2008年04月27日

●新帯研 第20回

人が何を考えているかは誰にも分からない。パラノイアでない限り一つのことに固執する人はあまりいないが、その人を理解しようとして単純なレッテルを貼りたがる傾向がどの人間にもある。ただ逆に、政治家など、あるイメージを抱かせるために、人に自分がどんなタイプの人間かを、故意かそうでないかは別にして、他人に分かりやすい行動をとることはありうる。今回の課題は、
Фоторепортёр показывает другу альбом с фотографиями.
- Вот землетрясение в Японии... Вот ураган на Флориде..Страшный пожар в Чикаго... Моя свадьба...
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 18:53 | Comments [2]

2008年04月19日

●新帯研 第19回

Гюгоとその孫Жан Юго(画家)(Эренбург-9-715)でどうしてロシア語表記が違うのかというと、19世紀に発音しない 'h' で始まるフランス人の姓は、Гюго, Гудон(彫刻家), Гавр(都市名)のようにгをつけた。ところが、後により発音に忠実に表記されるようになった。Эредиа(詩人)、Оннегер(作曲家)、Эрриоなどである。今回の課題は、
- Обязательно купите это платье – это же последний крик моды!
- Боюсь, это будет последний крик моего мужа!
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 06:40 | Comments [3]

2008年04月11日

●新帯研 第18回

ロシア語を学ぶ目的をロシア人のように自然とロシア語が口をついて出てくるような境地を目指すという風にしてはいけない。赤ん坊のころからロシア人が周りにいてロシア語と日本語がバイリンガルであるというような特殊な環境の人は別にして、早くても20歳前後からロシア語の勉強を始めた人が大半だと思うが、目指すべきは理詰めに文法で、このような場合はこのような表現を使うのが自然であろうと悟得することにある。そうすれば、後進にも感覚ではなく、理詰めで(こういう徴候があればこういうロシア語表現を使うのだとか)、技能の伝承ができるということになる。時間を見つけて、取りあえずは、文法で一番難しいと筆者が思っている体の用法など、どちらの体を使うのか理詰めで考える癖をつけるとよい。つまり露文和訳は単語の意味が分かれば、想像力を働かして和文を作る事はそれほど難しくない。問題は逆の場合である。和文から露文を作るときに、完了体を使うのか、不完了体なのか、複数なのか単数なのかなど、文法がよく分かっていても難しいと思うことが多い。
Третья мировая война. Командир ракетного дивизиона докладывает по рации генералу:
- Товарищ генерал! Как вы и приказали, от города осталось ничего, передаю по буквам: николай, иван, харитон, ульяна, яков! Повторяю: ничего.
設問)オチが分かるように訳せ。

Posted by SATOH at 17:01 | Comments [2]

2008年04月06日

●新帯研 第17回

メーカーで依頼される製品のパンフレットпроспектや取扱説明書инструкция по эксплуатацииの和文露訳を、宣伝用のコピーライトと勘違いしている人がいる。翻訳はあくまで正確かどうかであり、日本にいるロシア人にチェックさせると宣伝用のカタログやパンフレットに近いものに書き直させられる事がある。目を引くという観点から、例えば無騒音などと書いているのが、実際はかなりうるさい機械もある。怖いのはこういうロシア人は素人ゆえにクレームという考えがまったくないことである。翻訳を頼むときはクレームということを頭において、少しゴツゴツした訳でもまず正確なものに仕上げるのが大事だというのはいうまでもない。
Совместное советскоамериканское предприятие издаёт на базе «Коммуниста» и «Плейбоя» новый журнал «Член КПСС».
設問1)オチがわかるように和訳せよ。

Posted by SATOH at 13:36 | Comments [4]