2013年02月28日

●続和文解釈入門 第20回

遂行動詞と言うのは、語用論の創始者の一人であるオースティンによれば、発話そのものが行為の遂行である動詞であり、日本語語用論では主張、謝罪、感謝、誓約、宣言、命令、依頼、質問、警告、助言、提案などの発話行為を意味する動詞である。遂行動詞は英語に比べると日本語における使用頻度は少ないとされる。
オースティンによる英語の遂行動詞の種類は、言明解説型(сообщатьなど)、行為拘束型(обещать〔約束する〕、ручаться〔保証する〕など)、権限行使型(объявлять〔宣言する〕、открывать〔開会する〕など)、判定宣告型(оценивать〔評価する〕など)、態度表明型(благодарить〔感謝する〕、поздарвлять〔祝う〕など)の5つであり、私の集めた例文を見る限り、それぞれロシア語にも対応すると思われる。

出題)「人が嘘をつくときは分かるの」をロシア語にせよ。

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2013年02月27日

●続和文解釈入門 第19回

着手を意味する動詞で代表的なものは、начать/начинать(対格/不完了体不定形)、приступить/приступать к + 与格、 взяться/браться за + 対格/不完了体不定形/、приняться/приниматься за + 対格/不完了体不定形で、これらは動詞の意味が着手だからと言って命令形のときに、必ず不完了体を取るという事はない。ただ補語に不定形を取る場合はその補語の動詞は必ず不完了体であり、これは文法的な意味での着手の用法である。

(輸血を始めなさい)Начните переливание!

上の文のように、新しい事態や情報が出てきたという場合であれば、このように完了体の命令形を使うわけで、開始という動作は全て不完了体命令形と考えるのは大きな間違いとなる可能性がある。

(減圧に取りかかってください)Приступите к декомпрессии.
(本題に入って下さい、本件に着手して下さい)Приступите к делу. / Приступайте к делу. 

 上記の文の完了体命令形は、着手は着手でも、文法的な意味の着手の用法ではない、新しい事態や情報が出てきた、ないしは文脈を特に意識しないという場合だから完了体が来ている。交渉は雑談から始まることが多いが、話し手が雑談もそろそろ終わりだなと判断して、そろそろ本題にというときには、着手の用法で不完了体命令形が来るが、そのような世間で一般的な状況を考えに入れないという場合(例えば、いきなり本題に入るとか)は完了体命令形が来る。着手という名に惑わされず、文脈が場依存型(不完了体)か場独立型(完了体)かという事で判断することが必要である。

出題)「ばかなことを言っていることがお分かりですか?」をロシア語にせよ。

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2013年02月26日

●続和文解釈入門 第18回

Я шучу, конечно.(もちろん冗談だよ)というのはユーモアを好むロシア人の口癖みたいなものだが、よくこの動詞を考えてみると、これは過程ではないことが分かる。冗談のような何か突拍子もないことを言って、それに続けて言うからで、冗談を言っている途中ではなく、冗談はすでに言い終っており、つまり動作は終了して、その動作の結果である冗談の効果は残っているわけである。例えば、(粥はこんなにおいしいけど嫌いだ。もちろん冗談だけど)А я не люблю, хотя каша такая вкусная!!!” Это я шучу, конечно. という文にはшучу の代わりに пошутил.と完了体過去形を使っても意味は変わらない。つまり、これは結果現存兼評価型動詞(誤伝の動詞改め)ということになる。こういう文は丸暗記で覚えるので、不完了体現在形であることに特に違和感を覚えることはないが、完了体過去形を使っても意味が変わらないのなら、しかも不完了体現在形で使われるのが普通だとしたら、結果現存兼評価型動詞である可能性が高い。

出題)刑事が被害者に被疑者たちを示して、「よく見てくれ。だれか見覚えのある奴はいないか?」をロシア語にせよ。

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2013年02月25日

●続和文解釈入門 第17回

前回の続きで、過程の用法に不完了体がなぜ用いられるのかを考えてみた、現在のこの一瞬を示す事ができるのは不完了体だけであるという事の他に、「歩いているところである」というのは、右足と左足を交互に間断なく反復するわけで、これに「駅へ」という状況語がつけば、一つの動作の途中を示すことになる。過程というのは、反復(繰り返し)から発展したものだと考えることができ、そのために不完了体を用いるのだと思われる。

出題)席や部屋割りなどで「どれ(どこ)を、だれにするかは自分たちの間で決めて下さい」をロシア語にせよ。

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2013年02月24日

●続和文解釈入門 第16回

完了体と不完了体の違いで分かりやすいのは、完了体がその時点でのその一瞬を表現できない。つまり、現在進行形、過去進行形、および未来進行形とも言える予定の用法を示すことができないので、それらについては不完了体が用いられるということになる。これは完了体が過程を示すことができないという事を意味するが、過程や状態というのは、そのまま同じ動作が続くという意味では、無意識な動作であり、意識的な動作、つまり主観的動作ではないからである。主観的動作は完了体が担うから、過程は不完了体が扱うのだという風にも考えられる。それ以外の用法については一見別々で、曖昧模糊のような感じを受けるが、体の本質は同じである。会話でロシア語を使うのであれば、その本質とは何かを明確に理解することが必要である。

出題)「車を買えば家庭は円満」をロシア語にせよ。

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2013年02月23日

●続和文解釈入門 第15回

『ロシア語の運動の動詞』(原求作、水声社、2008年)の149ページに、「不完了体動詞のなかで、本質的に、反復の意味を持っているものは、слыхивать, видыватьのような、多回体動詞と呼ばれる少数の動詞を除いて存在しません」とし、каждый день(毎日)のような繰り返しを示す語句や文脈を伴ってはじめて、反復・習慣の意味が出てくるとある。この説明なども、不完了体が動作や状態の素材そのままであり、動作が1回で終わるという限定もないゆえに、文脈やその他の状況語によって色づけされるということの裏付けであるように思われる。

出題)「つまり、これはあなたの問題だけではないという事です。お分かりか?」をロシア語にせよ。

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2013年02月22日

●続和文解釈入門 第14回

『日本年鑑Япония 2012』は40周年記念号であり、力作ぞろいで、ページ数も444ページと読み応えがあるが、中でもアルパートフの『ロシアの日本観、神話と現実』、マルカリヤンの『日本のNPO、日常活動の分析』、パノーフの『天皇制と現代日本の国家体制におけるポジション』、カタソーノヴァ『大島渚、全てのタブーに逆らって』が面白かった。『ロシアの日本観』については、シベリア出兵についての忌まわしい思い出が残っているのか、極東で2000年に行われた世論調査では43%が日本を非友好国とし、ロシア全体の27%と際立っている。日本人のイメージとして欺瞞、腹黒さ、執念深さというステレオタイプを持っている人も多いと論文は指摘している。また天皇制の論文については、女性天皇の意義(配偶者を持てないという事での中間的・妥協的な側面)に触れられていなかったことを除けば、過不足なくその起源から現代日本における天皇制まで客観的に述べているというのは注目に値する。

出題)アベノミクスから、「三本の矢の話は覚えているかい?」をロシア語にせよ。

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2013年02月21日

●続和文解釈入門 第13回

『るいごプラス!』のサービスの項に追記したい。обслуживаниеというのは日常的な便宜の供与であって、接客、保守点検などを指し、услугаは他人や、特に困っている人に対しての援助・便宜であり、医療サービスであるとか福祉を含めたサービスを指す。

出題)ようやく来た待ち人に言う愚痴や文句である「ずっと待っていたのに、なかなか来ないんだから」をロシア語にせよ。

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2013年02月20日

●続和文解釈入門 第12回

疑問詞との組み合わせでは、疑問詞に文の焦点が来ることが多いために、不完了体が来ることが多いが、забыть忘れる、потерять失う、разбить割る、сломать壊す、убить殺す、ударить殴る、уронитьなくす、などの瞬間動作動詞(瞬時の移行・変化を示す動詞)を含む否定的結果の意味がある動詞で、文脈から結果の現存を意識しやすい場合は、文の焦点が動詞に向かいやすいということもあって、疑問詞との組み合わせでも、完了体過去形が来る場合が多い。新規の情報のため、動詞も含めて文の各成分すべてに焦点が来るのだと考えてもよい。

 これらの動詞が普通の文脈で、当然そういう動作をするのが当然という文脈は普通はあり得ないはずだ。部屋に人を招いて、ソファーがあれば、おかけ下さいСадитесь.<不完了体命令形>というのは雰囲気的に自然だが、部屋に花瓶があっても、花瓶を割りなさいというのは普通の文脈ではありえない展開であろう。もし敢えて露訳するならРазбейте вазу.と完了体が来るはずだ。そういう意味で、これらの動詞は語義的に場独立型であり、完了体が出やすいという事は言える。

出題)「彼は公園の反対側に向かった」をロシア語にせよ。

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2013年02月19日

●続和文解釈入門 第11回

完了体は厳密な意味での、その時点でのその一瞬を表現できない。つまり、現在進行形、過去進行形、および未来進行形とも言える予定の用法を示すことができないので、それらについては不完了体が示すということになる。今сейчасは『和文露訳入門』の3-2-1-4項で示したように、日本語同様、今現在の一瞬のみならず、ある程度の過去や未来へと幅を持った現在を表現できる。

(今御社に向かっているところです)Мы сейчас едем к вам в компанию. <文脈によっては予定「今すぐ御社に向かいます」をも示せる>
(たった今彼と電話で話したばかりだ)Я сейчас говорил с ним по телефону. <過去>
(今行きます)Я сейчас буду. <未来>

完了体が表現できる現在というのは、結果の現存であり、今現在のこの一瞬の動作を除くものという事になる。現在の時制で完了体を扱うのはこういう理由に依る。

出題)「お前が彼女を殺したのか?どうやって、何のために殺したんだ?」をロシア語にせよ。

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2013年02月18日

●続和文解釈入門 第10回

日本の道徳教育に関するロシア語の論文を読んでいたら、挙げてある日本の道徳教育の目標の一つにсамосовершенствованиеというのが出てきた。露和辞典には自己完成とある。確かに直訳すればそうなのだが、竜安寺の石庭や日光の柱の模様などを見ても、日本人は完璧を嫌う。竜安寺には15の石があるが、全ての石を見渡せない(実は1か所見渡せる場所があるとも聞く)。常に1か所からは13か14の石しか見えないという。日光の陽明門の4つの柱の一つの柱の模様はさかさまだが、これも満月のごとく、満月に至れば月は欠けるだけという思想から、完璧の一歩手前で止めるというのが日本的思想にあるという。そうであれば、こういう訳語はおかしいことになる。多分日本の道徳教育では向上心を大切にしていると論文の著者は言いたかったのだろうと推測する。

出題)「コーヒーだったらまかしといて」をロシア語にせよ。

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2013年02月17日

●続和文解釈入門 第9回

完了体未来形のところで不可能と否定の強調という用法があるが、これらは例示的用法が発展したものだと思う。下記の文も「~であれば~しない」ということであり、例示的なニュアンスがあることが分かる。

(弁護士がいなければ一言もしゃべらないぞ)Без адвоката я ни слова не скажу.
(何も理解できない)Ничего не пойму. <「一つとして~しない」という例示的ニュアンスがある>

出題)「社員はいろいろな仕事で自分の力を試す事ができる」をロシア語にせよ。

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2013年02月16日

●続和文解釈入門 第8回

『和文露訳入門』第1章の「体の本質と規範」中の体の本質についての説明を、以下のように追加変更した。お求めになった方は一読されたい。

『ロシア人が無意識とは言え、どのように体の使い分けをしているかを念頭において、いくつかの仮説を立て、それを時制や命令法、仮定法の例文で自分なりに検証した結果、体の本質が何かというなら、それは、

不完了体は動作や状態という素材そのものであり、完了体は動作や状態が主観的ニュアンスを帯びたものである

ということになる。不完了体は無色の、付加的なニュアンスのない動作や状態そのものであるために、過去や未来の時制では、動作の有無の確認(動作の名指し)という形で現れやすい。完了体の帯びる主観的(叙想的)ニュアンスというのは、懸念、期待、動作の完了、新しい情報や事態の出現とか、否定文では不可能、否定の強調などという、話し手の考える主観的なものを指し、具体的な1回の行為などもそうである。現在の時制では、完了体は結果の現存(現在完了)という形でしか現在と関係を持てない。それを補うために、無色である不完了体は経過や繰り返しという役割をも引き受けざるを得なかったことになる。また命令法でも、その場の雰囲気に沿った動作という事なら、無色である不完了体が使われる。それらを勘案すれば、

不完了体は場依存型で、完了体は場独立型である

ということにもなる。ここでいう場というのは、特定の具体的な場ではなく、この状況ではこうするのが一般的だと感じられるような場を指す。「その場の空気が読めない」の「その場の空気」と考えてもよい。このような場には聞き手は含まれるが、話し手は含まれない。話し手が関係するのは主観的ニュアンスのほうである。

聞き手に違和感のない動作だと話し手が思う動作に
不完了体が使われる

ということになる。不完了体の用いられるのは、動作や状態が聞き手の想定内であり、意識の上では、慣習的であり、惰性的に続いていると考えてもよい。過程やその延長上の予定の用法も、繰り返しや遂行動詞も、聞き手にとって動作の予想がつくという事はお分かりになるだろう』

出題)「お騒がせして恐縮です」をロシア語にせよ。

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2013年02月15日

●続和文解釈入門 第7回

пожаловатьを露露辞典で引くと、устарелая речьとある。これは廃語ということである。他の語にはустаревающая речьというのもある。これは古風な、とか古めかしい(古臭い)語ということだろう。стилизованная речьという表現もある。ある文体特有な言葉遣いということなのだが、露和辞典で、露露でこういう注がある語には、気取ったという訳が当てられている。そういう場合もあるかもしれないが、これこそ和文解釈入門第579回に書いた役割語ではなかろうか。

出題)「予算は震災復興に4兆円の拠出を見込んでいた}をロシア語にせよ。

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2013年02月14日

●続和文解釈入門 第6回

日本語の遂行動詞について最近気づいたのだが、日本語の動詞には「知らせる」のように、遂行動詞の一面を持つものがあり、伝える内容が具体的な1回の動作であり、その内容の説明を発話と共に終了するのであれば、遂行動詞なので、露訳する場合不完了体現在形で表現されるが、そうでなければ遂行動詞ではないので、未来の時制で表現されるという事になる。

(当社代表団はモスクワに2013年2月23日に到着することをお伝え申し上げます)Сообщаем Вам, что наша делегация прибудет в Москву 23 февраля 2013 года.
(これについては追って連絡申し上げます)Об этом сообщим дополнительно.  <内容を伝える時期が同時ではなく、後になるので完了体未来形>
(我がエコファームで起こることはすべてお知らせいたします)Мы будем сообщать вам обо всём, что происходит у нас на экоферме! <内容が不定、未来における繰り返しなので不完了体未来形>

出題)「半休を取ったの」をロシア語にせよ。

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2013年02月13日

●続和文解釈入門 第5回

前回の嫌気の用法について補足する。動作を止めたいというのは、終了の願望であり、動作の終了に不完了体が用いられると同じ理由で、嫌気を意味する動詞отговорить(しないよう説得する)、надоедать(うんざりする)、передумать(考え直す)、раздумать(考え直す)、расхотеть(~したくなくなる)、устать(~するのに疲れる)の後の不定形には不完了体が用いられる。回りの状況や対応による場依存型だから不完了体不定形が来ると考えてもよい。

出題)「帰りの切符を水曜に手続きし直した」をロシア語にせよ。

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2013年02月12日

●続和文解釈入門 第4回

原始人も最初はアーとかウーとか言って、互いに意思疎通のまねごとをしたのだろう。その後は、命令法が先に使われたと思われる。その命令にしても、その状況ではこうするという、身ぶり手ぶりの補助としての、いわゆる着手の用法であろう。またスラブ語の祖語であるインドヨーロッパ語族の最初に使われた動詞は、形が単純だという事から考えると、無接頭辞単純動詞〔пить(飲む)、бить(壊す)、делать(する)、писать(書く)、читать(読む)、строить(建設する)、гулять(遊ぶ)などのいわゆる本源動詞〕のような不完了的用法であろう。ロシア語の基本的な動詞は、このような不完了体的用法から発生したと考えるのが自然であろう。

 和文露訳入門4-1-1-4項にあるような瞬間動詞が、命令法で完了体が出やすいというのは、語義が壊す、殺す、死ぬ、見つけるなどであり、これではその場の雰囲気に合わせたような着手の意味は出て来ないはずだ。出てくるとしたら具体的な場面だけである。例えば、客を迎えて、「おかけなさい」というのは、その場の雰囲気として当然だが、客に向かって、「花瓶を壊しなさい」とか「殺しなさい」というのは尋常ではない。完了体が場独立であるというのはそういう意味である。それにразбитьだって、元をただせばбитьの派生動詞であり、ここから不完了体のразбиватьができたのだろうというのは素人でも分かる。完了体で使われやすい動詞、不完了体で使われやすい動詞というのは語義によってある程度分かるという事が言えると思う。体の用法を考えるときに、どんな動詞でも、『和文露訳入門』の見出しに挙げた時制や法(命令法・不定法)の用法が使えると考えるのは間違いである。体の使い分けには広い意味での動詞の語義による制約があるのである。

出題)「アガサクリスティーを読む気が失せた」をロシア語にせよ。

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2013年02月11日

●続和文解釈入門 第3回

中学生の頃、当時裁判沙汰で話題の『チャタレー夫人の恋人』を買って、家でこそこそと、肝心の箇所はどこだと目を皿にして読んでいたが、1/3も読まないうちに母に見つかり、没収された(ここのところをロシア語にするなら完了体過去形の順次的用法である)。それ以来今に至るまで読んだことはない。売れる本というのは、内容がよいという他に、話題性があるというのもあるだろう。私もアネクドートの本を何冊か書いてあるので、アネクドート=ポルノと勘違いして買った人もいるかもしれない。『アネクドートに学ぶロシア語文法』はCDもついているので、本文を目を皿のようにして読むのはもちろん、付録のCDも、実は無修正のDVDだと勘違いして、それこそ徹底的にチェックした人もいるかもしれない。私の本が何冊も古本で出回っているのも、そういう人たちの落胆と、それが原因の憤怒の結果かも知らんなと考えたりもする。もっと勘違いしてくれる人が出てくれるといいのだが。

出題)「これからは必ず寄れよな」をロシア語にせよ。

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2013年02月10日

●続和文解釈入門 第2回

投稿で本人のためにならないと思うのは、投稿した答えのうち体の用法が偶然正解だった場合である。理詰めで考えていないから次は間違う可能性が高い。一番よいのは理詰めに考えた答えが正解なのが一番だろうが、出題する側から言えば、理詰めに考えた、体の用法に関するその答えが正反対の場合である。考え方を少し変えるだけで、次から正解する可能性が高い。丸暗記ばかりしていると、ロシア語に関する限り考える習慣が失われる。誤答であれば、出題者としても、そうはロシア語では言わないでは通らないから、誤りである何らかの根拠を示す必要がある。その根拠に頭をひねることで、こちらの勉強にもなるし、体の用法に対する理解も深まるというものである。体の使い分けについては、自分で理解するのも当然必要だが、人に説明できるぐらいでないと本当に分かったとは言えないと思う。

出題)「後5分で彼女の点滴が終わり、病棟に戻って来る」をロシア語にせよ。

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2013年02月09日

●続和文解釈入門 第1回

和文解釈入門は持ちネタがなくなったのでやめにしたわけで、再開するつもりはなかったのだが、長年の習慣というのは恐ろしいもので、和文解釈入門を終了してからも、もちろんロシア語の本を読んだり、ロシア人と会話した時に、面白そうなロシア語表現(短文とは限らないし、雅語、古語、文語、俗語、卑猥な表現と何でもありで、40年以上も自分だけの和露辞典を作っているわけである)の収集を、趣味というか、生きがいとして今も続けているのだが、その中で手元に書き溜めた和文露訳に使えそうな短文がこの1カ月で30を越えた。30で終わりならそれはそれでよいが、ロシア語の表現の収集を続けて行く以上、このまま増え続けて行く可能性が高い。このまま墓場にもっていくのもいいが、新たにロシア語の参考書を書く予定もないのだから、それを和文解釈入門のように公開してロシア語の会話に興味のあるどなたかの役に立てれば、せっかくの短文が埋もれずに、少しは世の中の役に立つかもしれないという思いが一つ、それと自分と違う解釈についてコメントしてくれる人があれば、それは和文解釈入門のときのように自分の勉強にもなると考えた次第である。

 それと、『和文露訳入門』のこともある。購入するのは数人だろうと当初思っていたが、30人近い方がご購入されたので、その方へのアフターサービスということもあり、和文露訳の出題を再開することにした。参考書を買ったら、それに基づいて腕試しをしてみたいという方もいるかもしれないし、用法の説明でも『和文露訳入門』より少しは分かりやすくなってと感じるものもあり、それを伝えたいという思いもある。ただ用法を適切に示し、会話に応用できるような、よい短文というのは世の中にそれほどは多くはない。持ちネタも少ないので、ネタが少なくなったらお休みとし、いい短文が見つかったらその都度再開するという風にしたい。

出題)「何を尋ねたいのか察しはつくよ」をロシア語にせよ。

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