2011年06月09日

●和訳解釈入門 第35回

ロシア語の勉強が挨拶程度で終わってしまって続かない大きな理由は、暗記の比重が高いことである。当初から名詞・形容詞・代名詞の格変化、動詞の活用と絶対に暗記しなければならないものが続き、文法も初級程度でやめてしまうから、プロになっているような人は暗記の能力が高いか、根気が続くか、はたまたロシア人のいる環境におかれて嫌でもやらざるを得ない状況に追い込まれて生き残った人たちである。そういう人たちは少数派だ。多くは脱落してしまう。話は飛ぶが、今子供の間で将棋がブームであり、中国でも日本の将棋が学校の成績(特に数学)がよくなると取り入れているところが出てきたという。一方ゲームセンターには若者の姿は見ずに年寄りばかりだという。これは簡単なように見えても奥が深いもの(チェスは指し手の変化が10の120乗だが、将棋は相手から取った駒が使えるので10の220乗になるという)に若い人でもあこがれる事を示していて、ゲームは飽きるのが早いのだろう。ロシア語も奥が深いが、上達への道筋はあるのである。それが文法であり、その面白さを少しでも紹介したいと思ってこのコーナーを立ち上げたわけである。だからロシア語を勉強する若い人も丸暗記ばかりではなく、文法の面白さを感じてもらえればロシア語学習者の数も少しは増えるのではと考えた次第である。
 大学の先生などは初級や中級の下ぐらいの参考書を書く人は多いが、中級の上や上級の下クラスの、実際の通訳やガイドなどプロが使えるものを書いた先生は、磯谷孝、城田俊、原求作、中沢敦夫の各先生方など数えるほどである。それも例文から判断して和文解釈ではなく露文解釈中心のようである。ロシア語の参考書を書いて金儲けをしようとする人は皆無だろうし、また売れないから出版社が参考書の出版について二の足を踏むというのも分かる。それならインターネットの時代だから、ブログやサイトで書いてくれればいいと思うのだが、多分日本の大学の先生と言うのは、教えること以外の雑務が非常に多いのだろうと思う。それで人を当てにしてはいけないと思い、恥ずかしながら自分でやって見ることにした。重要なのは書いたものに対する責任の所在だと思っているので、本名で書いている。さとうと平仮名にしているのは、佐藤好明で検索すると、海洋大学の元教授だとか、それ以外にも同姓同名однофамильцы и тёзкиが結構いることで、そういう人たちに迷惑をかけてはいけないと思い平仮名にしたわけである。佐藤は日本で一番多い姓なので、姓の役割を果たしていない。そういう事なのでご理解願いたい。間違いもあると思うが、納得のゆく説明が得られれば、お詫びして訂正するつもりであり、誤記や分かりにくいと後で分かったものは、その都度訂正している。
ロシア語のконцертにはコンサートという意味のほかに、バレー、演芸(つまり落語、漫才、ショー)の公演という意味がある。Я зарабатываю концертами.と言えば必ずしも音楽家ばかりとは限らず、「私は舞台で稼ぐ」と訳しても文脈から正しいことだってありうる。資産も固定資産などはнедивижимое имуществоのようにимуществоが普通だが、海外資産はавуарыで、個人資産はличное состояние, личные средтсваなどという。「疑う」という動詞も和露辞典ではсомневатьсяとподозреватьが挙げられているが、この二つはロシア語では同義語ではない。用法が違うのである。сомневатьсяは「自信がない」というのが根底にあり、Она сомневается, что ее знаний достаточно, чтобы говорить на русском языке.(ロシア語で話すには自分の知識が十分か彼女は自信がない〔疑わしい〕)ということであり、подозреватьは「有罪であると考える」ということで、Его подозревают, что он заказал убийцу.(彼が殺し屋を雇ったと疑われている)ということである。「計算」もвычисления(複数)が一般的で、その同義語はрасчётだが、数学的、技術的計算という意味合いである。выкладки(複数形)も同義語である。подсчёты(複数)は合計(総計)という意味である。
設問)「ある若者、後に死体で発見されるのだが、彼は殺人をしたことを1年半前に自白している」をロシア語にせよ。これは今までの出題の中では一番難しいと思う。

Posted by SATOH at 2011年06月09日 09:14
コメント

さとう先生、こんにちは。

最近のテンポに少しついていけてない感じなのですが、今日はトライしてみます。難しいです・・・

Один молодой человек, труп которого потом был обнаружен, полтора года назад признался в совершении убийства.

よろしくお願いします。
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正解です。ちゃんとобнаруженの前にбылもあるし、призналсяとアオリストになっています。тело を取って、был обнаруженの代わりにнашли убитымにすればアオリストの順次的用法になります。厳密にいえば「ある若者、後に死体で発見されたのだが、彼は1年半前に殺人を自供した」という和訳になり、それは出題意図とは違います。私の訳と解説は、
Некий парень, которого потом находят убитым, признаётся в совершении убийства полтора года назад.
アネクドートや会話で多用される歴史的現在(劇的現在)の用法。ロシア語の文法書では解説していないので、露訳は難しいかもしれない。歴史的現在というのは、過去の出来事をあたかも目の前で起こっているかのようにヴィヴィッドに表現するために、普通なら完了体の過去形をつかうところに不完了体の現在形がでてくる用法である。日本語にもあるからそれほど訳を見ても違和感はないはずである。例えば、
Прихожу я вчера домой, ужинаю и принимаюсь за работу.(昨日は家に帰ってね、夕食をとって、仕事にとりかかるという具合さ)和訳はうまくないが、昨日という過去の目印があるのにもかかわらず、現在形の不完了体が来ていることが分かるだろう。これを普通のロシア語にすると、
Вчера я пришёл домой, поужинал и принялся за работу.(昨日帰宅して、夕食を取り、仕事に取り掛かった)という完了体過去形のアオリスト(順次的用法)になる。似たような文で、
В это время он всегда приходил домой, ужинал и принимался за работу.(この頃彼はいつも帰宅し、夕食をとって、仕事に取り掛かっていた)は過去の繰り返しで、不完了体過去形の典型的用法である。この他にも、
В 1925 году он приезжает в Токио.(1925年彼は上京する)は記録の現在と呼ばれ、歴史的現在の一種であり、文学作品によく出てくる用法である。これを普通の文にすると、
В 1925 году он приехал в Токио.(1925年彼は上京した)となり、典型的な完了体過去形のアオリスト用法である。このように歴史的現在の不完了体現在形は、普通の文(ヴィヴィッドな口語的ニュアンスがなくなり、淡々と記述するという意味で)に直すと、完了体過去形のアオリストの用法になることが多い。ただ完全に対応する完了体がない動詞идти, спать, работатьなどは直す時に、そのまま過去形にすればよい。идтиの完了体はпойтиではないかと思われる向きがあるかもしれないが、пойтиは始発の意味だけであり、идтиにはそれ以外にも、ある程度の時間や距離歩いているという基本的な意味があり、これはпойтиでは表現できないからである。
 なぜ歴史的現在を普通の文にすると完了体の過去形(アオリスト用法)になるかというと、アネクドートの例でも分かるが、不完了体過去形の特徴である事実の確認(有無)ではなく、完了体の特徴である過去について新規の事を物語っているからである。和文解釈ではアオリストであろうと結果の現存であろうと完了体過去形には違いないからどちらでもいいが、その物語は現在と関係がないわけだから、結果の現存ではないことが分かるだろう。これは露文解釈をするときのために書いておく。

Posted by momo96 at 2011年06月09日 12:53

詳細な説明、ありがとうございました! 歴史的現在(劇的現在)の説明は、今まできちんと習ったことがありませんでした。ニュアンスを無視して、とりあえず自分の訳せる範囲内で訳す、という悪い習慣が自分の中にできてしまっていると思います。勉強になりました!

Posted by momo96 at 2011年06月09日 20:59

第34回の自分の答を見に行っただけやのに
第37回まで出題されとった時は、状況を理解するのにいくばくかの時間を要しました…
びっくりびっくり

和文解釈史上最難!といわれると燃えますね。
momo96さんの答をすっとばして参加させていただきます。

(答)
Один молодец, который позже будет найден мертвым, признался в убийстве год и полгода назад.

・過去を示すサインがある(1年半前)
・過去において、自白という具体的行為をしている
・自白をした結果得られた情報は残っているだろうから
 結果の存続…とは考えにくいかもしれへんなぁ…
という理由から、完了体過去にしました。

ここまで書いて、
さとうさんの解説とmomo96さんの答を拝見。
…うぅ、歴史的現在ですか
発想が及ぶかどうか、最難の意味が分かりました。

あと、полтораなどという、けしからん便利な表現があったんですね!
год с полугодиемとか
год и полгодаをヤンデックスで一生懸命探した僕は一体…

Posted by コーシカ at 2011年06月12日 22:51

Какой-то парень, его через некоторое время нашли мёртвым, он полтора лет назад объяснился в том, что он совершил убийство.
全部сов.と考えましたが…「殺したことがある」ということならнесов.?
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確かに「~したことがある」なら、経験の用法で不完了体過去形が来ますが、この経験の用法をおさらいすると、不完了体過去形を用いる場合は、過去は過去でも、過去の一点という概念がないのです。不完了体過去形の経験の用法では、回数もいつかということも問題にしない、例えば「このケーキを食べたことがある」というような場合に使われます。ところが設問では、「殺人したことを1年半前に告白している」とあり、殺人した時点については触れ得いない者の、告白したのは1年半前という過去の一点であることが明確です。設問は日本語のテイル形の経験という用法ですが、現在完了(ロシア語で言えば、結果の現存、もっというと現在と関係ないかもしれないということならアオリスト的用法)となり、いずれにしても完了体過去形で示されます。動作が続いているので、同じく完了体過去形の順次的用法という見方もできます。
 さて、設問に戻ってみると、明らかに過去であるのに、テイル形は除いて、「発見される」と現在形が用いられています。これは英語にもロシア語にもありますが、歴史的現在という、口語的な過去をあたかも眼前で起こったように示す表現方法です。「昨日ね、あの居酒屋で飲んでいると、やっこさん飄々と入ってくるじゃないか」というような類です。ロシア語の歴史的現在と日本語のそれと全く同じだとは言いませんが、似ていることは確かです。詳しくは『和文露訳入門』の2-1-8項を一読ください。完了体過去形の順次的用法は、歴史的現在にもあるということを伝えておきます。設問に対する私の答えがその例です。歴史的現在はアネクドートでよく使われるので、拙著『アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法』に書いたのが、私にとっての出発点のようなものです。ただ、『ロシア語時制論』(金田一真澄、三省堂、1994年)という名著はありますが、これとて説明に終始し、会話における和文露訳でどうすべきかということには、論文の趣旨ではないからか触れていません。そこで、私なりに和文露訳にする場合どうすべきかを『和文露訳入門』書いた次第です。ロシア語関係の大学や学校で歴史的現在を教えているところがあるかどうかは知りません。

Posted by ゴ at 2013年02月06日 23:43
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