2011年09月30日

●和文解釈入門 第133回

設問を作るときは、ロシア語か日本語かは別にして、動詞句が浮かび、それを訳してみる。それが自分の和露の語彙集(すでに75,000項目を越えた)にあれば、その文例を使う。なければ使わず、別のを考える。私の語彙集の文例はソ連ロシア文学(エッセー、歴史、記録文学など)や通訳の現場でロシア人から聞いたものなどからこの40年間に拾ったものである。だからこのコーナーの設問に対する私の回答は、自分の想像で作ったものではないので正しいと自信を持って言える。投稿される回答に対する私のコメントは、正答、意味は分かる、間違いの三つに分けている。意味は分かるというのは、文脈によってはとか、ロシア人はこうは言わないだろうし、自分もこういうロシア語は使わないが文法的には正しいものという意味である。日本語で言えば、「私には子供がいる」と「私は子供を持っている」というような感じか。間違いというのは語法的(文法的ないしは語結合の)誤りで、分かる範囲で間違いを指摘している。すべて私の判断ではあるが、この指摘がおかしいと思うときは、遠慮なく連絡願いたい。私の指摘が間違っていれば、当然その旨訂正して、お詫びする。
可能性や能力というのはмочьやуметьを使わなくても表現できる。「ロシア語が話せますか?」をВы можете говорить по-русски?やВы умеете говорить по-русски?とする必要はない。Вы говорите по-русски?が普通である。このように不完了体を用いて表現できる。「彼は全部で500 kg持ち上げられる」もОн поднимает в сумме 500 кг.となる。これに完了体未来形を用いることもでき、Он поднимет в сумме 500 кг.となる。和訳は変わらないが、ニュアンスの違いは不完了体の方は彼が500 kg挙げた事があるという知識に裏付けされているが、完了体の方はその日彼の姿を見た印象で大丈夫挙げられるなという感じであり、例示的用法と呼ばれるものである。
設問)「彼は見かけほど単純ではないという気がしてきた」をロシア語にせよ。

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2011年09月29日

●和文解釈入門 第132回

プロはこのコーナーの設問を見て1~2秒で答えか、少なくとも使う構文が頭に浮かぶはずである。語彙が頭に浮かばなければ、説明で切り抜けるしかない。そういう場合5分とか1時間後に最適な訳が頭に浮かぶことがあるが、通訳するにはもう手遅れである。だからプロを目指す人はこの短文の答えが瞬間に頭に浮かぶよう訓練した方がよい。ビジネスの場面で日本人の話す日本語は長いものが多く、結論がすぐには分からないことが多い。それで通訳の現場ではその長文を短く切って、短文にするために、メモや頭ごなし訳などの自分なりの工夫をすることになる。そういう意味でこのコーナーの設問は実践的と言える。
記事はстатья(学術論文という意味もある)だが、これは社説などの記事で、スポーツ記事はспортивная хроникаとなる。хроникаというのは雑誌、新聞などの日常的な短い記事や、テレビやラジオの短いニュースを指す。ヘルメットは工場や工事現場、警察官、現代の軍隊のはкаскаで、兜や昔の軍隊のヘルメットはшлемである。ではバイクのヘルメットはというとмотошлем (мотоциклетный шлем)といい、アメフトなどのはзащитный шлемという。очевидецもсвидетель「証人・目撃者」という意味では同義語だが、前者の方がより重要な事件の証人という意味合いを持つ。пощёчинаとоплеухаは同義語で「ビンタ」(平手で頬を打つこと)という意味だが、оплеухаは強く激しいビンタである。
設問)「何を根拠にあの会社があきらめると思っているのですか?」ロシア語にせよ。

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2011年09月28日

●和文解釈入門 第131回

степеньはв/доと一緒になると、機能的副詞句とでも言えるような、形容詞の程度を示す副詞句になる。в достатоной степени (= достаточно), в значительно степен (= значительно), до (в) изветсной (некоторой) степени(ある程度)。他に、このような働きをするものに「~образом」がある。паллиативными образом(一時しのぎに), коренным образом(根本的に、徹底的に)などである。またмераもпо крайней мере(少なくとも)などと使える。формаにも似たような働きがある。в связном и последовательной форме(理路整然と一貫して)、в косвенной форме(間接的に、間接的な形で)など。最近はключを副詞句のようにしたものも見かける。в юмористическом ключе(ユーモラスに)などである。манерもそうだが、これは主語にはならず、на западный манер(西洋風に)とかна манер русских песен(ロシアの歌風に)の形を取る。по манеру + 生格は古い形であり、またкаким манером, таким манеромと造格になるのはこの二つぐらいで、古い用法としてはживым манером(手早く)があるくらいである。一方、似た語にманераがあるが、これは主語となり、後に不完了体不定形を従えて、манера говорить(話ぶり)とするか、複数形で使われることが多い。またманераはнабойная доскаのことで布や紙に模様を写す型染め用のステンシルである。一般的にステンシルというのは型板、型紙を指し、трафаретとшаблонはこの意味では同義語である。
設問)「実験はうまくゆくと考えてもらって結構です」をロシア語にせよ。

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2011年09月27日

●和文解釈入門 第130回

受験英語で時制の一致を学ぶと自然とロシア語でもそうなのではないかと、中級者でも露文和訳のときに思う人もいよう。この点ロシア語は日本語と同じく時制の一致はない。例えば、Они ждали, когда перестанет дождь.(彼らは雨がやむのを待っていた)となる。когдаの代わりにпокаを入れても意味は変わらない。「~するまで」はпока ...не(完了体の動詞)と覚えている人もいるかもしれないが、主節にждатьやпройтиという動詞のある場合はнеをつけないのが普通である。
ロシア語を勉強していると、だんだん受け身の勉強(~をやれと言われる勉強)から自主的な勉強に移ってくる。そのときに参考書に答えがないような、あまりにも初歩的過ぎるようで聞くのがためらわれるような何らかの疑問が湧いてくるはずだ。もし湧いてこないというのであれば、そういう人は語学に向いていないと思う。なんらかの疑問があれば、頭のどこかで常に考えているわけで、あるとき答えが分かった時にAHA (Ага!)という瞬間を体験できる。こういう瞬間を多く経験すればロシア語を続ける刺激にもなるし、体の用法だってマスターできるようになる。
設問)「被害者は赤で横断した」をロシア語にせよ。

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2011年09月26日

●和文解釈入門 第129回

丸谷才一の「文章読本」の中に、「日本語はほとんど述語動詞がおしまいにゆく」、「たった、あった、行ったという文章の終わりが皆そろうのが直訳風の文章の欠点」であり、これの対処法として、「たとえば、過去の事を述べる場合にもところどころ現在形をまぜるのはすこぶる有効な手だろう。日本語には元々欧文ふうの厳密な意味での時制の習慣はないのだから、これで一向差支えない(場合が多い)し、情景はむしろいっそう鮮明にさえなるかもしれない」、「日本語には論理性が不足しているので、近代西欧語のうち何か一つを一応勉強すること」とある。日本語が時制や論理性を欠く言語だとは思わないし、そうだというのであればそれはそういう日本語の話し手や書き手の問題であると思うが、「文章のリズムを自由に変えるために過去形の続く文に適度の現在形の挿入は必要である」と三島由紀夫と同じことを言っているのは参考になる。日本語では過去時制において文の調子を整えるために「~した」と言う文末を続けずに、「~である」というような現在時制をはさんだ方が文章としては耳に響きがよいということである。つまりロシア語で過去の時制だから、日本語でも自動的に過去時制に訳すというのは悪文になる可能性があるわけで、文の調子も考える必要があるということだろう。日本語の時制はある程度は文脈で分かるものだからであろうから、それに屋上屋を架すのはくどいというのもあるのかもしれない。翻訳の上で何か一つ参考になったような気がする。逆に言えばロシア語の歴史的現在をそのまま日本語の現在で訳す必要はないわけで、文脈で生き生きとした感じが出せれば過去の時制で訳してもよいという事で、日本語として不自然かどうかが重要だということになる。丸谷はさらに続けて「である」づくめも止め、「〔なのに〕、〔だけれど〕、〔~のだから〕を活用すべきであり、体言止、文語体、口語的口調の混用だって効果があるかもしれない」と言っている。同じ観点からであろう。
今読んでいる木村毅の「小説研究十六講」(恒文社、1980年)は松本清張が小説家を志すに当たって重宝したというものだが、その中に偶然中村白葉による罪と罰の翻訳が人物・性格・心理の例として1ページほど挙げられていた。試しに12行ある文の文末を見てみると、「~た」ばかりである。確かにこれでは機関銃のようで芸がない。露文は過去時制なのだろうが、完了形も不完了形も、быть動詞もあるようなのだからおかしいように思う。山本夏彦が「本来、血沸き肉踊る大河ドラマであるはずのロシアの大作を、無味乾燥で晦渋な文章にしたのは岩波お抱えの米川正夫以下の翻訳者が「文法的に正しくありたいあまり、日本語のリズムを失ったからだ」と批判しているのも分かるような気がする。この山本がロシア語を知っているというのではなく、多分文末の調子などから判断したものだろう。私はロシアソ連文学の翻訳は読むつもりはないが、みなさんがお読みなるときや露文和訳するときに心の隅に留めておいてもいいかもしれない。
設問)「立ち話も何ですから、おかけ下さい」をロシア語にせよ。

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2011年09月25日

●和文解釈入門 第128回

類義語のニュアンスの違いというのは、主唱者という意味でинициаторはニュートラルだが、зачинщикは悪いニュアンス(首謀者)となり、застрельщикはよいニュアンス(提唱者、発起人)となる。よく知られている動詞датьは「与える」という意味ではニュートラルだが、всучитьは悪いニュアンスで、賄賂などを「つかます」という感じであり、вручитьはややプラスのイメージで賞状などを「手渡す」という意味で使われる。「蛇行する」はзмеитьсяだが、蛇行が上から見て8の字を描くように見えるほど大きく蛇行する場合はпетлятьを用い、В этом месте река петляет.(この場所で川は大きく蛇行している)となる。гололёдとголодедицаは口語では凍結した路面(アイスバーン)を指すが、ロシアの気候予報士метеорологиは前者を電線や木の枝の凍結したものであり、後者のみが凍結した路面だと言っている。
設問)「彼は(今から)3日前についた」と「彼はその3日前に着いた」をそれぞれロシア語にせよ。

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2011年09月24日

●和文解釈入門 第127回

ロシア語を上達するコツは多くの分野のロシア語の文章を多読すべきだが、たまには基本的な語彙の意味を、露露辞典やシノニム辞典でその細かいニュアンスを確認することである。露和辞典の見出し語、特に基本語は多くの文脈で使えるよう共通する要素を抽出して訳出していると思われる。ロシア語と日本語はまったく違う言語だし、文化も異なるため文脈によっては露和辞典の訳がぴったり合う事の方が少ない。それゆえ具体的な会話でよく出て来るもので、その訳がピンとこないものについては、露露辞典やシノニム辞典で、用法やその細かいニュアンスを確認する必要がある。さもないと基本的な単語でミスをすることになりかねない。
「ピックアップ」はレコードならзвукоснимательだが、車の方ならпикапとなる。
設問)「勘弁したいのは山々ですが、いたしかねます」をロシア語にせよ。

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2011年09月23日

●和文解釈入門 第126回

ロシア語の文法には二つある。日本語に似ているところとそうでないものである。ロシア語と日本語は系統が全く違う言語だが、同じ人間が話す言葉故、少ないとはいえ、日本語と似たもの、例えば、他動詞の用法や、完了体の存続の用法などがロシア語の文法にも見られる。だから文法を勉強するときには日本語にはまったくない名詞や形容詞などの格変化(曲用)とか動詞の活用、体の用法など、理解しにくいものに的をにしぼって徹底的に勉強するのが上達へのコツである。
設問)「もうタバコは喫わないと約束します」をロシア語にせよ。

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2011年09月22日

●和文解釈入門 第125回

少しでも自分の日本語の文章をよくしようと、そのヒントをもらうため「文章作法」の類の本をこの1年ほど読んでいる。三島由紀夫の「文章読本」の中に、別に我々読者に勧めているわけではないが、三島自身が文章を書くときには、「二、三行ごとに同じ言葉が出ないように注意しています」とか、「文章のリズムを自由に変えるため、過去形の続く文に適度の現在形の挿入は必要である、過去形の多いところをいくつかの現在形に直すことがある」など、三島の文章に対するプロ意識がうかがわれて興味深い。前者は病気と書いたら、次はやまいと書くと具体例まで挙げている。これなどロシア語ではその通りであるし、後者も私の年来の疑問である「ロシア語の歴史的現在の用法をそのまま日本語の歴史的現在で訳していいのか」に対する部分的な答えとも言える。谷崎潤一郎も英語の歴史的現在について触れており、北原白秋も意識して歴史的現在を用いたことは前に触れた。文章作法の類を書いた人は多いので、歴史的現在という観点からそれらをこれから読んでこの疑問に関する何かのヒントを得たいと考えている次第である。
若いころはロシア人にロシア語を直してもらうと、心から感謝してすぐ使ってみたものだが、いろいろなロシア人がいろいろな説明をしてくれるような場合に多々遭遇すると、どれが正しいのか分からなくなる。どれも正しいのかもしれないし、文体(俗語とか口語とかの)の違いもあるのかもしれない。日本人だからあらゆる状況ですべてまともな日本語を使えるわけではないし、文法的な説明ができるものではないと同じ事がロシア人にも当てはまる。技術用語ならその分野の用語辞典、一般的な日本語の語彙なら国語学者の書いた本や辞書が規範であるのと同様、ロシア語なら文法関係のロシア語学者の書いた参考書に拠ることにした。前に書いた磯谷孝先生、城田俊先生、原求作先生、中沢敦夫先生、宇多文雄先生他の著作は言うまでもなく、В.В. Виноградов, Д.Э. Розенталь, Л.С. Муравьева, М.В. Всеволодова, О.П. Рассудова, С.Н. Мерзен, С.Л. Пятецкая, Н.А. Лобанова, Э.И. Амиантова, А.В. Бондарко, Ю.Д. Апресян, Е.В. Паудчева先生他の著作が私にとって文法の規範ということになる。だから普通のロシア人の言っていることがおかしいと思えば、これら先生方の本を見て判断することにしている。
設問)「この機械は前後左右上下に動く」をロシア語にせよ。

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2011年09月21日

●和文解釈入門 第124回

露文解釈なら体の用法を十分理解していなくても、何となく意味は分かるし、直接お金を貰うわけでもないからそれでいいが、露文和訳となるとプロだということもあり、体の用法をきちんと理解していないと、文のニュアンス(文体の差とか、方言であるとか、非標準的用法をわざと使っているなどの)が十分に汲み取れない。それにロシア語の特に会話の部分は自分である程度長い期間ロシア人と接して日常的に使っていなければ、体の用法や類語の使い分けの違いを感覚的に会得できない。しかし子供ではないから感覚的だけで100%正しく体の用法を使いこなせる自信があるならいいが、普通は理論的裏付けが大人には必要である。そうでないと応用が利かない。ましてやロシア語で分からないことがあっても自分で調べようとせず、安易に何でも最後にはロシア人に頼ろうという姿勢ではいつまでたってもロシア語は上達しない。体の用法や類語の用法の違いなど露露辞典や参考書を使って自分で調べ、理解して納得するという努力が不可欠である。
ロシア語で発想できるようにすることがロシア語上達の道だと考えている人がいるが、そうではない。二十歳すぎくらいからロシア語をやってバイリンガルにはなれないと思う。どうしても母語の日本語との兼ね合いと言う事を考えざるを得ないからだ。ロシア語で話す場合、比較的短いフレーズならちょっと慣れればロシア語がすぐ出てくるが、長いものとなるとどうしても日本語からの翻訳となる。だから日本語が母語として確立しているという事を長所と考えて、常に日本語とロシア語を対比して、どちらからでも日露双方の語彙が出て来るように訓練すべきだ。これはロシア人にはできない芸当だろう。
прекрасныйはочень хороший, очень красивыйと言う意味なので、оченьと一緒には用いない。使える程度を示す副詞はпростоとか、後は絶対的な尺度を示すнесомненно, безусловноなどである。очень, весьмаは比較級とは用いず、比較級で程度を高める副詞を使うとすれば、намного, гораздоだということを知っている人は多いはずだ。намного (гораздо) лучше (хуже)となる。медикаментыは複数だけの名詞で、訳はその通り医薬品である。つまり薬を硬く言った表現で、лекарствоと同義であり、同じ単語を繰り返したくないときに使える。средствоも薬だが、この単語は手段という意味もあり、多義なので薬というときにはлекарствоのほうが多く使われる。それと他にпрепаратという言葉は製剤という意味で、調合された薬剤(つまり漢方薬などは入らない)、таблетированные препараты(錠剤)などのような使われ方をする。
設問)「二つのうちからましな方を選ばないと」をロシア語にせよ。

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2011年09月20日

●和文解釈入門 第123回

このコーナーでは会話における和文露訳において、主として完了体と不完了体をどう使い分けるのかそのたたき台として自分なりの考えを提示している。多くの先人の業績を自分なりに解釈したものだが、自分では会得したつもりでも、他の学習者が実践の場で使おうとしたときにどちらの体を使うべきか曖昧さが出てくるのはやむを得ないと思う。これは個々人で工夫してもらうしかないが、体の用法を真剣に突き詰めて考えてゆけば、私のように細々と具体的な用法を書かずとも、もっと統合した考えで、体が使えるようになるかもしれない。あるいは何かの用法上の目印で新しい発見があるかもしれない。
設問の短文自体が文脈から切り離されているという、ある意味では現実離れしたしたものであり、露露辞典にあるように段落に近い大きさで例文を作れば、より文脈の持つ意味が明確になるのは間違いない。しかし、そうしないのは、設問のポイント(本質)が曖昧になる可能性がある、設問を作るのも、回答するのも、はたまた投稿するのも億劫になる、それと回答を暗記用に使えなくなるといった理由である。逆に文脈と切り離されているとことは、体の用法の解釈を広げ、その解釈をする前提を確実に理解する助けになると信じている。ただ設問において私が正解だと称するものに惑わされる必要はない。私が設問を一般的な文脈で理解すると称するのは、ある意味これが人工的な文脈であり、色々な解釈が可能であるため、あくまで私が現時点でそう思うというだけのことである。できるだけ場面別に説明しようとしているが限りがある。またそう解釈する理由を人には説明できるが、絶対的ではないし、学習者それぞれが納得してくれることを期待しているのでもない。私の体の用法に対する考えも(多分いい意味で)変わってゆくだろう。ロシア人との会話という実践の場では話すのは、特定の文脈におけるその学習者個人なのだから、その時々の文脈における自分に合う用法上の目印というのを自得せざるを得ないのであり、このコーナーがその参考になることを願っている。もし体の運用について何かいいアイデアが浮かんだらこの場でなくともどこかで発表してもらえれば、それは私にとっても後進の人達に取っても本当に有益なことになるに違いない。それがたたき台と書いた理由でもある。
体の用法以外にも、会話における和文露訳は意識して日本語からロシア語への語彙を会得しないとできるようにはならない。ロシア語の語彙の意味が日本語ですぐ分かると言っても、単語や語句が1対1で対応していればの話で、類語語の存在を忘れている。だから会話における和文露訳はそういう方面で十分な経験がないと教えられるはずがないと思う。
設問)「彼には欠点も多いが、長所はそれに勝る」をロシア語にせよ。

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2011年09月19日

●和文解釈入門 第122回

自分で会話集を書いたときに、露文を見て、なぜこういう和訳になるのかちょっと分からないだろうなと思われるものもあるのに気がついたが、紙面の都合上説明は書けなかった。例えば、Удачи!(幸運を祈ります)やСпокой ночи!(お休みなさい)である。これらはжелатьという生格を取る動詞が省略されているから生格なのである。もっというと動詞によっては抽象的補語には生格を、具体的なものは対格をと分けるものもある。普通は理屈抜きで丸暗記する。しかしなぜそうなるかには大抵理由があるはずだ。理由が分かれば頭に残りやすい。私がもっと文法を勉強したらと主張するのも、できるだけ丸暗記の負担を減らし、能率的にたくさん語彙を覚えてほしいと願うからである。
大衆食堂はзакусочнаяが普通で、これより小さいもの(酒類は提供可)はзабегаловкаといい、マクドナルドとか蕎麦屋とかラーメン屋の類である。буфетはビュッフェで、駅や劇場の中のサンドイッチやジュースなどを提供するところを指す。кафетерийはセルフサービスのレストランといったところ。カメラマンといっても、報道関係ならфоторепортёрであり、写真家(芸術写真集を出すような)はфотохудожникといい、映画のカメラマンはоператорで、テレビのカメラマンはтелеоператорとなる。
設問)「何か飲むものある?」をロシア語にせよ。

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2011年09月18日

●和文解釈入門 第121回

БондаркоのТеория морфологических категорий и аспектологические исследования(形態的範疇理論および体の研究), Языки славянских культур, 2005によれば歴史的現在という用法は18世紀末までは完了体未来形で行われ、それ以降は衰退し、その後不完了体現在形が用いられ現在に至っているという。私などは完了体未来形が過去で使われるのは時制の転用(転移)と簡単に片づけていたが、これは過去の名残だということになる。А.А. Потебняの用いた有名な例文、「足で蹴って壊した」という文は、普通に考えればПнул ногой – изломал.と完了体過去形の順次的用法である。ところが完了体未来形を用いてПнёт ногой – изломал.とすれば、より生き生きとした表現になるという。これは歴史的現在があたかも眼前で行為が行われているかのように表現するの謂なので生き生きととらえられると考えれば納得がゆく。このように先行する動作には完了体未来形が使われるというのが時制の転用での説明である。現在の時制の反復・習慣の用法でも、完了体未来形が先行する動作を示し、かつ平板な文章にを生き生きしたものに変えると言われている。Когда хлор улетучится, я наливаю раствор в банку.(塩素が蒸発したら、溶液を瓶に〔いつも〕注ぎます)。この他に生き生きとした感じを出すために、完了体未来形が過去で使われる例としてよく見られるのは、какと共に使われるものである。Замер его голосок, и с ним в одно мгновение точно всё умерло... Зато через минуту все как вскочет, словно бешеные, и ладошами плещут и кричат.(彼のか細い声が消え、それとともに一瞬で全てが死に絶えたようだった。その代わり、そのあとすぐにすべてが急に湧き上がり、気違いのように〔人々が〕手を鳴らしたり、叫び出したりした)。これらはいわゆる歴史的現在の用法で、вскочетは単数の完了体未来形、その後の動詞は複数の不完了体の現在形である。
 Поживём – увидим.(その時はその時)というような諺は、一つの事例を取り上げて全体を代表させるという例示的意味の完了体未来形と見るか、歴史的現在の古い用法の名残と見るかだが、この歴史的現在の用法が発展して例示的意味を持つことにより、完了体未来形の成文法に生き生きした表現という生産性を与えたといえないこともない。
 このような歴史的現在という用法は我々外国人は会話では使いにくい。ある程度これが自然に出るようになればロシア語かなり上達したと言えるだろう。しかし露文解釈においてはこの用法を頭に入れておけばすぐにでもかなり役に立つと思う。
設問)「わざわざお見えになったのですか?」をロシア語にせよ。

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2011年09月17日

●和文解釈入門 第120回

今回は歴史的現在の文体の特徴についてをインターネットで見つけた2010年の報告57とある全露科学技術情報研究所のПадучева Е.В.女史の論文「物語の条件における体・時制形態の解釈によせて:歴史的現在」を基に書いて見る。*印がついたものはロシア語として正しくない文を意味し、※は私の見解である。
1. 歴史的現在はвотと結びつくが、過去形では結びつかない。これは遠いものと近いものという遠近関係で説明できるという。歴史的現在は過去を心理的に近くするが、過去形で書くと、状況と話相手の間に距離が生まれる。
Вот едет могучий Олег со двора.(ほら強大なオリェークが宮廷から出立する〔出立した〕)
2. 歴史的現在はтолько чтоと一緒には使えない。
Только что кончился математический съезд.(たった今数学の大会が終わった)
Кончается математический съезд.(数学の大会は〔もうすぐ〕終わる)
※これは歴史的過去がアオリストのように現在から切り離した過去を、あたかも現在であるかのように観察するという事から理解できる。
3. 完了体過去形の動作に続く動作を歴史的現在で表現できるが、過去形ではできない。
Он схватил меня за руку и тянет.(彼は私の手をつかんで引っ張った)
*Он схватил меня за руку и тянул.
Он схватил меня за руку и потянул (стал тянуть)
※これは完了体過去形の順次的用法という事で説明できる。
4. 歴史的現在には始発の意味があるが、不完了体過去形にはない。
Неожиданно из-за отдалённого кустарника выползает луна.(いきなり遠く離れた茂みの向こうから月が這い出てきた)
Неожиданно из-за отдалённого кустарника выползла луна.
*Неожиданно из-за отдалённого кустарника выползала луна.
歴史的現在はнеожиданно, внезапно, моментально, вдругとも、完了体のように結びつくが、不完了体の動詞は歴史的現在以外の用法では結びつかない。
5. 反意語の対のある動詞における解釈
Захожу я к приятелю.(〔過去の観察の時点で〕私は友人のところにいる)
Я зашёл к приятелю.(「〔過去の観察の時点で〕私は友人のところにいる」というアオリスト的な解釈も可能だし、「私は友人のところに寄って、いまそこにいる」という結果の現存としての解釈も可能である)
я заходил к приятелю (и ушёл.)(私は友人のところに寄って、それから帰った)
※不完了体過去形の事実の名指し
 歴史的現在で過去に転移するのは発話の時点ではなく、観察の時点である。
6. 過去を示す副詞と歴史的現在
Иду вчера по Кузнецкому, вдруг сзади раздаётся свисток.(昨日クズニェーツキー通りを歩いるとね、急に後ろから笛が鳴るんだよ)
Поднимасюсь недавно по лестнице в гостинице «Красное».(つい先日クラースナヤホテルの階段を上るとね)
Прихожу вчера в контору за справкой. Швейцар отворяет дверь.(夜事務所に証明書を取りに行くとね。門番がドアを開けてくれるってわけさ)
 このように歴史的現在はナレーション的に用いられるので、一人称での使用が多いが、三人称の場合もある。
Встречается вчера президент с премьер-министром.(昨晩大統領は首相と会談)
7. 歴史的現在が使えないか、使いにくい文脈
Приезжаю я в прошлом году в Нью-Йорк.(昨年私はニューヨークへ行った)
*Иду я в прошлом году по Кузнецкому.
※無論私はモスクワの住人という設定での話である。昨日とかつい最近なら歴史的現在は使えるが、モスクワ市内という手近な場所というありふれた場所を昨年というのは心理的にどうかということと、遠く離れたニューヨークならそう行けるところではないしこれなら昨年と考えても心理的におかしくないという心理的距離によるものだろう。
設問)「前の車を追い抜いた」をロシア語にせよ。

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2011年09月16日

●和文解釈入門 第119回

歴史的現在(劇的現在)は過去をあたかも現在眼前で起こっているようにありありと示す表現法だが、このありありとというニュアンスを除いても完了体過去形との意味の差はあるとБондаркоは言う。歴史的現在の用法に沿って述べると、
1. 動作の順次性
К машинисту поезда метро вырывается террорист, достаёт гранат и кричит: «Срочно в Копенгаген! Иначе возрву!
Машинист объявляет:
- Осторожно! Дверь закрывается . Следующая станция Копенгаген!
(地下鉄の車両の機関士のところにテロリストが乱入し、手榴弾を取りだして、こう叫んだ。「すぐにコペンハーゲンに行け、さもないと吹っ飛ばすぞ」)
 機関士はこうアナウンスをしました。「ご注意ください。ドアが閉まります。次の停車駅はコペンハーゲンです」
 これはアネクドートにある表現で、Бондаркоは例を挙げていないので私が別に選んだものである。これらの動詞はすべて完了体過去形вырвался, достал, крикнул, объявилで示すことができる。
2. 多回体動詞を一回体動詞のように使う。
前記のкричитはкрикнулという一回体のように過去の一回の具体的動作を示している。мигать/мигнуть, толкать/толкнуть, махать/махнуть, трогать/ тронуть, мелькать/мелькнутьなどもそうである。この用法では完了体過去形との意味の差は、不完了体は不完了体の意識が残っているために、1回の瞬間的という意味が完了体過去形ほど明瞭ではなく、過程としてのニュアンスが出るが、部分的とはいえ完了体過去形のような働きをしているのは事実であるという。
3. 動作の到来
Неожиданно из-за отдалённого кустарника выползает большая широколицая луна.(不意に遠く離れた茂みの向こうから大きな、でかい顔のような月がのろのろと出た)
 ここでも不完了体は歴史的現在という用法では、本来の体の用法(過程の意味)を一部残していると言えるという。Бондаркоはнейтрализация видовых различий(体の違いの中立化)と呼んでいる。
 日本語にも歴史的現在はあるが、どうもスラブ語内部でも、例えば、ポーランド語やウクライナ語、ロシア語との間で歴史的現在の用法が完全に同じではないようであるし、ましてや日本語とでは、無条件に現在で訳していいのかという疑問も当然出てくる。訳す時のこのニュアンスの差について、ロシア人でも日本人でもロシア語文法の専門家が、我々実務の専門家に、特に日本語をロシア語に訳す時にどう対処すべきかの具体的なヒントを御教示いただきたいものだと考える次第である。それまでは上記のБондаркоの指摘を頭に入れておくしかない。
このほかにも完了体過去形で示された文がすべて歴史的現在で表せるわけではないとБондаркоが述べている。意味の同じ例として、Вдруг поезд остановился.(突然汽車が停車した)とВдруг поезд останавливается.(と突然汽車が停車する)の二つの文を挙げ、過去を眼前にありありとというニュアンスを取ってしまえば、意味的には同じであるという。果たしてそうか?1番目の文は文脈によって結果の存続(現存)ないしはアオリストと二つの解釈が可能である。もっと言えば特になにも文脈が示されていなければ結果の存続と取るのが普通であろう。二番目の文を完了体過去形に直せば、1番目と同じ文にはなるが、歴史的現在というの過去の出来事を述べるのであり、それは現在とは何の関係もないのだから意味はアオリストしかありえない。つまり部分的に意味が重なるところがあるというだけである。意味から考えて歴史的現在には結果の現存という事はあり得ないはずだ。
Бондаркоは上記の二つの文と対照的な、意味が異なる例として、Вдруг зазвонил телефон.(突然電話が鳴りだした)とВдруг звонит телефон.(と突然電話が鳴る)を挙げ、前者の動詞には始発の意味があるが、後者にはないゆえに意味的に置き換えることはできないと述べている。それはзазвонитьに対応する不完了体は露和辞典にもあるようにзвонить(звонитьから見ればпозвонитьと考えるのが一般的)だから、一般的に体として対応していても、歴史的現在では使えないという解釈が成り立つわけだ。
設問)「宇宙飛行士は不測の事態に対処しなければならない」をロシア語にせよ。

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2011年09月15日

●和文解釈入門 第118回

наглый(図々しい、厚かましい)とнахальный(いけ図々しい、恥知らずな)の違いは、後者の方は否定的ニュアンスが強いが、その違いをシノニム辞典では、後者は相手の目の直視прямой взгляд в глазаということにあり、ロシアでも相手の目を見つめるというのは失礼なことなのだという事が分かる。この頃は戦後のアメリカの影響か、相手の目を見て話せなどというが、相手からじっと見つめられるのも(相手がよほど異性の美形ならともかく)気色悪いものだと感じるのは年寄りのひがみか。ブランコは子供が遊ぶのはкачелиだが、体操用のブランコやサーカスの空中ブランコはтрапецияでкрутиться на трапеции(体操のブランコで回転する)などという。ちなみにтурникは体操用の鉄棒である。
設問)「壊れた冷蔵庫は戸棚になっている」をロシア語にせよ。

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2011年09月14日

●和文解釈入門 第117回

маленькийには絶対的な大きさの標準として人間(の身長)が使われ、相対的なものとしては同じようなグループの中において大小を見るとシノニム辞典にある。холодныйも基本的には室温(これは体温では表現できないからだろう)より温度が低いということであり、тёплыйは体温に近い温度、горячийは体温よりかなり高い(水の沸点近い)というのが基本的にあるという。室温は技術用語では摂氏20度ぐらいと考えてよい。тёплая водаは「ぬるい湯」と訳すか、「温かい(ぬるめの)水」とするかいろいろあるだろうが、тёплая вода в реке(川の温かい水)とтёплая вода в ванне(風呂のぬるめの湯)では当然日本語では訳が異なってくるが、ロシア語の基本的な意味を理解していれば訳には困らない。初級者ではやむを得ないが、露和辞典というのは、代表的な和訳を挙げているのであり、文脈によっては訳を変えた方がよいと思われる場合も多々ある。その時に露露辞典を引けば理解しやすい場合もある。だから中級者以上では露露辞典を使えるようになればロシア語のレベルを大幅に上げる道が開かれたということになる。
「宇宙飛行士」のкосмонавтはソ連やロシアので(秋山豊寛、菊池涼子はこの名称で呼ばれるのだろう)、астронавтは欧米や米国、日本のであり、中国人宇宙飛行士はтайконавт (юйханъюань)、マレーシア宇宙飛行士はангкасаванである。この他にзвездолётчик, космолётчик, звездоплавательはSFに出てくる宇宙飛行士である。「作品」はпроизведениеだが、口語では絵画、彫刻、文学作品、楽曲などをработа, вещьという。「車のレーサー」はгонщикやавтогонщикでよいが、F1やラリー、ボブスレーではпилотを使い、пилоты «Формула-1» F1レーサーなどという。シンバルはтарелкиであって、цимбалыは弦楽器を意味し、2本の撥で演奏する。
設問)「鋼の炭素の含有量は何パーセントにする必要があるか?」をロシア語にせよ。

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2011年09月13日

●和文解釈入門 第116回

на + 対格(時間を示す〔数詞 + 名詞〕)で予定を示す時に、全部の動詞や名詞が使えるわけではない。参考までに使える動詞や名詞などを挙げる。動詞は基本的に完了体を用いる。動詞はвзять под защиту, зайти, затемниться, затянуться, лечь, оставить, остаться, прекратиться. приехать, присесть, спуститься, уехать, улететь, хватать, хватитьなどで、副詞・形容詞はдостаточно, достаточный、名詞はзапас, план, погода, провиант, прогноз, программа, работаなどである。動詞が他動詞なら被動形過去でも使える。不完了体が使えるとしたら、繰り返し、否定、歴史的現在の用法である。Он улетел на целый день.(彼は丸1日の予定で飛行機で発った)、Левитан уходил на неделю, на две из дому.(レヴィタンは1、2週間家を空けることがあった)、Ваня шёл впереди, а Биденко – на шаг сзади, ни на секунду не спуская с мальчика глаз.(ワーニャが前を歩き、ビジェンコが1歩後ろを、少年から一瞬も目を離さずに歩いた)。この場合否定文で完了体を用いても問題はない。これはниやодинとともに完了体を用いて否定の強調する場合に完了体が使われるからである。
「隙間」はпромежутокでпромежуток между стеной и шкафом(壁と箪笥の隙間)などと使い、もっと狭い、ぴったりに近いものとものと隙間はзазорといい、割れ目や自然に開いた細長い孔(隙間)はщельという。内部にある空隙はпорыと複数を使うのが普通である。「もの」はпредметとвещьがあるが、前者は具体的なもの、ないしは抽象的なもの(状況や事実など)で、「こと」とも訳せる場合もある。後者は具体的なものであって、かつ人が使うものであり、抽象的な意味ではあまり使わない。「身体、体」は訳語としてорганизмとтелоが考えられるが、организмは肉体的精神的性質の総体であり、телоはорганизмが外形として現れたものである。だからпопасть внутрь тела человека(人体の中に入る)と言うし、части телаは体の各部(手足など)と外側であり、「薬は体によって摂取される」はЛекарство осваивается организомом.であって、теломだとおかしいことになる。なぜならтелоは体の外側という意味だからである。それゆえОрганизм человека содержит воды около 65%.(人体のおよそ65%は水から成る)という表現もある。
設問)「彼女は字が読めなかった」をロシア語にせよ。

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2011年09月12日

●和文解釈入門 第115回

 北原白秋(1885~1942)が1925年に鉄道省主宰の樺太観光団に参加した顛末を書いた「フレップ・トリップ」(岩波文庫、2007年)を読んだ。特に前半の文体が非常に明るく感じられる。本人も「私の話法は現在格で進める。この方が楽だからである」と書いている。つまり意識的に歴史的現在で書いているのである。歴史的現在で書かれている小説、紀行文は限りがないが、このように作者が文体の違いを意識して書かれているのは類を見ない。また豊原のロシア人街についても触れている。表題のフレップ・トリップは解説の山本太郎によればアカフサスグリкрасная смородинаとクロフサスグリчёрная сиородина、ないしはナナカマドрябинаであろうという。白秋はこれらでブドウ酒をつくるとしているが、山本はナナカマドでは作れないと書いている。普通はその通りだが、ウラヂーミルВладимирというモスクワ近くの都市のナナカマドは糖度が高く、これで酒が作れるというのはロシアでは有名な話である。フサスグリの酒もあるが、この場合はナナカマドなら低木なので、北海道のハスカップのようなのかもしれない。
「考え直す」と言う日本語には、「もう一度じっくり考える」と言う意味と、「考えを改める」と言う二つの意味がある。передумать, перерешитьは「前の考えを拒否して、別の考えを受け入れる」と言う意味であり、раздумать, отдуматьは「前の考えを拒否する」と言う意味である。「引っ越す」はпереселиться, переехатьが普通だが、перейтиは同じ集落、市内に引っ越すというニュアンスがある。
設問)「5分ほど待とう。もし電車が来なかったら、歩こう」をロシア語にせよ。

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2011年09月11日

●和文解釈入門 第114回

自分が健康オタクというか健康が趣味であることは前に書いた。だからこの4年ほど健康診断で評価がD(5段階で最悪に近い)というのはまことに心外である。健康診断の評価を上げるために頑張るというのは邪道のような気もするが、趣味は趣味なのでやめられない。今年医者にはLDLコレステロール142(60 -119が適正範囲)とやや高いというが、前年より29も改善している。血圧は134~84で、毎日測っているが上が108~138の間で誤差範囲のものであろう。下は85以下である。医者は私に、それでも卵1個は多い、卵黄を抜くか、2日に1個にせよとか、野菜ジュースではなく、本物の野菜を多く取るようにせよなどという。それができないから野菜ジュースを使うのであり、こういうのは藪である。医者は野菜ジュース嫌いの人が多いのはなぜだろう。塩分少なめのだってあるのに。野菜ジュース(17種の野菜が入っている)を飲まない限り1日30種類の食物など摂れはしまい。こういう先生のほうが医者の不養生というかぶくぶく太っているのはおかしいが、問題は先生のことではなく地球より重い私の命である。藪をつついてもどうにもならない。この半年ほど並みの女性には絶対できないと思うお菓子断ちダイエットをやっている。元来吹雪(薄皮饅頭のような餡が外に顔を出している和菓子)、煎餅やチョコが大好きだったが、東日本大地震を契機に(被災者も大変だ、それに比べればこのくらいという名目で)これらを一切やめてしまった。だいたい人から強制されるのは大嫌いである。医者から酒やタバコをやめろといわれるくらいならそのとっくの前に自分でやめるというのが私の考え方である。おかげで体重は77キロから69キロに減って快調だがその検診の結果がDである。
2011年9月11日付のタイム誌を読んでいたら、卵、全乳、コーヒー、チョコの復権とある。いずれもポリフェノールが含まれており、認知症、パーキンソン氏病、タイプ2型の糖尿病にも効果が高いという。これらの取り過ぎは無論体に害があるが、害の方に比重を置いての解説が多かったように思う。卵(卵黄)はコレステロールのもとであり、牛乳も摂っても栄養にならない、つまり牛乳を飲むと下痢する人は乳糖不耐症で、日本人の半分ぐらいはそうだという。こう人は勧めても牛乳は飲まないが、チェダーチーズなどの硬いチーズなら大丈夫らしい。タイム誌によれば、卵が1日1個、全乳(つまり乳飲料ではない)なら1日500 cc、ダークチョコなら週に900~1,300 g(ないしは赤ワイン1日グラス2杯)、赤肉red meatは週500グラム以内なら体重は増えないとある。コーヒーの量は書いてなくて、飲み過ぎはイライラするとあるだけだった。もっとも欧米人対象だから日本人にそのままあてはまるかどうか分からないが、自分のダイエットの参考にはなる。それとナッツ類(無論塩分抜き)を勧めていたので、これまで止めていたピーナッツ、アーモンド、クルミ(いずれも塩分抜きのもの)を6個ぐらいずつ昨日から摂っている。特にクルミにはコレステロールを下げるomega-3脂肪が含まれているので、これこそ今の私には一番必要なものだ。脂肪も身体に悪いのはトランス脂肪(マーガリンなど)なので、要は量の問題だが、ウクライナ人のように塩漬け脂身салоは塩も含まれているし、身体にいいはずはないと思う。あれもこれもと私は健康オタクではあるが、ビタミン剤とかサプリメントは飲まない。利くか利かないというよりも余計なお金を払うのが嫌だからだ。毎日納豆、ご飯、味噌汁、牛乳、果実のジュース、生卵、うの花、バナナ、心太、野菜ジュース、ヨーグルト、ブルーベリージャムは欠かさない。ケチだからアスレチックセンターにも通う気はない。家の近くの川岸を歩けばタダだ。長寿ホルモン(オルニチン)が今人気だが、これだってカロリーを減らせば体内で多く出てくるというではないか。もっとも私の目標は我が血筋の最高値である父の亨年76を越え、男性平均寿命の79歳まで生きるである。その年まで身体に痛みもなく、後は娘たちに迷惑をかけることなく、寝たきりにならずころっと逝くという風になるための健康オタクでもある。努力してそうならなかったとしても、それはもはや私のせいではない。
食べ物以外にタイム誌では運動は体重73キロの人なら週に150分の運動が必要であり、速歩なら1日20分でよいと書いている。私は最近2時間のだらだら歩き(ないしはサイクリング)を1時間の速歩(少し股を広げて歩く感じで私にとっては速歩だが、普通の人にはウォーキング)に代えて毎日やっている。速歩はダイエットにはいいような気がする。身長は168センチで、大学に入る前の体重は58キロ、卒業時が68キロであり、書いたものによれば私の適正体重は58~63キロである。BMIも24と検診のときの25.2より下がった。腹囲も85から83に減ったが、BMIと腹囲については長生きという面から考えると男性なら26と90ぐらいの方がよいのではないかというのを読んだ。ブルースリーも早死にしたが、彼は体脂肪率5%以下だったし、そうなら体が保たないだろう。コレステロールだって細胞を作るのには必要だ。彼の死因も麻薬とかいろいろ言われているが、脂肪が少なすぎると普通の風邪薬でも利き方が普通の人とは違うと言われている。しかし体脂肪5%というような人は、健康のためというよりはナルシストで自分の体に彫刻をしているようなものだから、せっせとプロテインを飲んだりして、その体型の維持に努めるのだろう。体操や野球の選手だって健康のためにやっているのではなかろう。プロとして結果を残すためだろうから、それと同じで、ある意味生きがいなのだから話は別だ。
設問)「残念ながら訪露は2週間延期せざるをえません」をロシア語にせよ。

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2011年09月10日

●和文解釈入門 第113回

繰り返しに不完了体現在形を使うというのは、現在の1点が含まれてさえいれば現在時制を使うからだという。この点について考えてみた。今午後2時だとして、毎朝9時に通勤するという文を考えると、朝9時はとうに過ぎているから過去であって現在ではない。しかし現在というのは厳密に言えば今この瞬間(時間の軸の今現在の1点)を指し、それは未来に向かって常に動いている。だから後19時間経てば午前9時になり、つまり繰り返しに現在の1点が必ず含まれるという前提が達成されることになる。だから過去の繰り返しでは現在時制を用いないのである。未来の繰り返しはどうだろう?未来のいつかという事がはっきりしていない以上、主語が存在するかどうか(それまでに死ぬかもしれないし、なくなるかもしれない)未確定であり、未確定である以上必ず現在の1点が含まれるということにはならないから、これにも現在時制は使えないことになる。
 日本語の「~している」という構文は、始発の意味に現在まで継続しているという意味が加わった、いわゆる現在完了である。だから「彼は読んでいる」という文は、「彼は読んで、その状態が続いている」という意味だから、Он читает.となる。それでは「来ている」はどうだろう?「彼は来て、その状態が続いている」ということだが、これは完了(結果の存続)という意味で、Он идёт.とはならない。これだと「かれは来る(予定)」か「来るところ(来つつある)〔過程、現在進行形〕」である。だから「彼は来ている」ならОн пришёл. (Он приехал.)と訳さないと正しくないことになる。日本語の「~している」というのは「始発ないし完了 + 継続」という意味なので、日本語を聞いたときに動作をイメージ化できないと正しいロシア語にはならないことが分かる。「着く」、「行く」、「話す」、「言う」、「買う」、「書く」という基本的な動詞についても、「(今)書いている」と「(とっくに)書いている」では前者はЯ пишу.であり、後者はЯ (уже) написал.となる。「行くよ」や「行くところだ」も意志や予定(いずれも動作はまだ始まっていない)であり、ロシア語ではそれぞれЯ пойду.やЯ иду.に訳し分けなければならない。簡単な表現でもどちらの体を選ぶかは体の用法をよく理解していないとできないことになる。
設問)「踊れない日本女性というのは稀だ」をロシア語にせよ。

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2011年09月09日

●和文解釈入門 第112回

余計な言葉は言わないに越したことはないが、通訳していると急には思い出せない単語を思い出す間を稼ぐために、埋め草的言辞(冗語)слово-заполнитель, словесный мусорと言うのが必要になる場合もある。通訳していてすぐに単語が浮かばないときは、1秒でも2秒でも考える時間が欲しい。それで常日頃からчто касается ..., とかкак сказать, などのあまり意味のない言葉を入れる癖がつく。
「仕切り」はперегородкаで、переборкаは船舶用語では船内各室仕切りである隔壁 bulkheadの事を指すが、загородкаは天井まで達しない仕切りを言い、барьерはオフィスなどの人の背丈より低い仕切りを指す。отделениеは船舶の機関室МО (машинное отделение)などの意味もあるが、財布の中の仕切りотделение бумажникаと言う意味もある。
設問)「彼のものだったものはすべて、今やあなたのものです」をロシア語にせよ。

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2011年09月08日

●和文解釈入門 第111回

телеательеというのは辞書を引けば「テレビの修理店」とある。これは日本にはない。テレビが壊れたら(まず壊れることはないが)、販売してくれたところか、メーカーに連絡するのが一般的だ。ところが、ソ連時代のテレビは買ってすぐ何回か壊れる。ひどいのになると火を噴いたりした。何回か修理して(鍛えて)ようやくまともになるというのが、住宅や家電に対するソ連人の考え方だった。体の用法や類語の使い分けも同じで、説明を聞いたり読んだりすればなるほどと思うが、実際に会話で使おうとすると、又どちらの体を使えばいいのか分からなくなる。用法を深読みしたり、読みが浅かったりの繰り返しである。用法が日本語で書いてあるといっても自分で何回も会話で使ってみないとものにはならない。しかも体の用法の参考書だって露文解釈についてであって、和文露訳用ではないから頭の中でひっくり返す作業が必要である。分からなくなったらまた基本に戻る、この繰り返しをすることで、ソ連のテレビのように、顔から火が出るような思いをする回数が減る。だから恥をかくことを恐れない。そうすればロシア語はうまくなる。恥をかくことでは赤恥を何度もかいたから言うわけではないが、黒帯どころか赤帯である。恥をかくのに黒帯どころか、赤帯になるのも覚悟するくらいでないとロシア語はうまくはならないと思う。自分の頭の中だけで分かったつもりになっても、本当に理解したと言えるのは初心者が分かるように説明できて初めてその用法をマスターしたと言えるのではないかという気がする。それがこのコーナーを始めたいくつかのきっかけの一つである。やってみて、逆に教えられることが多いというか、ロシア語の学習のアプローチの仕方はいろいろあるのだなと痛感する毎日である。
設問)「遊びにおいでと言われているんだよ」をロシア語にせよ。

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2011年09月07日

●和文解釈入門 第110回

初めに入社したのは小さな商社で造船関係の通訳見習いの様な事をさせられた。そのとき現場で通訳のミスから右舷と左舷の水密ドアを間違ってつけてしまい、100万円の損を出したという話を聞いた。兆とか億というのは想像外だが、100万円というのは個人で想像できるうちで最高の金額である。それでこういう技術通訳やビジネスの通訳には一層慎重になったことを覚えている。外務省で国家的な通訳も、ビジネスで何億ドルの商談をしている通訳もいると思うが、通訳の緊張感は変わらないと思う次第。
 昔小松政夫の「しらけどり音頭」というのを懐かしのメロディーかなんかでやっていて、別に面白いと思ったわけではないが、Тихий ангел пролетел.という古いロシア語の言い回しを思い出した。これは座に沈黙が続いた(座が白けた)ときに言うセリフで、さまぁーずなら「何か言えよ」の類である。古い言い回しなので、現代ロシア語ならさしずめ、Медведь сдох (где-то)!とかМилиционер (мент) родился!というのだろう。
設問)「守りは難攻不落の要塞と呼べる代物ではなかった」をロシア語にせよ。

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2011年09月06日

●和文解釈入門 第109回

自分が幸せだと思うのは、まず頭痛の経験がほとんどない、つまり頭痛持ちではないことである。長い人生で多分10回ぐらいだろう。それも空気の悪い部屋に長くいたとか、眼鏡の度が合わなかったときぐらいだ。持病もない。胃が痛んだのも多分食中毒気味のときに2、3度あったぐらいで、生まれてから胃薬も飲んだことはない。20代の頃は通訳する直前など神経性の下痢で、ほぼ毎日下痢止めを飲んだが、さすがにこの頃は神経も年相応にぼけてきたからか、好きな納豆やヨーグルトのおかげかほとんど飲むことはない。多くの人が苦しんでいる腰痛もないといえる。重いものを持ったり、長く歩いたりしたときに2カ月に1度ぐらい少し痛むくらいだ。それも1枚タオルを当てたり、塗り薬で2日程度で治るぐらいだ。肩こりもない。1度家族旅行で台湾に行ったときに、非常に痛いが利くという台湾式マッサージを受けたことがある。回りで妻と娘がすごい声で悲鳴を上げていた時も、身体に乗られている感じはするが痛みは感じなかった。マッサージ師も通じる日本語で、あなたはマッサージが要らない身体だと言ってくれた。だからガイドの時も温泉でマッサージの方には目がいかないのでお客さんから気の利かないガイドだと思われているかもしれない。マッサージもある意味中毒のようなもので、マッサージを受けている人で、マッサージを卒業したという話は聞かない。母は56歳で肝臓癌で死に、父は膵臓癌でこれはほぼ寿命の76歳で死んだ。善玉コレステロールも少なく、家系から言えば特に長生きの方ではない。でも平均寿命ぐらいは生き、痛みのない生活を送りたいものだと考え、酒は2年前にやめた。きっかけは血圧が検診で上が150になったからで、酒をやめたら徐々に130ぐらいに減って今に至っている。月1回ぐらい付き合いでは飲むが、それはいちいち断りを言うのが面倒だからだ。タバコは日に3箱喫っていたが30年前にやめた。これは自分でもえらいと思っている。
設問)「2006年日本中の10歳以上の男女14,400人にアンケートは配られた」をロシア語にせよ。

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2011年09月05日

●和文解釈入門 第108回

金、もの、書類を「(郵便などで)送る」はотправить, послать, отослать, выслатьなどがあるが、выслатьは手紙や電報を送るには使えない。つまりメールを送るときでも使えないと考えてよい。「耕す」はобработать, возделатьが総称で、пахатьは犂やトラクターで耕すことをさし、焼畑には使えないことが分かる。поднять, распахатьはпахатьのシノニムだが、処女地や長く放置された畑を耕すという意味である。「条件」はусловие だが、作業条件(いわゆるモードmode)はрежим работыが技術関係ではよく使われる。「人や交通機関が到着する」というのは、使う交通機関によってприйти, приплыть, прилететьだが、приехать/приезжатьを使えば交通機関を問わない。ехать(陸上ないしは水上では使えるが、飛行機では使えない)と違って、飛行機でも船でも使える。しかし貨物грузыや郵便物почтовое отпралвениеが到着するというのは、прибыть/прибывать, поступить/поступатьしか使えない。Во Владивосток грузы прибыли с опозданием.(貨物は遅れてウラジオに到着した)という文でも分かるように、бытьと違い、прибытьはгдеではなく、кудаを取る。прибытьは人や交通機関が主語でも使えるし、到着という意味では公式訪問などの文でも使える万能な動詞でもある。ただ公式発表などの硬い表現で使うという事を頭に入れておいた方がよい。
設問)「男の方がお二人お見えです」をロシア語にせよ。

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2011年09月04日

●和文解釈入門 第107回

必要と思う語彙を全て暗記することはできない。歳を取ればとるほど暗記がつらくなる。度忘れということもある。それで私が勧めるのは、無理に暗記するのではなく、忘れても、自分の引き出しというか、そこを見れば思い出せるという語彙集を一つ作ればいいという事である。そこにロシア語関係の自分にとって新たな知見を全部詰め込むわけである。露和辞典は便利だが、使いこなしたと言っても、完全に自分個人向けではない。自分には不要と思われる語彙が多く載っていて肝心な語彙や用法を見つけ出すのに時間がかかるからだ。そこで何度もお勧めしているエクセルでの和露語彙集作成を勧める。最初の語彙集を作ったのは仕事で必要に迫られたからで、それは入社間もなくで、露和の船舶・鉄鋼用語集だった。その後20年経ってから会社で通訳していて日本語では一見簡単な言い回しがロシア語にするのが難しいのに気がついた。そこで和露でそのような語彙集を、小説などの会話の部分から拾ったりして、今では7万5千項目のコレクションとなったのである。和露にしたのは、通訳するときに和文露訳のほうが露文和訳よりはるかに難しいと考えるからである。動詞や句はできるだけ短文として、それに丁寧な和訳をつけるのがコツである。語結合が分かるような短い露文の文例を入れることにより、語彙のスペルを覚えるし、和訳すればそれがそのまま露文和訳の訓練になる。それとできるだけ典拠(出典)を入れるようにすることである。典拠を入れておくのは、あとでスペルミスかどうかのチェックができることと、露露辞典などの例文の引用などのように、文脈を理解するために無理に長く書かずに済むし、短文だから暗記に向いている。あまりないかもしれないが、何年も経ってどういう文脈でこの例文が使われているのか調べたいときにも重宝する。もちろんロシア人との会話で知った表現とか、街を歩いて見つけた看板の表現などは典拠も書けないのは当然である。
そういう語彙集の作例を挙げると、Симоновという作家の4巻目の85ページの文例にсжал губы – в колечко.を見つけたら、そこに赤く下線を引き、見出しは「唇」とし、次の欄にсжал губы – в колечко(唇を丸くとんがらせた)と訳し、その次の欄は典拠としてСимоновと書き、その次は4-85とする。そうすれば後でСимоновだけでもいろいろな文例が抽出可能である。сжалが出だしなのに小文字なのは、сжаで検索する場合、エクセルでは大文字、小文字が判別できないようなのでわざとこうしている。ロシア語のように曲用(名詞などの活用変化)がある語彙では、語幹で検索する癖をつければよい。そうすれば何回目かで行き当たる。自分の経験から言えば、この語彙数(項目数)も1万ぐらいになれば、単なる語彙集ではなく、和露辞典として効果が実感できるし、岩波露和辞典の編集をされた故飯田規和先生の話では5万ぐらいの語彙があればかなり使えるとのことで、ロシア語と言っても使う語彙は個々人で違う。世界にただ一つの自分専用の辞書を作るのだと思えばやる気も出る。
設問)「バイクと車ではどちらが早いか?もし両方ともいいものだったら」をロシア語にせよ。

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2011年09月03日

●和文解釈入門 第106回

コーシカさんよりロシア語の語彙を探せるサイトを教えてもらったので、皆様にもおすそ分けする。http://ruscorpora.ru/index.html というサイトで、単語の用例を調べることが出来る。語結合を調べるときにも威力を発揮するのではなかろうか。
和文露訳というと主語 + 自動詞、主語 + 目的語 + 他動詞と言うような構文から入ろうとする考えもあろう。ただこういうのは日本語にもある(「私は本を読む」など)し、ロシア語は語順が比較的自由なので(無論よく使うニュートラルなものを教えていくのだろうけれど)、それよりも日本人には分かりにくい運動の動詞、体の用法を徹底的に教えた方が、語句を丸暗記させるよりも、会話なのでの応用力がつくし、なによりも学習で飽きが来ないと思う。暗記中心では若い人ですら疲れるし、勉強が続かないのではないか。
テントはпалаткаだが、ロシア語のтентはズック製の庇(日除け、雨よけ)やコンバーティブルタイプのスポーツカーの幌を意味する。ちなみに庇はнавесである。шатёрは布、革、枝でできたテントで、布や枝や葉でできた庇という意味もあるし、16~18世紀の四角形か八角形の建物で上に十字(それなら教会)や風見鶏などのある建物を指す。首はшеяでподвешен на шею(首にかけられた)などというが、斬首はотсечение головыである。またビンの首はгорлышкоという。
設問)「二人の女の子はめいめい1本ずつボールペンを買った」をロシア語にせよ。

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2011年09月02日

●和文解釈入門 第105回

黒田龍之助先生は言語学者であるのみならず、その「外国語の水曜日」(現代書館、2000年)には、大学で長年ロシア語を教えた経験から得た非常に貴重な事柄が書かれており、大いに参考になる。いくつか抜粋すると、「外国語の教師の場合、たとえその人がどんなに立派な学者であっても、会話が出来なければ学生は絶対に納得しない」、「会話が出来るコツは、一つは基本的な例文を1万(!)くらい暗唱する。もう一つは、文法を学習する」(1万と書いた根拠は特にないようである。文法を学習するのは語彙の習得を能率的に簡略にするためとある)、「外国語の実力は総合的なものである。読めるだけれども話せないというのは本来おかしい(無論、話せても読めないというのもおかしいということになる)」、「ネイティブ利用法として、一つは、文法に関する質問は絶対にしない。二つ目は、発音や作文を直してもらう事」とある。
設問)「今日は何曜日ですか?」をロシア語にせよ。

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2011年09月01日

●和文解釈入門 第104回

歴史的(劇的)現在という用法は不完了体の動詞であればすべて可能だと考えるのは間違いである。знать, ведатьにはこの用法はない。またこれらの動詞は現在形で予定を示すこともできない。*Идёт и знает, что снег уже смят.というのも、*Завтра он знает (ведает), что дома его нието не ждёт.という文も文法的に間違いである。こういう風にзнать (ведать)で歴史的現在が使えないという事は、日常会話に多く使われる歴史的現在が、あるエピソードを語るために使われるのが多いので、動詞は1回の動作を行うという意味のものが多くなるという事であろう。それ以外ではある程度時間の継続を示す動詞(これこそ不完了体の動詞の用法そのものといった感じである)ぐらいであろう。歴史的(劇的)現在は書記言語に現れるのが比較的遅い、つまり庶民の日常表現として現れるものだからだとイェスペルセンも「文法の原理」(安藤貞雄訳、岩波文庫、2006年)で述べている。ロシア語でもアネクドートのみならず、日常会話で多用されるのでこの用法は一応心得ておいた方がよい。
設問)「毎日毎日暖かくなってゆく」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 05:52 | Comments [3]