2007年01月02日

●帯研(第33回)

С Новым годом!
中級から上級をねらうには、動詞句と覚えるのがよい。例えば、Устойчивые словосочетания русского языка, Регинина/Тюрина/Широкова, Русский язык, 1983などがよいが、手に入らないだろう。格支配が分かりやすく書いてあり、例文もある。例えば Ставить какой опыт, эксперимент на ком.。大学などの図書館にあってコピーしてよいならコピーするのも一つの手だが、なければ、ロシア語の児童向けの本から、自分が必要だと思う動詞句、単語、名詞句などを抜書きするのが現実的である。できれば前置詞も含めて格支配の分かりやすい例文を選び和訳をつける。例えば、Вы руки мыли с мылом?(石鹸で手を洗いましたか?)。こういう文章はまず露和辞典ではお目にかかれない。例文の露文はまとめて暗記する。そうすれば、активный запас словが増え、日本語からロシア語への通訳や翻訳の練習になる。また例文を和訳することによりпассивный запас словが増え、ロシア語から日本語への訳の練習になる、つまり一石二鳥である。短文の和訳の練習を続けていれば、そのうちに長い文章も(個々の分からない単語は別にして、全体の骨組みなど)短い時間で和訳できるようになる。今回は正月ということもあり、お忙しいかもしれないので短い小話にしておく。短いがこのオチをうまく和訳できれば大したものである。
Карлсон залетел и ждёт малыша.
設問1)和訳せよ。オチを別に解説してもよい。

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2007年01月03日

●帯研(第34回)

ロシア語の参考書に書かれたものは一応尊重するが、鵜呑みにはしない。これまで実戦で使ってみて自分で納得したものを帯研で披露しているわけである。まず言葉ありきで、文法は後にそれを説明するためのものであり、逆ではない。ただ外国人がロシア語を習う場合には、文法が唯一の頼りである。しかし文法で全ての語法が明確になるわけではない。説明できないところは例外として覚えざるを得ないし、部分生格一つをとっても単語単語によっていくつかの面からの説明を語学の専門家(日本人やロシア人を問わず)が書いてあるのを読むが、言語の現象をどの面から見るか、全体と部分で見るか、具体性と一般性で見るか、演繹と帰納を繰り返しているように思える。ある場合は語法の説明に納得し、ある場合はこの単語独自の用法ということで納得する。つまるところ我々は語法の研究者ではなく、ロシア語を使ってロシアやロシア人とコミュニケートするためにロシア語を使うのだということを念頭におく必要がある。
Сидит мужик, рыбу ловит. Рядом Бобик зубами блох выкусывает, лапой в ухе скребёт. Вышла из-за кустов лошадь, подошла к мужику и спрашивает:
- Ну что, клюёт рыбка-то?
- Да нет, не клюёт что-то.
- Ну ладно, Бог в помощь, - говорит лошадь и снова в кусты ушла.
Сидит мужик дальше, вдруг как подскочит:
- Ёлки-палки! Лошадь говорящая!!!
- И не говори-ка, я сам удивился, - отвечает Бобик.
設問1)和訳せよ。オチを解説せよ。
設問2)Ёлки-палкиはевфемизмである。ずばり言うとすれば何か?

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2007年01月05日

●帯研(第35回)

通訳や翻訳のプロを目指すなら、ロシア語を読んだり聞いたりして、いわゆる頭の中でロシア語で意味が分かる(イメージできる)というだけでは不十分である。このロシア語で分かる、分かったような気になるというレベルに到達するのはそれほど難しいことではない。通訳や翻訳者はロシア語を日本語に、日本語をロシア語にするわけだから、取りあえずはロシア語を聞いたり読んだりしたら、瞬時に母語の日本語に訳せるよう練習すべきである。この練習を日頃しておくのが通訳の役に立つ。今回は簡単な小話を。
- Гражданин, вы не видели поблизости милиционера?
- Нет.
- Тогда снимайте шубу!
設問1)ロシア語の用法におかしいところはあるか?あれば訂正し、その理由も説明して和訳せよ。

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2007年01月07日

●帯研(第36回)

前にロシア人同士のロシア語と我々日本人に対するロシア語では、ロシア語を分かりやすいものにロシア人が切り替えることがあると書いた。ただそれが聞き取り能力の不足であれば、ロシア語のCDやテレビ放送などで多く聞いて聞き取り能力を高めればよい。私の言っているのはそういうことではなく、例えば、書いたもので小説や小話の会話の部分が、一応文法はすべて分かっても理解できないものがある(というより多い)ということで、これは参加者のみなさんもロシア語のブログやサイトを見れば、すぐ納得されることだと思う。これは背景となる大衆文化の理解がないからではないかと考えた次第である。ただ大衆文化と言っても大上段に構えているわけではなく、例えば前に出題したポチやタマなどペットの名前をロシア語でなんと言うかなどもそうであろう。こういうのを手分けして調べてネットで知らせるようなごくごく地に足のついたことから、興味のある人が始めてはということなのである。さて今回は短文問題。
a) Он читает книги, брошюры, газеты, журналы.
b) Он читает и книги, и брошюры, и газеты, и журналы.
c) Он читает книги, брошюры, газеты и журналы.
d) Он читает книги и брошюры, газеты и журналы.

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2007年01月08日

●帯研(第37回)

И подо льдом вода течет.というのは「アヒルの水かき」で、比ゆ的に表面上は何もしていないようでも水面下ではいろいろ動きのあることを言うが、ロシア語の勉強に当てはめると、何も勉強しなければ、自分では現状維持のつもりでも間違いなく実力は落ちている。少し勉強してようやく現状維持であり、少しでも実力を伸ばそうとするならけっこう大変な努力が要る。発音やイントネーション、聞き取り能力がある程度合格点なら、日々の勉強はロシア語の読書しかない。毎日10ページぐらいを分からないところは文法も含めて、自分で出来るところまで徹底的にやるようにすればよい。今回は日本人にはさして面白くない小話だが、ロシア人気質(русский менталитет)を知る上でよいと思うし、アイロンの小話では古典と思われるものを挙げる。この小話のバリエーションとしてмясорубкаを使ったものもある。
У одного холостяка сломался утюг. Он идёт к соседу за утюгом. Сосед говорит, что утюг у него есть, но будет лучше, если холостяк спустится на два этажа ниже, там живёт одинокая приятная дама. Пусть попросит у ней, заодно, может быть, и познакомятся. Холостяк спускается по лестнице и думает:
- Да, хорошо бы с женщиной познакомиться. Но с другой стороны...Пьяный домой не приходи... Друзей не приводи...Подруг...На рыбалку не сходи...На футбол...
Подходит к двери, нажимает кнопку звонка. Открывает приятная женщина.
- Да пошла ты...со своим утюгом!
設問1)和訳せよ。

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2007年01月10日

●帯研(第38回)

最近岩波の露和辞典がネットオークションで3万円とか3万2千円という値をついたというのを「ろしあんピロシキ」の掲示板で読んだ。需要があるのであろう。再版はともかく新版が出ないのは、露和辞典には国語辞典や英和などロシア語以外の対訳辞典と違う事情があるのではないかと思う。国語辞典や英和辞典は新語を吟味して取捨選択し、用例が古くなったものはそれを除けばよいのだが、露和辞典ではそう簡単にはゆかない。それはソ連政権が誕生してから、帝政時代には犯罪など悪いことがあったがソ連時代にはそのようなものはないとして、それを想起させるような隠語、俗語、はては口語まで辞典にほとんど採録されない状態がソ連崩壊まで続いた。そのため新版の露和辞典にはこの15年間の新語だけではなく、革命直後から現在までの口語、俗語、隠語を新たに追加しなければならないわけである。革命前にも隠語、俗語、口語は存在したし、革命直後や、1930年代政治犯として収容所に入れられた一般市民が犯罪者から隠語を教わるということもあり、その後政治犯が釈放されたりしたり、1950年代半ばの大恩赦などで犯罪者が一般市民と交わることが増えて、1980年代からヤクザの隠語がかなり市民の間に広まった。一部Самиздатの小説などにも(ソルジェニーツィン他)こういう隠語が反映されているし、ソ連崩壊後、小話や若者向け雑誌を理解するには、ソ連時代に出た辞書では歯が立たないわけである。ロシアにおいては最近俗語辞典、口語辞典が出版されているが、日本では最近コンサイスの新版が出たのみで、岩波や研究社の露和は15年近く新版が出ていない。コンサイスは新語も取り入れ、訳もこなれたもので非常によい辞典だとは思うが、いかんせん収録語数が10万語と少なすぎる。私が思うにはロシアの若者向け雑誌、小説や小話を理解するためには、岩波の露和の収録語数13万プラス3~5万語は必要だと思う。たんにロシアで出版された口語辞典や俗語辞典を和訳するだけでなく、それを十分咀嚼して新たな露和辞典に反映させることが出来るような研究者が育っているのかというのが私の疑問である。チェーホフやドストエーフスキーの研究者は非常に多いが、ロシア語の口語俗語で我々一般が名を知っているのは狩野亨先生ぐらいというのは淋しい限りである。先生の「現代ロシア話しことば辞典」も全て網羅されているわけではなく、この辞典だけに頼ることが出来ないというのが現状である。帯研の参加者は一応露露辞典は使えるだろうから、ロシアの隠語辞典や口語辞典を買って使うのが早道かもしれない。もし露露はという方は早く露露が読めるように努力すべきだ。今回もロシアの大衆文化の理解なしにはオチがわからないだろう。
Цыпленок бьется головой о стенку и кричит:
- Позор! Позор!
Подходит Курица.
- Мама, а это правда, что у меня отец – Петух?
- Да, сынок.
- Позор! Боже, какой позор!
設問1)オチが分かるように和訳せよ。オチを別にしてもよい。

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2007年01月11日

●帯研(第39回)

ロシアの大衆文化を理解するのに手っ取り早いのは、映画鑑賞である。ただソクーロフの映画や「子猫」などのいわゆる「名画」ではない。ロシア人の会話によく出てくる映画(セリフや名言などの観点から)で、私が見たほうがよいと思うものをリストにしたので挙げておく。(*印は私が見ていないもので、和訳していなのは詳細が分からないもの)。
1) チャパーエフЧапаев、братья Васильевы監督、Б. Бабочкин主演、Ленфильм、1934
ロシアで有名な国内戦の英雄の映画化。この映画のイメージが小話のたねに使われているので必見。
2) *ドゥブローフスキーДубровский、А. Ивановский脚本演出、1936、Ленфильм、Б. Лизанов主演
3) *アイタタ先生Доктор Айболит、В. Немоляев監督、1938、М. Штраух主演
4) 捨て子Подкидыш, Т. Лукашевич監督、1939、Мосфильм
 迷子が捨て子と間違われて起こる騒動。Ф. РаневскаяがЛяляという重要な脇役を演じている。この演技だけでも見る価値はある。彼女のセリフ、Муля, не нервируй меня!(ムーリャ、いらいらさせないでよ)は流行語となった。上映後街の子供達がРаневскаяに対してこの文句ではやし立てるので彼女は大いに腹を立てたと言う。レーニン勲章受賞のときにブレジネフがこのセリフで彼女に話しかけたときに、それは街のガキの言うセリフですと言って、ブレジネフをドギマギさせた。ПляттやРепнинの演技もよい。
5) 二人の勇士Два бойца、Луков演出、1943、Ташкентская киностудия、М. Бернес主演
 この映画の中でТемная ночь「暗い夜」、Н. Богословский, В. Агатов, М. Бернес、が歌われた。この映画上映の前に作曲家からこの曲の存在を知ったУтесовが映画公開の前に歌を披露し、映画で歌ったБернесとの間に確執があった事でも有名。ゴルバチョフが好きな曲に挙げている。この他にオデッサを代表する歌となったШаланды полные кефали「ボラ満載の漁り舟」、Н. Богословский, В. Агатов, М. Бернес、も歌われている。
6) *カーニバルの夜Карнаварная ночь、Э. Рязанов監督、1956、Мосфильм、И. Ильинский主演
7) 人間の運命Судьба человека 、Бондарчук監督および主演、1959、Мосфильм
8) *Зайчик、Л. Быков演出、1964、Ленфильм、Л. Быков主演
9) 「ウィ」大作戦とシューリクのその他の冒険Операция «Ы» и другие приключения Шурика、Л. Гайдай監督、1965、Мосфильм、А. Демьяненко
 シューリクシリーズの第1作。コメディー。なぜ作戦名が「ウィы(ロシア文字で普通は大文字にならない)」なのか、それはだれにもあてられないようにだよとある。
10) 車にご用心Берегись автомобиля、Э. Рязанов監督、1966、Мосфильм、И. Смоктуновский主演
成金の自動車を盗み、それを売っぱらって孤児院に寄付する義賊と刑事の駆け引き。コメディーだが、あまり面白くない。
11) 神出鬼没の復讐者Неуловимые мстители、Каосян監督、1966、Мосфильм、В. Васильев主演
П. Бляхинの赤い子悪魔たちКрасные льяволятаの映画化。革命初期革命軍を助ける4人の若者たちの活躍を描く。さらに2作続編がある。
12) カフカスの女性虜囚というかシューリクの新冒険Кавказкая пленница, или новые приключения Шурика、Л. Гайдай監督、1967、Мосфильм、А. Демьяненко主演
シューリクシリーズではあるが、この作品から三バカトリオが表に出てくる。このトリオはБалбесデクノボウ(Ю. Никулин)、オクビョウモンТрус (Г. Вицин)、タヌキБывалый (Е. Моргунов)で、他の映画にもトリオの設定のまま出ている。
13) ダイヤモンドの手Бриллиантовая рука、Л. Гайдай監督、1968、Мосфильм、Ю. Никулин主演
ピエロとしても名高いニク―リンが作中で無表情で歌う А нам все равно, а нам все равно(どうでもいいじゃない、どうでもいいじゃない)がとてもよい。上質のコメディー。
14) *砂漠の白い太陽Белое солнце пустыни、В. Мотыль演出、1969、Мосфильм、А. Кузнецов主演
15) 12のイスДвенадцать стульев、Л. Гайдай演出監督、1971、А. Гомиашвили主演
 有名なИльф и Петровの小説の映画化。コメディー。
16) ラッキージェントルマンДжентльмены удачи、А. Серый演出、1971、Мосфильм、Л. Леонов主演
 盗まれた貴重な発掘物を突き止めるために、強盗団の首領と顔がそっくりな校長先生が首領に化けて大活躍する喜劇。
17) イワン・ワシーリエヴィチ転職すИван Васильевич меняет профессю、Л. Гайдай監督、1973、Мосфильм、Ю. Яковлев主演
シューリクシリーズとはいえシューリクはあまり出てこない。イワン・ワシーリエヴィチがシューリクの発明したタイムマシーンでイワン雷帝の時代に迷い込み、雷帝となる珍騒動。
18) 運命のいたずら、つまりいいお湯をИрония судьбы, или с легким паром、Э. Рязанов演出、1975、А. Мягков主演
 旧友との再会で飲みすぎ、間違ってモスクワからレニングラードへ行ってしまう主人公。そこには偶然同じ名の通りに同じようなアパートが、ただ住人は妙齢の女性だった。上質のコメディー。
19) 待ち合わせの場所を変えることはできないМесто встречи изменить нельзя、Говорухин監督、В. Высоцкий主演、Гостелерадио、1979、5シリーズ(ビデオ3巻) МУР(モスクワ刑事捜査局)の実在の強盗団「黒猫」退治の顛末を描いたものだが、戦後のモスクワの様子がリアルに描かれている傑作。難を言えば浮浪者や乞食が見当たらないことか。警察の強引なやり方にも批判的な見方をしている。Высоцкий演じるところの捜査主任Жегловのセリフは、映画の題名と共に犯罪実録や小説でよく引用される。
20) *秋のマラソンОсенний марафон、Г. Данелия演出、1979、О. Басилашвили主演
21) *В джазе только девушки
22) *Со дней до приказа
23) *Городок в табакерке
24) *Падал прошлогодний снег
25) *Можела и Мокушка
26) *Гадкие лебеди
27) Волшебник изумрудного города(人形劇)
28) *Друзья встречаются вновь
29) Дядя Степа(短編アニメ)
今回の出題は、
Пристрастился муж ходить на скачки.
Муж:
- Ну, я пойду.
Жена:
- Не ходи, твоя кобыла звонила по телефону – скачки сегодня не состоятся!
設問1)オチが分かるように訳せ。
設問2)この小話から舞台は現在のモスクワ(20年前のモスクワということなら分かる)ではないことが分かる。どうしてか?

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2007年01月14日

●帯研(第40回)

若い人が同時通訳者になろうと勉強するのは構わないが、英語と違い働く機会が非常に限られているので、それ以外にも目を向けた方が現実的である。では通訳かといっても、ガイド通訳、技術通訳、商談通訳もそれほど仕事が多いというわけではない。いっそロシアと取引のあるメーカーや商社に就職して、通訳のロシア語というよりは自分で使えるロシア語を勉強したほうが実戦の機会は多い。通訳はいろいろな人の言うことを文字通り通訳するわけだが、自分で使うロシア語は、自分の口癖や職種に限られるから、後に通訳をする下準備にもなる。自分の通訳ができなくては人様の通訳なぞ無理というもの。
Человек идёт по улице в одном сапоге.
- Сапог потерял?
- Нет, нашёл.
設問1) 和訳せよ。
設問2) 上から2行目および3行目терял やнаходилと不完了体を使えるか?

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2007年01月17日

●帯研(第41回)

最近ロシア人の若い人の会話を聞いていると、типаをкак быやвродеのように使っているのが目立つ。例えば、Она тебя типа полчаса ждала и уехала.のように使う。1967年にЧуковскийはвродеという言葉を、英語のsort ofのように(в родеというような感覚で)словно, будто, кажетсяという意味で使いだしたと書いている。このтипаの用法を聞いたら驚くだろうか。いやまたかと思うだろう。ただвродеには名詞を修飾するものはВ ответ на его следы послышалось что-то вроде смеха. (Лермонтов)のように昔からあるので、それと混同しないこと。今回の課題は、
- Из кого состоит Верховный Совет СССР?
- Из людей, ни на что не способных и одновременно способных на все.
設問1)オチが分かるように和訳せよ。

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2007年01月18日

●帯研(第42回)

ロシア人の前でロシア語に関して恥をかいたことは多々ある。ロシア人はだいたい外人のロシア語の間違いを表立っては指摘しない。日本人だって外国人が少々変な日本語をあやつたっていちいち目くじらを立てる人はいまい。人のいい人が多いので、外人がせっかくロシア語を勉強しているのだからとロシア語についてコメントするにも遠慮がちである。ロシア語を始めて36年、好奇心が強いせいか、しなければ恥をかかずにすむような質問をロシア人にして、平均すれば1日1回そういうような恥をかいたような気がする。そうであれば365 x 36 = 13,140回。ロシア語恥かき道というのがあるなら、私は黒帯どころか、赤帯だ。赤帯というのは武道に流派によっては、6~8段を赤と白の混ざった帯で示し、9~10段を赤帯という。日本でロシア語を教えておられる先生などはロシア人の前で恥などかいたことはほとんどないだろう。恥をかくのは悪いことばかりではない。恥をかいた語彙は完璧に覚える。
На уроке русского языка:
- Иванов, как ты думаешь, слово «брюки» - существительное единственного или множественного числа?
- Брюки? Сверху – единственного числа, снизу множественного.
設問1)和訳せよ。
設問2)ズボン2着、ズボン3着を露訳せよ。
設問3)одни брюкиを使う場合の用例を説明せよ。

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2007年01月19日

●ビジネスロシア語出版とテレビドラマ

無事「ビジネスロシア語」が1月18日刊行された。それと出版元の東洋書店の話では、1月31日(水)22時~日本テレビ『ハケンの品格』というドラマで、ビジネスロシア語を学ぶ人がドラマの主体になるらしく、拙著「ビジネスロシア語」がドラマの小道具として使われ、いくつかのロシア語の文章もセリフに入っているとのことである。ドラマの製作者がビジネスロシア語に関して調べ、ネットで私のサイトにたどり着き、参考書として使おうということになったようである。ドラマ作りには一切タッチしていないので、どういう内容かは知らない。ご興味ある向きはどうぞ。

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2007年01月21日

●帯研(第43回)

言葉の意味やニュアンスというのは、会話では文脈(置かれている状況)や会話のイントネーションで分かる場合が多い。語法というのは、文脈やイントネーションが分からない場合(翻訳の場合ではイントネーションがほぼ分からないと言ってもよい)に、意味やニュアンスを理解する一つの手段であり、語法に頼りすぎるのは本末転倒である。そのため中級者におってロシア人との会話(単なる会話ではなく、いろいろな人とのいろいろなテーマの会話)を多くすることが意味を理解する上で重要である。
- Какая самая красивая часть речи в русском языке?
- Предлог. Ибо всё у нас делается под благовидным предлогом.
設問1) 和訳せよ。

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2007年01月24日

●帯研(第44回)

ロシア語の小説にも会話の部分があり、名のあるソ連ロシア文学の翻訳家であっても、ロシア人と会話の経験がほとんどない人がこの会話の部分をうまく訳せるのか大いに疑問である。無論辞書や文法書でも意味は分かるが、言葉のニュアンスなどは会話を長年にわたって十分鍛錬しないと翻訳するのは無理でなかろうかと思う。ロシア語の通訳では私が実際に聞いた限りでは(80年代に経団連の講演会の通訳されたのを何度か聞いた)、吉岡ゆきさんが一番うまいと思う。これは私だけではなく、私の恩師もそうおっしゃっていた。吉岡さんは翻訳もされており、こういう人が訳した本は間違いないと思う。ただロシア語で読めるので、翻訳は原則として読まない。米川訳がどうだとか、原訳がどうだとかは私には無縁の話で興味もない。翻訳で読んだのはソルジェニーツィンの作品で、それも30年前は収容所の隠語辞典が手に入らなくて、普通の露和では読めないとあきらめたからで、これらも後にロシア語の原本で読んでいる。
ロシア語でのオチの理解は簡単だが和訳が難しい小話の問題。
Урок русского языка в грузинской школе. Учитель:
- Запишите предложение. «Мущина сблизился с женщина в бане». Разберите его по частям. Ну вот ты, Гоги!
- А чего тут разбирать! Женщина – подлежащее, мущина – надлежащее, а баня – предлог!
- Садись, Гоги, четыре.
Гоги выхватывает кинжал:
- Пачиму четыре, пачиму нэ пять?!
- Патаму что баня в данном случае – нэ предлог, «а местоимения»!
設問1) 和訳せよ。

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2007年01月27日

●帯研(第45回)

第44回の課題が和露語呂合わせ (17) にあるものと重複しているとのご指摘があった。すっかり忘れていたので申し訳ない。ただあまり神経質になってもと思うし、私の訳はあくまで参考訳で100%正しいとは言えない。参加者はすべて自分のためということで、課題に取り組んで欲しい。手持ちの小話のコレクションが1000ぐらいあり、これから適当に (at random) 目についたものを出題しているので、これからも重複があるかもしれないので、あらかじめお断りしておく。1983年からモスクワに商社マンとして駐在するようになって、習ったロシア語の単語と違う言い回しがいくつかあることに気がついた。口語表現だが、秘書も使うし、一般的な語彙である。一つはпереживатьで「体験する、味わう」という意味だが、露和辞典では他動詞なので補語 (радость, горе) を伴うと書いてある。しかし、耳にするのは、Я так переживаю.と補語なしの表現ばかりである。意味はволноваться, тревожитьсяという意味で、「とっても心配なの」ぐらいか。この補語なしのпереживатьは1960年代ごろにもう一般的だったらしい。つまりチェーホフもトゥルゲーネフもトルストイも知らなかったわけだ。Пока をдо свиданияの意味で使うようになったのもこの頃かららしい。他に、обратноを опятьという意味で使ったり、воображать を важничатьの意味で使うなどある。モスクワに行ったときに気をつけて耳を傾けるとよい。今回の課題は、
В женских журнале объявлен конкурс. На фотографии – взлетевшая с земли космическая ракета. Что бы это значило? Лучшим признан ответ: «Спутник улетел. Можешь приходить».
設問1) 和訳せよ。
設問2) 最後の単語приходитьを完了体に代えることが出来るか?

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2007年01月29日

●帯研(第46回)

ジューコフの自伝を読んでいるが、3巻本の第2巻まで読んだ。この本も買ってから15年以上経つ。この5年間に読んだ本は20年前に買った本が多い。エセーニンの詩集(6巻)は昨年読んだが、これはなんと買ってから30年経っている。ロシア語の本は辞書でも、参考書でも、文学関係でも、今読めない(時間的に、あるいは能力的に)と思っても、買っておいたほうがよい。眺めていて、何度かトライしてだめでも、いつか読めるようなときが必ず来る。よけいなおせっかいだが、ロシア文学をいつか原書で読もうと考えている人は、その和訳を読むのを勧めない。ロシア語で読む気がなくなるか、ロシア語で初めて読んでも、最初の何が書いてあるんだろうという、読書の一番大切な楽しみを殺ぐと思うからである。
Интересный факт:
«Му сор» - мой полицейский по-английски, пишется так же, как по-русски – «мусор».
設問1) 和訳せよ。

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2007年01月30日

●帯研(第47回)

ロシア語を原書で読めるかどうかの基準というのは、1ページで10回以上辞書を引くかどうかだと個人的には考えている。これ以上だと辞書を頻繁にひきすぎてテキストの内容を咀嚼するところではあるまい。忍耐力のある人でも20回以上だとつらいと思う。ただこの辞書を引くというのは、単語の力点はもとより、ちょっとでも疑問があれば辞書をひくということで、あらかた意味が分かればよいということではない。分からない単語というのは、いつか出てくるわけで、そのとき調べておかなくてもいずれは出てくるものだから、できるだけ早めに意味が取れるようにしたほうがよいのは自明の理であろう。
ロシア語でオチを理解するのは簡単だが和訳が難しい小話。
- Вовочка, разбери предложение, - говорит учительница: «Папа ушёл в гараж».
- Папа – подлежащее, ушёл – сказуемое, в гараж – предлог.
設問1)和訳せよ。

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