2011年08月12日

●和文解釈入門 第92回

関口存男(つぎお)〔1894~1958〕は姫路の人で、「標準独逸文法」の著者として有名である。関口の評伝ともいえる「ことばの哲学」(池内紀〔おさむ〕、青土社、2010年)を読んだ。ドイツ語に興味がなくとも関口文法については皆知っている。内田百閒との確執(いわゆる1933年の法政騒動)については百閒の随筆に描かれている通りだが、ドイツ語のプロである関口と百閒では、百閒のほうが分が悪い。百閒本人も書いている通りドイツ人とドイツ語でまともに話もできずにドイツ語の主任教授だったというし、また当時借金取りから逃れるため休講も多かったという。関口はペラペラ式メトーデという長い文章をそのまま暗記するというoral teachingを、14歳で陸軍地方幼年学校のとき初めて買って読んだドストエーフスキーの「罪と罰」のドイツ語訳(レクラム文庫)で目覚めたという。シュリーマンの勉強法に近い。20代末か30代初めには後に3万枚88巻に及ぶ膨大な文例の蒐集を開始し、それが後に書いたドイツ語参考書執筆の基になったという。関口の口癖は「第一多読、第二多読、第三多読」であったというが、これは多読兼精読であろう。そうでないと文例は集まらない。和文独訳についても「独作文教程」があり、読者のどうやったら作文がうまくなるかという質問に対しても、「独文を日本語にお直しなさい。そして忘れたころに、その日本語を元の独文に直して御覧なさい。これを逆文と申します」と書いている。なるほどとは思うが、これだと元の文と同じでない場合はすべて間違いとなるのか、どうなのかという疑問がわくし、独習の限界があるような気がする。しかし、一般の独習者に対して、このように親切なアドバイスをしたのは(関口は「基礎ドイツ語」誌の編集に長く携わった)、ロシア語では「現代ロシア語」誌の故染谷茂先生ぐらいだろう。
ロシア語の翻訳者でも自伝を書いた人はいるが、勉強法を書いた人はいない。米川正夫の自伝「鈍・根・才」も私小説風ではあるが、ロシア語そのものをどう学ぶかにについては記載がない。その点関口は違う。彼の長文暗記主義についてはできる人が少なかろうとおもうので評価しないが、そういう勉強自体を否定するものではない。私が勧めるのは文法を理詰めに理解した上での短文の暗記であり、それと関口のやったのと似た和露の語彙集作成である。関口は手書きとタイプライターだが、今ならコンピューターだから楽なものである。私も会社に入って語彙集を作り始めた時は手書きで、バインダー式のファイルに量が増えたらアルファベット順(始めたころは露和でやって、後に和露に変えた)に追加していったことを思い出す。
設問)「空色は藍色と緑色の中間です」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2011年08月12日 06:25
コメント

>関口存男(つぎお)〔1894~1958〕は姫路の人で、……

ひゃ~、まったく知りませんでした。そういえば姫路と陸軍とは切っても切り離せないようです。
明治初期から陸軍第10師団が入っていたようです。今でも立派に陸軍自衛隊駐屯地がありますから。立派な赤レンガの美術館がかつては陸軍の武器庫だったと聞きました。話がどんどんそれていきそうなので、回答に移ります。

回答です
設問) 空色は藍色と緑色の中間です

Голубой цвет ― среднее между цветами индигового и зелёного.

Небесно-голубой цвет является смешением индигового(синего) с зелёного цветов.

「中間です」が難しかったです。こんな簡単な文章がすぐにロシア語にならないのが悔しいです。最初はсередина か нейтральный を使おうかと思ったのですが動詞を何にしていいかわからなかったので試行錯誤の末にここに落ち着きました。
また、смешением индигового(синего) с зелёного цветов の部分ですが、最後が
цветов か цвета かで迷いました。
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初めのが惜しい。среднийです。 (цвет)が省略されていると考えるとよいと思います。2番目のは緑から藍色への偏移(色のずれ)となり、смещениеは天文用語でкрасное смещение(赤色偏移)と使うぐらいですから、このような単純な文にはなじまないと思います。私の答えは、Голубой цвет – это средний между синим и зелёным.
2番目ので、色をどこに入れるかですが、主語に出ているので、形容詞だけのままのほうがすっきりすると思います。среднееとするとчто-то среднее(何か中間のもの)という意味であり、что-тоは適当な名詞が思い浮かばないときに使われるわけで、設問のように色ということがはっきり分かる場合に使うのは論理的ではないと思います。

Posted by メイ at 2011年08月12日 13:55

おぉ、メイさんや!お帰りなさいませ。
先日、夢に出てこられました。危うく科学アカデミーの辞書を持ってかれるところでした。
なんでそんな夢なんやろ…

出た!一番露訳(というか外国語への訳出)が大変な色

(訳)
空色は藍色と緑色の中間です
Голубой цвет имеет среднюю окраску между синим и зеленым.

露露の定義をほぼ丸写し(科学アカデミー1巻328頁、голубой)。
синийはもっと紫に近い深い青、лазурныйは瑠璃色ですので
空色のような淡い青にはголубойが適すると考えました。

さて、正解は
おぉぅ、А - это Б.を使えるんですね。
それにこちらの回答では
空色は藍と緑の中間の色彩を持ちます
となって、ちょっとずれるような…

>、「独文を日本語にお直しなさい。
>そして忘れたころに、その日本語を元の独文に直して御覧なさい。
>これを逆文と申します」と書いている。
>なるほどとは思うが、これだと元の文と同じでない場合はすべて間違いとなるのか、
>どうなのかという疑問がわく
関口氏は生涯ドイツへ留学する機会に恵まれなかったそうです。
恐らくは、元の文に復元できない場合は間違い、と理解し、
似たような文をそれ以上に仕入れてカバーされていたのではないか、と推察されます。
それでも、(背景は知りませんが)ナチの迫害から逃げて来たドイツ人専門家に
質問状をドイツ語で送ったところ、あまりに日本人離れしたドイツ語的なものだったので
「これはナチのスパイが日本人に成りすまして書いているに違いない」
と疑われるほどだったそうです。すごい!

>私が勧めるのは文法を理詰めに理解した上での短文の暗記であり、
>それと関口のやったのと似た和露の語彙集作成である。
そのとおりですね。
とはいえ、文法理詰め!例文集造る!!というのは
ゴツゴツした男っぽい作業のような気がします。
男の人が第二言語の学習に使うのはこれが一番確実だとは思います。
一方で、女の人からみると、かったるい作業なのでは、
という気がしますが、メイさんいかがでしょう?
女性向け言語学習法をまとめてみられては??
外国語学習中の女性と話していると、
彼女たちはあまり辞書や文法を気にせず、
その語がどういう状況や文脈で使われるかに注意を集中している、と感じます
(しかしこれだと無限の場面を覚えないといかんわけで非効率です…)。
こと言語能力に関しては、男女で脳のつくりが異なるようです:
実際、言語学者も同時通訳者も女性が多いです
(数理や空間把握の能力は逆に男が得意なのだそうです)。
だからこそ、男の論理で学習してももちろん身には付きますが、
女性には迂遠なのでは、と考える今日この頃です。

>関口は手書きとタイプライターだが、
>今ならコンピューターだから楽なものである。
いやいや
手書きは手を使うことで脳を刺激しますからバカにできません。
一番いいのは
1)ネタ帳を持ち歩き(ノートでも付箋でもレシートの裏でも可)
2)ふと思った時に書き留めて
3)家に持って帰ってから調べて
4)まず手で文章を書き出してみてから
5)エクセルなりで造った用例集に入力
ではないでしょうか。
実際は3)で留ってしまうことが多いですが…
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3)まではよいと思いますが、4)や5)は自分で作った文例だとすると問題です。単語集でない限り、文例だとどこかに間違いのある可能性があります。少しでも間違いのある用例集は意味がないと思います。私の語彙集は90%は典拠(例えばГиляровскийの選集の4巻の50ページの用例なら、Гиляровский-4-50とし、そのページの用例のところに赤線を引く)がつけてあります。自分が作った文は語彙集には絶対に入れないという原則と、たまに語彙集にミスタイプすることがあります。後で見て単純ミスならすぐ直すのですが、そうでないときは原典を見ざるを得ないからです。なぜ90%で100%でないのかというと、ロシアの街で見かけた看板や、会話でこれはというものも入っているからです。技術関係ではロシア語の書類や手紙にある表現にいいものが多いのですが、これは典拠を書くわけにはいきません。ロシア風の発想を体得するには正しいロシア語(ロシア人が使うロシア語)が不可欠であると思っています。

Posted by コーシカ at 2011年08月14日 18:34

ありがとうございました。средний でよかったのですね。何度も цвет が出てくるのでせめてсреднийを名詞形にしようと考えた結果でした。省略することを考えれば良かったのに!勉強になりました。

>コーシカさん「危うく科学アカデミーの辞書を持ってかれるところでした」

あはは。実は、つい最近、科学アカデミーの辞書を私はまだ数冊しか持っていないので、どの辺まで出てるんだろうなぁ、あと何冊買い足せばいいんだろうかと気になっていたところでした。これ本当です。しかし、自分で買わずに他力本願などもってのほかですね。
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最近出版中のでしたら14巻отрытьまで出ています。20巻の予定ですが、この調子なら多分30巻はいくでしょう。

Posted by メイ at 2011年08月18日 03:09

>3)まではよいと思いますが、4)や5)は自分で作った文例だとすると問題です。
いえいえ、そんな危なっかしいことはやりません。

3)家に持って帰ってから調べて
=まず辞書やその他の心当たりから裏を取って
4)まず手で文章を書き出してみてから
=ちゃんと裏が取れた表現については自分の体に覚えさせるために実際に書き写してみてから
5)エクセルなりで造った用例集に入力
=裏もしっかり取れた上で体でも覚えたものだけが晴れて入力される
という意味です。

>メイさん
うわぉ、ほんまに科学アカデミーの辞書をお探しなんですね
4巻本も例文がしっかりしてていいですよ!
都丸書店にまだ残っているはず(うちのも都丸で買った子です)。
あの店のことですから保存状態は決して悪くないと思います。
ぜひぜひ
もっとも、こと定義に関してはお手持ちのオージェゴフが結構良かったりします。

Posted by コーシカ at 2011年08月22日 23:38
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