2011年08月31日

●和文解釈入門 第103回

この5~6年前に比べると自分のロシア語の実力が格段に上がったと思う。それは何冊かロシア語関係の本を書いて自分なりにロシア語に対する考え方を整理できたこと、昔のよい参考書を読み返した事、あらたな良い参考書にめぐり合ったことなどが挙げられる。歳を取っても勉強を続ければそれだけ得られるものはあると思う。もっとも80点の人が90点に実力を上げるのは、95点の人がそれ以上を目指すのに比べれば楽だということもかもしれない。上を目指せば限りがない。それと聞き取りの反射能力とかは若い時に比べれば落ちているのかもしれないが、それを経験が補ってくれているのか、図々しくなってきたのか、より無神経になったのか、はたまた回りが敬老の精神を発してくれているのかは分からないけれども。まあ善意に解釈すればよいと思っている。
Архангельские былины «Погребение Святогора», Григорьев А.Д., 1910 от сказителя В.П. Аникееваの一部を紹介する。発音どおりに書かれたбылинаである。

Он ф третей зашол: Олёшенька Попович же,
И фсе тут три богатыря от сна встали же,
Они встали, со Святогором поздоровались;
Они пили напитоки сладкия
И закусывали ясвами сахарными,
- Мы куда же теперь,браццы, будем путь держать,
Будем путь мы держать да куда ехати? –
- Мы поедём в роздольицо шырокоё
И ф том же роздольи ко синю морю
設問)「目覚ましを朝6時にセットした」をロシア語にせよ。

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2011年08月30日

●和文解釈入門 第102回

露文解釈では類語の使い分けを特に気にする必要はない。文脈で判断できるからだ。つまり本などに書かれているまともな露文は編集者によりロシア語として正しいかどうかの基本的チェックを受けているはずだからである。ところが和文解釈では、類語の使い分けが出来ないと、一目見ただけでロシア人から相手にされないという事も起こりうる。
одинаковый とравныйの違いは、равныйは大きさ、力、程度が同じという事で、одинаковыйと違い、具体的な質や長所など示すことが出来ない。глаза одинакового цвета(同じ色の目)、носить с кем-либо одиноковую одежду(~と同じ服を着ている)、два одинаковых дома(同じ家2軒)、очень одинаковые люди (явления)(まったく同じ人たち〔まったく同じ現象〕)などである。
「取り替える」というのはзаменить, сменитьだが、同質のものを新しいものに替えるという意味では、сменить, переменить, поменять, обменятьを使う。例えば、обменять (поменять) паспорт (пропуск) на новый(パスポート〔入場許可証〕を更新する〔切り替える〕)などである。подставитьというのはподставить число в буквенное алгебраическое выражение(数字を代数式に代入する)というように、同質のものでないもの、例えばシノニムを「置き換える」という意味で使う。ちなみにвыражениеは式は式でも数式であり、формулаは公式(化学式、数式)であり、もっと意味が広い。
設問)「私は名前を覚えるのが苦手だ」をロシア語にせよ。

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2011年08月29日

●和文解釈入門 第101回

「流刑の詩人マンデリシュターム」(ナジェージュダ・マンデリシュターム、木村浩・川崎隆司訳、新潮社、1980年)を読んだ。これは詩人の妻の回想録であり、女性としてコルィマー収容所を生き抜いたギンズブルグ(1906~1977)の「明るい夜 暗い昼」(中田甫訳、集英社文庫、1990年、3巻)という自伝の筆致に比べればやや精彩を欠くように思われるが、ロシアソ連文学に興味のある人については必読の書かもしれない。またマンデリシュタームの詩作がどのようにでき上がってゆくのかについて非常に興味深いことが書かれてある。まず言葉になっていない音楽的な語句が詩人の頭の中に幻聴の形で現れ、それがやがて言葉という形に生まれ変わる、つまり詩は作られる前に存在しているというのである。
設問)「お勘定はお済ですか?」をロシア語にせよ。

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2011年08月28日

●和文解釈入門 第100回

ここに書いた体の用法に関する表は改訂して第150回に載せてあるので、恐縮だがそちらをご覧願う。
設問)「彼は目が細くて一重だ」をロシア語にせよ。これは難しいかもしれない。

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2011年08月27日

●和文解釈入門 第99回

語感を鍛えるために露文解釈の勉強をロシア文学でやると、有名な作家はトルストイ、ドストエーフスキーとほとんど19世紀の作家であり、チェーホフとて亡くなったのは1904年だから19世紀の作家と言える。この語彙を暗記して会話や現代文に使おうとすると古めかしいと言われる場合も出てくるし、個性の強い作家の語彙は日常会話では使えないことが多い。「説明する」объяснить, пояснитьという意味でизъяснить, толковатьを使うとか、「組織」という意味でорганизацияの代わりにобществоを使うとか、「に向かって~と言う」と言う意味のобратитьсяの代わりにотнестисьを使うなどである。ここまで細かく勉強するのがいいかどうかは個人の考え次第だが、書き言葉と思っていたら廃語だったということもあるので、気長に類語の使い分けを学んでもいいかもしれない。
設問)「когда-тоはハイフンを入れて書く」をロシア語にせよ。

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2011年08月26日

●和文解釈入門 第98回

不完了体と完了体ではどちらが丁寧かとか、どちらが乱暴な言い方かと考えるのは時間の無駄である。一義的にどちらがとはいえないからだ。つまり不完了体を使うべきところで完了体を使えば、あるいは完了体を使うべきところで不完了体を使えば、いずれにせよ作法に外れたという感じが出るから、粗野な感じや意外な感じが出る。故新田實教授は晩年本人曰く、暇つぶしにソルジェーニツィンを読んでおられたが、ソルジェニーツィンの作品には語法に外れた文が多いとおっしゃっていた。ソルジェニーツィンの文章は擬古体というのか、自分でも昔の語彙を集めて辞書を作っていたくらいだから、かなりしつこい文章だと思う。それに比べれば同じ収容所の経験があるシャラーモフШаламовの方が簡潔で読みやすい。ソルジェニーツィンも、シャラーモフの文章のうまさを知ってか収容所列島の共著者にと頼んだらしいがシャラーモフは断ったという。ソルジェニーツィンもあくの強そうな人だから(お金にかなり執着していたということがNHKの小林和夫氏の著作でも分かる)嫌がったのかもしれない。作品と作家は別だと思えばよい。
体についてはどの動詞にも基本的に体のペアが存在するが、使う頻度はсказать/говоритьのように完了体と不完了体の使われる頻度が同じくらい多いというものは案外少ないように思う。不完了体が多く使われる動詞(звонить, знакомиться)も多い。和文解釈で使う動詞にもこういう事が影響する場合も多い。
設問)「敵か味方か?」をロシア語にせよ。

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2011年08月25日

●和文解釈入門 第97回

「赤軍記者グロースマン」(アントニー・ビーヴァー、川上洸訳、白水社、2007年)は後に作家として有名となったグロースマン(1905~1964)の独ソ戦従軍について書かれたもので、独ソ戦の全体がよく分かる好著である。この中に発砲率理論というのが注に出ていて、第二次世界大戦中米軍の兵員の発砲率は15~25%であり、つまり75~85%は戦闘中に敵に対して銃を発砲しなかったとある。普通の人が人を殺すというのはそう簡単ではないことが分かる。かといって弾だけ撃ってごまかすというわけには実戦ではいかなったろう。弾を無駄にして、もし接近戦になって弾切れだったらどうしようという恐怖感を考えずにはいられないからだと推測する。ソ連軍でも60%の兵は弾を戦闘中にまったく撃たず、上層部では戦闘の後、小銃を上官に部下が弾を撃ったかどうかチェックさせたという。この発砲率はシュミレーション訓練により、つまりゲーム感覚を取り入れた訓練によりベトナム戦争以降では米軍においては95%に伸びたという。コンピューターゲームの殺人ゲームなどで訓練すれば、心理的な負担なしに簡単に人を殺せるようになるという事なのだろうか?ついでにいうと日本軍でもそうだが、ソ連軍でも部下に憎まれた上官は後ろから(つまり部下から)撃たれるということも大いにあり得たという。
設問)「機械試験の結果の報告をご案内申し上げます」をロシア語にせよ。

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2011年08月21日

●和文解釈入門 第96回

外人ロシア語というのがあって、мояをяの代わりに使うなどだが、この起源はセルゲーイ・マクシーモフСергей Максимовという旅行家によれば中露貿易に関わりがあるという。1861年彼が茶の取引で有名なロシアと中国の国境の町キャフタКяхтаを訪れたときに、Моя тиби подожди буду. (Я вас буду ждать.お待ちします)とかЦа пиху хычи? (Чай пить вы хотите?お茶を飲みませんか?)というロシア語交じりの言葉を符牒として中露間の茶の取引に使っていたという。これをロシア人は符牒условный языкと見、中国人はロシア語と見なしていたというから面白い。当時の清はロシア人に中国語を学ばせないために、自国の商人でロシアとの取引をしたいものにはロシア語の習得を義務付け、カルガンКалган(現張家口Zhangjiakou)という町に語学所を置き、そこのいわゆるロシア語の読み書きの試験に合格しないとロシア人との商売はさせないという決まりだったという。ところがその語学所のロシア語がピジンロシア語だったわけである。合格してもマイマチンМаймачин(現モンゴル領)というキャフタの近くの町で1年くらいは語学の実習をする必要があったという。当時中露の代表的な貿易は中国からは紅茶、ロシアからはラシャなどの織物で、ロシア語で南京木綿のことをナンカнанкаといい、これは名の通り中国からロシアに入ったものだが、19世紀半ばにはロシア製のナンカが中国に逆輸入されていたことが分かる。当時ロシアの庶民も紅茶を日に2~3度飲むという習慣が根付いており、紅茶の取引のためにロシア側もこの奇妙なピジンロシア語を習得せざるを得なかったという。無論これだけではないと思うが有力な説ではある。
設問)「22人入社」をロシア語にせよ。

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2011年08月18日

●和文解釈入門 第95回

薄田泣菫(1877~1945)は詩人だが茶話(ちゃばなし)という新聞のコラムでも有名である。板垣退助は人からもらったサモワールが気に入って、ただ使い方が分からなかったらしく、トイレの手洗い用にして客を驚かせたとある。もっとも客の方でもなかなか結構な手洗器ぐらいに思ったのかもしれない。ロシア文学も含めて世界の文学にも造詣が深く、それは英語に強かったからであろう。句読点について日本語と英語で書いているのが面白かったので挙げておく。日本語の方は、「ふたえにまげてくびにかけるじゅず」というもので、二重に曲げ手首に、二重に曲げて首にと両方に解釈できる。英語の方はMrs. Fiske says Miss Anglin is the greatest actress in the world.は Mrs. Fiske, says Miss Anglin, is the greatest actress in the world.とも読める。ロシア語は格変化があるから難しいが、例えば、Сталин говорит, Громыко – один из великих государственных деятелей.と Сталин, говорит Громыко, – один из великих государственных деятелей. 姓が変化しないものは、このような遊びが出来るかもしれない。ちなみにこの英文も露文も歴史的現在であるし、日本語の訳でも「~と言っている」とすれば歴史的現在である。
英語で一番長い単語はsmilesであるというのは、学習雑誌の付録か何かで覚えたが、泣菫によるとbeleagueredだという。beとredの間が1リーグ(3マイル)あるからというのは知らなかった。そういえば、ロシア語だってфамилияという副詞はфаとяの間が何マイルもある。
設問)「手術は脳のすぐ近くで行われる」をロシア語にせよ。

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2011年08月15日

●和文解釈入門 第94回

類語の使い分けについてたとえで言うと、これが分からないと砂浜や浅瀬で泳いでいる分にはいいが、そうでなければ羅針盤を持たずに大海に乗り出すというのに似ている。
夫の事を「主人」というが、ロシア語でもхозяинをその意味で使う事がある。ただ俗語なので、日本語であれば「亭主」とか「連れ合い」、「旦那」あるいは「旦つく」という感じだろう。同じく日本語の俗語で「うちの」といえば夫の事を指すが、ロシア語でもмойだけでその意味を出すことが出来る。
状況や事情を露訳するときに、обстановкаやусловия(複数で使うのが普通)やобстоятельства(複数で使うのが普通)を思い浮かべるが、簡単な使い分けの目印を挙げておく。обстановкаは雰囲気的なもの、社会・政治的な状況に使われる。単独では軍事用語として戦況 (боевая обстановка) という意味になり、他にもледовая обстановка(氷結状況)、погодная обстановка(天候状態)、промысловая обстановка(漁の状況)、навигационная обстановка(航海の状況)など決まった言い方がある。условияは外的なもの、物質的なもので、長期的、常にあるという状況に、обстоятельстваは外的なもので一時的、具体的な状況に使う。состояниеはположениеと同義で「状態」という意味である。(全般的な)状況という場合にはположение дел, состояние делという使い方をする。Каково состояние дел в прибрежной торговле между СССР и Японией?(日ソ沿岸貿易の状況はどうですか?)。обстоновка на заводе(工場の状況)というのは工場の雰囲気についてであり、состояние работы(仕事の状況)は全般的な状況のことである。
на самом деле とв самом делеの使い分けが混乱している人も多いと思う。на самом деле (= в действительности)で、「本当は、実際は」という意味で、На самом деле это не так.(本当は違う)のように使い、в самом деле (= действительно)はсовершенно правильно(全くその通りです)という意味に使われる場合が多い。
設問)「不審物や持ち主の分からない荷物を見つけた場合は、ただちに警察にお届け願います」をロシア語にせよ。

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2011年08月13日

●和文解釈入門 第93回

露文解釈の勉強にはできるだけ多く語彙を覚えるのが必要だが、和文解釈の場合は、量よりも質が重要である。会話で使われる頻度の高い語彙とその語義の理解の深さが問われるのである。だからよく使う、いわゆる基本語彙を露露辞典で徹底的に引くようにするとよい。何か新しい発見が必ずあるはずだ。また口語表現も重要であり、これはこれまでのロシア語の参考書では軽視されてきた分野でもあるが、これは研究社、岩波、コンサイスの露和では難しかろう。専門の露露の口語辞典を買う必要がある。どんものがあるかについては「ランポポー」を参照願う。
 アトリエは芸術家(画家、彫刻家など)のはмастерская, студияといい、ательеはほとんどこの意味では使われない。ательеというのは個人の注文を受ける街の裁縫屋さん・靴屋さん(縫製をする)をいい、時計や金物の修理屋さんはмастерскаяという。写真屋さんはфотостудия, фотоателье, фотосалонなどという。
 ポスターでも選挙ポスターはпредвыборные плакатыといい、映画のポスターはкиноафишаである。つまりコンサートなどの催し事についてはафишаを用い、標語などはплакатを使う。「巣穴」はнораは出入口がたくさんあるもので、アナウサギ、狐、クロテンなどのものを、логово (логовище)は虎や熊のを、берлогаは熊のを指す。
設問)「切手が曲がって貼ってある」をロシア語にせよ。

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2011年08月12日

●和文解釈入門 第92回

関口存男(つぎお)〔1894~1958〕は姫路の人で、「標準独逸文法」の著者として有名である。関口の評伝ともいえる「ことばの哲学」(池内紀〔おさむ〕、青土社、2010年)を読んだ。ドイツ語に興味がなくとも関口文法については皆知っている。内田百閒との確執(いわゆる1933年の法政騒動)については百閒の随筆に描かれている通りだが、ドイツ語のプロである関口と百閒では、百閒のほうが分が悪い。百閒本人も書いている通りドイツ人とドイツ語でまともに話もできずにドイツ語の主任教授だったというし、また当時借金取りから逃れるため休講も多かったという。関口はペラペラ式メトーデという長い文章をそのまま暗記するというoral teachingを、14歳で陸軍地方幼年学校のとき初めて買って読んだドストエーフスキーの「罪と罰」のドイツ語訳(レクラム文庫)で目覚めたという。シュリーマンの勉強法に近い。20代末か30代初めには後に3万枚88巻に及ぶ膨大な文例の蒐集を開始し、それが後に書いたドイツ語参考書執筆の基になったという。関口の口癖は「第一多読、第二多読、第三多読」であったというが、これは多読兼精読であろう。そうでないと文例は集まらない。和文独訳についても「独作文教程」があり、読者のどうやったら作文がうまくなるかという質問に対しても、「独文を日本語にお直しなさい。そして忘れたころに、その日本語を元の独文に直して御覧なさい。これを逆文と申します」と書いている。なるほどとは思うが、これだと元の文と同じでない場合はすべて間違いとなるのか、どうなのかという疑問がわくし、独習の限界があるような気がする。しかし、一般の独習者に対して、このように親切なアドバイスをしたのは(関口は「基礎ドイツ語」誌の編集に長く携わった)、ロシア語では「現代ロシア語」誌の故染谷茂先生ぐらいだろう。
ロシア語の翻訳者でも自伝を書いた人はいるが、勉強法を書いた人はいない。米川正夫の自伝「鈍・根・才」も私小説風ではあるが、ロシア語そのものをどう学ぶかにについては記載がない。その点関口は違う。彼の長文暗記主義についてはできる人が少なかろうとおもうので評価しないが、そういう勉強自体を否定するものではない。私が勧めるのは文法を理詰めに理解した上での短文の暗記であり、それと関口のやったのと似た和露の語彙集作成である。関口は手書きとタイプライターだが、今ならコンピューターだから楽なものである。私も会社に入って語彙集を作り始めた時は手書きで、バインダー式のファイルに量が増えたらアルファベット順(始めたころは露和でやって、後に和露に変えた)に追加していったことを思い出す。
設問)「空色は藍色と緑色の中間です」をロシア語にせよ。

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2011年08月09日

●R25 EXTRA ロシア連邦特集

リクルート社が出している発行部数20万部を誇るフリーペーパーR25がロシア連邦の特集を7月28日号で組んだ。この中に〔「アネクドート」にみるロシア人のユーモア感覚とは〕と題して、山口侘助氏が私に取材した一文を寄せている。ロシアについては最近あまり聞くことがないが、そういう意味でソチオリンピックへの中継かもしれないが、ロシアに対しいろいろな意味で興味を喚起してもらえるのはありがたいことだと思う。ご興味のある方はネットでも読めるのでどうぞ。Web R25 -Yahoo!ニュースで検索して、R25の雑誌記事を新着順に一覧はこちらをクリック。さらにロシアで検索すると上から4番目にある。
ルースカヤ・ガゼータ誌も8月16日に日本の新聞に4ページのロシア特集を出すとか、民放も8月末にバラエティーでロシア特集をするという話もある。中国や韓国の次こそロシアブームになってほしいと心から思う。ロシア人のスーパースターは出てこないものか。

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●和文解釈入門 第91回

衣服は男なので(こういう言い訳は私の世代ではまだ許されると思うし、個人的に衣服自体に関心がないので)日本語自体があまり分からないが、分かる範囲で書いて見る。もっと詳しい人がいれば訂正願う。背広の上は男ものをпиджакと言い、女性用はжакет(日本語でもジャケットといえばこの意味らしい)という。ズボンはбрюкиだが、これはスーツのズボンを指し、женские брюкиならスラックス(無論男性用のスラックスもある)である。штаныはズボン下(股引、ステテコ)という意味もあるが、ダブダブのズボンという意味もある。штанинаズボンやズボン下の片足で、спускать ноги в штаниныは「ズボン(下)に足を通す」という意味である。パジャマはпижамаだが、イメージとしてはトレーニングウエア(上下)で、寝台列車でロシア人がよく着ている。最もこの頃はпижамаはいわゆるパジャマになったという話もある。このトレーニングウェアの上のような上着はкурткаといい、特にイメージがわかない時の上着を訳す時に使える。室内着はблузаで男女とも着る。女性ならブラウス(блузкаでもよい)と訳せる。セーターは女性用は一般的にкофтаであり、джемперは男物のVネックセーター、女性用の短い袖のプルオーバーを指し、свитерはタートルネック、ないしは、とっくりセーター(カシミア、毛糸製)で、водолазкаもタートルネック、とっくりセーター(木綿、化繊製)を指す。пуловерは主として男物の襟明き丸首セーターである。カーディガンは女性用はтрикотажный, вязаный жакетで、男ものはблузаであり、трикотажный, вязаный жилетやбезрукавкаはベストである。трикотажныйとвязаныйの違いは、ともにニット(メリヤス)製だが、前者が機械編みで、後者が手編みということである。
設問)「新幹線は20分おきに出ている」をロシア語にせよ。

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2011年08月08日

●和文解釈入門 第90回

日本語が無意識のうちにロシア語に訳せるようになることを目指してロシア語を学んでいる学習者も多いと思う。かつては私もそうだったが、ロシア語を始めてから数年経ってあきらめた。こういういわゆるロシア語と日本語のバイリンガルというのは幼時にモスクワや樺太に住んでいた日本人、ないしは幼いころ日本に住んでいたロシア人とか、片親がロシア人であるとかいう特殊な状況にあった人以外は無理だと思う。日常会話を除けばバイリンガルでもロシア語が出やすい場面、日本語が出やすい場面というのは違うはずだし、自分の言葉ではなく他人の言葉を通訳するには訓練が必要なはずである。もっともその訓練たるや我々に比べはるかに楽であろうけど。絶対音感を育むとか、プロとしての芸事を習い始めるのも6歳からというのもそういうことによる。バイリンガルの欠点というのは自己完結型で、その秘芸を人に教えることが出来ないことにある。本人がなぜバイリンガルになれたか、自然にとしか言いようがないだろう。私はロシア語を初めて40年になるが、挨拶や、一部のフレーズが無意識にロシア語で出ることはあるが、体の用法などは意識して使っている。普通ロシア語を学び始めるのは二十歳前後からで十分大人になってからである。そういう人たちには半年ほどは丸暗記はやむを得ないにせよ、それを過ぎたら文法も含めて理詰めの勉強法を教える必要がある。それが運動の動詞、体の用法、類義語の使い分けである。そうでないと挨拶や決まり文句から先には進めない。つまりロシア人と会話が出来ないからロシア語を続けようという意欲がわかないという悪循環に陥る事になる。
設問)「事態を何とかしようと彼らは市長に訴えた」をロシア語にせよ。

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2011年08月07日

●和文解釈入門 第89回

時事ロシア語が人気のようでNHKのテキストやユーラシア研究という専門誌まで載っている。結構なことだは思うが、どうして本文に対して和訳と語義だけで終わりなのだろう。露文解釈の勉強だけだと言わんばかりである。なぜこういう事を言うかというと、体の用法も含めての文法的な説明や類義語の使い分けなどの解説がないと、和文露訳では使えないと思うからである。全ての文が「サクラが咲いている(いた)」のような現在や過去時制の不完了体で終わる文とか、「バラは赤い」というような名詞や形容詞を入れ変えればできるという文というのはあり得ない話であろう。会話のための和文露訳につかえるような一工夫を望む次第である。
設問)「全てはジッパーかマジックテープでとめてある」をロシア語にせよ。

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2011年08月06日

●和文解釈入門 第88回

日本語の「支流」には本流に注ぎ込む流れという意味と、本流から分かれ出た川という二つの意味があるが、前者はロシア語ではпритокで、後者はпроток, рукавである。протокには二つの湖を結ぶ川という意味もある。
単位の複数生格がどうなるのかと疑問に思われる向きもあるかもしれないので、よく使う単位について最新のアカデミー版露露辞典(Oの途中まで〔第14巻まで〕日本に入荷している)に基づき書いておく。アンペアамперはамперで、ボルトвольтはвольт(вольтовは廃用)、ワットваттはваттとваттовの両方がある。オームにはомとомовの二つがある。
設問)「自動販売機にコインを入れ、ボタンを押し、券を受け取った」をロシア語にせよ。

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2011年08月05日

●和文解釈入門 第87回

начинать/начать, кончать/кончить, продолжатьの後に続く動詞の不定形は不完了体が来る。これは「始める」という動詞はこれから続いていくという事を前提にしているからだろうし、「終える」という動詞はこれまで続いていたものを終了させるという意味合いからだろう。「続ける」も同様である。「続ける」という意味では完了体のпродолжитьは不定形を取らない。これはпродолжатьの完了体形というよりは「再開する」とでも訳した方がいい動詞である。午前中に会議をして、昼食でいったん休憩となり、午後から続ける時に、日本語では、「始めましょう」という場合もあるが、ロシア語ではПродолжим.というのが普通である。無論会議の途中で、議事を一旦中断した場合などはПродолжаем.でもいいのかもしれない。つまりпродолжитьというのは、継続ではなく、一旦切れてからの再開という意味である。
設問)「嵐が近づいてきた。船は港へと急いだ」をロシア語にせよ。

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2011年08月04日

●和文解釈入門 第86回

メッシングはポーランド系のユダヤ人でソ連時代の有名なテレパシー術師телепатだった。1950年代の初めにカザンで若い女が真夜中に橋から突き落とされて殺されるという事件が起きた。昔の恋人が犯人として拘留され、裁判となったが、彼は犯行を否定した。メッシングは裁判を傍聴していて、明らかに犯人からと思われる思考を捉えた。メッシングは自首するようにテレパシーで促したが、ふんぎりがつかないようだった。そこで出口とよく間違われるつきあたりの喫煙室に手書きでВЫХОДА НЕТ...と書いた。これは「出口ではない(「出口なし、八方ふさがり」という意味にも取れる)」という意味で、ロシアでは地下鉄の車両のドアで「ここからは出られません」という意味でВЫХОДА НЕТというのがあるし、地下鉄の出口ВХОД В ГОРОДと書いたドアの隣にНЕТ ВХОДА(ここからは出れません)といういう看板がかかっている(日本とは発想の違いか)。ちなみに最後の多重点(...)はメッシングが付け加えたものである。これを見た犯人は耐えきれなくなって自供したという伝説がある。このときメッシングの伝記を書いた作者は英国では出口をWAY OUT (米国ではEXIT)というが、地下鉄では自殺を防ぐために、Way in another side (Выход с другой стороны) と変えたと書いているが、本当だろうか?この作者は米国に移住してからメッシングの伝記を書いたのである程度は海外の事情に通じていると思われるのだが。
設問)「右に行って、それから花屋さん(のところ)を左に曲がってください」をロシア語にせよ。

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2011年08月03日

●和文解釈入門 第85回

方言にはговорとдиалектがあり、同義語である。наречиеはもっと大きい区分であり、プスコフ方言はпсковский диалектといい、южновеликорусское наречие南部大ロシア方言などと使う。カーテンという意味ではзанавескаが普通だが、薄手の生地(高級品も安手のものもある)で、窓全体にも、窓の一部を覆うものにも、窓以外にも使える。штораというのは窓用のカーテン、すだれ、ブラインドで上下や横に開けるものを言う。гардинаは薄手の生地の窓全体を覆うカーテンである。портьераはドア用の厚手のカーテンで、драпри (драпировка) はあまり使われないが、厚手の生地のカーテンである。занавесьは窓、ドア、部屋の仕切りなどに用いられるカーテンで、занавесは部屋の仕切り、ドア用のカーテン、舞台の幕などを指す。завесаは抽象的に意味でよく使われ、帳(とばり)という訳ができる。
谷は一般的にはдолинаだが、ущельеは山国にある川の浸食作用でできたいわゆる峡谷である。падьは東シベリア、極東の峡谷で、суходолは涸れ谷である。оврагというのは谷底に平野があるような切り立った崖の雨の浸食作用でできた谷間であり、буеракとも言う。ложбинаやлощинаは広くて長いоврагでもっと斜面が緩やかな谷間。логはさらに谷間の浅いもの。балкаは広くて長いоврагで斜面に草や灌木の生えている谷間。распадок (мелкая ложбина) は浅い谷間である。
設問)「頭痛は治った」をロシア語にせよ。

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2011年08月02日

●和文解釈入門 第84回

シンポジウム自体の通訳はそれほど難しくない。前もって準備できるからである。難しいのは後のその場での臨機応変の対処を要求される質疑応答である。この通訳ができれば通訳もトップクラスと言える。1、2年ロシアに留学したとしても、得られる会話力はせいぜい日常会話や自分の得意分野をロシア語で伝えられることぐらいであろう。このレベルではロシア語初級者(生徒)にロシア語会話を教えることは無理だ。自分の言いたいことがロシア語で伝えられるということと、生徒に露文和訳を教えるというのとは違う。できるだけ深く、広くロシア語、ロシア文化、ロシア庶民の文化を知らなければ、特に会話における和文露訳を教えることはできないと思う。和文解釈においてはこちらから生徒にロシア語の表現を押し付けるのではなく、理想的には生徒がロシア語で表現したい事を教えてあげるということである。そのため会話の教師は通訳やガイドを10年ぐらい経験を積んだ人で、分かりやすく生徒に教えることが出来る人でないと会話の教師は勤まらないと思う。もっともロシア語がいくら上手に話せても、教えることができるということではない。教えるというのもこれはこれでнавык(技能、スキル)だからだ。
基本的な動詞というのも徹底的に勉強する必要がある。быватьにも三人称を主語にして「~はよくある」という意味のほかに、主語は三人称に限らず「何度か参加する、何度か来る」という意味もある。побыватьは「ある期間過ごすために訪問する」とか、「ある期間参加する」という意味があるが、побытьには「ある期間滞在する」という意味しかない。「募集」も雇用という意味なら、набор персонала人員募集であり、国債の募集ならразмещение государственных облигацийで、署名の募集はсбор подписей、党員の募集はвербовка новых членов партииとなる。
設問)「ポケットに針とかピンが残っていたらえらいことだ」をロシア語にせよ。

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2011年08月01日

●和文解釈入門 第83回

科学はнаукаだが、学問としては日本では大まかに、自然科学、人文科学、社会科学に分ける。日本語の自然科学は狭義では数学、物理学、天文学、化学、生物学、地学を指し、広義では農学、医学、工学を含む。人文科学(文化科学)は狭義には哲学、言語、文芸、歴史などを指し、広義にはこれに政治学、経済学を含める。社会科学は政治学、法学、経済学、社会学、歴史、文化人類学などを指す。また科学自体を基礎科学と応用科学と分ける場合もある。ロシアでは科学をестественные науки(自然科学), гуманитарные науки(人文科学), технические науки(工学系科学)と三分割しているようだ。ロシア語の自然科学も物理学、化学、生物学などを指す。гуманитарные наукиはобщественные наукиと同義語で、ロシア語では哲学、経済学、社会学、心理学、文献・言語学、法学などを指す。一方технические наукиというのは工学系の学問で、力学、建築、電気工学、無線工学、宇宙工学、生物工学、造船、材料学、機械工学、情報工学、システム工学、原子力工学を指す。数学は自然科学ではなく、基礎科学に入るとされる。私がいいたいのは、гуманитерные наукиを人文科学と訳しても、ロシア語では社会科学と同じとなり、訳にずれが起こる場合があり、文脈をよく吟味しないと間違いとなる可能性もある。このように訳語が1対1で対応しない場合や、包含される場合もある。ゆえに見た目で判断するのではなく、必ず露露辞典でチェックするという習慣をつけた方がよいということである。
文系の人はгуманитарийと言えばいいが、理系の人は理学系と工学系では訳語が違い、前者はестествовед, естественник (естествоиспытатель, натуралистとすれば、自然科学系の学者、研究者という意味)で、後者はтехникとでもすればよい。
ポスターはплакатが選挙ポスターや宣伝ポスターの意味で使える。афишаは劇などの催しもののポスターを指す。霧はтуманだが、透けて見えるような靄、霞、早霧はдымкаであり、маревоは逃げ水、мутьは悪天候の時の霧、мглаは濃霧である。
設問)「奥への方へどうぞ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:54 | Comments [2]