情・感覚を示す「悲しい」、「痛い」、「感じる」、意志・欲求を示す「つもりだ」、「~う/よう」、「~たい」、精神作用を示す「思う」、「考える」は主語が一人称のときだけ用いられる。二人称の時は、「~か」(問いかけ)、「ね」などの終助詞を添える。三人称のときは、「~かもしれない」、「~に違いない」、「~のだ」、「~らしい」、「~のようだ」、「~だろう」という推測・判断の表現形式を添える。例外は引用の形式にするか、小説などの感情移入であるとある。

 ゆえに、「彼は悲しい」という文は、おかしいということになる。「形容詞 + です」については、1952年の国語審議会で、平明簡素な形として認めてよいという見解が出され、正しい用法と認められたと研究社日本語教育事典(近藤安月子 + 小森和子編、2012年)にある。つまり、「大きいです」、「小さいです」、「おいしいです」は「ね」などの終助詞をつけなくても正しい日本語と見なされているわけだ。私も含めて年配者には違和感を持つ人もいる。特に、三人称を主語にした「佐藤さんは悲しいです」とか「田中さんは痛いです」はおかしいと感じる。これは日本語では主語を立てるのは強調しているというニュアンスがあり、主語なしでも、日本語は高文脈の言語だから、十分意味が通じるということが背景にあるのだろう。

設問)「席の数は50から150の間です」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:42 | Comments [2]

2012年09月02日

●和文解釈入門 第471回

(206) 「明治劇談 ランプの下で」、岡本綺堂、岩波文庫、1993年
 1921年初版。作家であり、新聞記者として長く劇評も担当した岡本綺堂(1872~1939)の明治時代の歌舞伎についての随筆。個人的なスキャンダルの類は避け、実際に自分が幼少のときに見た舞台における役者の演技について語っているところがすがすがしい。まじかに見た13代守田勘弥、名人市川団十郎、尾上菊五郎の演技については、我々素人にも分かるような説明がなされているので勉強になる。綺堂が8歳のときに家を守田勘弥が訪問したが、何度勧めても裏口の木戸から入ったという。当時役者(勘弥は座主だったが)は河原乞食と蔑まれており、役者にもその自覚があったことが分かる。綺堂には、このほかに「岡本綺堂随筆集」(千葉俊二編、岩波文庫、2007年)があり、特に拷問について奉行所では担当者の技量が疑われるとしてできるだけ避けられたとある。天保5年播州無宿の吉五郎という窃盗の常習犯が3年越しの牢問24回、つまり鞭打ち、石抱き、海老責め、釣責めに耐え、察斗詰(自白しないための認定裁判)で処刑されたとあるのは興味深い。拷問に耐えた新記録かもしれない。

(207) 「左団次自伝」、二世市川左団次、日本人の自伝第20巻所載、平凡社、1981年
左団次(1880~1940)は1890年子役で勧進帳の太刀持ちをしたときに眠くて、眠気覚ましにハッカを眼の縁に塗ったが、やはり眠ってしまい、九世団十郎よりいい度胸だと言われた。父の初世左団次は団・菊・左のとうたわれた歌舞伎の名優。大入り袋も、初世が1896年それまで大入りのときは蕎麦を出したのを蕎麦札にして、大入りと書いた袋に入れたのが始まりという。このように当時の世相や由緒などにも詳しく、文章も達意の名文である。1907年欧米に劇の視察に赴いた。演劇の改革を志すもすぐには受け入れられなかった。1909年剣道家浅利兜七郎義金の4女登美子と結婚。この浅利は一刀流で有名な浅利又七朗義明の子である。1928年ソ連政府の招きにより訪ソ、歌舞伎を演じる。スタニスラーフスキーとも面談。ここで演じた忠臣蔵からハラキリがロシア語で広く知られるようになったのではと思われる。ただ「サーカスと革命」<道化師ラザレンコの生涯>(大島幹夫、平凡社、1990年)所載の1914年日本のサーカス団のさよなら公演のポスターの写真には、大きく「ハラキリ」という文字が書かれているから、ハラキリという言葉自体はもっとも前、多分幕末の頃からロシア語に入っていたと思われる。

設問)「この作戦はロシア史上前例がなかった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:20 | Comments [4]

2012年09月01日

●和文解釈入門 第470回

これまで「和文露訳入門」、「ロシア人の疑問 – 日本編 -」、「るいごプラス!」と、電子書籍をPDF化して、3点刊行したが、iPadをお使いの方も多いと思うので、友人から聞いた電子書籍のiPadでの保存の仕方を書いて見る。自分はiPadを持っていないので、何とも言えないがお試しあれ。「ロシア人の疑問 – 日本編 -」、「るいごプラス」なども語彙集として活用できる可能性が開けることになる。

 iPadでPDF 文書を読む方法で、一番基本的なのは、まずパソコンに一度PDF文書を保存して、パソコンとiPadを接続、それを iPadのiTunes を起動して iBooksに入れるのだが、最初 iBooksをダウンロードしておく(無料) 必要がある。
 もう一つは、クラウドサービスを利用する i文庫HDである。このアプリは¥800と有料だが、かなりよくできたソフトで、i文庫HDをダウンロードすると、もちろんPDF文書も簡単に保存して読めるが、青空文庫の本も読めるし、いちいち iTunes を起動しなくても簡単に読めるので¥800 の価値はあるという噂である。こちらを使う方法は、まず、下準備として、

1) 無料のDropboxアカウントを作成。
2) PCに、Dropboxをインストールする。
3) Dropboxのフォルダにダウンロードした電子書籍を入れる。
4) iPadに「i文庫HD」をインストールする
5) 「i文庫HD」を起動し、フォルダ→Dropboxと開くとDropbox内の
ファイルが一覧できるので、アップしておいたファイルを選択しダウンロード。

設問)「出血する前に痛みがありますか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:51 | Comments [2]