2011年06月30日

●和文解釈入門 第54回

里見弴の「文章の話」を読んでいたら、「やさしいことはむずかしい」、「やさしいことのむずかしさを知ることはむずかしい」と書いてあった。ロシア語もその通りでこのコーナーの設問も一見やさしそうで、ロシア語にはなかなかできないものもある。それでいてできるだけ会話で応用できるものを出しているつもりだ。
 罠はловушкаだが、これは総称語ではあるが、一応鳥や獣を対象とする。一方самоловというのは自動的にかかる罠だが、主に魚に使う。капканはトラバサミのようなものを指す。一方「罠にかかった」というときにはловушка, капканも使えるが、Он попал в провокацию агента КГБ.(彼はKGBのエージェントの罠にかかった)というようにпровокацияも使える。これを「挑発(扇動)に乗った」と訳すと文脈によっては誤訳になる場合がある。
設問)「彼女は朝起きると、湯を沸かし、顔を洗って、朝食を作る」をロシア語にせよ。

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2011年06月29日

●和文解釈入門 第53回

ロシア語を話すことと書くことは別であり、ロシア語を書くと言っても学習者はメール、それもせいぜいペンパルへのメールやビジネスメールなどを書けるようになることを望むぐらいである。ロシア語が話せればロシア語を書けると思うのであれば、日本語を話せれば日本語がまともに書けるのかということを頭に思い描けば十分であり、数ある日本語のサイトを見れば十分納得されるはずである。無駄に長文の和文露訳の勉強をするよりも、とりあえず会話で使えるロシア語の短文が使えるような勉強をすれば、自然なロシア語でロシア人とメールのやり取りができるようになるのである。ロシア語の短文が書けなくて長文は書けないが、その逆はあり得ない。これがこの和文解釈入門を始めた趣旨でもある。もっとも長文だとチェックが出題者にとっても厄介だし、投稿者以外でも読み比べるのが大変だということもある。
 シノニムсинонимというのは同義語という意味のほかに類義語という意味もある。それでголод(飢餓)とаппетит(食欲)がシノニムという我々素人から見れば変だなと思えるものもある。確かにともに「食べたい」という点が共通しているが、これだけで類義語と呼べるのか、いや呼べるということらしい。同義語というのは文意を変えずに置き換えることが出来る語ということであろう。普通は文体が異なるとか、部分的に意味は重なるという語の事を指すのだろう。だからこの和文解釈入門では重要な類義語の使い分けという時の類義語(類語)は、семантически близкие словаを用いている。квазисинонимという言葉を使う人もいる。
設問「問題は未解決のままである」をロシア語にせよ。

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2011年06月28日

●和文解釈入門 第52回

投稿のスピードを競っても意味はない。ただ匿名とはいえ投稿するのにもある程度勇気はいるわけで、投稿するつもりはないが回答と解説だけがほしいと思う人も何人か(つまり投稿者の2~3倍くらいは)いると思う。また今は時間的に余裕がないが、できたときにロシア語勉強したいと思う人もいるだろう。和文露訳に終わりはないというものの、ある程度パターン化はできるはずである。一応100回か多くて200回を目標にできるだけ早くその文例を提示せれば私の役割は終わりかなと思っている。そういう面で常連の投稿者のasukaさんやコーシュカさんには感謝の気持ちでいっぱいである。こういう人たちがいないとこのコーナーは成り立たない。一人相撲をしても意味はないからである。常連の人ばかりの回答となると、この二人ばかりにプレッシャーがかかって、義務的なものになると二人にお気の毒な気もする。それでたまに他の方も投稿してくれるような、そんな気楽な雰囲気になってもらえれば100回、200回も夢ではないというような気がする。このコーナーを通じて一人でも少しは和文露訳で役に立った、自分の考えをロシア人に伝えることができたと感じることができるならこれに過ぎる喜びはない。
 慣用句はфразеологизмで、故事成句(名言)はкрылатые словаという。諺にはпоговоркаとпословицаがあるが、пословицаが諺全体であるのに対し、поговоркаは諺の中の一部を切り取ったようなものであることが多く、教訓的な意味合いはない。日本語の例でいえば、「成せば成る、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の成さぬなりけり」という諺全体の「成せば成る」という部分だけを切り取ったものという風に理解している。故事成句と諺の違いは前者には典拠があり、後者にはないということである。原付は原動機付自転車の略だが、ロシア語では50 ccのバイクмопедと、電動自転車мотовелосипедに分けているようだ。スクーターはмотороллер, скутерの二つの言い方がある。中古車はподержанная машинаだが、б/у машина = машина в бывшем употрбеленииともいう。発音はベーウーマシーナで、б.у. машина, машина Б/Уという表記も見かける。
設問)「私がお宅に伺ったほうがいいでしょう。そこで落ち着いて万事話し合いましょう」をロシア語にせよ。

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2011年06月27日

●和文解釈入門 第51回

ロシア語を習い出して、まず「新ロシア語文典」(И. М. Пулькина, Е.Б.Захава-Некрасова、稲垣兼一、初瀬和彦共訳、吾妻書房、1972年)をやった。ただ自発的な勉強としては、外国人に理解不能な慣用句をまずやろうと思い、「生きたロシア語慣用句」(河島みどり、吾妻書房、1972年)を暗記した。この後慣用句辞典Фразеологический словарь русского языка, Молотков, Русский язык, 1986 や英露慣用句辞典Кунин, Русский язык, 1982を読破した。この後語結合の辞典や諺、故事成句の勉強に進む。商社勤めしてから仕事の関係上技術ロシア語(造船、鉄鋼、機械)をやらざるを得なくなった。また接待で頻出する小話が分からないので、その種の本を集め、読みだす。その関係からворы в законеに興味を持ちだし、ロシアの犯罪に興味が広がる。同時に小話を聞いたり、テレビなどを見て、ロシア史をやらねばと思い、Соловьев, Ключевскийの全集を読みだす。出張で行ったハバロフスクで暇になったので、市内のベリョースカという外貨店でドクトル・ジバゴを買い、これに感激してロシア文学もやらなければと思い、主要な作家は全部読破することを決意して、これまで700冊は読破した。この頃はロシアと日本の関わりというテーマでも読んでいるし、革命前のロシアを扱った本を読むのが好きである。最近読んだРечи немых (повседневная жизнь русского крестьянства в XX веке, Бердинских, Ломаносов, 2011は20世紀の初めに生まれた農民の聞き書きであり、そのメロディーにあふれたロシア語は新聞や雑誌の変に気取った文体とは全く違うもので驚くほど新鮮に感じられる。ロシアでは革命のために庶民文化の断絶があり、このようなロシア語はよほど田舎に出張したときでないと聞くことはない。内容も革命直後から集団化、第2次世界大戦などでロシアの農民がなめた辛酸を平明に淡々とあるいはユーモラスに語っているのが特徴であり、一読を勧める。
GOSTの鋼種記号についても何かの役に立つかもしれないので書いておく。鋼сталь (steel)というのは鉄と炭素の合金であり炭素の含有量が2%以下で、鉄以外に炭素のみ含むものを炭素鋼(普通鋼)углеродистая стальといい、それ以外を合金鋼(特殊鋼)легированная стальという。炭素の含有量が2%以上であれば、鋳鉄чугунないし鋳物である。鋼種記号の最初の2桁の数字は炭素含有率0.01%であり、その後含有元素を示す記号が来る。さらにその後含有平均値(又は近似値)を%で表す数字が来る。文字の後に数字がない場合その元素が多く含まれていることを示す。キルド鋼はсп (= спокойная сталь、脱酸を十分したもので鋼塊中に空隙(孔)がほとんどない)で、リムド鋼はкп (= кипящиая сталь)、セミキルド鋼はпс (= полуспокойная сталь) となる。記号と元素記号の関係を次に示す。Г (Mn), С (Si), Х (Cr), Н (Ni), М (Mo), Т (Ti), Б (Nb), Л (Be), Д (Cu), П (P), К (Co), В (W), Ф (V), Ю (Al), Р (B)。鋼種Ст3спというのは炭素鋼углеродистаястальでспокойная стальキルド鋼(脱酸の十分したものkilled steel)であることを示し、45X1は炭素0.45%のクロム鋼(クロム含有量0.01%)、15ГСは炭素0.15%ケイ素マンガン鋼(マンガンの含有量が多い)となる。
設問)「偏った食生活が結局のところさまざまな疾患の原因となる」をロシア語にせよ。

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2011年06月25日

●和文解釈入門 第50回

最近読んだ本の中にあった言葉を紹介しよう。「ロシア語での読み書き、それに話すことですら、あらゆるロシア人(の言うこと)をすっかり理解するというのとはわけが違う」Читать, писать и даже говорить по-русски – совсем не то, что вполне понимать всякого русского.
中心といえばцентрと思うかもしれないが、物理学で使う用語は別にして、他にもсерединаという言葉があり、この方がよく使う。参考のために両者の使い分けを書いておく。центрは一次元の物体(ひもやロープ)には使えない。二次元でも人工的な道路や橋などしか使えず、川など自然のものには使えない。しかもこの場合の中心は道路であれば幅方向(専門用語では横手方向、つまり長方形なら短い長さのほうの)の中心ということであり、серединаは人工的なものでも自然なものにでも使う事が出来、幅方向ないしは長さ方向(専門用語では長手方向)の中ほどという意味である。三次元のものでは、中空のものやガス状のものの立体的中心はцентрであり、中味の詰まったものの中心はсерединаである。さらに中空のもの(部屋など)の場合は床の中ほどと言う意味になる。центрは地理的中心など重要なものの中心と言う意味であって、центр Москвы(モスクワの中心)などと使うし、середина は重要でないようなもの、стоять в середине очереди(行列の中ほどに並ぶ)などと使う。両方とも海や湖などの水域には使えないので、その時はв центральной (средней) части Охотского моря(オホーツク海の中ほどに)などとする。центрには空間的な意味のほかに、センター(建物)という意味もある。抽象的な意味ではсредоточиеを使い、средоточие русского образования(ロシアの教育の中心)などとする。
設問)「すてんと滑って転んでしまったの」をロシア語にせよ。

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2011年06月24日

●和文解釈入門 第49回

完了体は新規の事柄を示すために、その動詞本来の意味のほかにいろいろなニュアンスがつきやすい。不完了体はといえば、刺身のつまのようではあるが、動詞本来の意味がちらついている。ここのところが体の使い分けの勘どころだと思っている。
肉厚は英語のwall thicknessで、パイプの管壁の厚みтолщина стенкиであり、鉄鋼用語としては常識のためか鉄鋼関係の辞書にも出ていないことがある。маркаという単語は昔鉄鋼関係の仕事ではмарка стали(鋼種、ただ技術者はグレードsteel gradeと英語を使っていたが)というので覚えた。この単語は切手という意味のほかに、сорт, типという意味がある。しかし、使い方にはコツ(骨)がある。車種というのはвиды автомобилейで、これは乗用車、トラックなど用途別を指すが、марки автомобилейといえばトヨタ、ホンダなどメーカー名を指し、その中にさらに車名модели автомобилейがあるといった具合である。日本語の「車のグレード」はスタンダード、デラックス、ハイデラックス、カスタムの別のことであり、ロシア語ではклассであろう。
設問)「日本製の液晶テレビのどこが違うのか?」をロシア語にせよ。

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2011年06月23日

●和文解釈入門 第48回

このような和文解釈入門を書くと言うのは、自分の体の用法についての知識を整理することにもなるし、投稿者の皆さんから回答をもらうと、いろいろな考え方があるなと自分にとっても非常に参考になる。こういう投稿者からの反応や回答というのは参考書では学べないもので自分にとって新たな(しかもタダの)勉強の手段だと思っている。Учиться, учиться, ещё раз учиться!(一に勉強、二に勉強、三四がなくて五に勉強)というのはレーニンが言ったか、好んだ文句とされる。レーニンは好きではないが、この文句は好きだ。意識的に間違ったことを書くつもりはないが、もし間違いがあってそれを理詰めに指摘していただければ、誤りを認めるのに吝かではないし、また一つ賢くなれるというものだ。
「新聞の第一面に」はна первой странице газетыでも, на первой полосе газетыでもどちらでもいいが、полосаには新聞のстолбец(段組の欄)という意味もあるので注意が必要である。「皮膚にできた腫れ」というのはволдырьでだいたい間に合う。пузырьというのは水ぶくれだけを指す。子供のおもちゃのコマはволчок, юла, кубарьとあるが、現代で使うのはволчокである。
設問)「前年同期比2%の伸びが見られる」をロシア語にせよ。

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2011年06月22日

●和文解釈入門 第47回

 これまで挙げた類語の使い分けはほとんどが思いつきで書いているようなもので、基本語はほとんどない。基本語をやろうとするとやはり片手間ではいかず、書くのにある程度スペースもいるからだ。ある程度頭の中でまとまったら、順次(つまり順番はバラバラ)に紹介する。
「地名」はгеографическое название だが、географическое имяともいう。ただ後者はいかにも学術用語のようで硬い感じがする。「題名」や「タイトル(表題)」はназвание, заглавие, заголовокが類義語だが、用法は少し違う。название, заглавиеは本などの文学作品(音楽作品についてはあまり使わない)のタイトル(表題)という意味だが、названиеに書名(作品の内容に関係のない書名でもよい)だが、заглавиеは作品名(作品の内容を簡潔に表した)という意味もあるが、「各章の題名」という意味でも使える。だからУ сценария ещё нет названия.(この脚本には題名がない)という文章ではзаглавиеは普通使えない。заголовокは新聞の記事、写真のキャプション、スローガンのようなタイトルや題名に使い、文学作品の書名という意味には用いない。
設問)「感電する確率を下げるためのさまざまな防護措置が取られていない」をロシア語にせよ。

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2011年06月21日

●和文解釈入門 第46回

ここでは完了体の未来形と書いているが、同じ内容を完了体の現在形とか完了体の現在未来形などと書く人もいる。Я не пойму.(理解できない)と書けば、このコーナーでは未来形の現在の用法だし、完了体の現在形というなら無論現在の用法である。現在未来形では現在の用法となる。一方、Я уеду в Москву через год.(私は1年後モスクワに行く)なら、未来形の未来の用法であり、現在形の未来の用法であり、現在未来形の未来の用法となる。用語の問題ということであって、学習者にとって本質は変わらない。
事故はнесчастный случайで、交通事故はДТП (дорожно-транспортное происшествие〔警察官などが現場で使う書き言葉〕)やавтодорожное происшествиеという。Погиб в ДТП.(交通事故死〔した〕)など。また多くの犠牲者を出した「大事故」はкрушениеとкатастрофаがあり、どちらも一応使えるが、前者は鉄道事故関係(脱線、衝突など)で使われるのが多く、後者はそういう制限はない。航空機や船舶の事故は後者が使われる可能性が多い。また名詞との語結合も違っている。крушение поездаと生格が後につくのと、катастрофа с поездомのようにс + 造格である。ただ形容詞で「鉄道の」というのはжелезнодорожная катастрофаとだけいい、крушениеにはつかない。крушение自体がほぼ鉄道事故(爆発や火災の事故には使わない)という意味で冗語になるのを防ぐ意味合いからかもしれない。
復習のためидти/пойтиの未来形の用法の違いをよく示した例文を見つけたので、紹介する。Я пойду в аптеку. До аптеки я буду идти 15 минут.(薬局まで行って来る。薬局までは歩いて15分だ)。このようにいきなりбуду идтиとは使えないことが分かる。
設問)「がんばれ、助けが来るぞ」をロシア語にせよ。

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●和文解釈入門 第45回

 実際のプロになるには諺пословицы и поговоркиや故事成句(名言)крылатые словаもある程度押さえておいた方がよい。実際に通訳の現場で自分が使う諺は10もないと思うが、聞いて分かるのは多いに越したことはない。露和辞典にも解説はあるが、ロシア語の諺に相当するような日本語のことわざを付している例は少ない。ないのならよく使うものは自分なりに訳をつけておく必要がある。諺に関しては「諺で読み解くロシアの人と社会」(栗原成朗、ユーラシアブックレット、東洋書店)が手頃だが、標題の通り、外国由来の諺(健全な精神は健全なる身体に宿るВ здоровом теле - здоровый дух.など)は入っていない。通訳やガイドはロシア本来の諺しか使いませんというわけにはいかないのだから、個人的にはСловарь русских пословиц и поговорок(ロシア諺辞典), В. П. Жуков, Русский язык, 1991 を勧める。これは収録してある諺の項目が1200で、ロシア語の日常で使われる諺を収めたものでは一番詳しいと思う。一通り目を通し、「故事・俗信」ことわざ大辞典」(尚学図書編集、小学館、1982年、約43,000項目)を使って自分で訳語をつけ、自分の和露の語彙集(コーパス)に入れてある。故事成句(名言)についてはКрылатые слова(故事成句), Н.С. и М.Г. Ашукины, Художественная литература, 1987(1500項目)がよいと思う。これも自分なりの訳をつけてコーパスに入れてあるから、何かあれば取り出せる。
 ロシア人も日本人も同じ人間とは言え、ロシア語の諺の意味は分かるのに、対応する日本語の諺がない場合がいくつかあることに気がついた。露和辞典で和訳ではなく解説してあるというのも、全部が全部でないにしろ理由がうなづける。例えばЖенский ум лучше всяких дум.である。日本では「女の浅知恵」の類の諺はたくさんあるが、女性の賢さを誉める諺は見当たらない。これも御先祖さまの民族性の違いからだろう。
ロシアも日本も使う数字はアラビア数字だが、筆記体では少し違うものもある。7では縦の線に横棒が入るし、4では右側の横の線が縦の線から右に出ない。ロシア人に知り合いがいたら書いてもらうとよい。
助数詞はロシア語では日本語ほど使わないが、крыло(飛行機の機), машина(飛行機の機), сабля(騎), хвост(魚の尾), штука(個、匹), штык(兵)は本でもよく見る。例を挙げると、16 боевых крыльев(戦闘機16機)、с двумя эскадрильями (8 машин)〔二つの飛行大隊(8機)とともに〕、Были выдвинуты казачьи корпуса общей численностью в 14 400 штыков, 10 600 сабель, при 53 орудиях(総数兵14,400、10,600騎、砲53のコサック部隊が前進した)、Сколько счёом? Двадцать три хвоста(「何匹だ?」「23尾」)、500 штук собак(500匹の犬)などである。もっともこのごろの日本では何でも「~個」一本やりのようだから、日本語でも助数詞が廃れつつあるというっても過言ではないように思う。
設問)見舞いの言葉である「(早く)元気になってください」をロシア語にせよ。

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2011年06月19日

●和文解釈入門 第44回

「サクラが咲いている」ほどではないにしろ、ロシア語の作文で不完了体現在形の状態、繰り返し、習慣を使って作れるものというのは、初級者でも語彙さえ分かれば作れるのだから、あまり出題する意味はないように思う。それで少しでも実戦で使えるようなものをいろいろなバリエーションで出題するように心がけている次第である。
コントロールをконтрольと訳すのは、必ずしも適切でない場合もある。管理や点検という意味ならいいが、例えば「外国演奏家の入国管理」はконтроль над въездом в страну инстранных исполнителейとなるし、「品質管理」はконтроль качества (за качеством)となる。контрольというのは監視してのチェック(何か異常が起きないか管理・点検し、起きたら正常に戻す)、モニタリングмониторинг(状態のチェック)、ないしは同じ制御でも抑制という意味の制御なので、正否(順調かどうか)のチェックという意味ではпроверка(点検、チェック)に近い。ただпроверкаには監視して(つまり長期にわたって)という意味はない。だからпроверка контрольрых работは筆記試験の採点(添削)となり、これにконтрольは使えない。また操作を含む制御という意味ならуправление + 造格を使う必要がある。управление автомобилем(自動車の操縦)でも分かるようにуправлениеは意のままにするという意味のコントロールで、дистанционное управление(遠隔操作)、управление системойシステムのコントロール(制御)などである。ただこの頃は英語の影響かконтроль системыというのもビジネス(金融)用語では見る。この場合モニタリングという意味でのコントロールの意味合いが強いのだと理解している。
「犠牲にする」という意味ではжертвовать/пожертвовать + 造格とпоступиться/поступаться + 造格があるが、жертвоватьの方が大切なものを犠牲にするという意味合いが強い。Я всем пожертвовал ради тебя.(お前のためにすべてを俺は犠牲にしたのだ)などと使う。骨はкостьだが、傘の骨はзонт со сломанной спицей(骨が壊れた傘)のようにспицаを使う。
設問)「研究所は地下鉄で1時間のところにある」をロシア語にせよ。

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2011年06月18日

●和文解釈入門 第43回

これまで銀閣寺は名ばかりで銀はなく、これは当時の幕府にとっては金がかかり過ぎるからとか、銀箔はすぐに空気中の硫黄と化合(硫化)して黒ずむというのを昔の人も知っていたはずだから、銀箔を貼るというのは初めから考えていなかったはずだとかという説を読んだことがある。ところがテレビでNHKを見ていたら、銀閣は黒漆に白土を塗り、その上にミョウバンквасцыを塗ってキラキラさせたいたのではないかという仮説に関する番組が放映されていた。このように定説というのは変わる可能性があるので、日本のできごとについては、新聞やテレビでよく注意を払っておく必要が通訳やガイド志望者には必要である。
 ロシア語の授業でロシア人のインフォーマントと日本人講師の組み合わせがベストだと思っている人がいるかもしれない。ロシア人に適切な例文を提供してもらう事を期待するわけだ。ただ講師がどういう例文を欲しているかについて互いの意思疎通が完璧に近くうまくいかないと、ロシア人を発音やイントネーションだけに使うというもったいないことになってしまう。100%意志疎通が出来る程度のロシア語の語学力を持つ人なら、敢えてロシア人のインフォーマントを使う必要はないのではないかという理屈も出てくる。意志疎通が95%でも、プロとして必要に迫られて会話の和文露訳をした事がない人は、あらゆるとまでは言わないまでも、多くの事例についてロシア語が出てこない。授業で使うべき会話で使える例文のストックが貧弱だからだ。ロシア留学も1~2年程度なら自分の言いたい事(用足し)をする程度である。通訳志望なら普通もう2~3年は通訳の修行する必要がある。まして人に教えるには類語の使い分けや体の用法など理論面で完全に理解していなければならず、会話面での切磋琢磨もまた必要となるからそう簡単ではない。
 それにいくらロシア人でも適切な例文というのがすぐ頭に浮かぶというとは思えない。そういう例文というのは結構探すのが難しいというのは骨身にしみついて知っている。いろいろな分野の本や雑誌などを読んでも、いい例文は1年や2年ではそんなに集まらない。有名作家の文は著者特有の文体が多く、実はありふれているようで、外国人が会話で役に立ちそうという文が一番見つけるのが難しい。日本同様ロシアでも文章にはできるだけ個性を出せということが作文でも言われているからで、逆に素人でもジャーナリストでも変に格言などをひねったりして気取った文章を書くことが多いので、それらはほぼ使えないのが現状である。いい例文というのはその語義の意味を適切に示すのはもちろん、標準用法で使えるぎりぎりの線まで示すことが出来る例文である。
アキレス腱は医学用語ではахилловое сухожилиеだが、強者の弱点という意味では、ахилессова пятаという。「行列」は並ぶものはочередьだが、祭礼などの移動する行列はшествие. процессия, ход (крестный ход 正教の十字架行進)という。また縦列はколоннаで、横列はшеренга, рядでその場を動かないものである。Я велел колонне остановиться, а сам скорым шагом, почти бегом , направился по середине улицы к шеренге солдат.(私は縦隊に止まれと命令して、自分が早足で、ほとんど駆けて、通りの中央の兵士の横隊に向かった)などという。шпалерыは道の両サイドの木立とか人の列を指す。ガイドはэкскурсовод は博物館や展示会ので、гидは観光案内のを指す。牙はклыки, бивни(ともに2本が普通なので複数形で使うのが多い)があるが、клыкはもともと犬歯と牙という二つの意味があり、猪、象、セイウチの牙を指す。бивеньは犬歯と門歯резецが前に発達した牙で、猪、象、セイウチ、マンモスのを指す。
設問)「仕事を時々家に持ち帰るんです」をロシア語にせよ。

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2011年06月17日

●和文解釈入門 第42回

形容詞の最上級で語幹に-ейший-, -айший-のつくものは最上級の強意であるという参考書の説明もあるが、これらの訳について、中級者でも誤解をしている向きがありそうなので書いておく。силиьнейший шахматист в миреは「世界最強のチェス選手」となり、これが本来の意味での最上級суперлативである。これ以上強い選手は世界にいないからだ。しかし、сильнейший ход、строжайший запрет、глупейшая историяはどうだろう。これは仮に名付けて強意最上級элатив (элятив)という非常に強いレベルだが、最高級ではないという意味である。だから、сильнейший ход = исключительно сильный ходということであり、訳はそれぞれ「強力な一手」、「厳格極まりない(甚だしく厳格な)禁止」、「おろか極まりない(甚だしく愚かな)出来事」となる。ちなみに日本語の「極まりない、きわめて、この上なく」は最上級のようだが、「甚だしい」であり、偶然だと思うが意味が似ている。もう一つは、これも仮に名付けて比較最上級компаративといい、他の何かと比較が考慮されている場合である。Он бывал и в худшем состоянии.(彼はもっと悪い気分のときもあった)。これらの二つの用法はどんな形容詞でも現れるわけではなく、上記の他に程度を示すвысокий, длинный, богатый, лёгкийなどの形容詞に見られる。見分け方は簡単で、богатейший человек мира(世界一の金持ち〔最上級〕)とбогатейший человек(甚だしいお金持ち〔強意最上級〕のように、真の最上級は世界のとか、日本のとか限定詞があることが分かる。口語では誇張の表現にこのような最上級が出やすい。これを訳すときに自動的に「世界一」、とか「一番~である」と安易に訳しては誤訳になる可能性もあるという事を知っておいてほしい。
ロシア語もある意味で厳密な言語で、最上級を用いるのは地球でとか、世界でとか、日本でとつけても、本当に世界一、日本一かどうかは調べるのが簡単ではない。記録はすぐ破られるからだ。それでодин (одна, одно) из + 最上級というような表現をよく見ることになる。この訳し方だが、одна из крупнейших городских сетейを「市内最大のチェーンの一つ」と訳しても悪くはないが、「市内最大級のチェーン」とした方がすっきりすると思う。みんながみんな「~級」と訳せるわけではないが、こういう訳もできるという参考に書いておく。この他に「市内有数のチェーン」とも訳せる。通訳の現場では訳は時間の制約もあって自動的にせざるを得ないが、閑な時に他の日本語では他に適訳はないのか、露和辞典の訳に拘束されず、露露辞典の定義から文脈に応じた自然な訳を考えてみるのも私など年寄りのボケ防止になるのではないかと考える今日この頃である。
設問)「一カ月にわたって委員会は事故の原因を調べた」をロシア語にせよ。

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2011年06月15日

●和文解釈入門 第41回

ТРКИというロシア語の能力をロシア側がチェックしてくれる試験があると聞く。この試験は受けたこともないし、詳しくはないが、試験問題を見た感じで言うと、できるだけロシア人になりきって、ロシア語そのものをロシア人のように自然に使えると言う事を目指しているようだ。つまりロシア人の発想をロシア語を通じてものにせよというのが究極の目的ではないかと思う。ロシア語を学習する上で、こういう試験というのは非常に励みになるのだろうが、我々の母語は日本語であり、常にロシア語と日本語、ロシア文化(特に大衆文化)と日本文化の違いが何であるかというのが頭になければならない。ТРКИでは日本語の重要性がスポンと抜け落ちているような気がする。ロシア語の発想というと聞こえはいいが、通訳をしないで済む人、ロシア人との意思疎通だけに専念すればいい人はこれでいいだろう。細かい日本語の訳語の吟味は不要で、ある程度感覚だけでやりとりすればいいからだ。勉強の負担も半分くらい減る。
ただ、通訳やガイドを目指すためにロシア語を勉強するというのは、ある意味でロシアと日本の文化の違いを学ぶのだという事を忘れてはならない。つまり、ロシア語を勉強してロシア人になるのを目指している訳ではないからだ。ロシア語と日本語は文化の違いもあって、訳がぴったりと合わないことも多い。通訳やガイドはこの違いをできるだけ埋めるように努力し、両民族の架け橋になるのだという意識が重要である。たとえば、「正座する」をロシア語でопуститься на пяткиと訳しても、どういう文化的背景からこの言葉が来ているのまでは分からない。常に日露の言葉と文化、習慣の違いを頭に入れておく必要があるし、日本人だから日本の文化に精通しているわけではないので、ロシア人と接するのであれば日露の文化(特に大衆文化)、習慣について学ぶという不断の努力が必要である。
設問)「お宅のお子さんたち部屋中駆け回っていますよ」をロシア語にせよ。

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●和文解釈入門 第40回

ロシア語の文を見て、正しいかどうかとか、ロシア語では普通はこうは言わないと述べるのは、ロシア語の会話がかなりできる日本人(ないしはロシア人)にとってはやさしいことである。しかし学習者が今後誤りをしないために、なぜそうは言わないのかという問いに答えられないのなら、いくらロシア語のうまい日本人であっても、学習者にとってはロシア語のインフォーマントに過ぎないことになる。無論初級の段階では名詞の格変化とか、動詞の活用など丸暗記しなければならないものもあるし、それに半年ぐらいかかるのは理解できる。ただその後も語彙や例文の丸暗記を続けて行くのかという事である。二十歳を過ぎた学習者でそういう事を続けられる人は限られるだろう。私のように仕事で技術ロシア語を覚えざるを得ない職場にいたというのは例外の部類だと思う。だから初級者は露露辞典を使えるレベル(私のいう中級レベル)にできるだけ早く達するように語彙を増やすことが先決である。露露辞典は国語辞典と同様、説明に使われている語彙は基本語彙である。そのため説明が隔靴掻痒になることもあるが、記載の例文なども露和辞典と組み合わせて使えば、ロシア語で考える力がつき、これが露文解釈の力をアップさせる原動力となる。通訳やガイドといってもロシア語で話しているばかりではない。ロシア語を聴き取る力も重要であり、聞き取りの練習のほかに語彙の豊富さが重要であるのは論をまたない。
ロシア語の出題をするときには設問には、できるだけ文法的な理詰めの回答が必要であると考えている。できるだけこれは例外だから(丸暗記せよ)というのを限りなく少なくしたいものである。完了体と不完了体の用法の区別にせよ、こうは言わないという答えでは学習者は納得しないし、またそこで納得したらロシア語の学習力も伸びないという事はおわかりだろう。
Я прошу (Мы просим)とЯ попрошу (Мы попросим)の違いを、後者は未来時制で使うので、日常会話では使わないと考える人がいるかもしれない。попроситьはПопросите, пожалуйста, г-жу Максимову.(マクシーモヴァさんをお願いします)と電話や受付で使うぐらいと思っている人もいるだろう。例文を挙げるとЯ прошу вас помочь мне подготовиться к экзаменам.(試験の準備をするので助けてください)とか、Я попрошу вас действовать строго по инструкции.(指示に厳密に従って行動するようお願いします)があるが、前者はお願いベースであり、後者は丁寧であっても命令である。日常でпопроситьをよく使うのは、警察官がПопрошу документы.(身分証を拝見)や駅員がПопрошу билеты.(切符を拝見)で、これらの場合はпоказать, предъявитьが省略されているとはいえ、お願いではなく、見せなかった場合は署や、駅の事務所に任意かどうかは別にして同行を求められるという意味で命令である。一方Прошу!は部屋などに案内される場合に使われるが、あくまでお願いベースであり、行かなくてもかまわない。предложитьも文脈で判断しなければならないことがある。Пассажирам предлагается покинуть самолёт.というのは「乗客に提案している」わけではない。「乗客に飛行機から離れるよう指示が出た」という意味で命令である。
設問)「間違っているかもしれないが、家畜の中で鶏より愚かなものはない」をロシア語にせよ。

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2011年06月14日

●和文解釈入門 第39回

最近は投稿が増えてきたので出題のペースが上がってきており、非常に結構なことだと思う。やる気というのは出題者も投稿者も長くは続かないと思うからだ。できるときに集中的にやっておけばよいし、例文というのはまとめてできるだけ多く紹介してもらえれば、コピーしておいて、後で読者が時間のあるときに(仮に1年後でも5年後でも、10年後でも)、やればいいと思う。私は例文を小出しにするつもりはない。それなら設問も10ぐらいまとめて出せばいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、それでは投稿者も出題者(回答者)も設問に集中できないと思う。設問には一応出題のポイントがあり、それをばらばらのテーマで説明されても、読む方も出題する方も頭が混乱するばかりである。1回に一つなら区切りがついて覚えやすいだろう。百回は続けたいし、ネタは200回分はある。設問を作るのは投稿者が回答するよりは簡単である。早ければ2分ぐらいでできる。ただある程度の種類の回答を予測して解説を書かねばならないので、これに少し時間がかかる。しかしこれが私にとって自分のロシア語の知識を整理する上で非常によい勉強になっている。誰でも恥はかきたくない。特に出題者は。このコーナーの例文をロシア人が見ようと、ロシア語の専門家が見ようと間違いを書くわけにはいかないからだ。そうはいっても出題者の特典はある。自分の自信がないのは出さないという特典である。前にも書いたが、出題するよりは投稿(回答)するのが大変だと思うのはその点である。ただ、回答したり、質問したりするのは今がいいと思う。私も若くはないし、やる気がどこまで続くか分からないからだ。ロシアンぴろしきは不滅であっても、半年後、1年後にこの和文解釈入門というコーナーがあるという保証はない。
革命前はロシアの上流社会には動詞にも敬語にあたるものがあった。жаловать(下しおかれる)、изволить(かたじけなくも~される、もったいなくも~される〔命令形で使う〕)、очастливить(~してくださる)、почивать(お休みになる〔眠る〕)、сметь (Не смею и думать этого.〔滅相もございません〕)、соблаговодить(~なさる)、удостоить(なさる)、удостоиться(光栄に浴す)で、かろうじて残っているのはдать себе труда, желать, кушать/скушать, трудить/утрудить себяぐらいであろう。Кушайте!(お召し上がりください)は不完了体命令法の着手の用法で、この動詞は一人称では普通使わない。子供に対して使えばКушай(те)!「召し上がれ」といった感じで、使う人の愛想のよさが感じられる。
 скоростнойと言う形容詞は「高速の」という意味だが、少し変わっている。陸海空のエンジンのある乗り物に使うのだが、短語尾はないし、比較級はない、しかもоченьと一緒に使わないという制約がある。ксероксというのはコピー(機)の事で、ペルシャの王様クセルクセス大王Ксерксとはなんの関係ない(Кирはキュロス)。これは英語のゼロックスXeroxを、字面の通り発音したからだと言われている。ほかにコピーそのものをксерокопияというロシア人もいる。
設問)「車の運転が出来ますか?」をロシア語にせよ。

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2011年06月13日

●和文解釈入門 第38回

「あなた」という言葉は愛妻が御亭主を呼ぶ時以外は、何か女学校の女の先生が生徒に対して使っているような、外人の日本語のような感じがして個人的には大いに耳ざわりである。谷崎潤一郎の「文章読本」に「敬語の動詞や助動詞があるときは、それらを受ける主格は略したほうがよい、否、略すための敬語である」と述べ、これは「元来主格たるべき御方の御名を口にするのが勿体ないところから起こったとも思える」と書いている。だから主格、所有格、目的格の名詞、代名詞を省くのだと言う。だから「ご質問についてお答え申し上げます」というのが自然で、「私はあなたの質問に答える」というのは外人の日本語だが、受験英語ばかりやっていると外人のみならず、このような日本語を書く日本人もいるだろう。ここまで極端でなくとも、通訳していて我ながら変な日本語だなと思うこともしばしばあるから、自戒せねばと思うこのごろである。
日本語でごく簡単に書かれている事柄をロシア語にするのは案外難しい。動詞の体と類語の使い分けが出来ていないと、つまり基本が出来ていないと無理な話だ。それができれば時事ロシア語などは、インターネットがある現在、単語を探すのは似たような出来事の記事を探せばよいから楽だと言える。ある程度文法は学んだとはいえ、ロシア語をやり始めてから40年、今も勉強を続け、場合場合の表現をそれこそ何万通りも覚えてきたわけで、それでプロとしてやっているわけである。
こんな赤ちゃんが言葉を覚えるような迂遠なやり方ではなく、赤ちゃんのような柔軟で吸収力の強い脳を持っているなら別だが、成人になったぐらいから(あるいはそれ以降)ロシア語をマスターするにはもっと効率のいい方法があるはずだとずっと考えてきた。私は大学でロシア語を専攻した後、在学中から慣用句(これは理屈もほとんどないので覚えざるを得ない)とか諺を中心に10年ほど勉強した。かたわら小さなソ連中国貿易の専門商社に入ったので、仕事上船舶や鉄鋼、機械の専門用語も英語、日本語、ロシア語と覚えなくてはならなかった。卒業して5年ぐらい経ってから体の用法の重要性を認識し、参考書を読んできたが、仕事上ロシア語で困ることはないものの、ロシア人の使うロシア語と自分のでは随分違うなと感じてきた。ロシア人がこちらに合わせて分かりやすいロシア語で話してくれるのが分かるのである。一方ロシア人同士の会話は口語や俗語を使っていることもあり、こちらには分からない。それでアネクドート(小話)の勉強を始めた次第である。これはロシア人との宴会で通訳させられてオチがなかなか分からなかったからでもある。
当時ソ連ではアネクドートの出版など思いもよらないときで、日本にいるときに東京のナウカでニューヨークやテルアビブで出版されたものを売っていたのを買って使った。地下鉄の構内で半ば違法でアネクドートを売り出したのが80年代後半ぐらいだったと思う。こういうアネクドートの勉強を15年くらい続けたのだが、今振り返って見ると時間はかかったが非常に効果があったなと思う。口語辞典や俗語辞典がなかったので最初は手探りだったが、この10年前ぐらいからそういう辞書も手に入るようになったので意味もだいぶ分かるようになったからである。生きたロシア語を学ぶには非常によい教材だと思うし、今ならインターネットで簡単に、しかも大量に知ることができるからトライする価値はあると思う。
設問)「たった今彼と電話で話したばかりだ」をロシア語にせよ。

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2011年06月09日

●和文解釈入門 第37回

もしこの和文解釈入門がロシア語の初学者(年齢を問わず)が、ロシア人とロシア語を書いたり話したりしようという気持ちに少しでもなり、ロシア語の勉強を続けていこうという意欲が少しでも湧けば、このコーナーの目的は達せられたことになる。本来ならばNHKのテキストの和訳をロシア語にするという勉強をすれば一番ロシア語がうまくなるはずだが、それではテキストのロシア語と違った訳が出てきた場合(往々にしてそうだろうが)、無理やりテキストの答えを丸暗記となる。無論正しいのだが、勉強というのはなぜ違うのかというのが分からないと、丸暗記だけで続けるのは二十歳を過ぎた大人にはしんどいし、本来の勉強とは呼べない。和文露訳に回答が一つだけというのはあり得ないからである。また違った訳について解説をしてくれる人がそばにいなければやる気が続かないだろう。仮に親切なロシア人がいたとして、言語学の素人であれば、どうしてそれではだめなのか、文法的、あるいは類語の使い分けなど説明できるような人はいないだろうし、いたとしても、ロシア語に対する意見と知識を混同してしまわないかその危惧がある。仮にロシア語の言語学を修めた人だとしてその説明をロシア語で聞き取れる人は上級者であって、初級者には無理だ。これは日本語についての違いをロシア人に説明するという事を考えれば分かるだろう。
 この和文解釈入門もロシア語文法の専門家からみれば、随分トンチンカンだなと思う説明もあると思う。批判やコメントを寄せていただければ、前向きに対処するつもりだが、ただ目的とするところは、露文解釈における文法の説明ではなく、如何に会話で和文をロシア語にするとき、どの単語を選べばよいのか単語の選択の幅を提示する試みであるという事をご理解願いたい。体系的に書ければいいのだが、なにせ初めての試みなのでそうはなっていない。逆に読者のみなさまの回答が大いに勉強になっているし、励みにもなっている。
 「操縦」という意味の「運転」は車の場合вождение машиныだが、飛行機や宇宙船はуправление самолётомやуправление космическим кораблёмとなる。「機械の運転」だとэксплуатация, работаとなる。よい文章を見つけたので前回のコンサートを補足する。концертと言えば無論「コンサート」と訳すが、このロシア語の意味はこればかりではない。バレーの公演という意味もあるし、寄席などの公演もそうだ、例えば、Они просметрели шесть концертов Вольфа Григорьевича Мессинга.(彼らはメッシングの6つの公演を見た)という文もある。このメッシングというのはソ連で最初に有名になったテレパシー演者телепатで、最初の頃はソ連政府も反宗教運動に利用したが、大衆の間にメッシングの人気が高まると、彼以外のいわゆる霊能者に対しては公演を許さないようになった。これが変わったのは1980年大中ごろのゴルバチョフ以降で、カシュピローフスキーКашпировскийがテレビを通じてお茶の間の視聴者に催眠術をかけて大いに問題になった。
設問)「ご予定は?」をロシア語にせよ。

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●和文解釈入門 第36回

ロシア語をやって数年たってロシア人との意思疎通も問題なくなった頃、日常会話でちょっとした疑問が浮かんだ。毎日お客さんに言っている「おかけくださいСадитесь!」がどうして不完了体を使うのだろうということである。参考書では不完了体の命令法の用法で着手は不完了体を使うとあった。しかし動作は完了を意味している。これは体の用法の例外かとも思ったが、それでは例外だらけだ。このようにして場面場面に応じて、日本語やこれまで一通り習った文法と発想が違うなと思ったものは丸暗記するようにした。動詞の活用や名詞の格変化、慣用句や諺などそのまま丸暗記しなければならないのは分かるにせよ、迂遠な方法である。なんとか合理的に覚える近道はないかと考え、時に触れていろいろな文法に関する参考書を読み、自分でも考えてなんとか体の用法については自分にとってそれなりに結論が出たと思う。この40年間で半分くらいは丸暗記で覚えたが、残りは文法中心にしたので、少しは暗記の負担が減ったろうと思う。丸暗記が悪いわけではないが、それだけでは続かないだろうし、ロシア語のやる気を継続するためには、実用志向(ロシア人と実用的な会話が出来るようなという意味で)の教え方を工夫すべきと考え、それをたたき台としてこのコーナーで紹介しているわけである。
数量というのはколичествоだがчислоも使える。同じように使われる場合も多いのだが、違いは、前者ははっきりと数値に表しにくいものも来るということである。количество энергии (информации, знаний) エネルギー量(情報量、知識量)などで、一方後者はчисло оборотов(回転数)のように精確な数量といった意味合いが強い。ただчисло (количество) пассажиров(旅客数)などのように同じように使われる場合もある。количествоの方が数えられる数量という意味では(この意味では両者とも単数のみで使われる)使われる頻度がこの意味では多いようである。
設問)「紅茶のお代わりいたしましょうか?」をロシア語にせよ。

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●和訳解釈入門 第35回

ロシア語の勉強が挨拶程度で終わってしまって続かない大きな理由は、暗記の比重が高いことである。当初から名詞・形容詞・代名詞の格変化、動詞の活用と絶対に暗記しなければならないものが続き、文法も初級程度でやめてしまうから、プロになっているような人は暗記の能力が高いか、根気が続くか、はたまたロシア人のいる環境におかれて嫌でもやらざるを得ない状況に追い込まれて生き残った人たちである。そういう人たちは少数派だ。多くは脱落してしまう。話は飛ぶが、今子供の間で将棋がブームであり、中国でも日本の将棋が学校の成績(特に数学)がよくなると取り入れているところが出てきたという。一方ゲームセンターには若者の姿は見ずに年寄りばかりだという。これは簡単なように見えても奥が深いもの(チェスは指し手の変化が10の120乗だが、将棋は相手から取った駒が使えるので10の220乗になるという)に若い人でもあこがれる事を示していて、ゲームは飽きるのが早いのだろう。ロシア語も奥が深いが、上達への道筋はあるのである。それが文法であり、その面白さを少しでも紹介したいと思ってこのコーナーを立ち上げたわけである。だからロシア語を勉強する若い人も丸暗記ばかりではなく、文法の面白さを感じてもらえればロシア語学習者の数も少しは増えるのではと考えた次第である。
 大学の先生などは初級や中級の下ぐらいの参考書を書く人は多いが、中級の上や上級の下クラスの、実際の通訳やガイドなどプロが使えるものを書いた先生は、磯谷孝、城田俊、原求作、中沢敦夫の各先生方など数えるほどである。それも例文から判断して和文解釈ではなく露文解釈中心のようである。ロシア語の参考書を書いて金儲けをしようとする人は皆無だろうし、また売れないから出版社が参考書の出版について二の足を踏むというのも分かる。それならインターネットの時代だから、ブログやサイトで書いてくれればいいと思うのだが、多分日本の大学の先生と言うのは、教えること以外の雑務が非常に多いのだろうと思う。それで人を当てにしてはいけないと思い、恥ずかしながら自分でやって見ることにした。重要なのは書いたものに対する責任の所在だと思っているので、本名で書いている。さとうと平仮名にしているのは、佐藤好明で検索すると、海洋大学の元教授だとか、それ以外にも同姓同名однофамильцы и тёзкиが結構いることで、そういう人たちに迷惑をかけてはいけないと思い平仮名にしたわけである。佐藤は日本で一番多い姓なので、姓の役割を果たしていない。そういう事なのでご理解願いたい。間違いもあると思うが、納得のゆく説明が得られれば、お詫びして訂正するつもりであり、誤記や分かりにくいと後で分かったものは、その都度訂正している。
ロシア語のконцертにはコンサートという意味のほかに、バレー、演芸(つまり落語、漫才、ショー)の公演という意味がある。Я зарабатываю концертами.と言えば必ずしも音楽家ばかりとは限らず、「私は舞台で稼ぐ」と訳しても文脈から正しいことだってありうる。資産も固定資産などはнедивижимое имуществоのようにимуществоが普通だが、海外資産はавуарыで、個人資産はличное состояние, личные средтсваなどという。「疑う」という動詞も和露辞典ではсомневатьсяとподозреватьが挙げられているが、この二つはロシア語では同義語ではない。用法が違うのである。сомневатьсяは「自信がない」というのが根底にあり、Она сомневается, что ее знаний достаточно, чтобы говорить на русском языке.(ロシア語で話すには自分の知識が十分か彼女は自信がない〔疑わしい〕)ということであり、подозреватьは「有罪であると考える」ということで、Его подозревают, что он заказал убийцу.(彼が殺し屋を雇ったと疑われている)ということである。「計算」もвычисления(複数)が一般的で、その同義語はрасчётだが、数学的、技術的計算という意味合いである。выкладки(複数形)も同義語である。подсчёты(複数)は合計(総計)という意味である。
設問)「ある若者、後に死体で発見されるのだが、彼は殺人をしたことを1年半前に自白している」をロシア語にせよ。これは今までの出題の中では一番難しいと思う。

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2011年06月08日

●和文解釈入門 第34回

初めて書いたロシア語の参考書は「アネクドートに学ぶ実践ロシア語会話」であり、思いのほか売れたらしく、出版社では第2版を出すことにしたが、お客様からの要望という事で、力点を打つことになった。それまでは打っていなかったわけである。別に力点を打つぐらいは何でもないのでオーケーして、それ以後の参考書や会話集にも力点を入れているが、馬鹿げた話である。力点を入れて少しでも得をするのは読者ではなく、著者なのである。校正もいれたら4、5回原稿を読み直すことになるので、忘れかけた力点の復習になるからだ。ネットなどでも「アネクドートに学ぶ実践ロシア語会話」の初版に力点が打っていないのはとんでもないと書いた人がいたが、趣味でロシア語をやるならともかく、プロを目指すなら、力点ぐらい辞書を引いて自分でコツコツ入れて、単語のスペルと力点を覚えるようにしないと、せっかく語彙を覚えるチャンスを失うばかりだ。いかに楽に(効率的にと読み替えてほしい)勉強するかというのは決して悪いことではないが、語学をやる上で重要なのはいかに多く、深くかつ広範囲に語彙を覚えるかであり、そのために辞書を引くのが役立つはずである。特にやる必要もない著者だけが力点の復習をして何になるというのだろう?力点が打ってあれば、力点が何度も目に入り自動的に覚えられるというならそれでいいが、分かるまで何度も辞書を引いた方が覚える確率が高いと思うがどうだろう。上級を目指すなら露露辞典を引けるように勉強すべきだし、それならなおさら露和辞典を引く練習を積み重ねるべきである。語学に王道なしである。そうはいうものの力点付けに加担した身にとっては、世の中の流れに抗すべきもない。露文の振り仮名付けについては中級ぐらいの学習者から読みにくいという声も聞くが、力点を外せという声は聞こえてこない。それで一応ここで問題提起をしておく。
старый другとстарший другの違いは、前者は古くからの友人で、後者は年上の友人。твёрдый сплавをлёгкий сплав(軽合金)から判断して勝手に硬合金と訳すと笑われる。これは超硬合金と訳す。плоскостьは平面という意味ならпрямая на плоскости(平面上の直線)のように前置詞はнаを取るが、точка зрения, сфераという意味なら、вを取る。искать всё-таки в иных плоскостях(それでも別な考え方を探す)。ちなみに複数形では生格以降語尾に力点が来る。前置格ではя。
設問)「ここは滑りやすいから、転ばないように注意してください」をロシア語にせよ。

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●和文解釈入門 第33回

いくら語彙を増やしても、基本的な体の用法や被動形過去短語尾の使い方が分からないと、いつまでも挨拶程度のロシア語のままであり、実用的な会話ができない。前回は工場案内や観光案内でもよく使われる被動形過去短語尾の結果の存続について出題した。これに関連して、被動形動詞過去の短語尾と完了体過去形の違いについて書いたものを見つけたので紹介しよう。РозентальはСпоравочник по русскому языку Практическая стилистика, ОНИКС, 2008(ロシア語参考書実用文体論)の中で、「私は指示を与えた」の二つの文Мною дано указание.とЯ дал указание.を挙げて、Я дал указание.に比べてМною дано указание.は文学や実務的発話で用いられ、断定を避け、より表現を和らげる形であると書いている。
またニュースなどでよく目にするМною был подписан указ.と過去形のбылを入れれば、動作が発話以前に終了したことを意味するだけで、実際はともかく、話者の意識の上では「たった今~した」という意味はなくなり、たんに「私が政令に署名した」ということになる。被動形過去短語尾については5月に出た「ユーラシア研究」第44号に「観光ロシア語」と題して観光でよく使われる表現を2ページほどのエッセーに書いたので、ご興味のある向きはご一読を。
「模様」には普通はузорを使うが、これは細い線、滑らかなラインの繰り返し、調和が取れており、表面全体に及ぶ、ロシア文化的なものを指す。узор на крыльях бабочки(蝶の翅の模様)、русские узоры(ロシア的模様)で、ガラスについた霜はморозный орнамент (узоры) на стекле(ガラスの霜模様)とорнаментも使える。орнаментは幾何学的、動植物のパターン化・繰り返し、くっきりとしたリズムのある、または各民族の文化による模様で、ロシア的な模様はузорである。греческий (египетский) орнамент(ギリシャ的(エジプト的)模様)、растительный (животный) орнамент(植物(動物)的模様)、лепной орнамент(塑像の模様)。常に複数形で使われるразводыは大きめの模様で、境目がはっきりしない模様で、черный с лиловыми разводами(紫の模様が入った黒の)などと使う。рисунокはузорの同義語で、рисунок концентрических кругов(同心円の模様)といい、他にгеометрические фигуры(幾何学模様)、唐草模様はарабескиといい、手の込んだ模様は口語でвычурыという。
果物はфруктыだが、これは木になる(低木性のキイチゴも含めて)もので、ягодаはイチゴ類であり(キイチゴなどの低木性や草本性のも含む)、厳密に言えば両者は意味が重なる。日本語の液果(漿果)は、ナッツ類と対応するもので、木本性や草本性を問わない。英語のberryにはイチゴ類という意味と液果という意味がある。イチゴ、バナナ、トマト、ブドウはみなberryである。ягодаには総称的な意味もあるが、通常はягодыと複数形で使い、イチゴなどの実が複数あることを示す。лестницаには「階段」と「梯子」という意味がある。ставить лестницу к стенке(梯子を壁に立てかける)やкласть лестницу на землю(梯子を地面に置く)、спускаться по леснице(階段を下りる)である。この頃テレビや動物園でも人気のヘビクイワシを訳すと一見орёл-змееядとなりそうだが、正しくは(птица-)секретарьであり、орёл-змееяд (= карачун) ハラジロワシである。これなど学名を調べれば分かる。
設問)「どうしてそれを知っているのですか?」をロシア語にせよ。

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2011年06月07日

●和文解釈入門 第32回

このコーナーを定期的に閲覧している人が日本全国に何人もいるとは思えないが、その数人の人に対して、あるいは偶然見てくれた人でロシア語の関心のある人に一言申し上げたい。ひょっとしてその中には設問に対して100%正解であるという自信がなければ恥をかくのが嫌だから投稿しないという人もいるかもしれない。そうだとすればとても奇妙な考え方である。なにも本名での投稿をお願いしているわけではない。自信がなくとも気楽に投稿してもらえれば、自分の弱点が分かり、答えが間違ったものほど、また他の人の目に触れたものほど次は間違えなくなる。ようは正解を覚えてしまえばいいわけで、丸暗記より、理詰めの方が覚えやすいというだけである。投稿する際に第1回からさかのぼって読み通す必要もない。とりあえずまだ回答のないもの(最新の設問)からやって見た方が面白いと思う。投稿がだれかに先を越されても、どしどし投稿してほしい。正答は一つではないし、私の回答自体納得のいかない場合もあるかもしれない。回答の投稿を一つに制限しているわけではないし、第1回や第2回分についてだって自分なりの回答があるなら出してもらえれば、正しいかどうかチェックする。バンドルネームだって、自信があるときはAで、あやふやなときはBと使い分けてもらってもかまわない。他の人の使ったバンドルネームだけ避けてもらえればいいのである。
こう書いたのは、設問を出題するのも学習者のためというよりは、自分のためである。いろいろな回答が寄せられれば自分の回答を見つめ直すよい機会になるからである。それに人には変な事を教えられないから自分のロシア語の知識を整理して、典拠もはっきりさせてから書くことにしているので自分にとっても非常にいい勉強になっているし、自分のロシア語の勉強の励みになっているので、気がねなく投稿してほしい。別に人助けのためにやっているわけではないし、自分のロシア語がそういうレベルでもないことは理解している。出題はいきあたりばったりのように見えるかもしれないが、一応は第10回に書いた表に沿ってはいる。この表は未完成なので、今のところ頻繁に訂正しているし、設問の回答との関連付けも出題後書き加えるようにしている。表に沿っていないものは、一見簡単そうだが通訳するときに悩んだものや使えそうなものを書いている。その出題の順番がアトランダムなのは、当初から出題はある程度気が向いたもの、その時点で面白いと思ったもの、学習効果が出そうなものを優先している。またよく市販の参考書で、練習問題をその項目毎、例えば名詞の格変化(単数)、完了体(過去)など分けて説明したすぐ後に出題しているのを見るが、そうなると学習者はその範囲だけに回答のテーマを絞ることができる。これはいい面と悪い面があり、復習するにはいいのだろうが、実際の通訳、ガイドでは文法事項の何が出てくるのか分からないのがあたりまえである。それで私の出題も、実戦に合わせて行き当たりばったり方式にした。趣旨を御了解願う。
хотетьとхотетьсяはどう違うかと聞かれれば、хотетьсяの方がやや丁寧な感じがするとずっと思ってきた。シノニムの辞典で調べると、「彼は絵画を習いたかった」と言う文をОн хотел учиться живописи. とЕму хотелось учиться живописи.と訳した場合、хотетьの場合は現実的に絵を学びたいという希望に焦点があり、それを実現しようという意志も感じられる。一方хотетьсяは、そういう希望が感じられるが、だれの(何の)影響でそういう希望が出てきたのかが分からない。つまり本人の意志かどうかが分からないということである。できれば希望はひとりでに実現してくれたらいいなという感じであり、それゆえこの希望が現実的なものか、あるいはそれを実現するために続けて行こうという本人の意志があるとは思えないということになる。хотетьсяのほうには意味上の主語が主格ではなく与格で出てくるのも、主体性が感じられないという気がする。また意志がはっきり出ないということから、遠慮しているというニュアンスが出て、これが丁寧さにつながっているのだろうと考える。この系列の動詞работаться, спаться, думатьсяなども同様である。
ついでにхотетьсяの特殊な用法について知らない人も多いと思うので書いておく。それは方向の副詞(куда, к кому) と共に使われた時は必ずпо-という接頭辞のある運動の動詞を用いるという事である。つまりМне хочется пойти в кино.(映画に行きたいのです)となり、そうでないкакに対応する場合はМне хочется идти пешком.(歩いていきたいのです)のようにидтиになるということである。またхотетьсяは直接補語を取ることもできる。補語に行き先が来た場合、例えばЕму хотелось домой.(彼は家に帰りたかった)やМне хотелось на воздух.(外に出たかった)という場合はхотеться = хотеть попасть куда-либо(行きたい)であり、具象名詞が来れば、Ей хотелось конфетку (сладкого, пива, чаю с вареньем)〔彼女はチョコ菓子(甘いもの、ビール、ジャムのついた紅茶)が食べたかった〕では、хотеться = хотеть использовать объект, съесть или выпить(ものを利用したい、食べたい、ないしは飲みたい)となり、具象名詞は対格か部分生格となる。補語が抽象名詞なら生格を取り、Актёрам хотелось большей свободы.(役者たちはもっと自由が欲しかった)〔большейはоに力点〕とかМне хочется мира в семье.(家庭の平和が欲しい)というようにхотеться = хотеть приобрести или иметь объект(ものを得たい、ないしは持ちたい)という意味になる。無論Хочу домой.(家に帰りたい)というのも可能である。
設問)(目の前にある神社の説明で)「この神社の創建は400年前です」をロシア語にせよ。

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2011年06月05日

●和文解釈入門 第31回

時事ロシア語の語彙は露和辞典や和露辞典に載っていないことがおおい。しかし、グローバル化、またテレビやインターネットのおかげで世界が狭くなり、どんな事柄かが写真や動画ですぐに見ることが出来るため語義も明確になりやすく、共通の考え方(英語中心と言えるかもしれないが)が広まっている現在、直訳できるものや、英語を崩したりすることで比較的簡単に訳が見つかる場合が多い。しかし、美しい、賢い、重要なというような基本単語は、その民族の文化的根幹に関わるゆえに、各民族の間で内容にぶれがあることがある。красивый, умный, важныйという形容詞は少なめの程度を示す副詞「ちょっと、ほんの少し、やや」немного, слегка, чуть-чуть, несколько, отчастиとはいっしょに使えない。日本語ではやや美しい(重要な、賢い)と使えるが、なぜロシア語では使えないのだろう。これは日本語のこれらの形容詞が美しいを例にとれば、容器のようなもので、否定を別にすれば中に10%から50%、100%まで容れることができるが、ロシア語のこれらの形容詞は、初めから容器の50%以上が満たされているからだとシノニムの辞典は説明している。だからнемного красивый (важный, умный)はロシア語としておかしいとされる。весьмаやоченьはочень красивый, весьма важныйと語結合することができるのはこれらをつけることによって容器の90%ぐらいを示すことになるからである。日本語のやや美しいを示すには、не очень (красивый)を使うか、他の形容詞милый, привлекательный, симпатичныйなどを使えということなのだろう。動詞でもраспоясаться(手がつけられなくなる)などもсовсем, вовсе, окончательно, совершенно, уж, очень, такとは自由に結びつくが、немногоとは一緒に使えないというのは上記と同じ理由によるからだろう。
この点プロも含めて学習者は常に初心に立ち返って、基本的語の語義を確認するようにしないと、その理解に致命的な誤りが生じる場合がないとも言えない。こういうのは露文解釈だけやっていては理解できないであろう。露文解釈では基本的に語結合を組み立てる必要はない。解釈しようとするロシア語はすでに(書いたものや音という形で)出来上がっているからである。私が大学ではロシア語を習ったときは、このようなことは教わった記憶がないが、日進月歩の世の中だし、それ以降30年以上も経っているのだから、ロシア語の専門の大学や語学校では常識として教えているのかもしれない。独学の方用に一応書いておく。
「(人が)やせている」のはどう訳すのだろう。ニュートラルなのはхудойでОн худой некрасивый мужчина.(彼はやせた醜男だ)ともОна худая красивая девушка.(彼女はやせた美しい娘だ)とも言えるからである。悪い意味で「やせている」は、тощие женщины(やせぎすの〔やせこけた〕女たち)でтощийにはзлой(意地悪な)というニュアンスが含まれている。この他にもマイナスのイメージがあるものにはисхудальная мать(やせ衰えた母)、костлявый старик(骨ばった老人)、сухой старик(ひからびた老人)などがある。тонкая брюнетка(やせた髪の黒い女性)というのは骨が細いというニュアンスがあり、тонкие пальцы (руки)(やせた指(手)という風にも使える。いい意味で「やせている」には、худощавый человек(スマートな、ほっそりした人)、поджарые загорелые ребята(引き締まった日に焼けた子供たち)でподжарыйは普通女性には使わない。こう言う類語の違いを間違って使うと非常に失礼な場合になることもある(外国人だから許されるという事もあるだろうけど)ということはお分かりだろう。
ではその反対の「(人が)太っている」にもいくつかシノニム(同義語を含む類義語)があり、толстыйはややマイナスイメージで、日本語の「太っている」に相当する。полныйは女性に対してよく使われ、イメージ的にはニュートラルであり、強いて訳せば日本語の「ふくよかな、太めの」に相当しполная дама(ふくよかな〔太め〕の御婦人)、пухлыйは赤ちゃんによく使う形容詞でпухлый младенец(丸々とした、ふっくらした赤ん坊)、тучныйはマイナスイメージで、メタボ、つまり「でぶった、でぶでぶの」тучный господин(メタボの(でぶった)お方)、жирныеはさらに進んで、「ぶくぶくした、ぶよぶよの」жирные руки(ブヨブヨの手)という感じである。
設問)「どうして砂浜に行かないのですか?」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 07:25 | Comments [2]

2011年06月01日

●エッセー「観光ロシア語」

ユーラシア研究第44号(東洋書店、2011年5月発売)の「ロシア語あれこれ」というエッセーに、「観光ロシア語」と題して、観光案内や工場見学で多用される被動形過去短語尾の用法について書いたのでご興味ある方はどうぞ。紙面の都合で2ページしか書けなかったので、ちょっと理解しにくいかもしれない。本来なら学習者のレベルに応じて、1対1で説明すればもっと簡単に理解してもらえる自信はあるが、わがまま言っても仕方がない。

Posted by SATOH at 15:49 | Comments [0]