2014年04月29日

●続和文解釈入門第434回

19世紀にはペテルブルグとモスクワではバレエの好みも違い、ペテルブルグではバレエファンは役人に多く、あまり跳ね回るのではなく、手の動きとか、平面的な動作が好まれ、モスクワではバレエ好きには商人が多く激しい動きが好まれた。そのためペテルブルグのプリマだったアンドレヤーノヴァ(ペテルブルグ皇室劇場バレエ監督ゲジェオーノフの愛人でもあった)はモスクワ公演では、人気の面でモスクワのプリマであるサンコーフスカヤの足元にも及ばなかった。このような対立は1848年12月5日モスクワでアンドレヤーノヴァが踊った「パヒータ」という出し物の時に、死んだ疥癬病みの黒猫を舞台にピョートル・ブルガーコフというバレエファンが投げ込んだことで頂点に達した。踊っていたアンドレヤーノヴァはその場で気絶。さすがのモスクワのファンもこれはあんまりだということで、アンドレヤーノヴァに対する同情が高まり、彼女の人気を不動のものとしたのは皮肉である。死んだ黒猫はアンドレヤーノヴァがやせぎすだったからとも言われている。彼女は美人でもスタイルがよいわけではなかったが、テクニックだけでプリマの頂点に上りつめたと言われている。

出題)「明日センターで人を待たせておきますから」をロシア語にせよ。当方の都合によりこのコメントは1日ほど遅れる。悪しからず。

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2014年04月28日

●続和文解釈入門第433回

『三訂和文露訳入門』4-1-1-6項を下記のように変更願う。

不完了体動詞未来形の肯定文では、回りの雰囲気や状況から、文脈によっては、「~するつもりである」という意味になることもあるが、そういう風にも理解されることもありうるというのであって、状態の動詞や無接頭辞単純動詞(本源動詞)を除いて、場独立型の、自らの意図を示す動作ということには必ずしもならない。否定文の場合も、不完了体が持つ文脈依存性であることから、今後一切~しないという、これから起こる未来のいつの時点の動作をも全て否定するゆえに、「~するつもりはない」という強い否定の意図が明確に現れるということは言える。またне стоит + 不完了体動詞不定形(意味がない、値しない)の意味に取れる場合もある。一方、否定詞と完了体動詞未来形の組み合わせは、不可能の意味か、ないしは特定かつ不動の一点をイメージしての否定の強調の意味となる。Не буду говорить とНе скажуの違いは、前者が「言うつもりはない」という意志を示すが、後者は「言わない」という未来の動作の否定の強調であると同時に、「言えない」という不可能をも表せる。そのどちらかは文脈による。

(許して下さい、二度としませんから)Простите (Извините) меня, я никогда больше не буду так делать.

 上の文は交通違反などをして、警察官に注意されてという文脈(回りの雰囲気や状況によって)で、不完了体動詞未来形の否定が使われている場合である。больше(これ以上)という副詞があるのも、すでに言及された事に対してのという含みがあり、動作に焦点が来ていないことになる。以下の文も同様である。

(もうしませんから)Больше не буду.
(二度は繰り返して言わないからな)Дважды повторять не буду.
(奴を背負う〔だっこして運ぶ〕のはごめんこうむる)Я его нести не буду.
(お前を騙すつもりなんかない)Я тебя обманывать не буду.
(お手間〔お時間〕は取らせません)Я не буду отнимать ваше время.
(俺にかまうな。俺もお前には手をださないから)Ты меня не трогай, и я тебя не буду трогать.
(その家族と娘について一言も話すつもりはありません)Я не буду говорить ни слова об этой семье и девушке. <話さないように頼まれての返事>

出題)「そうでなければ、この件は他のものにやらせて下さい」をロシア語にせよ。

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2014年04月27日

●続和文解釈入門第432回

2011年版の年鑑『日本』はモロジャコーフМолодяковの『2011年3月11日後の日本』が出色の出来。地震や災害の用語の収集にもよい。これとクラーノフКулановの『都内のロシア神学校生徒たち』もよい。ロシアにおける空手の祖とも言えるオシシェプコーフОщепковについても触れていたのが大いに参考になった。2012年版ではアルパートフАлпатовの『対日本観 神話と現実』では対日本観の推移を述べており、これもよい。2013年版ではシシェルバコーフЩербаковの『ロシアに対する日本の投資』がこれまでにない題材であり、日ロの関係を経済面で俯瞰するためには必読の論文と言える。ジーリンЖилинの『日露世論形成』も意欲的な論文である。特に日露の若い世代がお互いをどう見ているかは興味深い。メシシャリャコーフМещаряковの『ヴェレシシャーギンの日本素描』には、日露戦争でマカーロフ提督と共に戦死した画家のヴェレシシャーギンВерещагинの1903年から1904年までの日本滞在記が付録としてついているのが有難い。日光まで足をのばしている。横浜からの車中で男がもろ肌脱ぎで体をこするのに回りは何の反応も示さないとか、日本人の永遠の頬笑みは理解しがたいとか、日本女性は可愛いが、歩き方が内またで、これは見苦しいとある。日本女性は30を過ぎると老けるのも早いというのは、今のロシアと比べると反対といえよう。

出題)「弱みを見せた奴がやられる」をロシア語にせよ。

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2014年04月26日

●続和文解釈入門第431回

日本年鑑の2009年度版は見るべきものがあまりないが、ドーブリンスカヤДобринскаяのエネルギー問題、バルィシェフБарышевの本野一郎の論文は参考になった。

 2010年度版はノーズドレフНоздревの『国際資本市場における競争激化状況での東京金融センター』が、上場や上場廃止など金融関係のロシア語を覚える上で参考になった。またゴニャーリンГонялинの『日本の工作機械の多難なる時代』は量的には少ないとはいえ、ロシアと日本の工作機械貿易の関係にも触れていて、今後の同年鑑の方向を指し示す上で貴重である。モロジャコーヴァМолодяковаの『日本の学校教育』は若干勘違い(修学旅行を生徒の金の価値を分からせるためとか、二部授業を日本では行ったことがないとするなど)もあるが、このテーマでは年鑑『日本』に発表された最も優れた論文と言える。戦後から最近の愛子さまの不登校問題に至るまでよく勉強している。カタソーノヴァКатасоноваの『歌謡曲の世界』はこれまで扱われたことのほとんどないテーマで、若干勘違いはあるものの(流行り歌と壮士節とを取り違えている)日本の歌謡曲の歴史を展望していて非常に興味深い。パーヴロフПавловの『長崎におけるロシア海軍診療所(1856~1906年)』も興味深いがこのテーマについてはヒサムトヂーノフХисамутдиновの『ロシアの長崎』が先鞭をつけているし、内容もより豊富である。

出題)「彼女は夫の嫉妬に悩んでいる」をロシア語にせよ。

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2014年04月25日

●続和文解釈入門第430回

拙著『ロシア人と日本観光案内』(東洋書店、2008年)に紹介した年鑑『日本』で、その後に出版された年鑑『日本』についてコメントする。2007年度版所載の論文『靖国神社問題の多面性』Многоаспектность проблемы святилища Ясукуни, Молодяковаが靖国神社参拝問題をまとめていて興味深かった。ただ著者は靖国神社に墓がないということに驚いているようだが、靖国神社も含めて神社に墓がないのは当然であって、神道や神社に関する基本的な知識がないのかなと気になった。このほかに日露の民族の類似性と違いについての論文『日露民族文化の原型のいくつかの特徴О некоторых осебенностях русского и японского этнокультурного архетипа』でプラソールПрасолが書いているのだが、この種の試みとしてはほぼ最初ではないかと思われるので大いに評価したい。今後この種の論文が増えてくると思われるので、ガイド志望者にとっても今後この年鑑に目を通すようにすべきだと思う。

 2008年度版で見るべきものは、アルトゥニャンАртюнянの『石油危機』、マルキヤンМаркьянの『持続性のある発展』、ヴォロビヨーヴァВоробьеваの『日ロステレオタイプ』、カタソーノヴァКатасоноваの『若者サブカルチャーの顔』がガイドや通訳をする際に役に立つと思われる。終わりの方にロシアで活躍するバレーダンサー岩田守弘のインタビュー記事が載っている。

出題)「明日(車で)お迎えにあがります」をロシア語にせよ。

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2014年04月24日

●続和文解釈入門第429回

トルストイ版老子道徳経に、「賢者は右より左を好む、なんとなれば兵を用いるものは左より右を好むからである」とよく分からない説明がある。左袒という漢語や、日本でも左大臣が右大臣より上というのは中国由来らしい。神社での拍手のときも、両手を合わせるときに左手をやや上にして、それから合わせ、手を打つというのもそういうことらしい。何故左が右より貴いのかは今でも確たることは分からない。多分右が左より上だというのは世の中に右利きが多いことだと思われるが、賢者は右より左を好むというのは、小は結局のところ大であるという老荘思想のあらわれなのだろうか?

 チョールナヤの『17世紀モスクワの帝の日常生活』には、17世紀、特にロマノフ朝第2代のアレクセイ・ミハーイロヴィチの御代に、外国の大使を迎えるときに、双方の皇帝や王の名誉を守るために、互いに大いにしのぎを削り合ったことが分かる。大使もその国の王や皇帝の代表だから、その意識が強かったし、アレクセイ帝17世紀初めのロシアの大乱のあとで他国になめられてはいけないという意識から、儀式や名誉には必要以上にこだわったので、その家臣のほうも引かなかった。国境から大使一行に付き添うロシアの帝の家臣も、国境で出迎えのとき馬車に乗り変えるために、どちらが先に下馬するか(後から下りるのが偉いという)で、ずいぶんもめ、馬車やそりに乗れば乗ったで、どちらが先に下りるか、下りたふりをして実際は下りないなどのテクニックを双方とも弄したりして、かなり時間がかかったものだという。その中に「馬車で大使と高き側(右側)に(座って)行った」という表現があり、右が左よりも上だったことが分かる。現代でも日本では後部座席の左側が一番偉い人が座るが、ロシアでは運転手の隣、つまり右に座るというのもこれに関係するのだろうか?

出題)「『命と自由は保証する』と彼は約束した」をロシア語にせよ。

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2014年04月23日

●続和文露訳入門第428回

学生の頃神田の古本屋で『老子』Лао-си Тао-те-кинг(トルストイ・小西増太郎共訳、1913年初出)の復刻版を見つけたので買った。限定400部で市販は300部、そのうちの97番目とある。これは1968年に木村毅が小西増太郎の長男小西得朗(野球解説者として有名)の了解を得て復刻したものである。小西増太郎はニコライ神父の下でロシア語を学び、キエフの大学を経て、モスクワ大学に進み、都合7年ロシアに留学した。グロート教授の紹介で当時老子の翻訳に携わっていたトルストイに引き合わされ、老子道徳経を共訳することになったわけである。ニコライ神父の日記には、神父にさせるために小西をロシアに送ったのに、正教会から後に小西が離れたことに関して不満の表現があるが、これは小西が当時正教会から破門されていたトルストイと親しくなったからだということもあろう。邦訳には『トルストイ版老子』(加藤智恵子・有宗昌子共訳、新風書房、2012年)があるが、小西も古代中国語の専門家でもなく、老子道徳経の露訳が正しいかどうかは分からないし、ましてやそれを重訳しているわけなので、なおさら老師道徳経本来のものとは違っている可能性はある。正にトルストイ版老子であり、そういう風に理解して読むべきだろう。私はロシア語原文は読んだが、邦訳は読んでいないし、読む気もないので何とも言えない。

出題)「お宅らの秘密なんて私には要らない。自分のでうんざりだ」をロシア語にせよ。

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2014年04月22日

●続和文解釈入門第427回

日本語の「結構」は文脈によって正反対の意味になるというのは日本人なら誰でも知っている。「いや結構」と言えば、ロシア語ではНет, спасибо.(No, thank you)となるし、「結構ですね」と言えば、Отлично!とでも訳すだろう。Благодарю (Благодарим) покорно!(稀にПокорно благодарю (благодарим)!ということもあるが)は、皮肉や冗談交じりで、「まっぴらごめん」というように拒否や不同意を示すが、Покорно благодарю (благодарим)!は一般的に、「ありがとうございます」というような丁寧な感謝を示す。

出題)「リヴォフから至急電が来ました」
「それで」をロシア語にせよ。

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2014年04月21日

●続和文解釈入門第426回

コヴァーリクの『ロシア皇室劇場バレリーナの日常生活』を読むと、バレーは女の園で足の引っ張り合いも相当なものであることが分かる。1903年末にユーリア・セド-ヴァという当時有名なコール・ド・バレエのプリマ兼ソリストが、バケリーナやワシーリエヴァと組んで、当時の皇室劇場支配人付特命担当官であるクルペンスキーを追いだそうとして、脇毛事件というものをでっち上げた。1904年には当時の大新聞『新時代』社主であるスヴォーリンが、「クルペンスキーが衛生と美のためバレエダンサー脇毛を剃れという命令を下した」というニセの手紙を受け取り、これを公表したからたまらない。バケリーナは当時の宮内省大臣ドゥルノヴォーの愛人だったこともあって、時の皇后の介入でクルペンスキーは事なきを得たという。調べてみると女性の脇毛の剃毛は20世紀初めアメリカから始まり、日本では1950年代ノースリーブが流行った頃からであり、東ヨーロッパでも1990年のソ連崩壊以降であるとのこと。昔は中国や東ドイツの水泳選手がオリンピックなどで脇毛が見えるというので評判になった時期もあったが、20世紀初めのロシアのバレエのダンサーも剃っていなかったことが分かる。

出題)「8つのたき火が半円となり、真中に三角形がある」をロシア語にせよ。

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2014年04月20日

●続和文露訳入門第425回

『三訂和文露訳入門』10-10項を下記のように訂正願う。

「~のために」にはдля + 生格が一般的によく使われるが、意識的行動、直接的結果、肯定文における客観的・一般的なものに用いられ、否定の文脈では使われないと考えてよい。

×Для этого я не высказываю своё мнение.

出題)「妥協は彼らにとって弱さと同義語だった」をロシア語にせよ。

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2014年04月19日

●続和文解釈入門第424回

東日本大震災で当分ロシア語関係の仕事もないだろうと思い、これまでロシア語の文法で長年にわたって疑問に思っていたことを徹底的に調べてみようと思いたった。ロシア語文法には、格変化や動詞の活用など丸暗記しなければならないもの、名詞の格の用法など日本語の理屈で理解しやすいもの、体の用法と単数・複数の使いわけなど理解が難しいものの三つがある。40年以上ロシア語をやっているのだから、最初の二つはとっくにクリアしているが、体の用法や単数・複数については例文の丸暗記によって、使えることは使えるが、根本的な理屈がよく分からない。そこで類語についてのいい参考書も手に入ったことでもあり、シノニム辞典や類語や諺関係の本を精読、再読することにしてもう一度やり直す事にした。それから3年、今ようやく何となく靄が晴れたような気持である。巷のロシア語の参考書は先に挙げた3つすべてを総花的に説明しようとしているものが多く、隔靴掻痒の感がある。最初の二つ、つまり基本的なロシア語文法については城田先生や宇多先生の御著書があり、それを参考にするとよいが、私の『三訂和文露訳入門』は自分がかつて疑問に思っていたことへの答えを書いたものであり、またロシア語学習で日本人が理解しがたいと思われる点を解説したものであり、それが他の参考書との違いである。

出題)「もし私が見つからないようなら、真夜中ホテルを探してみてください」をロシア語にせよ。

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2014年04月18日

●続和文解釈入門第423回

以心伝心をラヴレンチエフの和露辞典ではテレパシーтелепатияと訳していたので笑ってしまった。以心伝心するためには超能力者にならなければならいとは。ロシア語にもСердце сердце чует.という言い方もあるから、これなど使ったらいいのにと思う。これは辞典の編纂者が国語辞典の説明から訳語をこしらえた感じで、以心伝心を会話で使ったこともなかろうし、用例もあたってみたこともなかったのだろう。このような例は和露辞典で散見される。同じことは日本人の編纂になる和露辞典にも言えることである。

出題)「彼が貴職の下であり、貴職が彼の下ではない」をロシア語にせよ。

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2014年04月17日

●続和文解釈入門第422回

1939年から1945年の赤軍兵士からの聞き書きから成る『イワンの戦争』(キャサリン・メリデール、松島芳彦訳、白水社、2012年)を読んだ。2005年初出。こういう本がロシア人ではなく、英国の女性によって書かれたというのも、ロシア人が第二次世界大戦について客観的には自己を見つめることがまだ完全にはできないということの表れなのかもしれない。それというのも第二次世界大戦ではソ連は2700万人の死者を出し、ドイツは520万人、日本は310万人であり、そのうち赤軍の戦死者は860万人で、ドイツ軍がその1/3、英国や米国はそれぞれ25万人ずつというから桁違いに多い。その原因は、軍部によるクーデターを恐れたスターリンがトゥハチェーフスキー、ブリューヘル将軍などを粛清したりして、幹部将校の量と質の低下を招き、それに伴って軍が旧に復する時間稼ぎのためのやむを得ないと考えたスターリンによるヒトラーとの和解、戦争は当分ないとのスターリンの自己欺瞞的な希望的観測による兵力展開の遅れ、政治将校による政治学習優先のために引き起こされた肝心の戦闘訓練量や戦闘能力の低下がある。第二次世界大戦初期の敗戦続きに目を覚まし、1942年10月になってようやく政治将校の指揮命令系統への容喙は消滅し、その頃からソ連軍の反撃が始まる。フィンランド戦で無能をさらしたヴォロシーロフやブジョンヌイ将軍らもその頃までには更迭された。
ルーマニア、ハンガリー、ポーランド、ドイツにおけるソ連軍の蛮行(強姦、略奪、酒癖の悪さ)はつとに有名だが、これはドイツに対する復讐の念に燃えたからとも言える。これには当時の人気作家エレンブルグの「ドイツ人を殺せ。一人殺したら、次を殺せ。ドイツ人の屍ほど喜ばしいものはない」というアピールがが世論形成に一役買ったと言える。彼はユダヤ人だからドイツに対する憎しみもひとしおだったろう。このプロパガンダはソ連共産党のプロパガンダ担当アレクサンドロフが1945年春に止めさせるまで続いたという。

 帝国主義時代の戦争とは違って、ヒトラーの起こした第二次世界大戦は単なる陣取り合戦では終わらず、ドイツ人以外は殲滅するか奴隷にするかという思想に基づいたものなので、これではいくらスターリンが残忍だと言っても、Из двух зол избрать меньшее. (Избрать меньшее зло. lesser evil.)〔二つの災いのうちましな方を選ぶ〕というか、ソ連の住民としてはドイツに立ち向かわざるを得ないわけで、このような敵を人と思わないというやり方が、ドイツ敗戦の原因でもあり、近代戦の大きな特徴のように思える。

出題)「お乗り過ごしのないように願います。停車駅はこれこれです」をロシア語にせよ。

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2014年04月16日

●続和文解釈入門第421回

日本語とロシア語は全く系統が異なる言語であり、時制についても内容の本質については同じでも、外に現れる表現上の時制の形式が同じとは限らない。これを勘違いして、すべからくロシア語が過去の時制だから、日本語も過去の時制で字面通り訳すというのは、思考停止であり、機械的翻訳ということになる。前回の出題については見かけが偶然一致した例だが、それに誤魔化されずに、その文の時制の面での本質をよく把握することが肝要である。

『三訂和文露訳入門』3-1-3-1項末尾に下記追加願う。

 現在から未来へ続く反復や継続の動作の否定でも、仮定であれば動詞によっては不完了体現在形で示す事が可能な場合がある。これはбытьの未来形の否定は4-1-1-6項にあるように否定的意図を示すため、それと誤解されるのを防ぐためかもしれない。

Иначе ступай от меня: я не знаю тебя! <знать = считать кого-либо родным, близким, знакомым; признавать(身内と認める)であり、「知らない」は状態の動詞ではない。その条件に反対であれば、面倒を見ない、その条件に同意するなら面倒をみるという具体的な1回の仮定の動作を言っている。>

出題)「彼は彼女との間に5人の子供があった」をロシア語にせよ。

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2014年04月15日

●続和文解釈入門第420回

このたびロシア語通訳協会関西支部より『関西案内』(大阪・神戸・伊勢編、9分冊、3800円送料別)が出た。厳密に言うと姫路や鳥羽、高野山も含まれている。要所要所説明が日本語で書いてあり、通訳が難しいであろうと思われる語彙についてのみ露訳を入れるという方式で、非常に内容が見やすく、ガイドが現場で度忘れしたり、その場でロシア人に聞かれて答えられない項目をチェックするのにはもってこいであろうし、ガイド志望者にとっても大いに役に立つと思う。前作の『大阪案内』は売れ切れで買いそびれたので、早速買った。今回は大阪だけでなく、伊勢や高野山も含まれており、お買い得の感じである。

 関西支部のガイドブック『京都案内』(売りきれらしい)や『奈良案内』も、関西の経験豊富なガイドがそれぞれ実際に現場でいかにガイドするかということを真剣に考えた良心的な作りであり、分冊なので持ち運びやすいし、テーマや場所ごとに分かれていて使い勝手が非常に良い。大阪には優秀なガイドも多いので関西のガイドをすることは技術通訳のついででもない限りはないが、京都には年に1度くらい日帰りのガイドをすることがある。日帰りなので行くところは、金閣寺、竜安寺の石庭、清水寺ぐらいだが、『京都案内』のおかげで何とか務まっている。銀閣寺は案内したことはないが、この本があれば多分大丈夫だろう。

出題)「そうでなければ出ておゆき。お前なんか知らないよ」をロシア語にせよ。

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2014年04月14日

●続和文解釈入門第419回

「ロシア語を正しく聞き取れて、正しいロシア語を話せる」というがロシア語を学ぶ上での一つの目標である。特にガイドや通訳を目指す人はそうであろう。これは日常会話のことであって、ロシア語の政治経済、技術、観光の専門用語を使う以前の話である。特に「正しいロシア語が話せる」という点だが、単数と複数の使い分け、体の使い分けができていて、少なくとも日常会話ではロシア人から変なロシア語だと言われない程度のロシア語のことを言っているのであって、特別なロシア語のことではない。自分の学生時代や今現在巷で見るロシア語教材や参考書では、これらが分かるのかというと非常に心もとない気がする。

出題)「レニングラードへの爆弾投下は5千から7千メートルの高度から行われた」をロシア語にせよ。

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2014年04月13日

●続和文解釈入門第418回

結果存続兼評価型動詞と完了体過去形の結果の存続は同義で使えるように見えるが、細かいニュアンスでいうと違う。

(電話番号をお間違えです)Вы не туда попали.
(私を誰かとお間違えですよ)Вы меня путаете с кем-то.

 最初の文はпопастьは電話がつながって相手が電話に出たという動作が、この発話以前に起こっていて、その動作の結果が残っており、動詞自体にいい悪いの評価のニュアンスはない。ところが、二つ目の文ではいい悪いのニュアンスが動詞自体にあるということになる。結果存続兼評価型動詞というのは、直前になされた行為に対し、その動作の評価を伝えるため、つまり所与の状況や文脈に沿った動作ということで不完了体現在形が現在の時制でのみ用いられる。
 結果現存兼評価型動詞はペアの完了体過去形でも似たニュアンスで使うが、ペアの方の完了体動詞過去形の方は、完了体自体が話し手にとって場独立型ということで、本質的に具体的な1回行為に使われる面を持っているという事から、行為の説明というよりは、何かより具体的な事柄に対して、しかも唐突な感じ(新規の事柄として)で使われ、不完了体は場依存型であり、文脈や状況に合わせての、応答であることを意識した補語がないような文脈などで使われる。

出題)「よかれと思ってしたことが裏目に出た」をロシア語にせよ。

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2014年04月12日

●続和文解釈入門第417回

ロシア語会話の上達のためにはロシア語の本を精読し、その中から会話で使えるような表現をピックアップして、自分の語彙集を作る努力が大切である。ただ気をつけないといけないのは、露文解釈というのは、ある意味受け身の作業であり、書かれているロシア文は文法的に正しいものがほとんどであろう。ところが会話と言うのは、自分でロシア語の文を組み立てて行くわけで、意味やニュアンスにより体を自分自身で主体的に使い分ける必要が出てくる。一般的な場合なのか、反復なのか、具体的な1回の行為なのか、動作の結果は残るのかなどを瞬時に判断する必要があるわけである。これは体のみならず、-тоと-нибудь、単数と複数の使い分けなどについても同様で、ロシア語会話では、語彙は当然のことながら、どういう文脈で使うのか話し手に主体性が求められるという点を強調したい。

出題)「大きくなったら分かる」をロシア語にせよ。

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2014年04月11日

●続和文解釈入門第416回

на пользуとв пользуの違いについて書いておく。

на пользу (в чью-либо пользу)は動詞идти, служить, бытьと共に、「良い結果になる」という意味である。

(彼らにとってこれはいいことだらけだ)Им это будет только на пользу.

一方в пользуは前置詞句であり、「良い結果に、得をするために、支持して、確認のため」という意味となる。

(自分の医師に役立つよう応分の寄付をする)Он делает посильный взнос в пользу своего врача.

出題)「危険というよりはむしろ滑稽だ」をロシア語にせよ。

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2014年04月10日

●続和文解釈入門第415回

前にスウェーデンのミステリー作家の『ミレニアム』3巻(6冊)(スティーグ・ラーソン、ヘレンハルメ美穂・岩澤政利訳、早川書房)を紹介した。ミステリーでは日本もロシアもいまいちのような感じがするが、スウェーデンではこれ以前にも、マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー夫妻のマルティン・ベック主任警視もの(10巻)があり、特に第4作『笑う警官』が有名である。職場の人間関係、仲間の協力関係で事件を解決するのだが、描かれる仲間たちの性格描写がスーパーマン並の記憶力、マッチョなどの他にも、普通の人間の弱点を描いており共感が持てる。同じ題名の警察小説で佐々木譲の北海道警察物も読ませるし、べックものを意識したという。プロットは佐々木譲の方が込み入っているし、質も上だ。ところがべックものに登場する一癖も二癖もある同僚、上司、部下の存在感、人物像の面白さ、ユーモアには太刀打ちできないように思う。しかもこのシリーズを読み進むにつれて1960年代から70年代のスウェーデンの社会情勢、庶民の暮らしが垣間見えてくる。年金などが充実して福祉国家と言われ、理想的な国と見えるスウェーデンも実態は年金の実態、フリーセックス、自殺の多さなど必ずしもそうではないようである。これに対して佐々木譲の登場人物の描写が、日本の他の警察小説に比べて落ちるということではないが、プロットの展開に頼り過ぎているということは言える。

 べックもの第2作の『蒸発した男』は1960年代のハンガリーだが、スウェーデン帰国後べックが同僚からザリガニрак料理に誘われる場面がある。ハンガリーにはザリガニ料理はないが、スウェーデンでは一般的だと文中にある。ロシアでもザリガニはよく食べるようだ。一度モスクワで接待してもらった時にザリガニ料理を食べたいと言ったら、そのロシア人はマガダンの人で、そんなまずいものはよせと言ってくれたが、敢えて無理を言って頼んでみた。泥臭くて、身も少なくまずい。沿海州のマガダンは収容所でも有名だが、出張で行ったことがあり、街中で1980年代でも茹でたカニを売っていたのを覚えていたので、その話をしたら、カニやエビを食べたことがあるまともな人間は、ザリガニなんか食わないよと一蹴された。スウェーデンもロシアもカニやエビのおいしさは当時知らなかったのかもしれないし、輸出向けで高価だったのだろう。

出題)「鋸の作業の時にうっかりして怪我をした」をロシア語にせよ。

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2014年04月09日

●続和文解釈入門第414回

ロシアでも抽象的に全体の中の一部を歯車(比喩的な意味ではзубчатое колесо(歯車), маховик(はずみ車), винтик(小さいネジ)が使われる)に例える。これはチャップリンの映画モダンタイムズを思い浮かべるのかもしれない。ところが、日本では神道の影響があるのか、全体の中の小部分малая часть единого, неделимого мираとし、全体のために個人の利益を優先させるという考え方が工場などでも非常に強いようである。QCサークルкружок контроля качестваも下からの提案を取り入れ、日本の企業自体が上意下達процесс принятия решений сверху-внизではない。つまり現場意識がロシアに比べれば徹底していると言える。

出題)「占領地域では犯罪者に対してこれまでとは違った措置が取られた」をロシア語にせよ。

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2014年04月08日

●続和文解釈入門第413回

体のペアがない動詞(単体動詞одновидовые глаголы)は動詞の語義自体に、なじみの動作だけで新規の動作を許容しない(不完了体のみ)か、新規の動作だけで、文脈(状況)のみに依存する動作を許容しない(完了体のみ)があり、これが対称性の偶発的な乱れспонтанное нарушение симметрии(物理学の和訳では「対称性の自発的な破れ」となっているが、その訳自体疑問に思うので、自分が適訳と思うものに変えた)となって現れるからだと思われる。

出題)「1990年代の初めにはもう家具を手に入れるのは問題ではなくなった」をロシア語にせよ。

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2014年04月07日

●続和文解釈入門第412回

災害と言っても、天災というのはприродная катастрофаとかстихийные бедствияと訳せばそれでよいが、災害には人災もある。年鑑『日本Япония』2013年版を今読んでいるが、その中の出だしの論文である、日本研究家ストリツォーフСтрельцов Д. В. 氏の『2013年の参院選Выборы в палату советникв 2013 года』の中に、福島第一原子力発電所の事故について触れているところがある。そこにはこの大災害の防止を人為的災害、自然災害の防止、предотвращение техногенных и природных катастрофと訳してあった。なるほどこれは人災でもあり、このロシア語訳は精確だなと思った次第である。

出題)「私を誰かとお間違えですよ」をロシア語にせよ。

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2014年04月06日

●続和文解釈入門第411回

モルフォ蝶の翅は表面に金属光沢をもつのが特徴である。この光沢はほとんどの種類で青に発色する。これは翅の表面にある櫛形の鱗紛で光の干渉が起きるため、光沢のある青みが現れる。このような現象を構造色structural color (структурный цвет)という。これは主観的な主張をせずに、回りに合わせて動作を行うという不完了体の用法に似ているのではなかろうか。

出題)「隣の花は赤い」をロシア語にせよ。

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2014年04月05日

●続和文解釈入門第410回

自分に作家としての才能があるとは全く思わないが、私のような素人でも、書いておかなければ忘れるというような言い回しや語句が何気なくぱっと頭に浮かび、それをメモしておくというのがこの何年来強迫観念になっていることである。プロの作家との違いは、私のは文字通り片言隻句だが、プロはすぐ何枚も何十枚もの原稿になるくらい一気呵成に書けるのだろう。誰にでも作家になれる素質はあるが、ごく例外を除いて、素質だけに終わるということだろう。何が足りないかというと、それはたっぷりの努力とほんの少しの運であると思う。

出題)「足は凍えて、ほとんど感覚がなくなった」をロシア語にせよ。

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2014年04月04日

●続和文解釈入門第409回

趣味や生きがいを持ったりするのは社会と接点を持つということであり、それが正気を保つ(精神的なバランスを保つ)上で重要である。会社に行くというのも、好きで行く人は仕事や職場が生きがいなのだから、別にして、会社がなくなると社会と接点もなくなるわけである。定年が近い人は、定年後どうするのかを早めに考えておいた方がよいということであろう。

出題)「もし我々の方から何か質問が出てくれば、ご説明なさることになりますよ」をロシア語にせよ。

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2014年04月03日

●続和文解釈入門第408回

『三訂和文露訳入門』の2-1-8-10項結果存続の無効(動作の無効改め)の意味が、不完了体過去形を使う事で100%出せると思っている方が多いようなので一言書いておく。2-1-3項の動作の往復において対義語のある動詞群の不完了体過去形には、結果存続の無効の意味が出る場合が多いが、全ての文脈においてというわけではない。不完了体には文脈によって反復、過程という意味の場合もあるからである。反義語がない不完了体過去形の動詞群も同様に、反復や過程の意味ではない時に結果存続の無効という意味が出る可能性がないわけではないが、その可能性はあまりないし、誤解を招かないように、明確に結果存続の無効であること示す手立てを講じるべきである。

出題)「その薬は万病に効く」をロシア語にせよ。

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2014年04月02日

●続和文解釈入門第407回

ロシアでは賄賂が昔から大いに問題になっているが、これは記録(17世紀ごろ)で分かる限りにおいて、役人の給与が低すぎて、それでは食べていけないので、賄賂を取らざるを得なくなったということらしい。それと西欧に対しての抜きがたいコンプレックスと、そこから生じるロシア人特有の見栄がある。貧乏というコンプレックスを持つと、見返してやれとばかりに派手にふるまうというものである。そのためには金が要る。そうなると賄賂を取るしかないという悪循環になる。

出題)「こんなに成功するとは彼は夢にも思わなかったろう」をロシア語にせよ。

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2014年04月01日

●続和文露訳入門第406回

和文露訳をするときに露和辞典も頼りになるとはいえ、岩波も研究社のも出版されてから20年以上経っているし、編纂時に利用したソ連時代の辞書はさらに古いだろう。そうなるとこれらの辞典の用例が会話で使えるのかいささか心もとない気がする。今一番私が頼りにしているのは2001年から出版開始のアカデミー版の露露だが、これはРの初めまで(第22巻まで)しか手元に届いていない。残りは1980年版の4巻本のアカデミー版が頼りであるから不安は不安である。

出題)「緊張しているときには、見たり聞いたりするはずだと思っているものを、実際見たり聞いたりするより一瞬早く見たり聞いたりする」をロシア語にせよ。

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