2014年10月31日

●和文露訳指南第84回

叙想語にも遂行動詞的用法がある。船舶用語で、「エンジン停止(エンジンを停止せよ)!」)というときに、Машина больше не нужна! <= Остановите машину.>というが、これなどもそうであろう。

出題)「その学校は完全に独立採算で運営され続けた」をロシア語にせよ。

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2014年10月30日

●和文露訳指南第83回

どんな動詞も完全な体のペアになるわけではない。完全な体のペアになるのは動作動詞である。それは動作動詞のсесть/садиться(座る)と状態の動詞сидеть(座っている)を比べてみれば分かる。понять/понимать(理解する)という動作動詞でも、不完了体が「分かっている」という状態の意味の時は、露露辞典でも完了体か不完了体か別項を立てるのが普通である。なぜなら状態の意味が完了体の語義にはないからである。これは完了体が動作結果の存続を除けば現在の時制を示す事ができないことに起因する。『和文露訳指南』7-3項の動詞も不完了体が状態の動詞であるために、不完全なペアである完了体の方は動作の結果の存続ではなく、動作の記憶の存続しか示す事ができない。

出題)「夜間、サンマは光源に勢いよく集まって来る」をロシア語にせよ。

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2014年10月29日

●和文露訳指南第82回

『和文露訳指南』5-1項の出だしに下記追記願う。

動作の全一性というのは完了体の特質とされるが、不完了体にも現れる場合がある。特に強く現れるのが次項で説明する命令法の促しや着手の用法である。完了体は話し手が動作遂行の結果として、時間軸の特定かつ不動の一点をイメージするのだが、不完了体におけるこの点は全体を一つの大きな点として見立てたものであり、不動の極小の一点ではない。完了体の動作の全一性には動作の結果を包含しているが、不完了体は動作の結果を意識しないから、全一的動作を提示ないしは示唆していることになる。いわば動作に主観性を与えず、聞き手にその動作を行うかどうかの選択の余地があることを示しており、この状況下ではこうするのが自然であると言っているに過ぎない。ただこの状況下での動作ということを強調すれば、義務や強制というニュアンスが出てくるが、これは何の色にでも染まる不完了体の特性であり、それは飽くまでも文脈に依るのである。

出題)「二部授業をせざるを得なかった」をロシア語にせよ。

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2014年10月28日

●和文露訳指南第81回

遂行動詞というのは発話と同時に動作が始まり、発話の終了と共に動作が終わるということで、過程の意味と完遂の意味が同時に含まれている。この過程の意味があるために完了体は使えず、動作が発話と同時なので不完了体現在形が来ている。遂行動詞というのは、どの動詞でも不完了体現在形で一人称ならなれるかというとそうではない。『和文露訳指南』の3-1-4-3項にあるようにオースティンは5つ挙げているが、一言で言えば意思伝達型の動詞である。これ以外の動詞идти(運動の動詞)、чувствовать(感覚の動詞)などは基本的に遂行動詞にはならない。なるとすれば、Идёт.(オーケー)というような意思伝達の意味を持つときである。

出題)「1901年彼は国境の部隊に異動した」をロシア語にせよ。

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2014年10月27日

●和文露訳指南第80回

『和文露訳指南』3-1-2項の出だしとして下記追加願う。

過程(進行形)は進行する動作の平面が開放的であるが、円とか四角や不規則な形でも、ループのように始点と終点が一致する閉道を動けば、動作は反復することになる。これは池の回りをぐるりと何度も一方向に歩いたり、走ったりすることをイメージするとよい。この動作自体は過程であり、不完了体は過程も示せるのだから、ここから2-1-6項で説明した規則的(偶発的ではない)反復も示す事ができるという理屈になる。

出題)「どんな色がお好きですか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月26日

●和文露訳指南第79回

『木田元の最終講義 反哲学としての哲学』(木田元、角川ソフィア文庫、2008年)を読んだ。これまで読んだ木田先生の著作のまとめのようなものだが、弟子筋の村岡晋一中央大教授が書かれた解説が面白い。木田先生が、「本がちゃんと読めるようになれば人柄がよくなる」とおっしゃったのは、「原文をきちんと日本語に移しかえることができれば、その文章だけでなく、前後の文脈が一気に誰にでも理屈抜きにクリアになる」ということであり、「テキストの一文を自然な日本語にできなければ、結局その部分を理解できていないことがばれてしまう。その結果テキストの間では分からないことを分かったふりなどできなくなり、謙虚にならざるを得ないというわけである」というのが木田先生から学んだ教訓であるとある。「ちゃんと理解すれば、それにぴったりと当てはまる日本語の表現が見つかるはずだ」という木田先生の信念については、全く同感である。「哲学は本来難解なものだから、翻訳が分からないのは読者の無理解のせいだと言わんばかりのものが多かった」とか、「哲学とは人類普遍の英知とばかり教えられてきた」が、木田先生は、「日本で哲学と言っているのは西洋哲学のことであり、日本の哲学的翻訳のレベルを全く新しい次元にまで高められた」とあるのもうなづける。1972年から毎週月曜中央大学後楽園キャンパスにてドイツ哲学書の原書を読む読書会を主宰され、休むのは正月ぐらいだったとあるから、後進の指導にも熱心だったことがよく分かる。

 木田先生は最初ハイデガーの『存在と時間』を読解するために、ドイツ語の他に、フランス語、英語、ラテン語、古典ギリシャ語も学ばれたと聞く。そうであればドイツ人の哲学を専攻した人と哲学についてドイツ語での会話でどのくらいわたりあえたのだろう?ロシア語から類推すればロシア語読解がかなりのレベルできても、会話のロシア語(和文露訳)ができるかは別問題であり、私がいた頃の大学でロシア文学専門の先生方は会話が得意の方は少なかった。これは当然のことで、和文露訳は和文露訳用の勉強をしないとうまくならないからである。これまでは初級文法を終えた後はおおむね例文の丸暗記だったが、和文露訳用に理詰めの、動詞の体を中心とした勉強を私は提案している。木田先生のように読解だけと割り切るにせよ、語彙を完璧に理解するためには原語の語彙を使いこなせなければ、読解の方も完璧な理解にはならないと思う。使ってみて初めて知る、その語彙のニュアンスや味わいというものがあるからである。動詞の体の用法を理解し、使いこなせなければ、ロシア語からの翻訳などとてもできるものではないと思う。翻訳や通訳を考える上での最初の通過点が体の理解とその使い分けであり、それができない人が翻訳や通訳をするというのはそら恐ろしい気がする。

出題)「何をした後に痛みが起こりますか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月25日

●和文露訳指南第78回

私が動詞の体の本質が分かったと感じたのは2013年6月ごろで、ちょうど『新訂和文露訳入門』を出す間際の頃である。40年以上ロシア語をやってきてと、考えると情けない限りのようなものだが、会話の和文露訳をする上での体の使いわけの参考書がなかったし、教えてくれる人もいなかったのでやむを得ないと感じている。体の参考書ではA Grammer of Aspect, Forsyth, Cambridge, 1970がベストだと思うが、うかつなことにこの本の存在を教えてもらったのが2013年の8月であり、もっと早く読んでいたらと思わないわけでもない。ただ大学の時にこの本を読んでいても、理解できなかっただろう。理解するには何事もベースとなるものが必要である。会話のマスターを優先に考え、ロシア語を学んで最初の20年間は中級文法をやる傍ら、例文と語彙の丸暗記がベストと思い、慣用句や熟語、諺の暗記に徹していたからである。フォーサイス先生のこの参考書は、肝心の体の本質については完了体の動作の全一性ということに触れているだけで、後は、完了体と不完了体の結果の存続とか、順次的用法など、時制や法(命令法、不定法)において、個別に詳しく説明しているに過ぎない。露文解釈ならこれで十分だが、会話での和文露訳をする上で、一つの動詞文をロシア語にしようとすると、どちらの体を使うのかが、これではうまく出て来ない。うまい具合にフォーサイス先生の挙げてある例文に近いものが出ればしめたものだが、そう世の中はうまくいかないものである。それと発行年代からやむを得ないとは言え、遂行動詞の説明がないし、体の本質がよく説明されていないために、不完了体未来形の説明が不十分である。一番問題なのは完了体と不完了体が同じような文で使われる場合は、どちらが使われる確率が多いかという説明であり、これも体の本質を説明できていないからだと思う。

 体の用法についてはロシア語を学んで数年後に読み始めた『ロシア語動詞 体の用法』、(О. П. Рассудова、磯谷孝訳編、吾妻書房、1975年)、『演習ロシア語動詞の体』(磯谷孝編著、吾妻書房、1977年)や『ロシア語の体の用法』(原求作、水声社、1996年)に負うところが多い。この3冊は30年の間何度も読み返した。体について何とか分かるようになったのもこの3冊の本のおかげである。おかげで結果の存続や順次的用法はわりに早い時点で理解した。遂行動詞のсообщать(知らせる)やその類語については、商社にいてビジネスレターを受け取ったり、自分で作ったりしていたので、ロシア語を学んで数年してそういう奇妙な形式があることには気づいていたが、これもただ丸暗記しただけである。私の体の理解が進んだのは、ひとえに、2011年に偶然手に入れたНовый объяснительный словарь синонимов русского языка, Ю. Д. Апресян 他, Школа «Языки русской культуры, 1999 – 2003(3巻本、総ページ1,300)を4カ月かけて読み通したことによる。これによって遂行動詞や結果存続兼評価型動詞の理解が深まった。この後フォーサイス先生の本やA comprehensive Russian grammer, Terence Wade, Wiley-Blackwell, 2011, 3rd editionの例文で自説の正しさを確認することができたと思う。否定について確信が持てたのは2014年6月にパードウチェヴァ先生の参考書を読んだからで、これを読んだことにより、否定についての自分の考え方が間違っていなかったことを豊富な例文で確認できたわけで、『和文露訳指南』を出版する踏ん切りがついた。

 まだ体が分かってから1年ちょっとではあるが、細かい点での発見や見直しがあるとはいえ、和文露訳をする上では、今のままの自分の理解でよいと思っているが、より分かりやすくという観点から表現の仕方にひと工夫あってもよいかもしれない。

出題)「彼は怪我をしたが、命には別条ない」をロシア語にせよ。

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2014年10月24日

●和文露訳指南第77回

日常会話で自分の意思を大体のところを伝えるのはそれほど難しいことではないが、精確に伝えるためには、自分が日本語でどのような動作を伝えようとしているのかを、存在と時間について明確に意識することが必須である。人間だから感じることにそう違いはないが、存在と時間の表現形式が言語によって異なるということである。私の言っているのは難しいことではなく、例えば「来た」というのは、「来ている」のか「来ていた」のか、「来る」というのは、反復の意味か予定の意味かなどを区別するという意味である。時制を区別しないと露訳できないことになる。これは日本語を勉強しているロシア人にも言えることで、日本語の時制を理解しないといつまでも外人日本語のままである。存在と時間(つまりは動詞の体、時制や法)について考えることは哲学することであると、木田元先生もおっしゃっている。ロシア語会話を通じて動詞の体や時制について考えれば、より精確により簡単に自分の意思をロシア語で伝えることができる。ロシア語で哲学しよう。

設問)「次の日曜は何日ですか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月23日

●和文露訳指南第76回

ロシア経済の成り行きに注目せざるを得ない身としては、悪いニュースばかりが目につく。ルーブルの対ドルレートは今年6月に比べて、現在30%ぐらいルーブル安である。2014年10月27日付のタイム誌によると、国家収入の45%を石油やガスの税収から得ているロシアは、最近の原油の値下がりによって大打撃を被っている。2014年6月に1バレルあたり115ドルだった原油は現在85ドルまで下がり、この値下がり傾向は当分続くと識者は見ている。その理由として挙げられるのは、第一に世界経済の牽引役であった中国やドイツの景気後退によるオイル消費の減少傾向、第二はアメリカでの石油増産で、シェールガスの生産もあり6年前より2倍増え、1日当たり850万バレル生産している。第三はOPECの最重要国であるサウジアラビアも減産するよりは、生産量を維持して原油収入を維持する方針であり、他のOPEC諸国も市場シェアを奪われることを恐れて減産には踏み切れない。

 一方ロシアは、2015年から2017年の国家予算を1バレル100ドルで計算しており、既に1バレルあたり15ドル税収が落ち込んでいることになる。この損失の穴埋めに740億ドルあると言われる準備基金の半分を使わざるを得ない見込みで、シルアーノフ蔵相も税収不足のため国内のインフラの追加投資取りやめや、軍事費削減まで言及している。国内インフラの整備が遅れれば、ますます石油ガスの税収に頼る割合は増えるわけで、ロシア経済はますます悪循環に陥ることになる。2014年10月23日付読売新聞朝刊によれば原油は1バレル82ドルとのことであり、ロシアの原油生産量が日産1,000万バレルなので、1バレル80ドルになれば、予算との差は1日あたり2億ドルとなる。年間では準備基金が吹っ飛ぶ計算になる。シェールオイルも80ドルを切ると採算割れになるとも言われているから、このまま原油の値下がり傾向が続くというものでもないようだ。

 これは北方領土交渉やロシアとの経済協力にとってはプラスの材料かも知れず、石油は1バレル80ドルを割る可能性が高いと専門家はみているので、原油輸入大国の日本にとっては朗報だが、極微小なりといえどもロシアで食っている我々にとっては頭の痛い問題である。

出題)「乗員1名転落。付近一帯の海域を捜索中」をロシア語にせよ。

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2014年10月22日

●和文露訳指南第75回

『和文露訳指南』2-1-8-10項結果存続の無効を現在の時制に移し、項目も3-1-12項結果存続無効と変更して、下記内容を出だしとして追記した。

結果存続無効аннулированность результатаという用法は、動作が現在とは関わりがないことを示すわけで、動作が過去の時制であることを明確にするのに一番簡単なのは、反復の意味ではない不完了体動詞過去形を用いることである。不完了体動詞過去形は仮定法を除けば過去の時制でしか用いられないという特性を持ち、動作の有無の確認の用法でよく使われる。不完了体動詞過去形はこの用法の他に、過去完了(過去の過去を示す)、過去進行形を示すが、3-1-7項の経験の用法のように現在の時制の文脈で回顧的に用いれば、過去完了とか、過去進行形と混乱することはない。対義語のある不完了体動詞過去形を使った2-1-3項も、反復や過程の用法でないことが明確ならこの用法が使える。完了体動詞過去形の用法の項で述べるアオリスト的用法と結果の存続は形が同じなので、区別するのは文脈しかない。その場合結果の存続ではないことをはっきりさせるためには、結果存続無効の用法を使うことになる。

(彼は田舎育ちだ)Он рос в деревне. <育ったのは田舎だが、大人になるまでいたかは分からないし、もう田舎にはいないというニュアンスである。ちなみに日本語の「育った」はアオリスト的用法、結果の存続、過去完了を意味する>
(彼は田舎で大人になった)Он вырос в деревне. <вырасти = стать взрослымであり、アオリスト的用法か結果の存続(まだ田舎にいる)かは文脈で判断せざるを得ず、結果の存続であれば、まだ田舎にいるとなり、日本語の「田舎育ちだ」というニュアンス(田舎にはもういない)と食い違ってくる。このロシア語文は動作が時間軸の一点であるような状況語か文脈がない限り、アオリスト的用法ではなく、結果の存続と理解するのが普通であり、その曖昧さを避けるには結果存続無効の用法を用いるべきである>

設問)「いつもの時間に家へと帰った」をロシア語にせよ。

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2014年10月21日

●和文露訳指南第74回

『和文露訳指南』6-2-5-1項を下記のように改めた。

 трудно(~することが困難である)というのは、ある状況が存在するために、しようとする動作が不可能に近いと言っているのであり、この状況がなくなったり、緩和されれば可能性が出てくるということになる。一方нетрудно, легко(~することが容易である)は、具体的なある状況下では動作遂行の不可能性が低いということである。つまり難易を示す副詞трудно, нетрудно, легкоは、具体的な1回の動作を示す事が多く、このように不可能性に関係すると見なされ、ふつうは完了体動詞不定形と結びつく。不完了体と結びつくのは継続、反復、また次に述べるように、動作遂行が権限や能力において主体の手に負えないというニュアンスがある時であり、他には6-2-5-2項参照願う。

出題)「おはきの靴のメーカーはどこですか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月20日

●和文露訳指南第73回

不完了体は動作自体が文脈に依存するので、具体的な動作だったり、抽象的、非現実的、曖昧な動作を示したりする。不完了体が具体的な動作を示す用法としては、完了体が使えない、刻々動くこの一瞬を含む動作を示す現在の時制の、過程(進行形)、遂行動詞、結果存続兼評価型動詞、状態の動詞などがある。

出題)「彼は都会育ちだ」をロシア語にせよ。

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2014年10月19日

●和文露訳指南第72回

18世紀末には受け身の動作主がот + 生格でも作れるとクルガーノフの文法文例集にあったが、聖書のヨハネの第一の手紙の露訳の中にもあるので紹介する。トルストイの『読書の範囲』Круг чтенияの中にあったもの。

Братья, будем любить друг друга, ибо любящий рождён от Бога и знает Бога.(同胞〔はらから〕よ、お互いに愛し慈しもう。なんとなれば愛するものは神によって生まれ、神を知っているからである)

出題)「どなたとも知らない方にお答えするのはちょっと」をロシア語にせよ。

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2014年10月18日

●和文露訳指南第71回

警察小説が好きでいろいろ読んでいるが、太田蘭三の北多摩純情派シリーズなどはお決まりの面々が登場というお約束事があって、読んでいてほっとさせられるものがあるし、顔のない刑事シリーズはそれなりに読みごたえがある。最近はタイム誌が誉めていたタナ・フレンチの『悪意の森』を読んだが、登場人物を細かく描写するタイプのようで、読んでいて少し疲れる。第三作の『葬送の庭』の設定は奇抜だが、前二作ほどではなく、人物設定も説得力があり、文学的でもある力作。他にはダナ・レオンの『ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する』も面白いが、ピーター・ラヴゼイ『最後の刑事』他のピーター・ダイヤモンド警視シリーズは、ユーモアとウィットの利いた会話、人物描写、アッと驚く結末も含めて警察小説では最高の出来のシリーズものだと思う。

出題)「エヂークが来てたって彼女に伝えてね」をロシア語にせよ。

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2014年10月17日

●和文露訳指南第70回

多分今回で和文露訳の短文出題は通算1200回となる。これまで続いたのも投稿者のおかげであり、深く感謝申し上げる。あとどのくらい続くのだろう。1200回全部に投稿したという方はいらっしゃらないが、自分で回答したという方はいらっしゃるかもしれない。もしそういう奇特な方がいらっしゃれば、御一報を。ある程度回数をこなせば、和文露訳に対しても特に構えることもなく、自分の弱点が分かって来ると思うが、その感想をお聞きしたいものである。それを『和文露訳指南』を使うことで、その弱点を克服できればよいと願っている。

出題)「始めます、始めよう」をロシア語にして、可能な限り挙げ、用法を説明せよ。自分で状況語を加えてもよい。

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2014年10月16日

●和文露訳指南第69回

哲学者の木田元先生の「語学の勉強には精神を安定させるところがあります」という言葉を前に紹介したが、原語を読むというのは、特に抽象的な(想像の働きにくい)思想書や哲学書をすらすら読みこなすには相当の修練が必要である。毎日20~100ページくらいいろいろなロシア語の本を読むようにしているが、これは毎日副作用のない精神安定剤を飲んでいるようなものだし、新しい知見や考え方をも知ることができる。

 そうは言っても原語を読み始めるのなら、その人にとってとっつきやすいものから読むべきである。チェーホフの初期のチェホンテ名義のユーモラスな短編などは読みやすいし、今読んでいるトルストイの『読書の範囲』Круг чтенияも日めくりカレンダーに書かれているような古今の賢人の名言が、トルストイ自身のも含めて、短ければ1行や2行、長くても1~2ページで書かれているので、トルストイ好きな人以外にも、副作用のない睡眠薬や精神安定剤としてお勧めである。

出題)「奴はみんなになめられている」をロシア語にせよ。

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2014年10月15日

●和文露訳指南第68回

ジョークや小噺、アネクドートの類はほとんどが面白くない。なぜかというとほとんどのオチは子供のころも含めて雑誌などに紹介されていて、既に知っているからである。しかもその源流をたどると、中国では二千数百年前の笑府などから江戸時代に翻訳されたものも多いだろうし、また人間は基本的に考えるところは同じだから、同じ発想の笑い話が長い間に生まれてもおかしくはないと考えられるからなおさらである。笑府の中の「女の知恵」というのは、クルガーノフの『文法文例集』Письмовникにも同工異曲のもの(フランスなどからの翻訳であろうが)があるが、それがいい例であろう。

 小噺には人の好みもある。私はロシア語のダジャレ、地口、その時々のロシアやソ連の時代風刺が好きだが、万国共通の艶話や政治小話が好きだという人もいるわけで、多くの人がこれはというようなアネクドートを見つけるのは至難の業である。オチが面白いかどうかにこだわらなければ、アネクドートは時代を知る上での宝庫と言ってよい。しかしアネクドートを理解するためには、現代の若者言葉や俗語のみならず、その当時(ソ連時代も含めて)の時代背景を理解する必要がある。アネクドートは30年ぐらい研究を続けてきたし、何冊か著書も書いた。ロシア・ソ連文学の露文解釈の代わりに、アネクドートで現代ロシアを読み解くという試みをレッスンの形で始めようかと考えている。これは映画や日常会話の聞き取り、文学の読解力向上に大いに役立つと思う。

出題)「彼は往生際が悪い」をロシア語にせよ。

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2014年10月14日

●和文露訳指南第67回

『ロシア語百科 Русский язык Энциклопедия』(Советская энциклопедия, 1979)による動詞の体の説明を読んだ。動詞の体の文法的意味に関しては、少なくともこの百科辞典の発行の時には、共通の見解に達していないと述べ、「不完了体は動作の完遂завершённость действияの意味を持たないかもしれないし、持つかもしれない」とあり、「完了体は自らの抽象的な、質的な限界(そこに達すると動作が尽きるか、止むはずの臨界点)に達した動作という意味を持つ〔ヴィノグラードフ教授の見解〕」とか、「完了体は動作の不可分の全一性を持つ〔マースロフ教授やボンダールコ教授の見解〕とある。全一性については、不完了体の遂行動詞、結果存続兼評価型動詞、状態の動詞、予定の用法も完了体のような全一性を示すし、これらの不完了体の用法は状態の動詞を除けば、ヴィノグラードフ教授の完了体の定義にも当てはまる。いずれにせよ、これらの定義は正しいとは思うが、会話における和文露訳における体の使い分けには、抽象的過ぎて役に立たないと思う。

出題)「その後急に足がいう事を利かなくなり、頭が回りだすことがあった」をロシア語にせよ。

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2014年10月13日

●和文露訳指南第66回

ロシア経済の成り行きを見る際に重要なのは原油の価格とされ、それはロシア連邦の予算の5割を原油やガスの輸出に依存しているからとされる。しかし、その価格の推移を見ても我々素人は何のことかよく分からない。重要なのは政府予算の損益分岐点(赤字予算を組む必要のない1バレルあたりの価格)であり、それが年平均1バレル105ドルであると2014年10月12日付読売新聞朝刊にはある。私が2006年に出版した『ロシア式ビジネス狂騒曲』(東洋書店)では、この損益分岐点を1バレルあたり10~12ドルと書いたのと比べると雲泥の差である。物価の上昇と、公務員や年金に対するプーチン氏のバラマキ政策もあるのだろう。この人気取りのバラマキ政策が悪いと言っているのではない。少数の金持ちに富が集中するよりは、いくらかでも庶民に還元される方がよいに決まっている。しかしながら、石油収入を積み立てた準備基金や国民福祉基金合わせて1500億ドル、外貨準備高4000億ドルとある程度の財政的余裕があると言っても、ものには限りがある。

 同じく読売新聞によると1バレルの原油価格は現在85ドルだから、1バレルあたり20ドルもロシアは損をしていることになる。一方天然ガスも、アメリカのシェールガスに押されて値下げの方向であろう。ウクライナ問題での西欧からの締め付けもルーブル安などで、アンダーブローのように利いているわけで、インフレが庶民の生活を直撃しているということから、そろそろロシアも西欧寄りの姿勢を明確にせざるを得ないと思われる。10月11日プーチン大統領がウクライナ国境沿いに展開していた17,600人に帰還命令を出したと10月13日付の読売新聞朝刊に出ていた。イスラム国の台頭やフランスやスペイン、ポーランドなどのヨーロッパの農業国も、ロシアへの農産物輸出がストップして青息吐息というから一つのチャンスでもある。しかし、肝心の東ウクライナのいわゆる親ロシア派武装勢力トップは、東ウクライナが自治共和国や独立となれば、高官になれるわけで、高官というのは利権がついてまわるという、いわゆる欲と名誉の二本立てなのだから、そう簡単にプーチンの言う事を聞いて矛を収めるとはとても思えない。

 2014年10月13日付のタイム誌にホドルコーフスキー氏とのインタビューが載っていた。母親が危篤に陥ったため刑期を後3カ月残してプーチン大統領に恩赦を要請せざるを得なくなった経緯を述べ、母親が亡くなったので、スイスからプーチン退陣のキャンペーンを張ると意気軒高である。しかし、反政府運動の一方の旗頭だったナヴァーリヌィ氏(銃器の合法化、外国人退去とか、愛国主義的な言動が目立ち、外国との協力は及び腰のようだ)も経済事犯で懲役5年の判決を受け、自宅軟禁の目にあっている今、ホドルコーフスキー氏が押すような候補は社会主義者のグドコーフ氏ぐらいらしい。タイム誌も原油の価格が90ドル近辺ではロシア経済における悪影響は避けられないだろうと指摘している。こういうことを考えると、当分ロシア関係のビジネスや観光はパッとしないだろうと思われる。日本政府は北方領土の問題もあるので、民間の企業にはロシアとの関係を切らないよううまくやってほしいと考えているようだが、肝心のロシアが不景気では、ロシア側パートナーも及び腰だろう。

出題)「何曜日がお休みですか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月12日

●和文露訳指南第65回

『和文露訳指南』7-3項に若干手を入れた。

(電話か?飛び起きて聞き耳を立てる。いや、気のせいだ)Телефон? Вскочил, прислушался - нет, показалось! <показалосьは「一瞬そう思われた」ということで、不完了体の持つ持続性の観念はないから、казалосьに代えることはできない>

この動詞の完了体過去形である「思われた」はその動作が発現したことを意味し、「気のせいだ」という発現した記憶が残ることが動作の存続であって、これは動作の状態が継続しているということを意味しない。上の文で言うと(今も)電話の音が聞こえるような気がするというわけではない。もしそうならкажетсяとなり、その動作は終了せず、それこそ動作の状態が存続していることになる。

出題)「行き違いがあったとか、気分を害したとおっしゃるならあやまります」をロシア語にせよ。

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2014年10月11日

●和文露訳指南第64回

遂行動詞というのは、発話と共に動作が始まり、発話の終了と共に動作が終わる、つまり過程の意味を内在しているわけで、時間軸の動作の一点は不動ではなく、動いているために不完了体が使われるということになる。また動作自体というよりは、動作の内容に焦点があることと、促し(着手)のニュアンスがあることから不完了体が来るということも言える。

出題)「彼は何か変だと感じた」をロシア語にせよ。

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2014年10月10日

●和文露訳指南第63回

大岡昇平は好きな作家で『俘虜記』や『レイテ戦記』は、極限状態での人間同士の関わり合いを描き、興味深く読んだことは以前書いたことがある。ロシア語を勉強しているので、翻訳や通訳に絡んで日本語の文体論にも興味があり、大岡昇平の『現代小説作法』(大岡昇平全集第12回所載、中央公論社、1974年)を読んだ。その中でトゥルゲーネフの『猟人日記』の一節の訳である二葉亭四迷の『あひゞき』を、「コンマを読点、ピリウドを句点として、語の数も合うように移植したそうで、日本の言文一致の走りであるだけでなく、翻訳の手本を示したものです。文章としても、翻訳としても、その後これ以上のものは出ていないと言っても過言ではないほどの出来栄えです」と絶賛している。訳の日本語が素晴らしいというだけならともかく、ロシア語のできない大岡昇平がロシア語の翻訳について云々するのはまともな発想とは思えない。ロシア語と日本語は全く別の言語であり、それを二葉亭がしようと試みたように、「コンマを読点、ピリウドを句点として、語の数も合うように移植」というのは、たんに曲芸や職人芸の類であって、翻訳という芸術に対するものとは思えない。そういうのに感心しているのだから、日本の文士もまったく大したことがない。コンマもピリオドも同じようにするということを考えるよりは、いかに文意を正しく移し替え、耳への響きもよく、文体的に優れた訳をするかに心を砕くのが翻訳家としての本筋だろう。

 木村毅の「小説研究十六講」(恒文社、1980年)は松本清張が小説家を志すに当たって重宝したというものだが、その中に偶然、中村白葉による『罪と罰』の翻訳が人物・性格・心理の例として1ページほど挙げられていた。試しに12行ある文の文末を見てみると、「~た」ばかりである。確かにこれでは機関銃のようで芸がない。露文は過去時制なのだろうが、完了形も不完了形も、быть動詞もあるようなのだからおかしいように思う。山本夏彦が「本来、血沸き肉踊る大河ドラマであるはずのロシアの大作を、無味乾燥で晦渋な文章にしたのは岩波お抱えの米川正夫以下の翻訳者が文法的に正しくありたいあまり、日本語のリズムを失ったからだ」と批判しているのも分かるような気がする。この山本がロシア語を知っているというのではなく、多分文末の調子などから判断したものだろう。日本語の歴史的現在、遂行動詞というのに思い至らずに、形式重視の形式主義の端緒となったのは二葉亭ではないのか?

出題)「知らないことを知っているふりをすることは恥だし、有害である」をロシア語にせよ。

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2014年10月09日

●和文露訳指南第62回

ヒレ肉(フィレ、大阪弁のヘレ)というのは、牛の大腰筋でテンダーロインという赤身の最高級の部位だが、これをфиле (филей)と訳すと間違いである。ヒレ肉はвырезкаといい、филеは肉(鶏肉も含む)や魚(三枚におろして)から骨を抜いた切り身のことである。漁業用語ではフィレーと言い、魚の切り身でも骨のついたものはкусокである。トンカツなどのロース (loin) はспинка (толстый край, тонкий край) であろう。

出題)「罵詈雑言が我々の暮らしのBGMのようなものになった」をロシア語にせよ。

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2014年10月08日

●和文露訳指南第61回

『和文露訳指南』第3章の出だしに下記を挿入願う。

イェスペルセンは『文法の原理』(安藤貞雄訳、岩波文庫、2006年)において、「現在というのは厳密に言えば現在の一瞬であり、点としてとらえることができる。ただ現在の一点が言及された期間内に入っていれば現在の時制であり、反復についても慣用ということで、現在の一点が含まれているから現在の時制になるのだ」と指摘している。

 過去から現在に至る継続(3-1-3-1項)や真理(3-1-10項)の用法は言うに及ばず、状態(3-1-6項)や過程(3-1-1項)の用法において不完了体現在形が用いられるのも、刻々と動く時間軸のこの一点(この一瞬)が動作に言及されているからだし、遂行動詞は過程の要素が、結果存続兼評価型動詞は状態の要素に現在のこの一瞬が含まれるために不完了体現在形という形式を用いるのだということが言える。

 毎朝通勤するというような反復の動作は、ある行為が現在から未来へと一定の時間間隔で、あるいは間隔を無視できるぐらい頻繁に繰り返されることを意味する。この一瞬というのは常に動いており、その動作が一定の時間隔後にこの一瞬となって繰り返されると言及されていることになる。反復の用法ではこの一瞬が動作に組み込まれているので、不完了体現在形という形式を用いるということになる。同じように、予定の用法では、過程の用法の延長として、未来に起こるこの一瞬の動作が言及されていると見なすことで、不完了体現在形という形式が使われるのだと思われる。

 歴史的現在では臨場感を出すために、現在の時制から過去を覗くように、過去の動作をあたかも現在のこの一瞬によって追体験させるために、不完了体現在形という形式が用いられているが、動作自体は過去ですでに完了しているため、表しているのはアオリスト的用法となる。

出題)「ロシア語の話せる人をお願いします」をロシア語にせよ。

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2014年10月07日

●和文露訳指南第60回

「調子はどうですか?Как дела?」と聞かれて、日本語の「まあまあです」のつもりでтак себе = ни хорошо, ни плохо, неважно (= не вполне хорошо, посредственно)を使うと、これは「ぱっとしない」という意味なので、誤訳となる可能性が高い。「まあまあ」とは多くもないが少なくもない、十分ではないが一応満足できる様ということであり、「まあまあです」と言いたければ、Хорошо.と言うか、ビジネス用語では、Нормально.を使うべきである。どうしても、まあまあのニュアンスをだしたというのであれば、Спасибо, помаленьку.(ぼちぼちです)を使うぐらいか。

設問)「何日付の検査結果ですか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月06日

●和文露訳指南第59回

家庭用ビデオについてはVHS対ソニーのベータの戦いがあり、1980年代半ばにはVHS側の勝利が確定した。井田真木子の『旬の自画像』(文芸春秋、1995年)によれば、1982年に出た、最初のアダルトビデオ「華麗なる遍歴・愛染恭子」(代々木忠監督)の評判を聞いたナショナル(現パナソニック)がこれを20分の販促用コピーにして、1982年~83年ビデオテープの景品としたところ、爆発的にテープが売れ、これがVHSの販路拡大に大いに貢献したとある。ビデオテープに関してはお父さん、おじさん、お兄さんパワーがかなりものをいったらしい。若くして亡くなった井田真木子は今見直されているドキュメンタリー作家であり、『もう一つの青春』など同性愛者を扱ったものがある。

出題)「僕は行かない方がいい」をロシア語にせよ。

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2014年10月05日

●和文露訳指南第58回

先日山手線の電車に乗った時に、ある大手の多言語を教える語学学校の宣伝が貼ってあるのに気がついた。そこに受講生に人気の言語が5位まで書いてあり、英語、中国語、スペイン語の後に、ブラジルポルトガル語を押さえて、何とロシア語が堂々の4位である。NHKの語学番組の扱いや語学テキストの売れ行き(2年ぐらい同じテキストを使っているとばかり思っていた)から、ロシア語は斜陽の言語とばかり思っていたが、違うのだろうか?ドストエフスキー、チェーホフ、トルストイなどのロシア文学は、メンタリティーが合うのか日本でも訳本が売れ行き好調であることは知っているが、ロシア語が静かなブームなのだろうか?全くその特典にあずからない身としてはほんとうに不思議な思いである。技術通訳などの仕事はウクライナ問題もあって低調なようだし、実際のところどうなのであろう?

出題)「ボヤで済んだ」をロシア語にせよ。

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2014年10月04日

●和文露訳指南第57回

『和文露訳指南』5-1-2項を下記のように改めたのでお知らせする。

この用法は「~するとしたら」が前提となっているために、踏み台(みなし反復)ということで、動作自体が任意であり、動作遂行の結果をイメージしないので、不完了体命令形が用いられ、時間軸の特定の不動の一点を示すような時の状況語(例えば次の文のсегодняやзавтра)でも、時間軸の一点と言うよりは、期間としての任意の一点と考えられるので共に用いることができる。

(時間がおありなら今日家に寄ってくださいね)Заходите к нам сегодня, если у вас будет время. <если以下で分かるように、このсегодняは時間を制約しておらず、不完了体命令形は、話し手の主観がない、あなたまかせと言うか、聞き手まかせの用法である。そのためこのсегодняを時間軸の不動の一点ではなく、期間と考えて、今日のいつでもという任意の一点を示していると考えれば、正に不完了体そのものの用法である>

出題)「着るものは時と場所に合わせなければならなかった」をロシア語にせよ。

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2014年10月03日

●和文露訳指南第56回

турманというのは露和辞典では宙返りバトとあり、最近まで、つまりこの40年よく意味が分からなかった。ベロヴィンスキーの本を読んでいたら、革命前には、鳩を飼うには、鳩の美しさのために飼う人もいるが、そうではなく、鳩の飛行の美しさを愛でるために鳩を仕込む人がいたとあり、鳩を上空高く飛ばせ、降下するときに、турманは文字通り落下し、落下しながら頭か尾かでくるっと一回転するという。普通の鳩は上昇するのも降下するのも円を描いてというのが違うとのこと。Век живи, век учись!(生涯学習、一に勉強、二に勉強)である。長く疑問の種を心のどこかに持ち続けていると、いつか答えは見つかるというのが私の信念である。

出題)「彼氏募集中」をロシア語にせよ。

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2014年10月02日

●和文露訳指南第55回

2014年10月1日付の読売新聞朝刊に「大人にも家庭教師」という記事が載っていた。金とゆとりのあるシニア世代に対する語学や音楽の家庭教師の需要が増えているらしい。「回りの人についていけないと恥ずかしい」とか、「基礎からこっそり学びたい」という「大人の事情」を理由に個別指導を求める声は多い。家庭教師派遣企業も盛況なようである。英語などは仕事でも多くの人がやっているので、いまさら基礎的な事を聞きにくいし、語学学校でも浮いてしまうということがあるかもしれない。

 ロシアは北方領土の問題もあるし、ロシアの宣伝下手(日本人同様ロシア人は自分を売り込むということには抵抗があるようである)ということもあっていいイメージがあまりないが、メンタリティーがロシアと合うのか、ロシア文学やロシア民謡は人気が高い。ロシア語はやっている人はほとんどいないし、ドストエフスキーを原語で読むとか、ロシア語の文字が読めるようになりたいとか、ロシア民謡をロシア語で歌ってみたい、ロシアのアネクドートに言語で触れてみたいというシニア世代は多いと思う。このように個人的にロシア語をやってみたい、丸暗記でなく、もっとうまく理詰めにロシア語をやりたいという方は御一報を。

出題)「何レーンからスタートなさるのですか?」をロシア語にせよ。

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2014年10月01日

●和文露訳指南第54回

2014年9月末にメル友の極東連邦大学ヒサムトヂーノフ教授(まだ面識はない)の奥さま(ウラジオの大学で英語を教えておられる)のナターシャさんが京都産業大学のシベリア関係のシンポジウムで来日され、東京でお会いしたときに、教授が編纂中『日本のロシア人』百科(仮名)の日本の地名や人名のチェックを依頼された。スラビストの会議が1~2年後東京であるらしく、それまでには完成させたいという。教授は最近ロシア政府か外国の機関からか1年分の研究助成金を受けたという。うらやましい限りである。氏は2013年に本文640ページ、カラー写真満載の『太平洋のロシア人の波』をロシア政府協賛(ラヴロフ外務大臣やジェニーソフロシア駐日大使の推薦の言葉が載っている)で出版されており、今回寄贈いただいた。氏の本はこれまで4冊読了しており、その中から例文をいくつか私家版和露活用辞典に載せており、氏もそのことを知り、私の辞典編纂に役立てばという事で、寄贈されたものである。奥さまのナターシャさんにも語学者という立場で、私の著書『ロシア人の疑問』のロシア語部分を検閲いただいたことがある。彼女は若い時にイントゥリーストに勤め、ナホトカ・横浜航路の客船で通訳をしたこともあり、何度も来日しているという。双方で互いの研究につき協力し合う事を誓った。情けは人のためならずという諺もある。私はこの諺を本来の意味で使っているのであって、人に人情をかけると、甘やかされて、その人を駄目にするという意味ではないので念のため。

出題)「こんなわけで彼は来なかったんだ」をロシア語にせよ。

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