2006年02月14日

●チュクチ小話起源考

В кулуарах съезда писателей:
- Юрию Рытхэу не страшно защищать Солженицына: чем дальше сошлют, тем ближе к родным местам! А нам каково?!
訳)作家大会の舞台裏で、
「ユーリー・ルィトヘーウはソルジェニーツィンを弁護したって恐くはないよな。遠くに流されれば流されるほど故郷に近づくものな。俺らはそうはいかない」
解説)Рытхэу Ю.С(1930年生)チュコトカ半島出身のチュクチ人作家。祖父はシャーマンだったという。チュコトカと収容所のあったマガダンは比較的近いから。しかしソ連にはВологдаなど反対側の収容所もあるけれど。ルィトヘーウはチュコトカでのチュクチ人のソ連における生活、社会主義文化への移行を描いた作品「Время таяния снегов雪のとける頃」(3部作、1958~67年)、「Сон в начале тумана霧の初めの夢、1969年」、「Метательница гарпунаモリを打つ女、1971年」、「Конец вечной мерзлоты凍土の終わり、1977年」、「Белые снега白雪、1980年」、「Магические числа魔法の数、1985年」などをロシア語で書きソ連時代には数多く出版されたとのことだから、チュクチの小話は彼の作品に対する風刺として出現した可能性は大いにある。チュクチの小話で多用される、однако(あんれまあ)が、彼の作品に由来するのかなど、筆者は彼の作品は未読なので今後の研究課題である。

Чукчу спросили, что дала чукотскому народу советская власть.
- Очень много, однако, дала... Раньше у чукчи было два чувства: Чувство голода и холода. Теперь у чукчи целых три чувства: чувство голода, чувство холода и чувство глубокого морального удовлетворения...
訳)ソビエト政権がチュコトカの住民に何を与えたかと聞かれたチュクチ、
「とってもたくさんくれたね。昔はチュクチには飢えと寒さしかなったね。今じゃまるまる三つもある。飢えと寒さと深い道徳的満足感ね」

Идет чукча. а на голове у него кепка с четырьмя козырками. Его справшивают:
- Чукча, нк, козырек впереди и козырек сзади – это понятно, но зачем козырьки по бокам?
- Однако, чтобы лапшу на уши не вешали!
訳)チュクチがやって来ます。頭には庇が4つついた野球帽をかぶっています。彼に聞いてみると、
「チュクチよ、庇が前後にあるのは分かるけど、どうして両側についてるんだい?」
「あんれまあ。麺と向かって耳を貸さないようにだよ」
解説)лапшу на уши вешать 「だます」という意味と「麺を耳にたらす」という文字通りの意味をかけている。

Posted by SATOH at 15:00 | Comments [0]

2006年02月08日

●プーシュキン

Раневская передавала рассказ Ахматовой.
- В Пушкинский дом пришел бедно одетый старик и просил ему помочь, жаловался на нужду, а между тем, он имеет отношение к Пушкину.
Сотрудники Пушкинского дома в экстазе кинулись в старику с вопросами, каким образом он связан с Александром Сергеевичем. Старик гордо объявил:
- Являюсь праправнуком Булгарина.
訳)ラニェーフスカヤがアフマートヴァの話として伝えているもの。
「プーシュキン記念館に貧相な身なりの老人がやって来て、援助をお願いしました。困窮していることを訴え、ついでに彼がプーシュキンと関係があるとのことです。
プーシュキン記念館の職員は有頂天となり、プーシュキン様とどんな風に関係があるのか質問を浴びせました。老人が誇り高く申すには、
「私はブルガーリンのやしゃご(玄孫)なんですじゃ」
解説)Булгарин Ф.В. (1789 – 1859) 作家、ジャーナリストでプーシュキンを酷評したことで有名。ベリンスキーなども彼のことをぼろくそに書いている。こう言う人たちを зоил と言うが、スターリン時代では Ермилов В.В. (1904 – 65)が同様にドストエーフスキー、マヤコーフスキー、エセーニン、ブーニン、ブルガーコフ、プラトーノフ、トヴァルドーフスキー、イリフおよびペトローフを批判した。詩人のアフマートヴァもラニェーフスカヤもプーシュキン崇拝者であり、アフマートヴァはプーシュキンの妻をダンテスとの決闘の原因だったとして決して許さないと述べたと言う。これは小話ではないが、面白味を理解する上で文学上の常識というのが必要であると言う例として挙げる。

Posted by SATOH at 13:43 | Comments [1]