2011年09月22日
●和文解釈入門 第125回
少しでも自分の日本語の文章をよくしようと、そのヒントをもらうため「文章作法」の類の本をこの1年ほど読んでいる。三島由紀夫の「文章読本」の中に、別に我々読者に勧めているわけではないが、三島自身が文章を書くときには、「二、三行ごとに同じ言葉が出ないように注意しています」とか、「文章のリズムを自由に変えるため、過去形の続く文に適度の現在形の挿入は必要である、過去形の多いところをいくつかの現在形に直すことがある」など、三島の文章に対するプロ意識がうかがわれて興味深い。前者は病気と書いたら、次はやまいと書くと具体例まで挙げている。これなどロシア語ではその通りであるし、後者も私の年来の疑問である「ロシア語の歴史的現在の用法をそのまま日本語の歴史的現在で訳していいのか」に対する部分的な答えとも言える。谷崎潤一郎も英語の歴史的現在について触れており、北原白秋も意識して歴史的現在を用いたことは前に触れた。文章作法の類を書いた人は多いので、歴史的現在という観点からそれらをこれから読んでこの疑問に関する何かのヒントを得たいと考えている次第である。
若いころはロシア人にロシア語を直してもらうと、心から感謝してすぐ使ってみたものだが、いろいろなロシア人がいろいろな説明をしてくれるような場合に多々遭遇すると、どれが正しいのか分からなくなる。どれも正しいのかもしれないし、文体(俗語とか口語とかの)の違いもあるのかもしれない。日本人だからあらゆる状況ですべてまともな日本語を使えるわけではないし、文法的な説明ができるものではないと同じ事がロシア人にも当てはまる。技術用語ならその分野の用語辞典、一般的な日本語の語彙なら国語学者の書いた本や辞書が規範であるのと同様、ロシア語なら文法関係のロシア語学者の書いた参考書に拠ることにした。前に書いた磯谷孝先生、城田俊先生、原求作先生、中沢敦夫先生、宇多文雄先生他の著作は言うまでもなく、В.В. Виноградов, Д.Э. Розенталь, Л.С. Муравьева, М.В. Всеволодова, О.П. Рассудова, С.Н. Мерзен, С.Л. Пятецкая, Н.А. Лобанова, Э.И. Амиантова, А.В. Бондарко, Ю.Д. Апресян, Е.В. Паудчева先生他の著作が私にとって文法の規範ということになる。だから普通のロシア人の言っていることがおかしいと思えば、これら先生方の本を見て判断することにしている。
設問)「この機械は前後左右上下に動く」をロシア語にせよ。
(1) Эта машина работает
кругом, вверх и вниз.
(2) Данное оборудование способно работать
вперед, назад, налево,
направо, вверх и вниз.
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(1)にはкругомで左右前後という意味にはなりません。周りで働くという意味です。(2)はほぼ正解ですが、意味は分かりますがなんとなく作った感じがします。私の答えは、Этот станок делает движения вправо-влево, вверх-вниз или взад-вперёд.
上下を垂直方向にと考え、вертикально とし、左右を水平方向としてгоризонтальноとするのも一案である。左右はиз стороны в сторонуでもよいし、前後は往復運動と考えてвозвратно-поступательное движениеなどを使う事を考えてもよい。Станок совершает вертикальное, горизонтальное и возвратно-поступательное движение.とできないこともないが、「前後」のところが無理に作った文のようにも見える。
Эта машина может
работать и вертикально и
горизонтально.
Эта машина может
работать со всех
сторон, т.е. передней,
задней, левой, правой,
верхней и нижней.
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最初の方はかなり近いですが、前後の動きがありません。二つ目はまあ意味はわかるでしょうが、設問はすべての動きではありません。斜めからの動きや円方向のについては何も言っているわけではありません。
Эта машина
движется во все
направления:
переднее, заднее,
левое, правое, верхнее
и нижнее.
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前にも書きましたが、全部ではないので全部の動きというのを外すべきです。それだと意味は分かります。
文法をきちんと習得するのってかなり大変なことですね。
日本語の文法でさえいざとなるときちんと説明できませんから。
回答です。
①Эта машина обеспечивает движение во всех направлениях: вперед, назад, налево, направо, вверх и вниз.
②Эта машина способна на движение во всех направлениях: вперед, назад, налево, направо, вверх и вниз.
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この設問は機械の取扱説明書にある文を想定しています。ですから、「全部」などと設問にない語句を勝手に付け加えてはいけません。このように勢いで訳を滑らかにしようというのはロシア人的発想で、ロシア人の取扱説明書の訳にはこのような誇張訳が見られます。ロシア語では誇張というほどのことはないと考えているのかもしれません。それだけロシア的発想をものにしているので一概に悪いとは言えませんが、技術通訳や翻訳では後でユーザーからクレームの来る可能性がありますし、そうなると大事です。メーカーの原文には「全て」など入っていないのですから。全部といっても斜めや円方向や、八の字などの動きは書いていません。そういうことを除けば、初めの文は通訳する分(耳には)正しく聞こえます。書くときにはдвижениеの後にアポストロフィーで"взад-вперёд", "вправо-влево" и "вверх-вниз"とすればもっとよいでしょう。二番目のспособнаですが、あまり技術用語で使うことはないようです。「できる」という語句を入れなくてもその意味は出せるのである意味が冗漫になります。машинаは単体の機械(溶接機など)やコンピューターという意味で使うので、普通こういう上下左右の動きをするのは工作機械(ボール盤、旋盤など)です。間違いではありませんが、英語のmachineほどまだ使われてはいません。
(訳)
この機械は前後左右上下に動く
Этот аппарат двигается вперед, назад, налево, направо, вверх и вниз.
考えるほど深みにはまりそうなのでこれでいきます。
機械の能力のおはなしなので不完了体です。
さて、正解は
станокですか。まぁ確かにフライス盤の動きです。
аппаратではいかんのか、と調べてみると、こちらは電話機とかカメラなどを指して使われるので適しませんね。
оборудованиеでは機械というより設備(英語だとmachineではなくequipment)になってしまうようで、この設問への回答には無理がある、と感じます。
делать движениеをдвигатьсяにまとめてしまうのは問題ないでしょうか(意味は分かる、でもそう言わない、というレベルの問題かもしれませんね)。
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двигатьсяでも問題はないと思いますが、問題は3つの方向の動きを6つにしてしまっている点にあります。これを私の回答のようにまとめたほうがよいと思います。