2013年01月13日

●和文解釈入門 最終回

同じ設問の繰り返しが一度、出題しなかった設問が一度あるから、それらを考えるとこれでほぼ正味600回続けたことになるが、このコーナーもついに出題用短文のネタ切れのため、今回で終了することになった。2年近くにわたって、このコーナーを支えていただいた投稿者の皆様方には深くお礼を申し上げる。おかげで自分のロシア語の勉強にもなり、『和文露訳入門』という電子書籍も出版できた。ひとえにこのコーナーのおかげである。このコーナーを始めたきっかけはいろいろあるが、和文露訳における露文重視はおかしいと常々思っており、和文を主体とし、日本語自体の時制やアスペクト(完了相、進行形など)をよく理解して、対応するロシア語の体の用法に正確に当てはめることが、正しい訳につながるのだということを示したかったからである。いくばくかでもその思いが投稿者や定期閲覧者(いるかどうか知らないが)の方々に伝わればよいし、『和文露訳入門』やその根底にある考え方が、実践における会話での和文露訳の便利なツールの一つにでもなればと願っている。

 これまでのロシア語に関する文法書や参考書は、多かれ少なかれ対象言語のロシア語の時制やアスペクト(完了相や進行形など)を解説するものであり、日本語のそれは学習者が日本人である以上当然理解しているはずだという前提で書かれているように見える。しかし理解すると意識するは同じではない。会話において和文露訳しようとすれば、当然日本語とロシア語の時制やアスペクトの違いを明確に認識する必要がある。それについてはこのコーナーの投稿者の方が一番よく分かっているだろう。『和文露訳入門』では時制やアスペクトを日本語やロシア語のそれ中心ではなく、理詰めに時制やアスペクトを認識すれば、ロシア語の体の使い分けができるようになるよう努めたつもりである。つまり話し手の意識の持ち方によって体の使い方は変わるべきで、本書ではそのように配慮したつもりである。しかしまだ不十分であり、『和文露訳入門』を7月末に出してから現在までの新しい知見、誤植訂正、アクセント表示のアポストロフィーから下線への変更、いくつかの新項目の追加、既存の項目の例文の追加、複合動詞、複合副詞句の追加などページ数にして60ページ以上増訂版の原稿では増えているので、それらを反映した『和文露訳入門』増訂版を出版するような機会もあればいいがと思っているが、こちらのほうはどうなることやら。

 まだ和文露訳の練習を続けたいという向きには、600回を通して投稿した人はいないので、第1回からでも、あるいは自分が投稿しなかった回でトライして欲しい。自分の答えが正解と異なるが、正解かもしれないと思う方、あるいは私の答えに疑問のある方はその回に投稿いただければ、必ずコメントする。最初の30回ぐらいまでは、満を持してという感じて出題を用意したので、役に立つ事柄もより多かろうと思う。設問とは別のロシア語自体に関する質問はこのコーナーに質問していただいてもよいし、ホームページ「ランポポー」のメールというところからメールしていただいてもよい。いずれにせよ、質問があれば、ロシア語質問箱というコーナーで回答することにする。

 このコーナーがロシア人に頼ることなく、学習者自身の力で自らの和文露訳の技術を向上させることに少しでも寄与できたらよいと願うと共に、どなたかがロシア語語用論についての一般向け参考書を書いてくれるきっかけになればと願う次第である。最後に、陶芸家で人間国宝の中島宏氏の「やっているうちに仕事に情が移る」と「毎日同じことをやっていればだれでも一人前になる」を結びの言葉としたい。

設問)「全体のわずか30%の機械だけが実際に稼働している」をロシア語にせよ。

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2013年01月12日

●和文解釈入門 第603回

(273) 「シベリヤ物語」、長谷川四朗、講談社文芸文庫、1991年
 抑留生活で知りあった素顔のロシア庶民を、淡々と透明な文体で描写し、ロシア人気質を描く上でロシア人の性格に最も肉薄した日本人作家である。文章にはさまれるロシア語も正確である。五木寛之が本作品を「のんきな本で捕虜生活の苦しみが出てないですね」と言ったと解説にあるが、そうであれば、五木自身は当然のことながら捕虜生活を経験していないし、結局のところ彼のロシア人との付き合いも表面的なものだからにすぎなかったからだと思われる。本書の記述は捕虜生活における極限の状態が日常化して、すべてを感覚的に麻痺させて見えるように思えたからではないか。その証拠に五木の小説『さらばモスクワ愚連隊』や『朱鷺の墓』に出てくるロシア人は現実感がまるでない。本書はロシア人気質を知るには必読の書である。

(274) 「シベリアの日本人捕虜たち」、セルゲイ・クズネツォフ、岡田安彦訳集英社、1999年
シベリアの捕虜について客観的に日本人抑留者について、その生の声も収めた労作。元の上司の鶴賀末義氏について2か所好意的に触れられていたのは嬉しかった。ほかにカタソーノヴァの「ソ連における日本人捕虜」(Крафт+, 2003)があるが、学術的で抑留者の生の声は載っていない。

(275) 「ロシア国籍日本人の記録」、川越史郎、中公新書、1994年
 終戦後自らの意思でソ連に残留した川越史郎の自伝。アナウンサー、通訳・翻訳などで活躍された。川越さんとは1980年代中ごろモスクワで何度かお会いしたことがある。ロシアソ連文学にも通じており、歴史小説家のピークリのことをほめておられたような記憶がある。

(276) 「19階日本横丁」、堀田善衛、筑摩書房、1972年
 1960年代モスクワに進出した日本商社の出張者および駐在員の姿をユーモラスに活写している。とくに通訳する場面は秀逸で、元の日本語がロシア語になるうちにだんだん原文から離れ離れになり、通訳の終わるころにようやく日本語原文と一緒になるというくだりでは、自分のスピーチの通訳も多かれ少なかれこんなものだなと思った次第である。それは通訳の問題もあるが、話す方の日本人が自分の話す日本語をちゃんと理解していないことにも原因があるというか、その方の比重が高いと思う。

設問)「この列車はここが終点です」を動詞を使ってロシア語にせよ。

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2013年01月11日

●和文解釈入門 第602回

前々回の投稿者の回答を読んでいるうちに、過去の時制の否定の強調について考えてみた。アオリスト的用法というのは、過去の一点において一度具体的な動作が行われたことを示すのだが、これを否定文に使えば、一度も行われなかったということになる。「一度も~ない」というのは否定の強調であり、ゆえに否定の強調もアオリスト的用法だというふうに理解できるのではなかろうか。

 動作の一括化についても出題したが、ほぼ連続して行われた動作が、細かい点のように理解され、それが主観的に大きな一つの点に見立てられるとすれば、それはアオリスト的用法そのものだということになる。ほぼ連続した動作と見なせるための動詞が限られているので、普遍的な完了体の用法とはならなかったのだろう。

 このように和文露訳入門を7月末に出してから今日に至るまで、これまでと本質的に異なるような新しい知見はないものの、体の用法についてより系統的な説明がつくようになったような気がする。このように考え直すきっかけとなったのも、投稿者からのフィードバックのおかげであり、ここに改めて投稿者の皆様に感謝申し上げる。

 ついでだが、いろいろ考えて相転移型動詞(誤伝の動詞改め)を、さらに結果現存兼評価型動詞と名称変更することにした。その方が内容を表していると思うからである。

設問)「妻のつわりはひどかった」をロシア語にせよ。

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2013年01月10日

●和文解釈入門 第601回

(270) 「道標」(宮本百合子全集第7巻および第8巻、第1部~第3部)宮本百合子、新日本出版社、1980年
 革命前のロシアからソ連へといきなり生活が切り替わったわけではなく、徐々にいろいろな分野で変化していったわけだが、1930年頃を一つの目安とすることは可能だと思う。ちょうどネップ(新経済政策)が終わり、モスクワでも辻馬車が少なくなり、クレムリン前のオホートヌィ・リャートの市場が廃止された時期である。この時期に宮本(旧姓中條)百合子と湯浅芳子は1927年から3年弱モスクワに滞在した。当時自分の意思で女性がこのような決断をするのは非常に勇気が要ったことで、いい意味での女傑といえる。その体験を小説の形で描いたのが「道標」である。モスクワでの秋田雨雀、鳴海完造、米川正夫との交流も興味深いが、ソ連の作家レオーノフ、ノーヴィコフ・プリボーイ、ヴェーラ・インヴェルとも知己となった。ピリニャークは1925年にヴャチェスラーフ・イヴァノーフとともに来日し、後にその「日本印象記」はすぐに日本でも翻訳されて朝日新聞に掲載されたほど話題になった。小説「道標」ではピリニャークはポリニャークの名で登場する。ある晩彼は自宅に宮本百合子と湯浅芳子を招いた。小説の記述では「二人きりになるやピリニャークは百合子を抱えあげ、寝台へ投げ出して、のしかかってきた。そこへアレクセーエフが入ってきてピリニャークを引きとめたのだった」とある。実際は当日ピリニャーク宅にいたのはピリニャーク夫人も含めて12人で、米川正夫がモスクワを離れるので別離の宴を張ったのだという。宮本と湯浅はモスクワでロシアの辻馬車に乗った最後の日本人かもしれない。

(271) 「ソヴェト紀行」(宮本百合子全集第9巻)、宮本百合子、新日本出版社、1980年
「道標」は小説だが、こちらは事実に基づいた随筆である。やや癖のある文体だが、簡潔で、著者が頭の回転が速い女性であることが分かる。これは滞在直後で文体が十分醗酵していなかったからかもしれない。1948年から書かれた「道標」では違和感のない文章である。モスクワに住んだことのある人なら尚更興味深い。本の市がニキーツキー門にあったとあるが、1990年代にもあったのは面白い。イーリフとペトローフИльф и Петровの「1階建てのアメリカ」Одноэтажная Америкаというアメリカの文明批評(1935年頃3ヶ月アメリカを見物した)と同じ時期に読んだので、一層興味深かった。「ソヴェト紀行」157ページにレニングラードの「学者の家」を訪れた時の文章で「我等の主婦は・・・・・力を入れない握手をしたのだ。まるきり手を握らないことはソヴェトでは珍しくない」という文を見つけた。ロシアの女性が握手する習慣がなかったことがよく分かる。特に西欧の女性と勘違いして、今でも日本人の男がロシアの女性に握手を求めることがあるが、これは非礼なのである。ロシアでは握手は女性が求めたときのみ男性はすべきで、そうでなければ日本人の男は頭を下げておけばよい。無論、海外によく出かけたり、外国人と会う頻度の多い女性、企業の女性幹部は例外である。このようにロシアに長く住んだ湯浅や宮本は、住んでいないと分からないことまで女性らしい繊細さで伝えている。

設問)「その投稿者の方が私に対して気を悪くされないといいのですが」をロシア語にせよ。

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2013年01月09日

●和文解釈入門 第600回

硬軟取り混ぜて幅広くロシア語の本を読むべきだと書いたが、柔らかい方で自分が読むのは警察小説である。隠語が多いが、会話の場面も結構多く 勉強になる。読まないのに進めるのはどうかとは思うが、日本で出ているハーレクイーンのような恋愛小説ロシア版も好きな方には勧める。会話が多いだろうし、決まり文句の宝庫だろうからだ。自分で小説を書くなら別だが、通訳に必要なのは出来るだけ多く決まり文句を覚えることである。正しく使えば、その方が相手の理解が早い。ただ決まり文句を丸暗記するのではなく、一応、単数複数や体の用法について一考してみれば、よりロシア語に興味もわくし、語彙の習得にもよいと思う。

設問)「追うものも追われるものに力ではひけを取らなかった」をロシア語にせよ。

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2013年01月08日

●和文解釈入門 第599回

このコーナーで皆さんに伝えたかったことは、和文露訳には語彙を出来るだけ覚えろということではなく、文法を学び、文脈に応じて単数複数の使い分けや、どの体を使うのかを感じ取る能力を磨いてほしいということにある。教師が生徒との面談で、中間テストや期末テストの成績も悪い、遅刻も多いし、欠席も目立つと話していて、「(五段階評価で)2〔不合格点〕をつけるからな。恥かしいと思え〔恥を知れ〕」と言ったとして、それを露訳するとしたら、「2」とか「つける」という語彙が分からなくても、話しの流れに沿ってのことだから動詞は二つとも不完了体が来るという事を感じ取れなければいけない。Ставлю тебе два (двойку). И стыдись.これを、先生が「しかしだ、3〔合格点〕をつける」となれば、話しの流れが変わる(流れと異なる)わけだから、完了体未来形が出てくることになる。
単語集や語彙集の暗記に明けくれることは悪いことだとは思わないし、必要でもあるが、肝心の動詞の使い方が分からずに、単語だけを覚えても、実戦では使えないから宝の持ち腐れだろう。先に体の用法を覚えるべきなのに、頭の使わない丸暗記に走ろうとするのは、あるいはそのような指導をするのは、勉強の順序を間違えているのだと言わざるを得ない。丸暗記などまともな二十歳を過ぎんとする、あるいは超えた大人のすることではない。だから飽きが来て勉強が続かないのだ。ロシア語に興味を持たせるには、話せるロシア語を使える例文を基に、なぜそうなるか、分かるように納得づくで教えることにある。そのあとで一般常識の分野や自分の必要とする分野の語彙を一人で暗記すればよい。

 体の用法の本質はそれほど難しくはないとはいえ、実際に和文露訳するときには大いに迷う。そこで、このコーナーのような練習の場を設け、短文とはいえ実戦的な形式にした次第である。ここで自分の間違いに気づけば、実戦は恐れるに足りない。実際に通訳しなければならない言葉が、全て難しいというものではないし、文脈で分かるものも多いからだ。このコーナーでは600近く例文を紹介しているが、応用性のきくものばかりだと自負しているので、これをランダムに100ぐらい覚えてもかなり実力になるのではないかと思う。残念なのは自分自身でそうだと言えないことである。自分がロシア語を習得した勉強法は語彙や短文の丸暗記と文法精読を併せたもので、このコーナーのやり方ではないからだ。初級の段階から、和文露訳入門で成果を上げる学習者が出て初めて、このやり方は効果があると実証できるのだが、そういう贅沢は言わずとも、だれかがなにがしか勉強に役立ったと思うだけでもこのコーナーをやった甲斐はある。

設問)「知識のレベルでは、お分かりのように、我国はあなたたちのはるか先を行っている」をロシア語にせよ。

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2013年01月07日

●和文解釈入門 第598回

ドストエフスキーの作家の日記を読んでいたら、挿入語句で気になるものが出てきた。亡き兄の人柄を紹介するくだりで、И многим из освобождённых через два месяца подверглись бы ей (ссылке) непременно (говорю утвердительно), если б не были все освобождены по воле покойного государя ...(もし亡き帝の意思により全員が釈放されなかったら、2カ月後に釈放されたものの多くが必ずそれ(流刑)の憂き目に遭っていたろう〔と自信を持って言えるが〕)という文の、挿入語говорю утвердительноである。この作品には、他にもповторяю(繰り返しますが)、тут-то я вас и ловлю〔言葉尻をとらえて申し訳ありませんが(на слове, на словахが省略されていると思われる)〕という不完了体現在形の挿入語句が散見されるが、これらは遂行動詞だと思われる。ちなみにговоритьにも遂行動詞としての意味はある、例えば、Я тебе русским языком говорю.(分かるように言っているんだ)とか、Глупости говорю?(馬鹿な事を言っているというの?)などである。挿入語句には、話題の転換であれば完了体未来形を、話しの流れに沿ってであれば遂行動詞として不完了体現在形を使えるものがあるという事になる。露文和訳や露文解釈だけをする人にとっては、どうでもいいことかもしれないが、会話で和文露訳をせざるを得ない者にとっては時制をどうするか、体のどちらを使うのかは非常に重要であり、ご参考のために紹介した。

設問)「テレパシー能力者たちは離れたところで、考えていることを発信したり受信するすることができる」をロシア語にせよ。

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2013年01月06日

●和文解釈入門 第597回

大きさを示すのにв + 対格というのを2度ほど出題したが、会話では次に続く数詞などによってвともфとも発音されるはずだが、実際は聞き取れないし、省略されうるという説明もなされることが多い。省略できないのはв + 女性名詞、тонну, тысячуなどで、いきなり女性名詞の対格では文法上おかしいと考えるからかもしれない。似たような表現にв + 前置格がある。露露辞典ではいっしょくたに扱っているし、露和辞典でも扱いが微妙に違う。名詞固有の語結合の問題だとするのが一番簡単な解釈だが、私なりの説を紹介してみたい。собрание сочинений в десяти томах(全10巻の著作集)、драма в пяти действиях(全5場の劇)、комедия в трёх актах(全3幕の喜劇)、фильм в двух сериях(前篇後篇の映画)などを、дом в три этажа(3階建の家)と比べてみよう。в + 前置格は「~から成る」ということで、構成されるもの全てが表されている。ところが、в + 対格は階数で大きさを示しているだけで、他の構成要素である居間、台所、トイレを示しているわけではないことが分かる。手元にあるデータだけで判断しているので、さしあたってこうではないかというだけの話である。

設問)「何度か往復して、割れた石のかけらを自宅に運んだ」をロシア語にせよ。

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2013年01月05日

●和文解釈入門 第596回

あるドリルメーカーからロシア人の翻訳会社の作った露文の製品カタログの直しを依頼されたことがある。そこの工場見学や技術通訳を何度かしたことがあったからだ。ロシア人ディーラー何社からのクレームがあったかららしい。英文のカタログを露文にロシア人翻訳者がしているから日本人が直しをするというのは普通はあり得ない。何ページか見て、納得が行った。6人くらいの翻訳者が訳語の統一もせずに訳しているのだ。モデル名が同じ製品の訳が6つあるから、少なくとも6人で訳し分けたという事が分かる。そのうち二人は非常にうまい。コピーライターもどきである。別の二人もまあまあだ。ところがもう二人の訳がひどい。ステンレス鋼нержавеющая стальは技術翻訳では専門用語の内に入らないが、それを一人は着色鋼と訳し、もう一人はしみのない鋼と訳している。多分急ぐので手分けしてやったうちのこの二人は大学生で、辞書も見ないか、持っていないというあまりモラルのない翻訳者なのだろう。急ぐ時は何人かで手分けしてやるときもあるが、一番上手なメインの翻訳者が主要な訳語を決めるし、それほどうまくない人は、上手な人に訳語を聞くのが普通なのに、多分まったく知らない同士か、やっつけ仕事なのだろう。これではテニヲハが合っても、ロシア人ディーラーからクレームが来るはずだ。少し時間がかかったが私一人でやったので、訳語の統一は取れているはずだし、製造現場も見ているし、分からないところは製造部長や、技術者にメールして回答を得たので、訳はぎごちなくとも誤訳はないと信じている。

 勉強にもなるからと非常にうまい方の二人の訳を読んでいたら、このドリルは無騒音ドリルで、夜間工事でも、病院でも大丈夫と書いてある。こんな夢のようなドリルがあるのか大したもんだと思い、念のため日本語のカタログを見たら、低騒音と書いてある。確かにロシア語にはодин из лучших(最良の一人、一つ)とか、最上級なら一つのはずなのに、英語のようにこのような誇張表現が多い。だから訳者も読む側にアピールしようとしてこのような表現に変えたのかもしれない。ロシア語と日本語では感じ方が違うし、ソ連時代はクレームというのはロシア側からはほとんどなかった。クレーム処理が面倒だという官僚主義的な感覚からだろう。それに音と騒音は違うという解釈もできるかもしれない。しかし、今やロシアでもクレームは他の資本主義国並みである。カタログをこのような表現にするなら、メーカーの同意が必要なはずである。そこでメーカーに電話し、結局低騒音にすることにした。翻訳者はコピーライターではない。原文と異なる訳語をせざるをえないときは発注者と相談すべきだが、翻訳会社経由ではそうも行かないことも多いと思われる。そうであれば、ロシア語としてはややぎこちなくとも、原文も忠実に訳しておいた方がよいし、訳する側も(通訳も含めて)、クレームの存在を意識した方がよいと思う。

設問)「彼はマルガリータとの間に子供はなかった」をロシア語にせよ。

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2013年01月04日

●和文解釈入門 第595回

(266) 「日本捕虜志」(2巻)、長谷川伸、中公文庫、1979年
 これまでだれも取り上げてこなかった日本人捕虜の歴史であり、戦後占領軍に対して日本の捕虜の扱いにも情があった時代があったということを示すというのが執筆の動機でもある。ロシアとの戦争によるものがほとんどであり、日露戦争時代までは日本人にも、ロシア人にも庶民のいい意味での気質(義侠的武士の)が失われていなかったと同時に、捕虜になるのを忌避する気持ちがあったことが本書を読めばよく分かる。一方ロシアの方でも革命前に庶民の間はあった憐みの気持ち(ロシア正教およびロシア人気質によるものであろう)が、ソ連時代には捕虜をスパイとみなすという考え方に変わったことも窺える。ソ連の社会主義と言う全体主義、戦前の日本の押しつけの皇国史観により、捕虜に対しても気狂いじみたような扱いになったことがよく分かる。日本は戦後、ロシアはソ連崩壊後ようやく対人間的な感情において、まともな国に戻ったことは慶賀の限りである。本書において日露戦争当時ロシアにいてウラル山中に抑留された民間人千人の詳細や、英領カナダでの日本人義勇軍200人(死傷者90%)というのも初めて知った。日露関係を語る上で必読の書であろう。

(267) 「松山捕虜収容所日記」、クプチンスキー、小田川研二訳、中央公論社、1988年
 1906年に出た「В японском неволе」の邦訳。看護婦の献身的な様子などや、捕虜生活の苦しさも含めて概して客観的に日本での捕虜生活について述べている。日露戦争のときの捕虜の日本兵の扱いも同じく人道的であったのは興味深い。それから第2次世界大戦後の日本兵捕虜の収容所での扱い(同胞のソ連人政治犯についても同様だが)を見ると雲泥の差であることが分かる。金沢の収容所を舞台にした恋愛物語としては五木寛之の「朱鷺の墓」がある。

設問)「細かい活字の、200ページの本を書いた」をロシア語にせよ。

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2013年01月03日

●和文解釈入門 第594回

(264) 「旅順」Порт Артур, Степанов, Хужожественная литература, 1988(2巻)
 日露戦争における旅順での戦いを扱った1200ページにのぼる長編歴史小説。日露戦争においてロシア側から見た旅順港攻防を描いている。日本人が敵として描かれているのは興味深い。記述が簡潔で読みやすいし、戦闘場面は圧巻で迫力満点であるほかに、女性も大活躍をして彩りを添えている。例えばヒロインのベーラヤ(実在のベールィ将軍の娘がモデル)とか、かかあ天下で有名なステッセル夫人とか、ハルチーナ(実在の女性で、女性ながら一兵士として戦闘に参加するも戦死)などである。大和魂をヤマトダサキと書いているのも御愛嬌。特に知将といわれたマカーロフ海軍司令官(1848/49~1904)のエピソードとそれにからんで広瀬中佐の名が出てくるのも一興である。マカーロフは水兵からたたきあげて提督になった当時のロシアとしては伝説的な人物である。惜しくも日本軍の機雷に船が触れて戦死した。彼が生きていれば旅順攻略にさらに時間がかかったかもしれないと言われている。司馬遼太郎の「坂の上の雲」と併読すれば一層興味が湧こう。私は未読だが、「旅順口」(袋一平・正訳、新時代社、1972年、3巻)という題名で邦訳されており、司馬遼太郎が前書きを書いている。

(265) 「対馬」Цусима, Новиков-Прибой,Узбекистан, 1985
 日露戦争における日本海海戦(対馬沖海戦)を扱ったドキュメンタリー小説。高慢で浅はかな艦隊司令長官ロジェストヴェンスキーの性格や戦闘場面の描写、各艦の艦長、士官、乗組員の人間模様、特に探検家ミクルーホ・マクラーイМиклухо-Маклайの弟で戦艦ウシャコ-フ号艦長の戦死の場面などは優れているが、無理を承知で言えば、日本人や女性がほとんど登場しないこともあって彩に乏しいのが残念である。

設問)「彼女が急に現れたら、ママは何と言うだろう?」をロシア語にせよ。

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2013年01月02日

●和文解釈入門 第593回

(261) 「シベリア記」、加藤九祚、潮出版社、1980
シベリア出兵なども含めてウラジオストークを中心としたシベリアと日本人との関わり合いについてダヴィドフとフヴォストーフの末路にも触れており、よく調べていると感心する。自身の抑留経験も交えて描かれている良い作品である。日本人脱走兵の人肉食いが出て来るが、当時のシベリアの収容所からのロシア人脱獄囚事例においてもいくつかあり、別に日本人特有ということではない。黒パンについてもロシア人は白パンを尊ぶというような記述があるが、そうではない。ロシア人にとって黒パンは日本人の米のようなものである。多分フスマ入りパンと混同したのではないか?黒パンと言ってもライ麦100%の黒パンはボロヂンスキーぐらいで、一般に出回っているのは小麦粉が混ぜてある灰色パンсерый хлебである。黒パンだけだと消化が悪い(腹もちはいいが)ということらしい。それゆえ病人には白パンを出す。日本で言うお粥代わりである。

設問)「彼は役人から役人へとたらいまわしされた」をロシア語にせよ。

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2013年01月01日

●和文解釈入門 第592回

С Новым Годом!(あけましておめでとうございます)

 昨年は仕事の方はぱっとしなかったが、自分のロシア語の方は随分向上したように思う。機会を見て、『和文露訳入門』の増補改訂版を出したいが、追加記載項目が日々加わるので、いつになるやら分からない。

 第589回で相転移型の動詞(誤伝の動詞改め)の話しをしたが、一昨日もう一つ見つけた。子供向けSFを読んでいたら、テレポーテーション(瞬間移動)телепортацияが成功した時に主人公が、Ура, работает!(万歳、やったー〔直訳では「機能している」〕)というが、これも相転移型の動詞だと思う。第589回のДействует.(効いている)を復習すると、Действует.という相転移型の動詞には、結果の評価と結果の現存(現在完了)の両方の意味がある。подействовалは完了体過去形だから、基本的な意味はアオリスト的なものであり、結果の現存というものは文脈に依存し、時制に関していえば、現在と関係があるのかどうかが分かりにくい。一方、Действует.の方は不完了体現在形で現在そのものであり、現在の時制と結びついていることを強くアピールできるから、ロシア語でも、日本語でもこちらの方が会話でよく使われるのではないかと思う。同じことは、バレー、柔道などの技の練習をしているときに、その技ができたときは、Ура, работает!(万歳、やったー)と言えると思うが、このработаетも結果の評価と結果の現存の意味があると思う。

設問)「教師のレベルは、まあ平均より上だった」をロシア語にせよ。

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