2015年02月01日

●和文露訳指南第173回

偶発的反復と規則的反復が形式上入り混じったような文を見かけることがある。最初の文のслучаетсяはбываетも含めて、文法上иногда、всегдаなどと同じ副詞扱いであり、偶発的反復を示している。三つ目と最後の文は主文が規則的反復を示し、従属節が完了体未来形を用いて先行する動作を示しているが、例示的ニュアンスも感じられる。

(運転手が駐車場ではないところに車を置いて、罰金を払うということはこのようによくあることだ)Так и случается: поставит водитель машину не на стоянке – заплатит штраф.
(そうよ、ロマのことを時々思い出して、涙ぐむこともあるわ。なんて私純情で、お馬鹿さんだったのかしら)Правда, иногда вспомню Рому и всплакну, какая я была наивная и глупенькая.
(塩素が蒸発したら、溶液を瓶に〔いつも〕注ぎます)Когда хлор улетучится, я наливаю раствор в банку.
(思い出すと、むかつく)Как вспомню - так тошнота подкатывает.

出題)「背中が凝っている」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:22 | Comments [6]

2015年02月02日

●和文露訳指南第174回

智さんが第19回でコーシカさん宛に2種類辞書を買ったことをお書きになっている。その中のУшаковは古い辞書だが、『窓別冊 ロシア語の辞書』(ナウカ、1980年)で東郷正延先生がこの辞書にはотвечатьに完了体的用法(完了体過去形のアオリスト的用法だと思われる)と記載あることを指摘され、стаканは「ものを飲むための円筒形の、取っ手のないガラス容器であり、бутылкаの約1/3が入る」とあって日本のコップよりは大きいことが具体的に分かるとして褒めておられる。このコップの量がうかがえるアネクドートとして、拙著『ロシアのジョーク集』に次のようなものがある。

На том свете встретились Брежнев с Андроповым. - Выпьем, Юра ! - Нет, Леня, подождём третьего. 
訳)あの世でブレジネフがアンドローポフと会いました。
「アンドローポフよ、飲もうぜ」
「ブレジネフ、だめだよ。三人目を待とうよ」

 ソ連末期酒不足の時に流行ったアネクドートで、オチはチェルニェンコの死を揶揄したものだが、そのほかにも読み取れるものがある。1本のウオッカを買う金のない人は酒屋の前で、見知らぬ人同士であっても後二人飲みたい人を集め、3人で1本買い、その場で隠し持っていたコップстаканで一気飲みして、名前も聞かずに分かれるのを常とした。なぜ3人かというと、ウオッカ1本は500 ccであり、それを3人で飲むと空になり、このことからウシャコーフの辞典にあるように、コップはビンの1/3の大きさであることが分かる。ロシア庶民のトリビア(雑学)に大いに関係していることが分かるアネクドート(小噺)である。以上蛇足ながら。

出題)酒を勧められての答えとして「運転がありますので」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:40 | Comments [6]

2015年02月03日

●和文露訳指南第175回

『和文露訳指南』9-2-3項の確述について、下記を加えた。例文については第173回の本文参照願う。

この用法で示すのは規則的反復である。主文は不完了体を用いて規則的反復を示し、従属節は完了体未来形を用いて先行動作の終了を示すが、例示的ニュアンスも出る。主文に不完了体を用いて規則的反復を示し、従属節に確述の用法の完了体動詞過去形を用いて先行動作を示す事も可能であり、さらに完了体過去形を続けて順次的用法を用いる場合もある。

出題)「師団への辞令をもらった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:05 | Comments [6]

2015年02月04日

●和文露訳指南第176回

会話での和文露訳のときには、実際に使える活用語彙активный запас словと文法の知識がものを言う。語彙というのは単語、熟語、慣用句、諺にせよ基本は丸暗記だが、単語だけを並べても意味やニュアンスが伝わるとは言えない。そこで必要なのが、語用論である。語用論というのは動詞の体の用法、単数複数の使い分けなど、実際にロシア語を話す上で必須となる知識であり、手段かつ武器である。露文解釈では必要がないということで、ほとんど無視されてきたが、拙著『和文露訳指南』は、その武器を実戦用に分かりやすく解説・整備したものである。

出題)「ひょっとしたら、それはすべて俺の空耳か」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:16 | Comments [6]

2015年02月05日

●和文露訳指南第177回

『和文露訳指南』7-3項の出だしを下記のように改めた。

7-3 状態「~である」(不完了体)と状態の発生時点「~となる」(完了体)を示す動詞群(казаться/показатьсяのグループ)

 この動詞群は完全な体のペアとは呼べず、明らかに語義に相違があり、それはБыло трудно.(困難だった)とСтало трудно.(困難になった)の意味の対立に例えられる。このグループの完了体は状態の発生時点の意味をもたらす接頭辞をつけることで、状態を意味する不完了体から派生したと言える。このグループの完了体過去は容易にアオリスト的用法(〔そのときは〕その気になった)を意味し、状態を示す不完了体と対立する。なぜなら結果の存続については不完了体現在形がカバーするからである。ただ文脈によって完了体過去形はアオリスト的用法から派生して、動作の結果の存続ではなく、感覚の記憶が残っているという、いわゆる結果存続無効の用になる場合もある。3-1-6項の状態の動詞も参照願う。

(思いがけなく叩く音が聞こえた)Неожиданно послышался стук. <アオリスト的用法>
(ひょっとしたら、それはすべて俺の空耳か)Может быть, мне всё это просто послышалось. <結果存続無効>

出題)「発作が起こると意識を失う方ですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:57 | Comments [7]

2015年02月06日

●和文露訳指南第178回

2015年1月5日付の読売新聞によると、ネットの利用法について出した電子書籍(1部200円)が記録的な部数である800部売れたが、作者の取り分は7万円とのこと。電子書籍で売り上げ部数が1ケタというのも結構多いらしい。2年ほど前に読んだタイム誌でもアメリカで電子書籍が100部売れたら一人前と書いてあった。課題は宣伝だとある。私はと言えば、電子書籍6点を販売してから3年過ぎてようやく販売部数200部をこの正月に越えた。喜ぶべきなのであろう。紙の書籍11点の累計売上数は10年間で三万部ほどだから、電子書籍だと購入をあきらめる人が多いような気がする。
『和文露訳指南』(上下2巻各1,080円)を昨年夏に出した時に、自分用も兼ねて製本版(各2,800円)も出した。自分でも買ってみて、今使っているが、製本版の方が見やすく、引きやすいし、はるかに使い勝手がいい。1,720円だけ電子書籍版より高いが、私が抜いているわけではなく、製本代をそのまま乗せているだけである。1冊ごとの製本ゆえに高いのであって、これが1万部とでもなれば、かなり安くなるだろうということは想像できるが、本の内容が内容だけに、そんなに売れるものではないのは百も承知である。総ページ数550ページだから、2巻で5,600円が高いかどうかである。使う人が内容を気に入ればということなのだろう。
Dlmarketも電子書籍を購入して、近くのコンビ二で紙にコピーしたものを受け取れるサービスを始めたという。しかし、コピー代が見開き(つまり2ページ)で60円くらいだから、製本版の方が安いし、買いやすいように思う。

出題)ようやく電話に出た相手に「俺はもう30分も電話しているんだぞ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:42 | Comments [6]

2015年02月07日

●和文露訳指南第179回

完了体は語義にある動作の始めから終わりという全一性を示す。動作が終われば何らかの結果(論理的帰結)があるということで、それは具体性を帯びやすい。翻って、不完了体は動作の有無の確認がその本質だから、始まった動作が終わるかには関知せず、それゆえ一般性を帯びると言える。こういう観点から体の使い分けを考えてもよいかもしれない。

出題)「妊娠中に動脈圧の上昇(浮腫、皮膚炎、皮膚病)はなかったですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 09:04 | Comments [7]

2015年02月08日

●和文露訳指南第180回

このコーナーや『和文露訳指南』において、動詞の体や単数複数、その他のロシア語の文法事項において、自説を述べているが、少なくとも私は先達の知識の上に立って展開しているつもりであり、我流の説にあぐらをかいて、雲をつかむような話をしているつもりはない。せいぜいのところ、これまでの参考書と違い、会話における和文露訳の観点から述べているというのが、目新しいのかもしれない。ただ私の説を鵜呑みすることなく、自分の読むロシア語の文章で確認してほしい。おかしいと思えば、具体的な例でご指摘いただければ、それについて回答するし、私の説が間違っていればお詫びして訂正する。

出題)「彼は返答に詰まった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:47 | Comments [7]

2015年02月09日

●和文露訳指南第181回

丸暗記というのは何も考えずにひたすら暗記することを言うが、丸暗記が必ずしもだめだということではない。語学をする上で語彙や例文の暗記は必須だが、延々と続く丸暗記に向いている人はあまりいない。そういう小数の人が名通訳や名ガイドになるのかもしれないが、いい大人が丸暗記を続けられるはずもない。暗記を助ける手段として、動詞の体の用法の使い分けなどの文法の理解や、このコーナーへの投稿がある。どういう手段を使っても、何か脳に強い印象を与えるようにすれば、語彙を覚えることができる。そのお手伝いをこのコーナーでやっているわけでなる。自分が間違えた文の正解、苦労して考え出て正答した文は記憶に残りやすい。そういう意味で理詰めの和文露訳の勉強を勧めているわけである。

出題)「あなたと同じものを飲みます」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 11:13 | Comments [9]

2015年02月10日

●和文露訳指南第182回

投稿者の中には答えに加えて用法(例示的用法とか遂行動詞)とか書いて来られる方がいる。答えの文を見ればどういうつもりで書いているか大体分かるので、個人的にはどちらでも構わないのだが、こういう理屈を書くことで、仮に正解だったとしても偶然ではないという、どうしてこの体を選んだのかということで、偶然性の排除にもなるし、間違っても、具体的な反省の材料になる。他の投稿者や閲覧者にとっても、このような理屈付けは、他の人の考えを知る上で、大いに参考になると思う。投稿者は自分のロシア語の向上だけを考えて投稿すればよいが、それがかえって、私も含めて他の投稿者や閲覧者を大いに資することになっている。

出題)「この箱は彼にとって机代わりだ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:40 | Comments [10]

2015年02月11日

●和文露訳指南第183回

『和文露訳指南』に9-14項として下記を追加のこと。

9-14 仮定法と未来の時制

 仮定法過去というのは事実に反する動作や状況を示し、同じ形式で過去の時制でも、現在の時制でも、未来の時制でも用いられる。時制の違いは文脈のみに依る。未来の時制で用いられる場合には、条件法の未来の時制と意味的に近くなるが、それでも実現の可能性はより少ないと話し手が考えていることになる。次の文を、仮定法と条件法で書いて見ても意味は変わらないが、ニュアンスは若干違う。

(母が僕に送金してくれたら、この車を買うのだが)Если бы мать прислала бы мне деньги, я бы купил эту машину. <仮定法過去、送金の可能性は絶望的〔このロシア語原文は『現代ロシア語文法』(城田俊、東洋書店、2005年)より借用〕>
(母が僕に送金してくれたら、この車を買う)Если мать пришлёт мне деньги, я куплю эту машину. <条件法〔このロシア語原文は『現代ロシア語文法』(城田俊、東洋書店、2005年)より借用〕>
(明日までに雨がやめば、郊外に行くのだが)Если бы к завтрашнему утру дождь кончился, мы поехали бы за город. <仮定法過去、雨がやむ可能性は絶望的。утруはどちらの力点も可能〔このロシア語原文は『現代ロシア語文法』(城田俊、東洋書店、2005年)より借用〕>
(明日までに雨がやめば、郊外に行く)Если к завтрашнему утру дождь кончится, мы поедем за город. <条件法、утруはどちらの力点も可能〔このロシア語原文は『現代ロシア語文法』(城田俊、東洋書店、2005年)より借用〕>
(警察が調書にしてくれたなら、いい教訓になるのに)Пусть бы милиция составила протокол – хороший был бы урок. <時制は過去ないしは未来。現在の時制は完了体を使っているので不可>
(どうして邪魔をするんだ。やらせてみればいいのに)Зачем помешали: пусть бы попробовал.  <同上>

出題)「自分がガンじゃないかと思うんだ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:48 | Comments [8]

2015年02月12日

●和文露訳指南第184回

特定の日本語の語彙を頭において例文を集めるというのは邪道だと思う。ロシア語の本を読んで、その例文が和訳するとなれば、こう訳せるという事で、それを語彙集に含めるべきである。そうすれば、集まる語彙に無理がでない。ある日本語の語彙を見つけることを目標にすると必ず無理が出る。こういう風にして40年語彙集を作ってきたから、ある程度語彙にバラツキがあるのは止むを得ない。しかし、辞書編纂となると、もう少しバランスを取る必要があり、少しはその邪道に踏み込もうかと考えている。

出題)「その女の前に二人の警察官がぬっと現れた」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:21 | Comments [8]

2015年02月13日

●和文露訳指南第185回

пить воду(水を飲む)は対格で、попить воды(水を少し飲む)やвыпить воды(水を飲み干す)にはなぜ部分生格が来るのか考えてみた。部分生格の場合は動作にも、水にもその水ということでは限定性がある。対格の場合は動作にも、水にも限定性がない。そこが違うのではなかろうか?выпить стакан воды(コップ1杯の水を飲み干す)という例でも水が限定されている。

出題)「船体を緑の塗料で2度塗りして下さい」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:17 | Comments [10]

2015年02月14日

●和文露訳指南第186回

露文解釈だけならともかく、会話ということになれば、ビジネスロシア語や観光ロシア語においても、単に語彙やその説明をするのではなく、それ以前に文の正しい理解のために、動詞の体の正しい理解が不可欠である。そうでないと、損得に響くことが多々あり得る。語彙であれば、どういう風にネットで語彙を収集するのか、正しい語彙のチェックの仕方を教えるだけ十分だと思う。

出題)「湖面に輪が広がった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:18 | Comments [9]

2015年02月15日

●和文露訳指南第187回

参考書というのは読むだけではなく、その後も利用できるように、内容に感心したり、疑問に思ったところには下線を引くなりして、後ろのページの余白にそのページ番号を書いておくようにすれば、あとで気になった時に、再度チェックできるから便利である。このようにして市販の参考書を自分なりにアレンジして、容易に検索可能な自分だけの学習辞書を作るとよい。そうすれば無理に暗記することなく、どこを探せば答えが見つかりそうかということで、そのような学習辞書をできるかで多く作ってしまえよいことになる。

出題)「画像をもっと鮮明にしようとした」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:45 | Comments [10]

2015年02月16日

●和文露訳指南第188回

体の本質は同じであるが、動詞群によってその現れ方に強弱が出る場合もある。そういう意味もあって、拙著『和文露訳指南』ではかなり細かく動詞群に分けて具体的に説明している。ただこのような個々の用法にばかり目が行き過ぎると、体に共通する本質というのを見失いがちになり、各動詞群の特徴ばかりに目が行って、逆に通訳の時に体の使い分けに時間がかかるようになってしまう。体の本質とは何かというのを常に頭において、個々の用法とフィードバックさせることが、体の奥義を極める近道である。

出題)「科学的な目的なのか、宗教的な目的なのかは我々には判断がつかない」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:38 | Comments [7]

2015年02月17日

●和文露訳指南第189回

不定法や命令法は厳密に言えば未来の時制の動作を対象にしたものであり、過去や現在の時制ではないので、促し、禁止、不可能、不必要、例示的用法という未来の時制に近い用法となったのだと思われる。

出題)「もし私が5時か6時に戻ってきたら、あなたのところは開いていますか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 04:52 | Comments [8]

2015年02月18日

●和文露訳指南第190回

『和文露訳指南』2-2-1-2項に下記追記願う。

完了体過去形のアオリスト的用法というのは、過去の時間軸の特定かつ不動の一点で行われた唯一の動作や出来事を指し、それが発話の時点と関係がないか、発話の時点との関わりを問題にしないという意味である。発話の時点と関わりがあれば近接未来ということで、結果の存続の用法となる。動詞によっては7-2項の動詞群のように、アオリスト的用法で動作が行われたが、発話の時点とは無関係どころか、その動作が完遂されなかったという結果存続無効(3-1-12項)のニュアンスがはっきりと出る動詞群がある。2-2-3項のбылоはいったん開始された動作の中断、中止)だが、それとは違って、動作は行われるのだが、期待された結果が出ないという動詞群である。

(彼のことはあてにしたのだが、このざまだ)Я на него понадеялся, а вот что вышло. <シノニムのположитьсяにもこのニュアンスが若干ある。動作は起こったのだが、期待とは違う結果になった>
(一瞬来ないのかと思ったよ)На секунду я было подумал, что ты не придёшь. <いったん開始された動作の中断、中止>
(リーヂヤ・ミハーイロヴナは突然笑い出して、僕に抱きつこうとしたが、僕は彼女を避けた)Лидия Михайловна вдруг засмеялась и попыталась меня обнять, но я отстанился от неё. <попробовать, попытатьсяもпонадеятьсяと同様な結果存続無効のニュアンスがある>

出題)「彼はドアを開けたままにした」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:04 | Comments [9]

2015年02月19日

●和文露訳指南第191回

『ハートロッカー』というアカデミー賞受賞の映画を見ていたら、「分かった」という言うところで、Understood.と言っているように聞こえた。そこでネットI understandとUnderstoodの違いについて調べたら、ネットの初心者英会話ステーションというところに説明を見つけた。説明と言っても現在の時制がよく使われるという頻度での説明であって、語用論的なものではまったくないのは、説明している人が遂行動詞というのを知らないか、閲覧者のレベルでは分からないと判断したのか、実用的には文法にこだわらずに、専門家の言う事に従えと考えているのかは分からない。ようするに使い方を丸暗記せよということらしい。

- Do you know what I mean?
- I understand.

Understoodは(It is) understood (by everyone)の略で、了解は了解でも、個人的に分かるというよりは、誰にでも分かるというニュアンスがあるらしい。ただI understandのほうが頻度的にはるかに高いとある。またI get it. = I got it.でニュアンスの差はほとんどないとある。つまり英語では遂行動詞と結果の存続を実用上は同じように見なしているということになる。

出題)「彼は何度死にかけたことか」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:35 | Comments [12]

2015年02月20日

●和文露訳指南第192回

完了体過去形を用いる結果の存続はアオリスト的用法の派生だが、それは完了体過去形をтолько что(たった今)と結びつけて考えると、動作の不動の一点が示されており、アオリスト的用法であることは一目瞭然である。動作の完遂した瞬間と発話の時点があまりに近いので、その動作の結果は発話の時点にも残っていると想定され、それが結果の存続につながって行ったと考えられる。ちなみに不完了体過去形なら動作の有無の確認となる。この違いは「たった今」を現在と全く関わりのない過去の時制と捉えるか、アオリスト的用法から派生した結果の存続と捉えるかによる。

(私はたった今戻った〔戻ってきたばかりだ〕)Я только что вернулся.
(ぼくにたった今アンドレイが電話してきた)Мне только что звонил Андрей.
(しかし、たった今彼が電話してきた)Но он только что позвонил.
(僕はたった今〔ここに〕入ってきたばかりだぜ。それなのに君ときたら自分のお願いかよ)Я только что вошёл, а ты ко мне со своими просьбами.
(僕はその時、首になったばかりだった)Я тогда только что уволился.
(彼らはたった今までここにいたんだ。遠くからでも分かったよ)Они только что были здесь, я заметил ещё издалёка.

出題)「前を失礼します」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:26 | Comments [10]

2015年02月21日

●和文露訳指南第193回

『和文露訳指南』の下記の部分を若干変更した。

7-2 不完了体動詞の使用頻度が高い動詞群(звонить/позвонитьグループ)

対応する完了体動詞はпо-という接頭辞をもつが、по-という接頭辞を持つ動詞がすべてこのグループに入るという事ではない。この動詞群においてはпо-という接頭辞は完了体の目印であり、はっきりとした語義上の差異をもたず、所与の動作の一回性を強調する。この動詞群の不完了体動詞は動作動詞ではあるが、動作の継続のニュアンスがあるために対応の完了体動詞とは完全なペアとはなりえない。不完了体が語義のすべてをカバーするため、過去の時制や目的を示す不定形に用いられる場合、特に動作主体、動作の時間などの話し手の注意が集中する場合には、完了体も用いられるとはいえ、一般的には不完了体の使用が優先する。完了体には偶発的反復でよく使われ、不完了体動詞未来形には意図の用法が発達している。この動詞群は不完了体から完了体が発達し、完了体を発達させた理由は、未来における必要性、可能性、好ましさ、結果存続無効を示すときなどに用いるためだと思われる。2-2-3項のбылоはいったん開始された動作の中断、中止)だが、それとは違って、動作は行われるのだが、期待された結果が出ないという動詞群である。未来の時制では完了体動詞未来形と不完了体動詞未来形のニュアンスは後者が口語的というぐらいで、ほとんどないといえる。3-1-4-5項、3-2-1-5 ハ)項、4-1-1-3項、4-1-1-7項、5-2-5項参照。

(ここに第190回本文にある例文を挿入のこと)

出題)「必要な時には助けるよ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:16 | Comments [10]

2015年02月22日

●和文露訳指南第194回

『和文露訳指南』の3-1-6-2項に下記の部分を追加した。

形容詞の短語尾にもこの用法があるものもある。動作よりその結果の存続に文の焦点があるからとも言えるし、動詞бытьが動作の意味に用いられ、その結果の存続の用法であるとも言える。8-1-1項も参照願う。

(ロックンロールは死んだ)Рокк-н-ролл мёртв.
(彼は亡くなったが、彼の事業は生き続ける)Он мёртв, но дело его живо.

出題)「内科医としては長いのですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:57 | Comments [9]

2015年02月23日

●和文露訳指南第195回

通訳をしているときは時間がないので、のんびりと体の使い分けを考えている余裕はない。そこで瞬間的に体の使い分けのできる基準を考えてみた。「過去や未来の時制で1回の具体的動作の完遂なら完了体を用い、それが現在の時制なら不完了体を用いる」というものであり、それ以外なら不完了体を用いると覚えておけばよい。体の用法の使い分けというのは、1回の具体的動作の終了(完了体)なのか、それ以外(不完了体)かということに尽きると思う。それ以外というのは状態、過程、性質、規則的反復である。問題なのはこの二つが組み合わさったような用法があることであり、結果の存続のように、先に動作が起こり、それから状態が続くのであれば、動作は過去の時点で起こったわけであり完了体過去形を、評価解釈型動詞のように、動作の評価を伝えるものは不完了体現在形を、遂行動詞のように過程に初めと終わりがあれば不完了体現在形をという具合である。その場合は動作がいつの時点で起こるのかによって体の使い分けが決まる。例示的用法の場合は、これから(未来)の1回の具体的動作に例えて用いられると考えればよい。ただ問題は一つの動詞、例えば状態の動詞(бытьも含めて)、動作のニュアンスがある場合もあることであり、形式上動作の意味であっても、状態で表現されるから始末が悪い。

(もういらしたのですね)Вы уже здесь. <結果の存続>

一つの動詞でも文脈によって語義が動作や状態(過程)となる場合があり、それは使われる動詞のイメージを頭の中におくことで、ある程度体の使い分けの問題は解決できると思う。

出題)「僕はイールカともう1週間もけんかしていた」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 06:27 | Comments [9]

2015年02月24日

●和文露訳指南第196回

『李香蘭 私の半生』(山口淑子・藤原作弥、新潮社、1987)を読んだ。満州生まれの女優で、後の参院議員である山口淑子(1920~21014)の自伝である。正に波乱万丈の生涯であり、中国語が堪能であり、女優の自伝としては高峰秀子の『わたしの渡世日記』(2巻、高峰秀子、新潮文庫、2012年)と双璧であろう。満州時代に知らず知らずのうちに国から自分が傀儡としての役割を演じさせられたことを後悔していることが分かる。幼いころから中国を習い、日本語と同様母語同然であるが、日本に来たのは大人になってからという、日本人には珍しい、生まれついての国際派である。美人だが、顔は国際的というか何人でも通じるように見える。本書は共著であるために、自伝にありがちな偽善化や偽悪化もなく、物事を判断するうえでのバランス感覚にも優れ、文章も明快であり、歴史的事実についてもよく調べている。川島芳子とも交友があり、そのデカダン的な自暴自棄な生き方を身近に見た歴史の証人でもある。ラストエンペラーである溥儀一家とも交友があり、皇后がアヘン中毒であったのも、皇帝自身が男色の趣味があったからだとか興味が尽きない。満映社長だった甘粕正彦の複雑な心理なども垣間見える。水原弘の「男なら」という歌の元は、下関の特攻隊基地で彼女が聞いたもので、歌詞は「男なら男なら 未練残すな浮世のことは 花は散り際 男は度胸 胸に日の丸抱いて行け 男ならやって散れ」というもので特攻の歌だったということである。

出題)工場での質問「今日何点の商品を生産なさっているのですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:29 | Comments [10]

2015年02月25日

●和文露訳指南第197回

メーカーや弁護士の方が無料翻訳ソフトを使って作ったメールが、ネット上に流出して大問題になっているのは周知の通りである。ロシア語も翻訳の仕事はほぼなくなり、これも無料翻訳ソフトの影響もあるのだろう。だいたいの意味さえわかるのならこういうソフトを使ってみるというのも分かるような気がするが、タダより高いものはないということの証左でもある。語学はそれなりの時間、お金を費やしてものしたものであるから、それをタダで利用しようというのは虫がよすぎる話である。

出題)「地震は高さ何十メートルもの津波を伴った」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:10 | Comments [10]

2015年02月26日

●和文露訳指南第198回

「最寄りの駅がどこにあるか教えてください」はСкажите, пожалуйста, где ближайшая станция?と初級の会話のレッスンで習う。教えると言っても、сказатьであって、научитьではない。英語でもPlease tell me, where the nearest station is.であって、teachは使わない。英語もロシア語も論理的であり、日本語でなぜこういうことが起きるか考えてみた。この「教える」は敬語だろうと思う。尋ねる相手を立てているわけで、物を聞く以上、先生と見なして、教えを乞うという謙譲の姿勢が言葉に現れたものだと思う。

出題)「私は何も言わなかったことにして下さい」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:39 | Comments [9]

2015年02月27日

●和文露訳指南第199回

『和文露訳指南』4-1-1-5項に下記追記する。

例えば、出だしの文としての「薬局に行って来る」という新たな事態や情報が出てくる場合の露訳に、いきなり×Я буду идти в аптеку. (×は非文〔文法的に正しくない文〕)とは使えない。動作自体が新規であり、動作が文の焦点に来る文なので完了体動詞未来形を使うべきである。不完了体未来形は近接未来では使えないし、不完了体には明確な意味で完遂の用法はないから、未来完了でも使えない。使えるのは未来の時制における動作の有無の確認だけである。よく使われるのは、4-1-1-9項にあるесли, когда との組み合わせである。不完了体動詞未来形がいきなり出てくるように見える次の文でも、普通列車に文の焦点があるから、動作の有無の確認ということで、動詞がなくても意味は通じるから、不完了体動詞未来形が使われているということになる。

(普通列車でいらっしゃるのですね)Вы будете ехать в обычном пассажирском поезде. <急行や特急、飛行機ではなく>

出題)「申し上げる決心がつかないのです」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:26 | Comments [8]

2015年02月28日

●和文露訳指南第200回

тотやтаは前の文脈で出てきた人を指し示す、その人(それぞれ男と女)という意味であり、3人称の人称代名詞と同じ意味で使われる。ただонやонаはそれぞれ男性名詞と女性名詞の代名詞であって、英語のように人だけを示すものではないが、тотやтаは人や動物のみを示す。

出題)「家系に何か遺伝的なものがありますか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:37 | Comments [8]