2012年08月31日

●和文解釈入門 第469回

(205) 「中車芸話」、七世市川中車、日本人の自伝第20巻所載、平凡社、1981年
 川尻清譚聞き書き。1943年初出。歌舞伎役者七世市川中車(1860~1936)の自伝。歌舞伎の家に生まれたのではないが、子役として京阪、名古屋で子役役者として働き、後に東京で九世市川団十郎の弟子となり、五世尾上菊五郎にも可愛がられた。1869年の東京遷都のときの明治天皇の行幸を実際に拝観し、周りの人がみなぽんぽんと拍子を打って行列を拝んだという。子宝に終生恵まれず、最初の養子はどうやら夜嵐お絹と市川権十郎との間にできた娘らしく、踊りを習わせていたが早世したという。最初の妻お浜の死後、後妻にお市をもらったが、そのお市が夜中お浜の胸にのしかかってきた夢を見たという。16歳のときに19歳の御職女郎と心中するつもりが、そこで別の心中者を助けるということになり、心中は未遂となった。同じ本に載っている初世中村鴈治郎(1860~1935)の「鴈治朗自伝」でも、鴈治朗は19歳で心中未遂をしているので、役者というのは持てたという事が分かる。鴈治朗の父三世中村翫雀は市川権十朗の弟子という因縁がある。鴈治郎は1887年先輩俳優の内縁の妻に出世をねたまれ、水銀を毎食すこしずつもられ声がかれてしまったという。ちなみにこの鴈治朗自伝のほうは、文章は短いものの、気取りが多く、人に見せることを意識した書いた日記を、そのまま本にしたような感じで内容もそれほど面白いものではない。9代目中車を継いだのが俳優香川照之であるのはご存知の方も多かろう。

設問)「乗るバスをお間違えです」をロシア語にせよ。

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2012年08月30日

●和文解釈入門 第468回

単語に力点を打つかどうかだが、力点を打つのにかなり精力を割いているような感じがするので、今後出す著書については、単語の力点をできるだけ下線で示すようにするが、人称代名詞・指示代名詞など初歩的な単語については力点を省くことにした。単語が初歩的かどうかの判断は著者が行う。無論、初歩向けではないような単語、あるいは複数や格変化などで力点が移動するものなど、注意を要する単語については、力点がある母音に下線を引いて表示する。

 力点というのは間違いやすい単語、頻度の少ない単語に打つべきもので、全部に打つのは、単語が見にくくなったりして、弊害の方が多いと考えるからである。だからего, были, будет, когда, сейчас, теперьなどについては力点を打たないということである。こういう単語の力点が分からないというのであれば、まずその力点を覚えるのが先決だ。それと、一番の問題は全部に力点をつけると、間違う可能性も多くなるしという内心の言い訳めいたこともある。

設問)「時計の針を2時間戻した」をロシア語にせよ。

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2012年08月29日

●和文解釈入門 第467回

電気用語、機械用語ではコンデンサ、シリンダ、コンピュータなど語末の長音符号「-」の省略が見られる。特に電気用語は、文部省学術用語集電気工学編(1957年)に「その後が3音節以上の場合には、語尾に長音符号を付けない」とあることに由来する。しかし、英語の普及により、より発音に近いという観点からか、マスコミなどでもコンデンサー、シリンダー、コンピューターとすることが多いようなので、このコーナーも私の著書もそれに従っている。

設問)ピアノの演奏者に言う「一曲お願いします」をロシア語にせよ。

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2012年08月28日

●和文解釈入門 第466回

質量массаというのは物質がもっている本来の重さであり、方向を持たず、常に存在する。一方、重量весというのは引力によって物質に生じる重さであり、方向がある。重量は無重力状態では存在しないし、月の上では月の引力が地球の1/6なので、重さも1/6である。このように重量は地球以外の場所では変化する。質量の単位はкг (kg)であり、重量の単位はニュートンН (N)であり、またN = kg・m/s2である。日本では用いられないが、ドイツなどでは重量キログラムkgfが用いられており、ロシアでもкгс (кГ)= килограмм-силаはСНиП (Строительные нормы и правила, СНИП建設基準規則と言い、発音はснип)では、100 кгс/м2 = 1кПа (kPa)= 1кН/м2 (kN/m2) が用いられている。СНиП にはもう一つ(Санитарные нормы и правила, СНИП衛生基準規則)があるが、これではない。kgf (кгс) = 9.80665N (Н, ньютонов)であり、1Н = 0,10197162 кгсとなる。ちなみに1馬力は1 л.с. (лошадиная сила) = 75 кгс・м/сである。話がそれたが、このように質量の単位がkgなので、ロシアの船積書類、ミルシート(鉄鋼メーカーの発行する鋼材の材質を証明する添付書類)などでは、日本であれば重量とあるところに、массаと記載されている。定義に厳密なのであろう。

設問)「今日靴屋の店員に笑われてしまった」をロシア語にせよ。

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2012年08月27日

●和文解釈入門 第465回

-ну-を持つ動詞というのはтолкнутьのように、一回体という完了体と思いがちだが、不完了体も少ないながらある。その中でтянутьは語義により対応する完了体потянуть, вытянуть, протянутьが異なる。このтянуть以外では、-ну-に力点が来ないし、語義に次第に変化するという意味を持つものが多いように思われる。

вянуть/увянуть (завянуть)衰える・しぼむ、вязнуть/увязнуть (завязнуть)はまる、 гибнуть/погибнуть滅亡する、липнуть/прилипнуть貼りつく、мёрзнуть/замёрзнуть (вымерзнуть)凍る、мокнуть/вымокнуть濡れる、сохнуть/засохнуть (высохнуть)乾く

設問)「劇場の前で6時に落ちあいましょう」をロシア語にせよ。

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2012年08月26日

●和文解釈入門 第464回

 英語で能動受動態というのは、read, cut, sellなどの動詞を使う、This book sells well.(この本はよく売れる)という文などを指すが、ロシア語ではся動詞の不完了体(自発的可能性)ないしは、性質を示す自動詞で表すことができるし、сам (а, о, и) собойとの組み合わせで自発的可能性を示すことができる。

(この本はよく売れる)Эта книга хорошо продаётся.
(この本は読みやすい)Эта книга легко читается.
(そのナイフは切れない)Нож не режет.
(鎌はひとりでに切れた)Коса резала сама собой.

ところが、能動態であって、文脈によって受け身の意味を示す場合が日本語にはある。「明日手術する」という文では、主語が医者か患者かによって、手術をするのか、受けるのか、意味が分かれる。「明日病院で注射をする(予防接種をする、血圧を測る)」もそうである。ロシア語では、受ける側が与格となるか、主語となるか、補語となるかで意味をはっきりさせることが多い。

(手術に同意なさいますか?)Вы согласны оперироваться? (Вы даёте согласие на операцию?)
(患者は放っておいた(癖になった)脱臼の手術を受けた)Больной прооперирован по поводу застарелого (привычного) вывиха.
(麻酔の注射をしてください)Сделайте мне, пожалуйста, обезболивающий укол.
(注射をします)Я сделаю вам укол (инъекцию).
(破傷風予防注射をしてください)Сделайте мне укол от столбняка.
(ちょっと我慢してください。注射をしますから)Потерпите, вам сделают укол.
(自分でなんとか注射をしたわよ。簡単よ)А я сама себе как-то делала, элементарно!

しかし、ウィッテの回想録に、(私はすぐに手術をする決意をした)Я решился сейчас же сделать операцию.とある、ウィッテは蔵相、首相を歴任したが、医者ではない、となると、手術を受けるという意味で使っているとしか考えられない。例はあまり多くはないが、下記のような例もある。

(それでも狂犬病の予防接種をしに行った)Я всё-таки пошёл делать прививку от бешенства.
(前に血圧を測ったことはありますか?)Вы измеряли раньше давление?

 上の文などは自分で測ったのかとも考えられるし、病院で測ってもらったのかとも考えられる。こういう点は日本語とも似ている。和文露訳入門の8-9-2 自発的可能性のся動詞の項も参照願う。
これについては和文露訳入門には載せていないが、第2版を出すとなれば、載せることになるだろう。

設問)「急用が出来たので、お約束の時間をちょっと遅くできませんか?」をロシア語にせよ。

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2012年08月25日

●和文解釈入門 第463回

最近<「世間」とは何か>(阿部謹也、講談社現代新書、1995年)という本を読んだ。その中に、今から十数年前に女子学生の一人がゼミのコンパで、「先生、中年の男性ってどうしてあんなに汚らしいのですか」と聞かれ、著者は絶句し、「日本の中年男性が一般的に言って魅力的ではないのは何故か。もちろん問題は中年男性だけではない。中年男性の予備軍とも言うべき若い男性の場合も同様の問題があるのであって・・・(略)。我が国の男性たちはわが国独特の人間関係の中にあって、必ずしも個性的に生きることができないのである」とある。そういうことを言う女子学生も女子学生だが、恐れ入ってしまうのも情けない。著者が魅力的でないかどうかは知らないが、ここは一応著者の主観を尊重したい。しかも厭らしいのは、「同じ年齢層でも中年女性の集団は少し違う。眉をひそめさせるような言動がないわけではないが、没個性的とはいえず、よくいえば天真爛漫である」とご婦人がたに媚びているのか、危険を察知して予防線を張っているかのようである。

 気になるのは、女子学生が「汚らしい」と言っているのに、「魅力的でない」と著者が理解していることである。女子学生は、文字通り、「汚らしい」と言っていると思うのだが。汚らしいと魅力的でないには随分差があるような気がする。まあ、仮に、「魅力的でない」としても、別に反論するつもりもないが、著者自身がそうであるから、あるいは自分の回りがそうであるからといって、自分が日本の中年男性の代表のような顔をするのは如何なものだろう?アメリカの中年男性は、ロシア人は、中国人は、韓国人、アラブ人は、アフリカの中年は魅力的なのだろうか?個性的云々とあるから、西欧の白人の中年を意識しているのかもしれないが、皆が映画スターのようではないだろう。これは日本も同じだ。しかも日本の若い男性諸君も同様な問題があると書いてあるから、大きなお世話としか思えない。中年の男女が魅力的ではないというなら、それは子供の教育費用、親の介護などという社会の重圧が一番かかって来る世代からだし、若者にその傾向が見られるのも、正社員の雇用を制限している分、サービス残業が増えていたり、正社員になる見込みが少ないことで将来への望みが持てないからだろう。それと個性的あることがよいかどうかは一概には言えないという根本的な問題もある。すべてこの著者の論理は、思い込みから成り立っているとしか言いようがない。だからというわけではないが、肝心の世間に対する本書の内容についても、文学史から見た世間というだけで、とりわけ感心するような知見はないし、著者の考える世間というものは、非常に狭い感じがする。

 それに対して、<「縮み」志向の日本人>(李御寧、講談社学術文庫、2007年)は、日本人論の陥りがちな、対西欧との日本だけではなく、もっと広い意味での韓国・中国の視点からの日本人論であり、ミクロという切り口から日本人論で視野が広く、よほど面白い。ただ、わずかに垣間見えるロシア人については、ステレオタイプのソ連型官僚主義だけのようで、世界的視野でものを見ることの難しさを教えてくれる。ミクロと言うなら、ノミに蹄鉄を打ちつけたロシアの職人の話であるレスコーフЛесковのЛевша(ぎっちょ)とか、仏壇に対するалтарьなど、ロシアにもミクロ的な世界観はある。この点からロシアの東洋性を見てみるのも面白いかもしれない。

設問)「日中は晴れ間が続きますが、南部と山沿いは豪雨となる可能性があります」をロシア語にせよ。

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2012年08月24日

●和文解釈入門 第462回

漢字の説明をロシア人にすると、どのくらいの数の漢字を覚えると新聞が読めるようになるかという質問を受けることがよくある。国立国語研究所の新聞における漢字使用の実態調査というのがあって、「現代新聞の漢字」(1976年)にその結果が出ているが、1000字知っていれば、新聞に書かれている漢字の93.9%は読めるということである。教育漢字(学習漢字とも言う)が1,006字と決まった背景もここにある。ちなみに教育漢字というのは小学校6年生までに習得すべき漢字である。

設問)「シリーズ物はすべて一番面白いところで終わる」をロシア語にせよ。

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2012年08月23日

●和文解釈入門 第461回

この頃聞いていて、違和感を感じる言葉に、「勇気をもらった」、「感動をもらった」がある。NHKのアナウンサーも使うのだからまともな言葉のようだが、「勇気がわく」とか、「感動を分かち合う」という言葉はあまり耳にしない。ただ自分は使わないにせよ、現代の言葉使いが乱れているから直せと主張するつもりはない。これも時代の流れだと思うからだ。勇気や感動が授受できるものだという意識は、バーチャル時代の賜物だと思う。つまりコンピューターゲームで、武器や技がポイントにより、あるいは売買で手に入るなら、という発想かもしれない。もっとも「感動(勇気)を与える」というのには違和感はないが、与えるのはあくまでも人間ではなくて、その行為である。「勇気(感動)をもらう」というのはこの発想の転換から生まれたのかもしれない。

設問)「今年の冬は30年ぶり(30年来)の寒さです」をロシア語にせよ。

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2012年08月22日

●和文解釈入門 第460回

近くを散歩していると掲示板に町内会の講演会のビラが貼ってあった。「コニュニケーションと人間関係 – 挨拶と表現 -」とある。講師は教育カウンセラーの人らしい。行きかけて、これでコミュニケーションが取れるようになるのか不安に感じたが、こう暑くてはなあと思った次第。

設問)「稲光がして雷が鳴った」をロシア語にせよ。

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2012年08月20日

●電子書籍第3弾「るいごプラス!」発売

電子書籍第3弾として「るいごプラス!」を刊行した。定価は1,000円で、販売元は前のと同じDL-MARKETである。「和露類語431」と「続ロシア語基本熟語232」を収めたものである。数字は項目数で、両方ともアイウエオ順になっている。いずれも従来の和露辞典の不備を補うアプローチの一環であり、和露辞典のお伴にしていただければ、ロシア語会話や露文和訳の際に大いに力を発揮すると確信している。
和露類語431の方は、これまでこのコーナーの「ロシア語珍問奇問」、「間違いやすいロシア語」、「和文解釈入門」に書き散らした類語の使い分けを、あいうえお順に整理したものである。本コーナーでは分からないが、電子書籍では下線で力点を示している。内容の一部を挙げると、

「もの」にはпредметとвещьがあるが、предметは具体的なもの、ないしは抽象的なもの(状況や事実など)で、「こと」とも訳せる場合もある。вещьは具体的なものであって、かつ人が使うものであり、抽象的な意味ではあまり使わない。

続ロシア語基本熟語232は、既刊の「ロシア語基本熟語500」の続編であり、形式的にも同じである。後ろにロシア語の索引をつけたのもの同じである。内容の一部を挙げると、

一体感
корпоративное единение

Кадетские корпуса в наибольшей степени способствовали развитию духа дружбы и копропативного единения. 陸軍幼年学校は最も友情の気風と一体感を育むのに貢献した。
(чувство единения с + 造格でもよい)

 次回の電子書籍は「技術ロシア語入門」(和露形式で収録項目千)の予定。

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●和文解釈入門 第459回

モスクワの番地について、フェドシュークФедосюкの「Москва в кольце Садовыхサドーヴィエ環状線内のモスクワ」に書いてあるのを見つけたので、それを紹介する。モスクワはいくつかの環状線が取り巻いていて、環状道路は時計回りに、奇数番地を左側に、クレムリンから放射状に出ている道路は、右側に偶数番号が来る。例外はマルクス大通り(現在のТеатральный проезд, Ул. Охотный ряд, Моховая улиыа)で、ルビャンカ広場(KGBの建物ある)から番号がスタートするとある。

設問)「彼はずっと我々が知らないとばかり思っている」をロシア語にせよ。

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●和文解釈入門 第458回

全体の与格については第30回の設問で取り上げ、和文露訳入門でも10-7に全体を示す与格という小見出しをつけて再録してある。日本語文法でも持ち主の受け身文というのがあって、「私の手はイヌにかまれた」とは言わずに、「私は手をイヌにかまれた」とするとある。動作を受ける非情語(無生物という事で、不活動体名詞と考えてよい)が主体の所有語の場合、持ち主の受け身文にするとある。これを露訳すると、ロシア語では受け身にはならず、能動文で示すことになると思う。Собака укусила мне ногу (в ногу, за ногу). こういう点は偶然文法的に似ている点である。ちなみに力点はзаに来る。

設問)行列に並んでいて、何かの理由で行列を離れる際に、「この席を取っておいてください」をロシア語にせよ。

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2012年08月19日

●和文解釈入門 第457回

いつものように川のほとり(歩道)を散歩していたら、向こうからランニングをしているおじさんが、私を呼びとめて、マナーを守ってほしいと言う。何か失礼な事でもしたかと思い、理由を尋ねてみた。要は私が右側通行をして歩いていたのがマナー違反でけしからぬという。60年生きてきて、車は左、人は右というのを頭に叩き込まれてきたが、そうではないらしい。そのことを言うと、それは車道の話で、歩道では歩行者は左側を歩くのがマナーだとおっしゃる。たまに出会う警察官からも、そのような注意はされたことがないし、テレビでも、新聞でも、そのようなマナーについては見たことも、聞いたことがないと言うと、自分も、警察や学校にこういうマナーの順守を何度も言って、それなりの手ごたえを感じているとおっしゃる。そういうのはマナーと言うのではなくて、単なるランナーの要望とかエゴとかと言うのではではないかと申し上げた。さらに、私の歩いている歩道は自転車も通る。そういう歩道で、歩行者が左側通行であれば、自転車は右という事になるのだろうかと言うと、向こうは絶句したが、皇居でのランニングは左側になっていると、皇居を持ちだしてきた。皇居であろうと、マラソンであろうと左側通行と言うのは、それなりの理由があるのであろう、自分はランナーではないので、ランナーのすることについては口を出さないが、歩道は、おっしゃるように道路交通法で規制されているのが車道なら、歩道は歩行者が右でも左でも(真ん中以外は)どこでも自由に歩いていよいはずだ。いきなりマナー違反と言うからカチンとくるのであって、ランナーとして歩行者にも左側通行をというキャンペーンをやっているのでご協力をと言えば、それなりに筋の通った話ではある。ただ歩道通行を右側か左側かに規制するという事自体反対だが、どうしてもというなら、歩道では自転車の通行もあるので、車道と混乱しないために、歩行者もランナーも右側がよいのではと言ったら、じっくり話したいと言うので、分かりきった話にじっくり話をするほど暇人ではないし、言う事は全部言った、それよりもランナー全体で警察や学校、テレビ、新聞と話をつけて、歩行者も歩道は左側通行というキャンペーンをやり、国民の総意を得た上でというならまた考えましょうとおさらばした。この酷暑の中、こういう人も増えるのだろう。一緒にいると同じような人かと見られるのも嫌だ。おかげで、自宅に帰る手前で土砂降りの雨に遭ってびしょぬれだ。おっさんに呼びとめられなければぬれ鼠にならなかったろうに、ついてない。世の中規制解除の時代だというのに、それに逆行するというのも時代遅れの話ではある。

 ネットで調べたら、歩道の左側を歩いていて、歩道は右側通行だとかみつかれ、警察を呼ぶ騒ぎになって、面倒臭くなって文句をつけた相手に結局謝ったという話もある。いずれにせよ尋常な話ではない。ゆとりのない時代ではある。歩道ぐらい好きなように歩けばいいだろうに。私だって、右側通行ばかりしているわけではないし、だいたい右か左か歩道を歩くのに考えたことすらなかった。ロシア人ならどう言うだろう。今日のおじさんは私と同じくらいの歳だったが、こういう人はロシアじゃ暮らしていけないなと感じた次第。

設問)「グリーン車大人3枚、子供1枚日光まで往復をお願いします」をロシア語にせよ。

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2012年08月18日

●和文解釈入門 第456回

Ждите.(お待ちください)というのは、懐かしい響きがある言葉である。30年前モスクワに駐在していたとき、たまに日本の実家に国際電話をするときとか、出張先からモスクワに電話した時、モスクワから地方のお客さんに電話したときなど、電話交換手(今やこういう職業の女性がいたことを知らない人も多いと思う)から、Ждите.と言われたものである。駐在してすぐのとき、どうしてПодождите.(ちょっとお待ちください)ではないのだろうと疑問に思ったことを思い出す。はじめからだいぶ待たすのが電話交換手には分かっているので、それで「ちょっとお待ちください」とは言えないのだろうかとか、「そのままお待ちください」という意味だろうかと、いろいろ理由を考えたものだ。

 ようやく今にして、これは着手を表す不完了体の命令形であることが分かる。ロシア語会話をするときに、自分の頭の中では、40年間ロシア語をやって蓄積した文例から正解を探し出そうという自分と、この2~3年でなんとか分かった体の使い分けの基準から正解を選び出そうとする二人の自分がいるのだが、どうやら勝つのはいつも年の功の方ということらしい。多くのプロの通訳やガイドの皆さんも、何年も、何十年も暗記してきた例文が頭に浮かび、それに近いものを瞬間的に選び取っているのだろう。いまさら、この性癖は変えられないし、自分はこれでよいとしても、若い人が、何十年も暗記に費やすとしたら、もっとやることがあるのにと思う。それで、和文露訳入門に書いた目次が、体の使い分けに少しでも役に立つのではないかと考える次第である。

設問)「この切符の払い戻しができますか?」をロシア語にせよ。

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2012年08月17日

●和文解釈入門 第455回

語彙を完璧にすべて習得するのは不可能である。せいぜいのところ自分で使うか、必要とと思う範囲の語彙を覚えるのである。多いに越したことはないが、重なる部分も多いとはいえ、観光ガイドと技術通訳の語彙は違うし、外交官の語彙も違う。極端に言えば、技術通訳でも、鉄鋼関係と、化学や機械では異なる。日常的な語彙の範囲と言うなら、それは市販の会話集の語彙範囲という事になる。初級者はとりあえず、それを覚えればいいのである。通訳の仕事が来る度に、その業務内容の語彙をチェックし、新たに暗記することも多い。中級以上の人であれば、和露・露和辞典や英露・露英辞典、ネットを使って、必要な語彙を調べることもできるかもしれないが、初級者ではそれも無理だろう。観光や基本的な技術関係については、原稿もできているので、今後随時刊行予定であるし、語彙だけなら、ロシア語通訳協会でも、ある程度は入手可能である。

 しかし、問題は語彙というよりは、その前の動詞の使い方、もっというと体の用法である。これが分かりにくいために、楽な方の、暗記すれば済む語彙の学習に走りがちである。それを分かってもらうために、このコーナーでは、日常生活、医療、技術、スポーツ、政治経済などあるゆる範囲を想定して出題しているから、短文で語彙が分かったとしても、体の用法が分かっていないとロシア語としては奇妙な文になるという事が、回答例とその説明を読めばお分かりだろう。日本語でいえば、敬語の使い方のおかしい日本語に近いのかもしれない。

設問)「その短編を原書で読んだのですか、それとも翻訳でですか?」をロシア語にせよ。

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2012年08月16日

●和文解釈入門 第454回

ロシア語の初級の参考書というのは、学習する人が自分の判断と好みで決めればよい。それなりに役に立つものばかりである。ただ疑問が湧いて来たときに、その疑問や質問を著者にメールなどで気軽に尋ねて、著者から答えがもらえるようになっているのが望ましい。私の会話集「そのまま使える!ロシア語会話表現集」(東洋書店、2009年)や「ロシア語基本熟語500」(東洋書店、2009年)で、何か疑問があれば、遠慮なく、匿名でよいので、このコーナーでも、私のサイトからでも質問いただければ、このコーナーか、ロシア語質問箱というコーナーで必ず回答する。他の会話集や参考書に関する質問でもよい。営業妨害はしたくはないので、署名や著者名を書く必要は特にない。分からないところを例文があれば、例文ごと連絡いただければ、回答する。これ以外の、ロシア語に関する疑問ならどんなものでも構わない。分かる範囲で回答するようにしたい。

設問)「どうなさいました?」
「胃の調子がおかしくて」をロシア語にせよ。

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2012年08月15日

●和文解釈入門 第453回

初級者がこのコーナーをどう活用すべきか書いてみたい。初級者というのはロシア語を学ぶのだということで、どうしてもロシア語主体にならざるをえない。しかし、ロシア語会話をしたいのであれば、日本語からロシア語へというような視点も大切である。ここでいう初級者というのは、ロシア語を勉強して半年ぐらい、文法は一通り終えたぐらいで、ロシア文字は読めるという方を指す。ロシア語会話や和文露訳は初級者のうちから勉強した方が、ロシア人と会話しようという動機付けができて、ロシア語の実力が上がってゆくと考えるのは理の当然である。

 そうはいっても初級者では語彙が不足しているために、和文露訳をするのは無理だと考えるかもしれない。それはその通りなのだが、それなら初級者はこのコーナーでは語彙のことは考えに入れずに、設問の日本語だけ見て、動詞が完了体か不完了体か、あるいは名詞が単数か、複数かだけ、あてずっぽうでよいから自分で答えをメモしておくのである。24時間後には答えが出るし、用法名もできるだけ書くようにしているので、第300回の本文や和文露訳入門を見てもらえば、体の使い分けの説明が詳しく載っているので参考になるはずだ。どこを見れば分からないのであれば、遠慮なく質問してくれれば回答する。これを毎日続けるだけで、体や単数・複数の使い分けの勘が養われて来る。回答例を暗記すれば語彙力もつくという具合である。今まで450回続けているのでアトランダムに、自分の都合のつく時間に1日1題やってみれば、ロシア語の会話力はついていって、中級に進むのも時間の問題だ。電子書籍の「ロシア人の疑問 – 日本編 -」だって、日本語の単文を見て、完了体と不完了体のどちらかであるかをチェックしてみるとか、単数・複数を調べてみるとか、そのような和文露訳の勉強という観点から使える参考書なので、初級者の方にとっても使い方一つで役に立つと思う。

 このように日本語を語彙という枝葉ではなく、動詞の体の用法や時制といった根幹の方から見つめる方が初級の段階ではより重要であると思う。ロシア語に振り回されるのではなく、あくまでも和文を主体に据えるという意識を初級者の段階から意識的に見につけることが、ロシア語会話上達への道である。

設問)「(それは)エレベーターを降りた右手のほうにあります」をロシア語にせよ。

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2012年08月14日

●和文解釈入門 第452回

(203) 「クロウ日本内陸紀行」、岡田章雄・武田万里子訳、雄松堂出版、1984年
 1881年4カ月来日した英人商人クロウの横浜、函館の日本紀行。1883年初出。サトウ・ボウズの「中部・北部日本案内」に非常に世話になったと書いており、来日早々サトウに招待されている。旅行の大半はビルボーと一緒であった。日本人の容姿のよさといい、お互い同士の礼儀正しい丁寧さといい、中国人とは好対照と述べている。別当について御者ではなく、馬車の前を走って混雑した通りでは歩行者に注意を呼び掛ける馬丁とあるのは参考になる。旅したのは横浜、神戸、大阪、京都、彦根から中山道を通って、諏訪、高崎、日光、箱根、函館である。函館をジブラルタルに似ているとしているのは興味深い。多くの外国人と同様、当時の日本の俗説である、富士山と琵琶湖は一夜にできたと書いている。これはダイダラボッチという巨人伝説によるもので、第7代孝霊天皇(紀元前324~紀元前215年)の紀元前285年とかに書いてあるものもある。通訳は大阪生まれのヨシでガイドにしては正直で心の優しいと書いており、ただクロウはガイドを人夫と同列に見ていた。京都でバード女史のガイドを勤めたイトーに会っている。

(204) 「私の生立ち漫談」、五世三升屋小勝、日本人の自伝第21巻所載、平凡社、1981年
 落語家、女形、神主を経験し、パリ万博に烏森芸者を引率して渡仏した三升屋小勝(1858~1939)の自伝。1937年初出。正に波乱万丈の生涯である。上総ではくたびれることをこわいとあるが、方言というのは昔の都言葉(柳田國男の周圏分布)というように、私の子供の頃(今から40年前)函館でもそう言ったし、美人のことをシャンといった、これも幕末に江戸で使われた言葉であり、1901年菊池寛が一高生のころ芥川龍之介のことを上級生がシャンと呼んでいたと「半自叙伝」(日本人の自伝第15巻、平凡社、1980年)にある。話はそれたが怪談師五世林家正蔵と関係が深かった。この正蔵は100歳のときに下座のおばさんに夜這いをかけたと、古今亭志ん生が自伝「なめくじ艦隊」に書いている。
 明治大正の芸能については「明治大正の民衆娯楽」(倉田喜弘、岩波新書、1980)がよい。落語や講談、女義太夫のみならず、どどいつ、浪花節についてもページを割いているのが好感が持てる。

設問)「そこは何番地ですか?」をロシア語にせよ。

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2012年08月13日

●和文解釈入門 第451回

(201) 「旧聞日本橋」、長谷川時雨、岩波文庫、1983
女流作家長谷川時雨(1879~1941)の東京の日本橋界隈で育った少女時代を扱った自伝。樋口一葉(1872~96)の「にごりえ・たけくらべ」(岩波文庫、1927年)の世界とも言える。

(202) 「グラント将軍日本訪問記」、ジョン・ラッセル・ヤング、宮永孝訳、雄松堂書店、
 随員ヤング(1840~1899)の1879年の米国グラント将軍(1822~85)の訪日記録。南軍リー将軍(1807~1870)との降伏にⅠ章が割かれているのも興味深い。日本酒をシェリーのような味の米から作った温かい酒と書いている。グラント将軍は実際家で、盆栽などは仕事の悪用だと見なしたとある。幕末にも明治天皇は外国使節に応接したものの、儀式であり、飾り物のようであったが、今回はグラント将軍が英雄という事もあり(西郷隆盛の影響もあるのだろう)、選挙権、関税権、琉球、国債のことなど天皇自身の希望で話し合いがもたれたことは特筆に値する。天皇は民選議員の認可と国民に立法上の職権を与えてよいのか御下問されたという。この頃から施政者としての自覚が出てきたのかもしれない。日光には10日間過ごしたが本当に楽しかったと書いてあるが、箱根にも滞在したはずなのに特に書かれてはない。

設問)道に迷って、通りすがりの人からのアドバイスである「この通りをまっすぐ行って、最初の交差点を左に曲がりなさい。右の3つ目の家がそうです」をロシア語にせよ。

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2012年08月12日

●和文解釈入門 第450回

和文露訳は日本語文法とロシア語文法の力を借りて、双方の文法の違いを明確に理解して、和文をロシア文に移すことである。日本人は日本語文法を理解していなくとも日本語は話せるが、和文露訳をできるだけ早い期間でマスターしようと思うなら、日本語文法の理解は欠かせないと思う。

 日本語文法によれば、日本語の文は命題とモダリティーによって構成されていて、文の内側に命題があり、それがモダリティーを包み込む構造をしている。命題というのは、「ああ、多分、明日休講になるだろうね」の中の「明日休講になる」という話者の心的態度とは関係しない客観的な事柄や、現象を示す部分であり、それ以外の、つまり主観的な部分をモダリティ(ムード、叙想、modality、модальность)と呼ぶ。モダリティーは、事柄の真偽に対する話し手の判断、~した方がよいというような望ましさに対する評価、終助詞「ね」「よ」の用に聞き手への伝え方を表し、また命令・勧誘・願望などの表現を持つものもある。

 「明日休講になる」はニュアンスがなければ、Завтра урок отменяется.と不完了体現在形の予定の用法が使える。しかし、この予定の用法は全ての動詞に使えるわけではなく、何らかの動作の開始を意味する動詞である可能性が高い。そうなると、客観的だからと言って、不完了体だけ使えるということにはならず、ロシア語では命題において、まずどちらかの体を選択しなければならないということになる。この段階で、完了体を選べば、モダリティーのニュアンスが入りこむことになる。つまり、ロシア語では、命題とモダリティが並存する可能性もあり、日本語同様、命題を包摂する可能性もあるという事になる。

設問)「そこで待っていてください。お迎えにあがります」をロシア語にせよ。

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2012年08月11日

●和文解釈入門 第449回

和文露訳入門の中で、体の用法の使い分けの要点として、<不完了体は客観的な動作や状態を、完了体は主観的なそれを示す>と書いたが、伝達型動詞(動作遂行型動詞改め)との違いを例に挙げて、説明してみたい。замечатьは伝達型動詞であり、(公爵家の名称は使われなくなりつつあるという事に気がつく)Замечаем, что княжие имена выходят из употребления.というように使うのだが、スピーチや論文の中で、補足説明として挿入するような形で入る場合には、(ついでに言うと、スタルゴーロドでのイーリフとペトローフによる路面電車生産の描写は、その5年後に現れたのである)Попутно заметим, что описание пуска трамвая в Старгороде, сделанное И. Ильфом и Е. Петровым, появилось пять лет спустя.というように、完了体未来形が用いられる。これは補足事項の説明や挿入語句という事自体が、著者や発話者が直接顔を出すような表現であり、主観的発想であると言えるからである。また主観的であるからこそ完了体が用いられる。話題の転換や場面の切り替えというのは主観的な動作であると言える。不完了体現在形を用いる伝達型動詞と、完了体未来形を用いるこのような補足事項の説明の用法の違いというのは、補足事項の説明や挿入語句というのは、その性質上、先行する文の後で使われ、伝達型動詞は先行する文で使われるということにある。下記も同様である。

(公正を期するために述べておく)Объективности ради отмечу.
(この政治家二人、マクナマラもラスクも非凡な人たちであるという事をここで指摘しておく)Отмечу здесь, что оба эти деятеля – Макнамара и Раск – люди незаурядные.

設問)「そこを辞めてから何年になりますか?」をロシア語にせよ。

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2012年08月10日

●和文解釈入門 第448回

日本語学習でアイデアユニットという言葉がある。単文、節、不定詞構文、動名詞句、接続詞を指すが、これは語彙を覚える際に、単語だけを独立して覚えるよりは、アイデアユニットで覚えた方が、実践的な面で応用力が高いと思う。設問も単文とは限らないが、短文であるので、これを暗記した方が効率が高いと思う。

設問)「痛むところを見せてください」をロシア語にせよ。

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2012年08月09日

●和文解釈入門 第447回

(200) *「イザベラ・バードの日本紀行」(2巻)イザベラ・バード、時岡啓子訳、講談社学術文庫、2008年
 1878年の英国人女性イザベラ・バード(1831~1904、1881年結婚を機に姓をビショップと変えた)の人力車、馬、船による、横浜、東京、日光、新潟、山形、青森、函館、室蘭、苫小牧、神戸、京都、奈良、大阪、伊勢、津、大津を回った日本北方紀行。当時の東北の農村の悲惨さが客観的に描かれていて胸を打つ。本書は説明が簡にして要を得ているし、馬に草鞋を履かせるところの描写など総じて著者の観察眼が鋭いことをうかがわせる。この草鞋についてはケンぺルにも記述があり、幕末の写真集にも載っている。日本人について「最も醜くて最も感じのいい人々だ。それに最も手際のよくて器用だ」と日本人が貧弱な体と貧相であると書いてあるのには、当時の日本人の栄養状態が悪かったこともあるのだろう。著者が最良の伝道唱道者の一人と言われるほとキリスト教の敬虔な信徒のためか、日本人は不信心だとか、日本人がキリスト教に帰依すれば日本はもっとよくなるなど陳腐に思えるところもあるが、記述は冷静客観的で、アイヌに対する思いやりなど人柄がよく伝わってくる。ただ日本人の秩序好きは認めており、不信心な人たちがどうして礼儀正しいのか若干戸惑っている記述もある。

 金坂清則教授によれば、ガイドの伊藤鶴吉(1857~1913)は、神奈川県出身、後にシドモアのガイドもした。通訳の名人で、通弁の元勲と称された。ただ通弁はオランダ通詞が長い歴史を持っており、ガイドの元勲といったところか。彼はこのとき20歳(バードは18歳としている)で、酒は飲まず、未亡人の母に仕送りをしながらバードと行を共にした。途中宿の娘に恋したり、若者らしい挙動がバードの筆致から伝わってくる。伊藤はマリーズという植物学者のガイドを月7ドルでしていたが、バードが月12ドル出すということで、勝手にバードに乗り換えた。なかなかちゃっかりしている。結局バードの仕事の後マリーズと清国と台湾に1年半同行するということでこの件は決着したという。この伊藤について、頭の切れる語学の向上心の強い若者だが、宗教心は皆無で、したたかな面もあり、宿代をピンはねしようとする小ずるいところもあると書いているのは面白い。そうはいっても、この時代のガイドは料理人、洗濯人、お供、ガイドと通訳を一人で兼ねていたようで大変な仕事だったが、パイオニアとしての誇りと愛国心を持って外国人に接していたようである。彼は後に開誘社という外国人ガイド専業組合の発起人となった。ガイドや通訳必読の書。バードは1894年から3年余挑戦を訪れ、1905年に「朝鮮紀行」(講談社学術文庫、1998年)を上梓し、その中でウラジオストークにも立ち寄っている。他に「中国奥地紀行」(2巻、金坂清則訳、東洋文庫、2002年)や「イザベラ・バード極東の旅」(2巻、金坂清則編訳、東洋文庫、2005年)という日本を基地としての朝鮮、中国、沿海州の旅について補遺(上巻は写真集)の邦訳がある。

設問)ボクシングで「この選手は何勝をあげましたか?」をロシア語にせよ。

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2012年08月08日

●和文解釈入門 第446回

(198) 「ベルツの日記」(2巻)、トク・ベルツ編、菅沼竜太郎訳、岩波文庫、1979年
 ドイツ人医師エルウィン・ベルツ(1849~1913)は1876年訪日以来滞日29年で、1905年帰国した。日本に温泉の重要さを医学的観点から重要性を強く指摘したので有名である。明治の元勲などとも病気治療の関係で親しくし、当時の日本の国内情勢についても世界的な観点から客観的に見ている点で、本書は非常に高く評価できる。ベルツは日本贔屓であるにせよ、時の皇帝ウィルヘルム2世への痛烈な批判(舌禍の多さ)は読んでいて爽快である。後半は日露戦争時の日本国内の様子が窺えて面白いが、「公報によれば戦果(勝利の)が御稜威によるものとあるが、損害は天皇の不徳のせいになるという理屈になるのでは」と、ベルツの健全な常識が看取される。ベルツは明治天皇の実母、東宮一家(後の大正天皇や昭和天皇)の診察も任されていた。

(199) *「日本その日その日」(3巻)、E.S.モース、石川欣一訳、平凡社、東洋文庫、1970年
大森貝塚の発見で有名なモースの日本滞在記。モース(1838~1925)は3回(1877、1878~80、1882)来日している。モースの自筆の挿絵も多く、そのため説明が非常に分かりやすい。ユーモアを交えた中に科学者(人類学者)として詳細だが簡にして要を得た筆致は、人柄のなせる技であろう。かなりの日本贔屓で、日本に対して好意的である。幕末や明治の日本について、外国人が必ず触れる汚わい臭について一言もないが、船に乗った時の魚肥の臭さについて書かれているから、鼻がおかしいというわけでもなさそうである。中国人や朝鮮人について、当時の日本人が偏見をもっていなかったのは、開国直後だったからであろう。これを日本人の特質とするのは、後の歴史を見れば分かることだが、それは瑕瑾とまではいえない。6~7行で話題が変わるので当時の日本についての表題のない百科事典を読むような感じである。訳文も味わい深い。また北海道から鹿児島まで精力的に訪れており、東北地方についても、イザべラ・バードの紀行文を読むような暗さはない。モースは両手利きだという。こういう先生が側にいれば学問への興味もすぐに涌くに違いない。ちなみに森銑三の「明治東京逸聞史」(2巻)東洋文庫(1969年)にも本書からいくつか引用されている。モースの観察眼が高く評価されたのだろう。

設問)レストランで「4人です。2人は後から来ます」をロシア語にせよ。

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2012年08月07日

●和文解釈入門 第445回

日本語教育では、生徒が自信がなくて難しい言語表現を避け、簡略化するとか、一部省略することを回避と呼ぶ。このコーナーの設問は、試験でも何でもないので、リラックスして書けばよいと思うのだが、この回避ではないかという回答もたまにある。回避というのは私自身も通訳しているときに、単語や表現が即座に浮かばないときは、説明に切り替えたり、その場のロシア人に尋ねたりするからでかい顔はできないが、そういう何としてでも答えを見つけて相手に伝えないといけないという場面は別にして、回避ばかりしていると実力がつかない。後々、回りくどい説明で何を言わんとするか分からないという弊害を招くことになる。できるだけ設問に近い答えを考え出し、そうでない場合は、説明などでもよいが、正解に納得したら、それを覚えるということは今後のために必要なことだと思う。

設問)「今いるところを地図で教えてください」をロシア語にせよ。

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2012年08月06日

●和文解釈入門 第444回

<訂正とお詫び>
電子書籍「和文露訳入門」19ページ下から9行目<完了体は客観的な動作や状態を、完了体は主観的なそれを示す>は、<不完了体は客観的な動作や状態を、完了体は主観的なそれを示す>に訂正願います。このタイプミスはホームページの著者の正誤表でも訂正済みです。このようなミスをするとは誠にお恥ずかしい限りで、言葉もありません。他にミスがないことを祈りますが、あるかもしれませんので、まとめていつか改訂版を出すことも考えざるをえないでしょう。

アクーニンの探偵小説ファンドーリンシリーズに、ドルゴルーコフ公という実在のモスクワ市長(実際には警視庁長官と市長を兼任したような職)が出て来る。公は1877年に起こったハートのジャック団Шайка червонных валетовによる詐欺事件の被害者でもある。公の家を空家として、一味の一人で、公の甥でもあるヴォリデマールが英国人に10万ルーブルで売り払ってしまったのだ。結局、公が関わっていると言うのでこの事件は揉み消されたが、こういう事件を調べていると、文献によって公の名字がドルゴルーキーだったりドルゴルーコフだったりする。公の御先祖は、モスクワ開闢で有名なドルゴルーキー(文字通りは長い手、1130年代キエフとペレヤスラーヴリ奪取のために戦い、広大な地域を股にかけて活躍したことから長い手と称された)とは関係ない、15世紀のオボレンスキー公の流れをくむ公が御先祖で、腕が長かったのかどうかも知らない。

 「ロシア古文観賞ハンドブック」(中沢敦夫、群像社)を読んでいたら、昔は、名字を生格のまま表記したとある。つまりДмитрий Алексеевич Долгоруково(ドルゴルーキーのドミートリー・アレクセーヴィチ)と表記されていたのが、最後のоが抜け落ちたのだろう。ДолгоруковоはДолгорукийの生格Долгорукогоと音では同じだからだ。なぜこういうことを書いたかと言うと、公の名字を和訳するとき、ドルゴルーキーとすべきか、ドルゴルーコフとすべきか、どちらなのだろうと長いこと(10年くらい)考えていたからである。どちらでもいいが、どちらかに統一すべきというのが私の前々からの結論であり、今になってようやく、どちらかというと、ドルゴルーキーのほうがいいかなという気がしてきた。

設問)「あ客様宛てに手紙が来ています」をロシア語にせよ。

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2012年08月05日

●和文解釈入門 第443回

和文露訳入門で使っているアオリストという用語は、本書の出だしのほうで定義づけてはあるが、本来はアカデミーのロシア語文法の§1508にあるаористическое употребление(アオリスト的用法)のことなのだが、縮めて使っている。アオリストそのものはれっきとした文法用語であり、ロシア古文には動詞の形態としてアオリストがある。これについては、「ロシア古文観賞ハンドブック」(中沢敦夫、群像社、2011年)が詳しい。現代ロシア語の時制を勉強するためには、その元の古代スラブ語や古代ロシア語の時制がどうなっているのか概観するにも、この本は非常によい参考書であると思う。アオリスト以外にも、インパーフェクト、パーフェクト、プルパーフェクト、未来形、命令法、仮定法、不定詞、分詞、前置詞他についても、現代語とのつながりを知る上で大いに参考になる。ロシア古文の参考書では、他に、「ロシア語史講話」(原求作、水声社、1996年)、「共通スラブ語音韻論概説」(原求作、水声社、2008年)もある。中沢先生と原先生に共通されているのは、両先生とも古代スラブ語(古代ロシア語)が専攻であるのに、あるいは、それゆえにか、質の高い中級や上級のロシア語参考書を執筆されているということである。あえて、不満を言えば、いずれも露文解釈の観点からのようで、ロシア語会話やメールなどのロシア語作文には、そのままでは使いにくいか、その面での配慮があまりないという点だけである。そういう意味でロシア語の文法を専門とする先生方に、中級・上級向けの和文露訳用実用書を是非執筆してもらいたいと心から願っている。私の書いた「和文露訳入門」は素人が書いた入門書であり、専門家からの実用面でもっとレベルが高い参考書が出るべきだと思う。紙の本でなくとも、ブログに連載するとか、電子書籍で出版するとか、儲けるつもりがなければ(ロシア語関係で儲かるという事はありえないが)、また、ロシア語の通訳やプロを目指す人の事を真剣に考えるのなら、いくらでも一般向けの発表の手段はあるはずだ。

設問)「誰かが私の事を問い合わせてきたら、私はレストランにいますから」をロシア語にせよ。

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2012年08月04日

●和文解釈入門 第442回

和文露訳入門で読んでいただきたいのは、時制や法、あるいは、歴史的現在とか伝達型動詞などは当然なのだが、筆者としては、8-4 「知る」と「考える」の動詞群の意味の差異が、これまで触れられてこなかったようなので、初級の学習者のにとっても大いに参考になると思う。これについては、実は第33回の回答のところにあるのとほぼ同じなので、ご興味ある方はどうぞ。単数と複数については、これまでに書いたものをまとめて分かりやすくした。

設問)「イワノフさんが来たら、お待ちするよう言ってください」をロシア語にせよ。

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2012年08月03日

●和文解釈入門 第441回

(195) 「1876ボンジュールかながわ」、エミール・ギメ、青木啓輔訳、有隣新書、1977年
 フランスのエミール・ギメ(1836~1918)と画家フェリックス・レガメーは1876年来日、新聞記者で画家のワーグマン(1832~91、早くから日本人に油絵の手ほどきをした)と一緒に日本を旅した。本書では日本到着後すぐの横浜、鎌倉、藤沢方面の紀行文である。本書はレガメーの挿絵が豊富で、これも当時を知るよすがとなる。日本人は中国人に地面につくまでお辞儀するが憎んでいるとある。この中国人は仲買人(コンプラドール)であり、彼らは英語が出来、日本語も漢字の部分は読めるので、外国人と日本人の取引にはなくてはならない存在だった。名所旧跡に興味を持ち、僧に寺や仏像の由来を聞くもほとんどの僧が答えられなかったという。鎌倉の大仏では僧侶がビールやシャンパンを売っており、シャンパンのフランス語のラベルがさかさまであり、僧侶もシャンパンも信用できないなとユーモラスに描いている。下駄は小さいベンチの形をしており、足が蒸れないという長所はあるものの、履くと必ずころぶので、特殊な平衡感覚が必要だとある。山地で用いられる下駄は高さ50センチとあるが、いかな足駄(高下駄)でもこういうのはないと思う。宿屋で女中が湯で足を洗ってくれる描写は本当に気持ちよさそうだし、寝る場所を女中が緑色のガーゼの檻で囲うとあるのは蚊帳であろう、ただ、枕(箱枕だろう)は高さが15~20センチあり、とても眠れるものではないと不平をこぼしている。日本で盗賊はめったにないし、乞食に出会わないのは300年にわたって国民に初等教育を、それもただで授けたからだといううがった見方もある。鎌倉で海水浴を勧められ泳いだが、電気クラゲ(カツオノエボシ)にさされ、日本人が海水浴をしない理由がよく分かると書いている。他にもオオダコもいるしとある。横浜で芝居も見たようで、女役は男がするし、女だけの一座も、子供だけの一座もあると書いているのは興味深い。

(196) 「ギメ東京日光散策・レガメ日本素描紀行」、青木啓輔訳、雄松堂出版、1983年
「ギメ東京日光散策」
 フランスのエミール・ギメ(1836~1918)と画家フェリックス・レガメは1876年来日、画家のワーグマンと一緒に日本を旅した。本書では品川、上野、浅草、芝、日光についての旅について書かれている。手ぬぐいについて、ポケットには決して入れず風邪をひいても日本人は決して洟をかまないし、かまないように気をつけている。日本人はそのために鼻紙を用いるのだが、これは現代のロシアでもロシア人はハンカチで洟をかみ、日本人はティッシュで洟をかむのと同様である。日本画家の河鍋暁斎(1831~89)を訪れ、レガメとお互いに絵を描き比べたことが書かれている。本書は挿絵が豊富である。
「レガメ日本素描紀行」
 画家フェリックス・レガメ(1844~1907)が1899年日本の美術教育視察のため再来日した時の紀行文。長崎、瀬戸内海、神戸、横浜、東京を巡った。本書も挿絵が多い。日本では盲人が多く、せむしが少ないとか、おかねは汚いものと考えられており、心付けやチップは紙につつまれて渡されるとか、日本の子供は甘やかされ、そして楽しまされ、日本はまさしく子供の楽園であり、非常にまれにしか日本の子供が泣くのは見られないと指摘している。

設問)「お客様にこれをお渡しするようにとのお言伝がありました」をロシア語にせよ。

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2012年08月02日

●和文解釈入門 第440回

体の用法の使い分けというのはロシア語会話を含む和文露訳のみならず、ロシア文学を深く味わおうとすれば、そのニュアンスを知るために不可欠なのだが、そう肩肘張らずに、リラックスして、時制など各章や200余の構文を一つずつクリアするとか、制覇するとか、その順番はバラバラでも、ゲーム感覚で取り組むというのも一つの考え方だと思う。そうすれば、楽しむロシア語、謎ときロシア語の世界が目の前に開けて来る。

 卒業試験として、私の場合は、「ロシア人の疑問 – 日本編 –」を日本語で書き、それを自分でロシア語にし、プロのロシア人作家でもあるヒサムジーノフ極東連邦大教授にチェックしていただいた。体の用法で直されたのは2か所、そのうち1か所は凡ミスで、残りが主観の違いということで、一応OKというか、お墨付きを頂いたわけである。語彙については直されもしたが、著者の意図と違うものについては、何度かメールを交わし、納得してもらったものもある。男だけでは、感覚の違いもあるので、教授の奥様にも見ていただいて、女性からの視点でチェックもしていただいたが、文責はすべて私にあるのは言うまでもない。

 体の用法が会得できたかどうか自分なりにチェックするのに、和文露訳や露文和訳をして見るというのも、一つの手ではあるが、手軽にできるのはロシア人ペンパルにロシア語でレターを書いて見るということである。そのとき、文法的におかしいのだけ(語法や語順も含めて)直してもらい、格調高いロシア語であるとか、美しいロシア語であるとか、私ならこう書くというのはくれぐれもやめてもらうようにするか、( )にして別にしてもらうかということを、前以てお願しておくことである。日本人でも美しい日本語や格調高い日本語が書ける人はそうはいない。とりあえず普通の日本人が目指すのは、礼を失しない、通じる日本語であろう。ましてや外国語であるロシア語については言わんもがなである。

設問)(修理などで)「待っている間にできますか?」をロシア語にせよ。

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