2013年07月31日

●続和文解釈入門第169回

マンデリシュタームМандельштамという詩人はスターリンの怒りをかって、弾圧され、収容所で亡くなったが、そのきっかけとなった彼の1933年の詩がある。この詩は内輪で読み上げられたが、当局に密告するものがいたということだろう。

Мы живём, под собою не чуя страны,  我らは足下にお国を感じず、暮らしている
Наши речи за десять шагов не слышны, 我らが言葉は十歩過ぎれば、(もう)聞こえない
А где хватит на полразговорца, クレムリンの山男を思うところでは、
Там помянут кремлевского горца. 一言あれば十分だ
Его толстые пальцы, как черви, жирны, アイツの指はミミズのように丸々と
А слова, как пудовые гири, верны, 言葉は鉄亜鈴のように確実に
Тараканьи смеются усища, 笑うはゴキブリのようなでかいヒゲ
И сияют его голенища. 輝くはアイツの長靴(の胴)
А вокруг него сброд тонкошеих вождей, アイツの回りに群れ集う細頸のお偉いさん
Он играет услугами полулюдей. 半人前の奴らの御奉仕をもてあそぶアイツ
Кто мяучет, кто плачет, кто хнычет, 猫なで声を出す奴人、泣く奴、哀れっぽい声をかける奴
Он один лишь бабачит и тычет.  バーンと机をたたき、指を指すのはアイツだけ
Как подкову кует за указом указ  蹄鉄を打つように、政令に次ぐ政令を(たたき出し)、
Кому в пах, кому в лоб, кому в бровь, кому в глаз.  股間を打たれる者、額を殴られる者、眉を叩かれる者、目をぶんなぐられる者
Что ни казнь у него - то малина どんな処刑もアイツには、極楽至極
И широкая грудь осетина. そのオセット人の広い胸

 最初の行のгорецは山の民だが、カフカス(コーカサス)の民を示すのが普通で、この場合はグルジア人を指している。最後の行は第160回で書いたように、スターリンがオセット系ではないかという噂があることを示している。

出題)「紅茶1杯が1カペイカだったということを決して忘れない」をロシア語にせよ。

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2013年07月30日

●続和文解釈入門第168回

- Ты собираешься на рыбалку именно сегодня, в понедельник, тринадцатого числа?
- Конечно! Может быть сегодня рыбам не повезёт.
「よりにもよって、今日釣りに出かけるのかい?13日の月曜だぜ」
「もちろんだよ。ひょっとして、魚の方が今日は絶不調かもしれないしな」

 この小話(ロシア語ではアネクドート)は13日はともかく、別に月曜が休みの後だから、仕事を始めるのが憂鬱というわけではない。ロシアでは月曜は週の第1日目で、週末に飲んだ酒の二日酔いからまだ完全に回復していないため、月曜は何もしない方がよいとされ、これは魚をロシア人に見立てた小話なのである。ソ連時代月曜に作った製品は買ってはいけないというのをロシア人からよく聞かされた。月曜悪者説はソ連時代から始まったというわけではなく、革命前の時代からである。19世紀中ごろ編纂のダーリの辞典(日本で言えば大槻文彦が編纂した言海のようなもの)を見ても月曜の項に15ぐらい諺が載っているが、月曜は二日酔いの日、日曜の追悼の日とか、月曜は何もしない日(二日酔いで)とある。

 2013年7月21日付読売新聞朝刊のコラム「編集手帳」に、デトロイト市の財政破綻に関連して、アーサー・ヘイリーの小説『自動車』(新潮社)に、「会社の重役は、月曜と金曜に製造した車を決して買わなかった。日曜と給料のもらえる木曜は、工場の労働者たちが深酒をする。二日酔いで作った車は不良品が多く、とても乗れたものではない」とあり、米露が共通の問題を抱えていたことが分かって興味深い。

出題)「どうして硫酸なんかに目をつけたのですか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月29日

●続和文解釈入門第167回

戦後イスラエルのキブツを除けば、ユダヤ人と農業というのは結びつかない。ロシアでも職業の制限があったのは事実だが、ユダヤ人といえば、金貸し、酒屋などしか浮かばない。『ユダヤ人の歴史』(レイモンド・P・シェインドリン、入江規夫訳、河出文庫、2012年)の原書は1998年初出だが、その中にビザンチン帝国においてユダヤ人による奴隷所有を禁止したとある。当時は奴隷が大規模農業をする上での不可欠な手段であったため、そのためユダヤ人は農業を捨てざるを得なかった。また15世紀後半にポーランド・リトアニア王国ではユダヤ人を商業活動のために大量に招へいし、19世紀のポーランド分割によって、ユダヤ人が大量にロシアに流入するきっかけとなったなど非常に興味深い記述が多い。ユダヤ人の言葉というとイディッシュ語(ヘブライ語、ドイツ語、スラブ語の混交)が有名だが、その他にラディノ語(ヘブライ語とスペイン語の混交)もあるということを初めて知った。ユダヤ人には4つの潮流があり、アシュケナジム(中部東部ヨーロッパのユダヤ人で、ヘブライ語でプロバンス・ライン地方をアシュケンジと呼んだだからとある)、セファルディム(スペイン・ポルトガル系ユダヤ人で、セファルディはヘブライ語でスペインのこと)、レバント地方のユダヤ人、イタリア系があったとされ、他にマラノという隠れユダヤ教徒(表向きはキリスト教徒)という存在も教えられた。本書はオックスフォード大学学生用の基本読書文献とのこと。

出題)「このような方法の主なメリットは何だと思いますか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月28日

●続和文解釈入門第166回

ウクライナ大飢饉を扱った小説にВасилй Гроссманワシーリー・グロスマンのВсё течёт...『万物は流転する…』(原稿の出来上がりは1963年)があると知ったが、未読だった。家の中を捜したら、幸いなことに20年前に買ってあった1994年版を見つけたので、それを読んでみた。収容所、ウクライナの飢餓テロ、密告者など当時のソ連社会の縮図を描いた名品と言える。本書ではロシア人の隷属性についておよび自由の尊さについて述べている。この中で農業集団化や収容所などについてグロスマンは直接指示した下手人はスターリンであることは明白だが、これら諸悪の根源はレーニンにあり、レーニンにとっては権力奪取が目的であり、そのためには自由という概念には一顧だにしなかったと述べている。当時としては非常に斬新な勇気ある主張だと言える。和訳もあると思うので是非一読を勧める。この他にグロスマンで有名なのは、『正義を求めてЗа правое дело』と『人生と運命Жизнь и судьба』の二部作であり、合わせて1300ページを超える大作である。1960年代共産党のイデオロギーを担当していた政治局員のス-スロフが、この2作がソ連で出版されるとしたら、それは250年後だと言ったので有名であり、ソ連はその後30年を経ずして滅んでしまったのは歴史の皮肉である。この2冊は15年前くらいに読んだ。日本で出ている『人生と運命』はページ数が900ページとあるので、第2部だけの訳ではなかろうかという疑問もあるが、いまさら日本語で読む気もないのでご興味ある方にお伝えしておく。

出題)「彼女は二十歳に見える」をロシア語にせよ。

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2013年07月27日

●続和文解釈入門第165回

どこに文に焦点が来るかという場合には、主語、述語、補語と大まかに分けて考えてのことである。つまりнужноのような叙想語だけで考えるのではなく、例えばнужно + 不定形を一体の述語と考え、そこに来るかどうか、つまり、個々の単語に分けて考えるのではないということである。

出題)「何か変わったことは?」をロシア語にせよ。

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2013年07月26日

●続和文解釈入門第164回

「それ以上行くな」はДальше не иди.だが、Дальше не ходи.も可能である。ただニュアンス的には、不定動詞の否定は歩いているという動作の過程を示し、不定動詞の否定は、一旦立ち止まって動作がなくなっていて、そこから先の動作は行われないという事を暗示する。

出題)「エックス線を受けるよう(医者に)指示された」をロシア語にせよ。

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2013年07月25日

●続和文解釈入門第163回

『新訂和文露訳入門』の8-1-4項でбудетの特殊用法について触れた。бытьの未来形については研究社露和辞典155ページの7および8では推量を表すとあるが、アカデミー露露辞典最新版には由来、親族関係、名前、社会的地位を説明する時にбудетを用いるとあるだけで、推量かどうかについては触れていない。岩波露和辞典の122ページではⅢ12の2)(時間・長さ・重さなどについての数量についての推量を示す)とあり、次の例文が挙げられている。

Ей уже лет девяносто будет.(彼女はもう90歳ぐらいだ)
- Давно ли ты на службе?(勤務は長いのかね?)
- С месяц будет.(ひと月ほどです)

 上記の文で「およそ」という意味を示しているのは、лет девяностоとС месяцの語句であり、これらの文自体に推量というニュアンスはないと思われる。何故そう言えるのかを考えてみよう。例えば、Два и два будет четыре.(2 + 2 = 4)という文に推量というニュアンスはないことは明白である。2と2を足せば、一瞬後には答えは4になるということで、一瞬後が未来だからбытьの未来形が使われているだけのことで、2 + 2 = 4がすでに頭の中にあるということなら、Два и два – четыре.と現在の時制が使ってもよい。このときにбудетが使われるのは、Два и два – четыре.を発音すれば分かるが、述語が形式上存在しない。それで述語を明確にして動詞がない不安定感をなくす同時に、語調の関係ではないかと思われる。

 アカデミーロシア語文法(Наука, 1980)では、бытьの未来形を現在の時制で用いる時制の転用として、二つの用法を挙げている。一つは口語・俗語的用法として、疑問文で用いるもので、「まだ識別していない事実というニュアンス(つまり未来において確定するというニュアンスがあるので未来の時制が用いられているということらしい)оттенок ещё не распознанного факта」がある用法である。Вы кто будете?(どちらさまですか?)
もう一つは、概数приблизительное количествоを示す用法である。現在ではおよその数量(数字)しか分からないが、その確定は未来に先延ばしされる。それゆえ未来の時制が使われているのだという示唆があり、これにも「識別распознавание」のニュアンスがある。この概数を研究社露和辞典や岩波露和辞典では推量と考えたのではなかろうか?しかし、概数と推量では違う概念であることは明白である。

出題)「昨日正しかったものが、今日には疑わしいものになり、明日は全く間違っているということがある」をロシア語にせよ。

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2013年07月24日

●続和文解釈入門第162回

質疑応答の時の「(何か)ご質問はありますか?」は、下記のどちらでもよい。

Вопросы есть?
Вопросы будут?

 最初のは現在の時制だから、頭の中に質問としてあるのかという意味でも、具体的な質問が既にあるのかという意味にもなる。一方、二つ目のは未来の時制だが、頭の中にある質問が一瞬後、具体的な形に現れるのかということになる。このように現在の時制と未来の時制が重なり合う場合もあるわけである。前にも書いたが、現在といっても現在のこの一点の前後、つまり過去と未来を含む場合も多々ある。
 「マッチはありますか?」は、Спички есть? だが、これをСпички будут? とするのは一般的ではない。魔法じゃないのだから一瞬で物体が現れることがないし、現れたとしても一瞬後からかなりたってからである。つまり質問のように抽象的な概念はこの限りではない。

出題)「その触媒の不活性化の原因は何か?」をロシア語にせよ。

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2013年07月23日

●続和文解釈入門第161回

покушениеというのは、попытка убитьということで、殺害の企てということであり、失敗に終われば未遂だし、成功すれば暗殺・殺害となる。だから、一概に未遂と訳すのは誤りという事になるので注意が必要である。

совершить на него покушение(彼の殺害計画を実行する)
неудачное покушение на генерала(将軍の暗殺未遂)
успех московского покушения(モスクワの暗殺計画の成功)
покушение на Столыпина(ストルィピン暗殺事件)
покушение на жизнь Ленина(レーニン暗殺計画)
На него готовится покушение.(彼に対する殺害計画が準備されている)<暗殺と訳してもよいが、暗殺未遂とは訳せないことはお分かりだろう)

出題)「家までお送りしてから帰ります」をロシア語にせよ。

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2013年07月22日

●続和文解釈入門第160回

スターリンはグルジア人とされているが、どちらかの親がオセット人だと言われている。グルジアではオセット人は残虐なことで有名であり、スターリンが残虐なのをそのせいにするグルジア人もいる。スターリンの父親は飲んだくれで、スターリンが幼いころ馬車に轢かれて死んだ。スターリンはロシア人も、ウクライナ人も、そしてグルジア人も隔てなく弾圧したが、グルジア語が話せても(ベリヤとの会話はグルジア語でしたという)自分がグルジア人だという意識を持っていたかは疑わしい。かなりのグルジアの革命家を差別せずに弾圧したが、それは自分や家族の過去(貧民で神学校の出)をよく知っているという事からかもしれない。自分はソ連の最高権力者であり、民族を超えた唯一無二の存在であると思っていたろう。スターリンは大元帥の称号を得たが、この称号を得たのを後悔したという。大元帥は他に4人いたが、スターリンはたった一人だからである。

出題)「英語は聞くのはいいのですが、話せません」をロシア語にせよ。

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2013年07月21日

●続和文解釈入門第159回

1953年に亡くなったスターリンの死因については確としたことは分からないが、毒殺説は昔からかなり根強くあり、それにベリヤ、モーロトフ、フルシチョフの関与したとの説もあるが、個人的にはもっと簡単に考えるべきだと思う。ベリヤを含めてスターリン生存中に、暗殺を計画するほど度胸があるというか、気が触れたような人はスターリンの周辺にはいなかったと思う。スターリンは年齢も年齢であり、ストレスもあり、猜疑心も強く、死因が脳梗塞であっても何の不思議もない。脳梗塞で倒れたのは事実だと思う。問題はそれからである。スターリンが脳梗塞で倒れたのは3月1日で、警備員が倒れているスターリンを発見したわけである。ベリヤやフルシチョフを初めソ連のトップ4人がスターリンの倒れた別荘にすぐに駆け付けたが、医師を呼ぶわけではなく(多分電話で医者と連絡はとったのかもしれないし、医師を呼んでいたのかもしれない)、一晩放置され、医者が診察したのは翌朝7時である。最初の診断は『左脳動脈の出血による右半身麻痺』であり、施された処置は『安静・耳の後ろに 8匹のヒル』である。蘇生治療の専門医がいたのにその措置はなされていない。当時スターリンはユダヤ人医師団陰謀事件をでっち上げていたため、優秀な医師(ユダヤ人が多かった)はほとんど監獄か収容所に入っていた。シャバにいた医師もスターリンと関わり合いにはなりたくなかったろう。

 私の考えでは、この4人にスターリンは見殺しにされ、死ぬがままに放置されていたのであり、これは消極的な殺人といっても過言ではない。スターリンは左脳をやられたので、言語中枢がマヒした可能性が高い。つまり意識があったとしても、何も伝えられず、ましてや命令もできず、ベリヤやフルシチョフたちのされるがままだったのだ。今後の方針についての彼ら同士の会話も聞こえたかもしれない。スターリンの息子、ワシーリーは父の死に方に強い疑いを持ち、スターリンは殺されたと確信していた。これはある意味では正しいと言える。結局3月4日に死亡する。多くの人を死に追いやったスターリンも、死の3日間は、スターリン同様、憐みの気持ちなどこれっぽちもない、冷酷なこの4人になすがままで、無力の自分に絶望と憤怒の気持ちを味わっていたのではなかろうか。そうであれば、彼の犠牲者もほんの少しは救われるというものである。

出題)「分からないことがあったら、だれに聞いたらいいですか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月20日

●続和文解釈入門第158回

前回で述べたウクライナ大飢饉では女一揆бабий бунтが頻繁に起こり、これにはそれなりの成功を収めた例もあるという。日本では1918年の富山の米騒動がそうであろう。KGB<ОГПУ (КГБ)>の手先も、ウーマンパワーにかなわなかった例が少しでもあったというなら、それはそれで溜飲が下がる思いである。

出題)「英語でオオカミは何といいますか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月19日

●続和文解釈入門第157回

『悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉』ロバート・コンクエスト、白石治朗訳、恵雅堂出版、2007年
 原著は1986年の出版。1929年から32年の富農撲滅運動および農業集団化、その結果の1932年から33年にかけての悲惨なウクライナ大飢饉(飢饉テロ)について述べている好著。1450万人が死亡したと推定され、そのうち飢饉テロで死んだのは600万人とされる。最初に革命前と革命以降のロシア・ソ連の農村や農業について概説しているのが非常に分かりやすく役に立つ。MTSが単なるトラクターステーションではなく、政治部があり秘密警察を兼ねていたことは初めて知った。

 スターリンはウクライナ人が嫌いだったと本書では書かれているが、私の考えるところ、スターリンはソ連という国の主人になったわけで、そこから分離離脱を画策するようないかなる動きにも嫌悪観をもって臨んだということだろう。ユダヤ人にしろ、ウクライナ人にしろ独自の文化や価値観を持っていたわけで、それをソ連という新しい国家(実質的には社会主義ロシアということだろうが)の下に結集させたいと考え、それに背くものは絶滅させるつもりだったろうし、そのこと自体はレーニンの意思を継いでいると言える。農民にしても土地が全てであり、それは共産主義とは相容れないわけで、そんな農民はソ連には不要だと考えたと考えるのがスターリンにとって自然である。そのためウクライナ大飢饉のときも、保管場所で1/3の穀物が腐ったままされていたのだが、それを救援物資として供出しなかった理由がよく分かる。ウクライナ大飢饉の原因はウクライナからの食糧徴発を前年の40%増しにしたことによる。取りたてはむごいもので、違反すれば銃殺か、強制移住だった。スターリンが言ったとされるНет человека, нет проблемы.(人は死ねば、問題もなくなる)のように、このようなスターリンにとっての異端分子を絶滅できると考えたわけだが、それはスターリンにとっても誤りであり、国土と国民の荒廃、さらに悪いことには、そのような異端分子は実は普通の人であり、そのような普通の人は後世にも現れてくるということを彼は理解していなかったというのがソ連の悲劇でもあると思う。

出題)「生まれてくるうちの子は男ですか、女ですか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月18日

●続和文解釈入門第156回

切迫感という用法には不完了体不定形が来るが、それはいつでもいいが、動作は早ければ早いほどよいという、時間軸の特定の、不動の一点を意識していないので不完了体が使われるということである。

Я должен уходить.(そろそろ失礼しないと)

出題)「一緒のところを見られるのが怖いんだろ?」をロシア語にせよ。

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2013年07月17日

●続和文解釈入門第155回

動作の有無の確認というのは、動詞の語義そのものであり、「動作があったか、なかったか」というだけのことであり、不完了体が用いられ、過去の時制が一番分かりやすい。これは不完了体未来形を使って未来の時制でも使われる。しかし、現在の時制では動作が進行中のため、なかなか分かりにくい。過程の用法というのは過去、現在、未来における進行形だが、話を分かりやすくするために現在進行形で考えてみる。現在の過程というのは、今動作が進行しているのであり、正に今動作が有るわけである。それと主観的ニュアンスがないために、不完了体が来ているとも言える。状態の動詞、遂行動詞、結果存続兼評価動詞も同様に、現在動作が有ることには間違いないし、主観的ニュアンスもないので不完了体が来ていると考えられる。不完了体現在形の予定の用法も、未来において動作が有るわけだし、また主観的ニュアンスもないので不完了体が来るということになる。

出題)「何か忘れた物があったら電話してください」をロシア語にせよ。

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2013年07月16日

●続和文解釈入門第154回

通訳は一人で仕事をするので、他の日本人の通訳のロシア語を聞くことはあまりない。それでもたまに聞く機会もあり、うまい人もいれば、それほどでもない人もいる。決まり文句や、それに近い語句(Садитесь.「おかけください」)を除けば、せいぜいのところ動作の完了には完了体、それ以外は不完了体というぐらいで、体の使い分けの基準を全く無視して、不完了体ばかり使う人や、逆に完了体ばかり使う人もいる。前者は理工系の翻訳の仕事が多かったのだろうし、後者は実戦的な通訳でロシア語を覚えたのだろう。通訳でも体の使い分けに鈍感な人がいて、親切なロシア人から直されても、馬耳東風という人もたまに見かけるのには驚く。日本語のできるロシア人には礼節を重んじる人が多く、我々が外国人が使う敬語の粗探しをしないように、動詞の体がおかしいという人わざわざ言ってくれる人はほとんどいない。聞かれても、日本人に恥をかかせないようにそれとなく言ってくれるロシア人がほとんどだが、それに甘えずに、おかしいところはどんどん聞くか、自分で体の用法をマスターしようという気持ちがないと、いつまでたっても外人ロシア語のままである。
いずれにせよ、その文脈でどちらの体を使うべきかをロシア人は正しく指摘できるが、全般的な体の用法については、我々日本人の敬語同様、体系的に教えてくれるロシア人には出会ったことがない。

出題)「その単語は何格ですか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月15日

●続和文解釈入門第153回

「出かけます」というのは、Я пошёл (пошла).という時制の転用が一般的だが、なぜЯ пойду.より多く使われるのか考えてみた。Я пойду.というのは、厳密に考えれば、未来という時間軸において特定の不動の一点に「歩いて出発する」という動作が完遂するわけで、時間を示す語句がなければ、一瞬後と考えるのが普通だが、絶対そうだとは言えず、もっと未来の可能性もある。ところがЯ пошёл.というのは、動作が完遂したわけで、いわゆる確定(確述)の用法だが、この方がすでに出発という動作は完遂されているということで、一瞬後よりも強調された形となっている。そのため完了体過去形が使われるのだと思う。

 ちなみに、Я буду идти.は使えない。理由はидтиに始発(始動)の意味がないからである。Я буду ехать на поезде.(私は列車で行く)は、まともな文だが、文の焦点は「列車で」あって、動詞ではない。

出題)「そう、ないしはそのようなことを、恩師であり、ソ連の大言語学者シシェルバが言ったことがある」をロシア語にせよ。

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2013年07月14日

●続和文解釈入門第152回

1953年のスターリンの葬式といえば、全国民が哀悼の意を示したように思われるが、ちょうどそのときモスクワのサドーヴォエ環状道路を歩いていた作家のカヴェーリンは、刑事らしい人物が上司に強盗事件の顛末を報告しているのをたまたま耳にした。盗まれた品物を列挙し、自分なりの推理をしていた。刑事は非常に落ち着いていて、ほとんどの人はスターリンの死に動顛していたのだろうが、それとは全く関わりのないビジネスライクな調子だったという。ビーバーの襟のついたオーバー、婦人物のスーツ、銀製の食器が盗まれたらしく、話も泥棒の特徴や手口などの話のようだったという。この会話を聞いてスターリンは死んだが、人の暮らしは続いているという現実を強く感じたという。当時は表向き社会主義国には犯罪はないということになっていたが、現実には汚職も含め犯罪にあふれていた。特にその後フルシチョフの恩赦で政治犯を除く犯罪者が大量に釈放されたということもある。

出題)「薬缶を火にかけた」をロシア語にせよ。

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2013年07月13日

●続和文解釈入門第151回

拙著『ロシア奇譚』にロシアの犯罪エリート集団であるヴォール・ヴ・ザコーニェвор в законе(以下ヴォールと略す)の略史を書いておいた。ヴォールはロシアの犯罪小説にはよく出てくるが、日本も含めて海外の警察小説などにはあまり出て来ない。ノンフィクションでもアン・アップルバウムのGulag, Penguin, 2004で若干触れているぐらいだ。ただ日本人の収容所体験者の著作には断片的に出てくる場合がある。内村剛介の『ロシア無頼』では直接体験談として生き生きと語られて、チェロヴェーク・イェースチ?(文字通りは「(ここに)人間はいるか?」、つまりヴォール以外は人間と認めないという意味である)という表現が使われていて、ヴォールの異称にチェロヴェークもあるという事が分かる。

 KGBの残虐さを表に出したせいか、ロシアでは発禁となった本がある。FBIやCIAを悪者にした本は多数出ているが、米国で発禁となったという事は聞かないが、ロシアではいまだにそういうことがあるらしい。これはトム・ロブ・スミスの三部作のことであり、第1作『チャイルド44』(2巻、田口俊樹訳、新潮文庫、2008年)にもヴォーリ(ворыと複数を勘違いしたものだろう)として少し出てくるが、第2作の『グラーグ57』(2巻、新潮文庫、2009年)では、女ヴォールでフラエラというのが出てくる。このシリーズの主人公はKGBの捜査官レオ・デミドフ(純ロシア風の発音ならリェフ・ジェミードフとなるのだろう)であり、KGB捜査官としての過去といかに精神的に決別するかが主題である。『チャイルド44』は実際の殺人魔チカチーロ事件を踏まえた構成になっている。続編の『グラーグ57』はハンガリー動乱に及ぶので、何となく間延びした感じである。ヴォールに女はいないというのは作者も分かっているようだが、小説なのでやむを得ないということだが、かなり無理なフィクションであり、クリクーハ(仇名кликухаのことだが口語であり、隠語としてはпогонялоが普通)のフラエラфраерは隠語でトーシローのことであり、犯罪者のカモを指し、この複数形がфраера(力点は最後のаに来る)となり、これをあだ名にするというのは、作者がロシア語にあまり通じていないからであろう。ドゥヴォローヴォイ(『チャイルド44』上巻99ページ)はдомовойであり、ルサルキはрусалкаのことらしいが、оборотень(女性の妖怪で透明だが、いろいろなものに化けることができ、人に取りつくこともある)と勘違いしているようだ。下巻のオリョロもオリョールОрёлという都市だが、訳者も付録として載っている地図にあるロシアの地名をチェックしなかったようだ。『グラーグ57』の上巻の司祭評議会もカソリックみたいである。チフィール(紅茶を何十倍も強く煮出して、覚せい剤のような効果を持たせたもの)もよく理解していないようだし、戦後直後からスーカ(体制側についた犯罪者集団でヴォールと対立した)との争いで、有力なヴォールはほとんど命を失い、フルシチョフ時代はヴォールに厳しく、生き残ったヴォールは3%ぐらいだと言われので、この時代にヴォールを主人公にするというのはあまりヴォールについて知らないということになる。ちなみに第3作「エージェント6」(新潮文庫、2011年)はアフガン侵攻にも題材を取っており、二つの話を無理に一つにしたような印象を受ける。全体的に米国人作家がロシア人を主人公にして謎とき冒険小説を書いたという点が目新しいのかもしれない。

出題)動詞を使って「自殺未遂2回」をロシア語にせよ。

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2013年07月12日

●続和文解釈入門第150回

他動詞は直接補語を省略する場合があるが、それは文脈で明らかな場合であり、そうでない限り省略することはない。命令法において直接補語が人で二人称の場合は、自動詞が来るが、再帰動詞も可能である。第142回の回答でも説明したが、「シートベルトをしなさい」を露訳すると、日本語から判断して直接補語をうっかりシートベルトにしてしまう。そういう風にしてしまうと、誰のシートベルトなのかという問題が露訳の際生じる。出題の日本語ではあなたのシートベルトであることは明確であるが、ロシア語でそのように訳す場合には、
Пристегнитесь ремнём безопасности. と再帰動詞の命令形を用いて、シートベルトを造格にしてしまうのである。造格にできるかどうかは動詞の語結合に依るから、全ての動詞で可能なわけではない。再帰動詞ではなく他動詞を用いると、次の文のように直接補語を明確にする必要がある。
(子供たちのシートベルトを締めなさい)Пристегните детей ремнём безопасности.

 それゆえ理論上はсебяを用いて、下記のようにすることは可能だが、あまり聞かない。

Пристегните себя ремнём безопасности.

出題)警備会社の説明にある「アラーム(警報)受信後2、3分以内に(ふつうは)我々は現場に到着します」をロシア語にせよ。

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2013年07月11日

●続和文解釈入門第149回

不完了体未来形に未来を示す語句が絶対来ないという事ではない。明日などの時を示す語句が未来の時間軸の一点を示し、そこでその動詞の語義にある動作が完遂すれば完了体未来形を使い、未来の一定の期間を示したり、そこに文の焦点が来ないなら不完了体未来形が来るということになる。

(明日練習問題をやる)Завтра Я буду решать задачи. <明日ということだけで、明日中かもしれないし、明日のいつの時点ということを明示しない。また完了体と不完了体では意味が異なる>
(明日その練習問題を解く)Завтра я решу задачи.
(2時に昼食を取る)В два часа я буду обедать. <「2時に昼食を食べる」という動作があるという事を示しているのであって、必ずしも完遂を意味しない。完遂を意味しない以上、具体的な時を示す語句と不完了体未来形の使用は一般的ではない>
(2時に昼食を取る)В два часа я пообедаю. <この動詞の場合語義から見て、В два часа я обедаю.と不完了体現在の予定の用法を使う方が自然である>
(明日電話する)Завтра я буду звонить ему. <明日中に電話する>
(明日電話する)Завтра я позвоню ему. <不完了体と特に違いはないことになる>
(明日の夜何をなさいますか?)Что вы будете делать завтра вечером? <文の焦点は何をするかであり、特に時間軸の一点を意識しているわけではない>
(仕事を終わりまでやる)Я кончу работу. <動作の完遂>
(仕事を終える)Я буду кончать работу. <終えるという動作があることを示すのみで、終業時間だから(そろそろ)仕事を終えるという意味になる>

出題)「概算の建設費用を決める必要があります」をロシア語にせよ。

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2013年07月10日

●続和文解釈入門第148回

『新訂和文露訳入門』において、完了体の本質は時間軸の特定かつ不動の一点での(その動詞の語義にある)動作をイメージするとした。そうであれば不完了体は特定かつ不動の一点での動作をイメージしないということになるから、反復や総称時(一般的に~である)については御理解いただけよう。しかし、過程(いわゆる進行形)となると、まさに今のこの一瞬に動作が行われているわけだから、この定義と矛盾すると感じる人もいよう。しかし過程の今のこの一瞬と言うのは、特定ではあるが、不動ではない、動いている一点である。動いている動作(過程や進行中の動作)をビデオに撮れば、特定の時間の一瞬を一コマという形で切り取れるのは誰しもが知っていることであるが、その一コマは、その一瞬が固定化されたもの、つまり結果の存続(厳密に言うとアオリスト的用法)であり、それは一コマの隅に撮影時間が印字されることでも分かる。一方、過程(進行形)における一瞬というものは、刻々と動いている一瞬であるという違いがある。そのため過程には不完了体が用いられるのである。

 ビデオや写真を撮ると、その一瞬が保存されるわけだが、写真は削除もできるし、印画したものはなくすという事もありうる。そういう意味で、アオリスト的用法と言うのが正しく、現在まで残っていれば結果の存続という面が出るという事なのである。

出題)「僕がチスチャコーフだったら、もうとっくに君と離婚してるね」をロシア語にせよ。

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2013年07月09日

●続和文解釈入門第147回

「そのときは」は第140回の出題では、現在との対比ということから過去の時間軸の一点であることは間違いないが、「そのとき」だけなら、当時という意味で一定の期間を示す事ができる。そうであれば不完了体過去形が来ても問題ないわけで、(当時はその紛争が拡大しないと期待していた)Мы надеялись тогда, что конфликт не будет расширяться.となり、現在もそのように期待しているかどうかは分からない、つまり現在とは何のつながりもない文になってしまう。現在、そのような期待がないということを言うためには、この文だけでは不十分と言う事になる。

出題)「昼間電話したわ。いえ、嘘、昼間私に電話したのは彼女の方よ」をロシア語にせよ。

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2013年07月08日

●続和文解釈入門第146回

動作の否定の続き。例文をあまり出さなかったようなので、ここに挙げておく。

(空港へは汽車は運行していない)В аэропорт поезд не ходит.
(この列車はここが終点です)Поезд дальше не идёт.
(その列車はターミナル駅まで行かないのか?)Поезд не пойдёт до вокзала? <まさかと思うけどというニュアンス>
(ミハイルは変わっていない)Михаил не меняется.
(我々のだれも変わっていなかったし、それを望まなかった)И никто из нас не менялся и не хотел.
(彼は頑固で、変わっていない)Он упрям и не изменился. <否定の強調、否定の結果の存続>
(アガニョーク誌が変わることはない)«Огонёк» не будет меняться. <否定的意志>
(世界は変わらない)Мир не изменится. <否定の強調、未来における完遂の否定>

出題)「黙っていてくれるよう姉から約束を取りつけた」をロシア語にせよ。

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2013年07月07日

●続和文解釈入門第145回

否定文についてだけで書かれているもの見たことがないので、試しに書いて見たい。否定文というのは動作自体を否定するのだから不完了体が使われる。つまり動作の有無の確認に不完了体が使われるということから、否定文こそ動作の無の確認に他ならないからだ。そのため否定文に完了体を用いるというのは、何らかの主観的なニュアンスを付加することになる。未来の時制ではまだ起こっていない事柄、つまり確定されていない事柄が対象のために容易に可能性と結びつくが、過去の時制では、不可能という用法はあり得ない。これは完了体過去形が時制はともかくとして(『新訂和文露訳入門』9-2項の相対時制参照)、確定(確述)した動作を示し、可能性の現れる余地がないからである。そのため完了体過去形ではアオリスト的用法(過去の時制)や結果の現存(現在の時制)が否定文に現れるにすぎない。

(ドゥヂーンツェフの慎重な演説は僕の記憶に残っていない)Осторожная речь Дудинцева не запомнилась мне. <結果の存続>

 日本語の文法で言う非過去(現在と未来)は完了体未来形でも表現できるが、完了体未来形は動作が行われている現在のこの瞬間を表現できない。そのため現在と言っても、一瞬後以降の広い意味での今である。広い意味での今にはロシア語でも日本語でも「今電話がありましたよСейчас вам звонили.」というような過去も含まれる。そういう意味での現在と未来の時制において完了体未来形を否定すれば、不可能と否定の強調、ないしは未来の時制においてその動詞の語義にある動作が完遂しないことを示す。
 不完了体未来形の否定は、これから起こる未来のいつの時点の動作をも全て否定するゆえに、回りの雰囲気を読まずとも、「~するつもりはない」という否定の意図が明確に現れる。これは預言者ではない以上、未来について確信を持って言えるのは意図だけだという事も関係している。『新訂和文露訳入門』4-1-1-6項参照。
 運動の動詞においては、不定動詞ходитьの否定は過去の時制では、初めからそういう動作はなかったことを、定動詞は、それ以上の動作がないことを示し、完了体пойтиの過去形は途中で気が変わったこと(新規の動作)を示している。

(昨日はどこにも行かなかったわ)Вчера я никуда не ходила.
(タンスはドアのところにはさまれて、それ以上行かなかった)Шкаф застрял в дверях и дальше не шёл.
(〔気持ちが変わって〕どこにも行かなかったの)Вчера я никуда не пошла.

出題)「冷却システムの仕組みはどうなっていますか?」をロシア語にせよ。

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2013年07月06日

●続和文解釈入門第144回

未来の時制で完了体がよく使われるのは、口に出すかどうかは別にして、動作の完遂を未来の時間軸の一点においているからである。次の文で不完了体未来形が来るのは、注文するかどうかが分からない、ましてやいつ注文するかなど全く分からないからであり、未来の時間軸の一点を確定できないからである。これが動作の名指し(動作の有無の確認)と呼ばれる用法である。

(スペアーパーツを御注文なさいますか?)Вы будете заказывать запчасти?

(スペアーパーツを注文します)Мы заказываем запчасти.<注文することになっているという予定の用法で、過程(進行形)の用法から発展したもの>
(スペアーパーツを注文します)Мы закажем запчасти. <注文するという動作が未来の時間軸の一点に起こるわけで、特に何も文脈がなければ今すぐ(一瞬後)注文するという事になる>

出題)「オイル漏れの有無を確認しなさい」をロシア語にせよ。

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2013年07月05日

●続和文解釈入門第143回

単数・複数や体の使い分けをマスターするという事は、会話における和文露訳においてロシア人を頼らなくて済むという事を意味する。ロシア人にロシア語の文を見てもらうときに、その文が和文からどのように露訳されているのかという点に注意を払う人はあまりいない。語彙がほぼあっていれば、正しいはずだという前提に立っているかのようである。そのロシア人がどのくらい日本語会話に堪能であっても、外国人向けの日本語文法を理解しているという保証はない。逆を言えば、露文解釈や露文和訳だけをやっている日本人にもそれは当てはまる。露和辞典の語彙と文脈だけで露訳や和訳をしている可能性があるからである。日本語やロシア語の文法を知っていると言っても、会話などで体も含めて使いこなせないと、本当の意味で文脈や背景などは分かりはしないのだ。外国人向けの日本語文法をマスターしたロシア人の方が露文和訳をさせれば、かえって語感が鋭いかもしれない。言葉は使いこなして初めてその真価が分かる。だから露文解釈も会話での和文露訳も両方マスターする必要がある。片方だけに力を入れるのは、その人のロシア語が片輪になるもとである。

出題)「ドアを背にして立って、右を見ろ」をロシア語にせよ。

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2013年07月04日

●続和文解釈入門第142回

天才というのは天性の才能のことで、そういう才能を持っている人も指す。ロシア語のгенийも同義である。つまり才能の場合は対格は主格と同じだが、人の場合は対格がгенияとなる。гений Жюля Верна(ジュール・ベルヌの天賦の才)

出題)「高いところで作業するときには、安全ベルトを使いなさい」をロシア語にせよ。

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2013年07月03日

●続和文解釈入門第141回

ロシア語はロシア文学などを読めればよいとお考えの方、つまり会話に興味のない方も体の使い分けは覚えておいた方がよい。なぜかというと文章の細かいニュアンスが分かるからである。それによっていわゆる、この時作者がどういうニュアンスで書いたのかを、謎ときのように推理という形で再体験できるからである。

出題)「古代の自然神は徐々に、国家の守護者である国家の神に変わった」をロシア語にせよ。

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2013年07月02日

●続和文解釈入門第140回

前回の続きで、オレーシャが書いているが、トルストイは家出して亡くなったわけだが、死ぬ間際にたどりついた駅の駅長はオゾーリンОзолинという人で、亡くなる数日間トルストイと一緒にいたらしい。トルストイの死後この人はトルストイ主義者となり、後に拳銃自殺したという。トルストイという人は非常に影響力のある人であることが分かる。トルストイがこの人の駅にたどりつかなければ、この人の運命は違ったものになったのかもしれない。時代が時代だから、平穏とは言えないまでも。

出題)「そのときは紛争は拡大しないという、はかない希望を抱いていた」をロシア語にせよ。

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2013年07月01日

●続和文解釈入門第139回

オレーシャОлеша(1899~1960)という作家の自伝『1行も書かない日はない』Ни дня без строчкиを読んでいる。彼は『妬みЗависть』や児童向けの『3人のデブッチョТри толстяка』で有名だが、この自伝も捨てがたい。文章は短い段落をつなぎ合わせて作ったものであり、当時のオデッサやモスクワがよく描かれている。自伝の中で話はしばしば飛ぶが、その中に大文豪レフ・トルストイの文は文法的におかしいところがあると述べているところがある。接続詞чтоの中にまたчтоを使ったり、関係代名詞которыйのある文の中にまたкоторыйを使うのは文章の規範外だというのだ。オレーシャは例文を挙げていないので、何とも言えないが、日本にはトルストイに興味を持つ人は多いはずで、原文で味わっている人も多いから参考になろう。私はトルストイの著作は高く評価するが、トルストイ主義や、トルストイ本人の生き様に特に感銘を受けているわけではない。著作も20巻の著作集は読んだが、90巻の完全版を読もうという気はない。

出題)「これらの構造物は腐食している」をロシア語にせよ。

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