2011年02月26日

●和文解釈入門 第15回

接頭辞по-のついた完了体の動詞で、これまで始発の意味のものを紹介してきたが、по-という接頭辞のついた動詞全部がこの意味だという誤解を持つ人もいるかもしれないので、代表的なものを書いておく。пойти/поехатьは始発で、一つの方向を意味し、行き先が明記されるのが普通である。(始発の意味にはза-という接頭辞をつけたзаходитьのような完了体もあるがзаходить по комнате〔部屋の中を行ったり来たりし出す〕のようにいろいろな方向に使う)。もう一つはпоходить по комнате(ちょっとの時間部屋をうろうろする)で、あと一つは意味的ニュアンスは特になく、体の用法の違いを出すために不完了体(不完了体の方がより多く使われる)から作られたのではないかとしか思えないようなпозвонитьの類である。これら3つは用法も違うということを理解してほしい。
今はコンピューターで楽にできるが、昔愛用していた持ち運び可能なヘルメスの露文タイプでローマ数字を打つ時は、Ⅰ, Ⅱ, Ⅲ, Ⅳ, Ⅴ, Ⅹはそれぞれ1, П, Ш, 1У, У, Хと打ったものだ。この点では英語はIとVとXを組み合わせればよいから英語のタイプライターの方がはるかに楽だった。露文をタイプで清書するときはわざとそのローマ数字の部分だけあけておいて、手間ではあるが英語のタイプで後から打ったこともある。訂正も大変で、ポストイットみたい形をしたチョークが片側に塗ってある紙片があって、打ち間違った字を、タイプの上に手でその紙片を置いて打ち間違った字を打ってそのチョークで埋めるとかしたものだ。昔和文露訳や英文露訳のアルバイトをしたころは、コピー用紙にタイプすると打ち間違えたときに直すのが大変なので、トレーシングペーパーに打ってゆく。これだとタイプを打った直後だと消しゴムで訂正できた。今はそういう事も考えずに済むから楽だ。その代わり和文露訳や英文露訳の仕事は壊滅状態になったけど。肝心の訳文が決まらないのは一緒だが、技術の翻訳の仕事も露文和訳だけになってきたのはさみしい。まあ和文露訳は日本人のロシア語よりもロシア人で日本語に堪能な人に訳させた方が間違いは少ないという事なのだろう。そういう意味で露文和訳の仕事は細々とあるのはありがたい話だが、これもだんだんなくなってゆくのかもしれない。
「違う~(もの)」(間違いの)というのはдругойだと考えていると、ロシア人から変な顔をされるかもしれない。例文で示すと、Я разбила чашку, придётся купить другую.(茶碗を割ってしまったわ。別のを買わないと)ならいいが、Простите, я ошибся, дал вам не тот номер телефона.(ごめんなさい、間違いました。別の電話番号を渡してしまいました)にあるこの「間違いの」というのはロシア語でне тотである。つまりне та запись(違う録音)となる。ちなみに電話番号は、日本語同様телефонでもよい。
爆弾漁業(ドン)は夢野久作の爆弾太平記に戦前日本に併合された朝鮮沿岸で組織的に行われていたことが描かれている。
日本語のウを英語のu、またはロシア語のуでどう表記するかについては、2008年ノーベル物理学賞受賞者の益川氏を2008年10月20日付のタイムでは、TOSHIHIDE MASKAWAと表記している。wiをうぃだけではなく、ヰやゐと書くのも面白い。
設問)「カラマーゾフの兄弟を書いたのはドストエーフスキーです」をロシア語にせよ。

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●和文解釈入門 第14回

第10回で書いた和文解釈(会話での和文露訳)用の表をもっと使いやすいように訂正したので、興味がある人は参照願う。
今年の自分のテーマは類語(類義語семантически близкие слова)の使い分けだが、ここで紹介している類義語の使い分けで用いている辞書はСловарь синонимов русского языка(ロシア語シノニム辞典), Наука, 1971(2巻)、ロシア基本語活用辞典、現代ロシア語社、1979年、それに4巻本の露露辞典や、最近で初めて13巻まで出版されたアカデミー版露露辞典、Новый объяснительный словарь синонимов русского языка(新釈ロシア語シノニム辞典、3巻), Апресян他, Школа «Языки русской культуры, 1999 – 2003)である。
ソ連が国際単位系(SI、ロシア語ではСИ)を承認したのは、GOST9867-61でだが、実際に広範囲に使用されるようになったのは1970年半ば以降である。そのためロシア語略語辞典(Русский язык, 1983、第3版)の前書きにあるように、初版(1963年)に比べて、第2版(1977年)ではボルト、アンペア、ヘルツ、ワットなどの単位が国際単位系に準じたものに変更されている。つまり従来小文字の斜体で書かれていた単位が、それぞれВ, А, Гц, Вт(それぞれV, A, Hz, W)と書かれるようになったわけである。そのため1970年代初め以前の技術文献では古い書き方の単位があるということを頭に入れておいてほしい。
ロシア語では同じ文や段落では同じ語の繰り返しを避けるのが普通だが、同じ語が一つの文で2回出てくる例を見つけたので紹介する。Японец пользуется свободой настолько, насколько она не стесняет свободы других. Сознавая своё собственное достоинство, он уважает достоинтсво и в других.(日本人は自由が人の自由を束縛しない程度に自由を享受する。自分自身の誇りを意識しながら、人の誇りも尊重する)。свободой... она...свободы, достинство...достоинствоという風に、中に人称代名詞を使ってくどさを避けているののもあるのが分かる。
リストはсписок, перечень, ведомостьを使うが、списокとпереченьは同義と考えてよい。ведомостьはリストの中に説明が詳しく入っているもので、船舶の修理リストなどがそうである。最近使われるものでワインリストがあるが、これはвинная карта (= карта вин)という。これから派生してか、レストランによってはкофейная карта(コーヒーセレクション)、чайная карта(ティーセレクション)、коктейльная карта(カクテルリスト)と乱発気味である。長さはдлинаであるが、くねくねした線(海岸線など)や湖の周囲という意味ではпротяжённостьを使う。Это озеро с протяжённостью береговой линии около 150 км.(これは周囲およそ150 kmの湖である)
設問)「トルストイの〔戦争と平和〕を読んだことがありますか?」をロシア語にせよ。

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2011年02月25日

●和文解釈入門 第13回

革命前のロシアの作家の稿料(文筆料)というのは低く(20枚で200~300ルーブル)、それも雑誌や新聞が主な収入源であり、本ではなかった。15枚5000部で500ルーブルももらえれば御の字だった。1905年の第一次革命の後、実質的検閲がなくなって、それから何千もの出版社が現れ、本の出版が本格的になり、それからである。チェーホフもこれには間に合わなかった。無論ドストエーフスキーもガルシンもナトソーンも死ぬ時は金に困っていた。子供向けのものは読者の年齢が小さいという事で稿料が最も安く、支払われた版権は50~70ルーブルだった。
この頃本が売れずに出版社も困っているらしい。ただ本の需要はあるわけで、今後は電子書籍に移ってゆくのは当然の成り行きと思われる。それゆえ編集者や出版社の役割はこれまで通り必要だとは思うが、出版所はなくなってゆくだろう。当方も「和露技術用語千」や「和露観光用語集」など出版したいのだが、読者の対象が非常に限られているので売れ行きが芳しくないというのは分かっている。ブログやホームページを使ってタダで紹介すればいいようなものだが、当方は定職があるわけでもないし、家族ともども食っていかなければならないし、それなりに苦労したものをタダでというのにも抵抗がある。予約販売でもいいが、それだと常識的に500部か1000部ぐらい予約注文(前払い)を読者からもらう必要がある。これも難しい。それならシェアウェアとなるが、コピーをどう防ぐか、暗証をどうするかなど難しい。これが簡単にキンドルなどで利用してもらえるようになれば、本の出版も増えて行くと思うのだが。
「人は木から落ちても人だが、議員はサル(去る)」。こういうのはロシア語にならないなとは思いつつも、閑な時たまに露訳を考えることはある。Человек остаётся человеком, если он упадёт с дерева. А депутат, если он провалится на выборах, то останется с носом.まだまだ改良の余地はある。
形容詞の長語尾と短語尾の違いというのは、一般的に長語尾の方が永続的で、短語尾は書き言葉的で、かつその時点ではというニュアンスがあるが、長語尾と短語尾では意味がやや異なる場合もある。Он болен.(彼は病気だ).と Он больной.(彼は病気がちだ「больнойを名詞と理解すると(彼は病人だ)で、いずれも永続的ニュアンスである」のほかに、Он жив.(彼は生きている)とОн живой.(彼は生き生きしている)がある。живойは「生きている」という意味では、名詞の修飾はできるが、述語として単独では使えない。сохранить (оставлять)в живых(生かしておく), остаться (оставлен, оказаться) в живых(生きている), застать отца в живых(父の死に目に間に合う、生きている父に会う)、как живые (живой)(生きているかのように)となる。мёртвыйも「死んだ」という意味では短語尾であり、Он мёртв.(彼は死んだ)となる
 Он погиб от случайной взрыва. を「彼は偶発的な爆発で死んだ」と訳してもよいが、少し考えて、「彼は爆発事故で死んだ」のほうが日本語らしい。
設問)「お帰りになる時は明りを消して下さい」をロシア語にせよ。

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2011年02月24日

●和文解釈入門 第12回

ソ連時代はすべての公団や企業、ロシアになってからは大きい会社やカザフからの出張者は、командировочное удостоверение(出張証明書)を持っていて、これに日本側の受け入れ先にスタンプと到着日、出発日を書いてもらうことになっている。官僚主義といえばそうだが、日本の会社によっては対外的な社印は部長の許可がいるとか、なかなか押してくれないことがある。そうなるとロシア側としては大いに困る。この出張証明書に日本側のスタンプがないと出張と認められないため、出張費が出ないことになりおおごとである。ところが日本の会社ではそういう慣習がないので(一部の公務員にはあると聞いたが詳しくは知らない)、ピンとこない。そこでホテルのフロントに泣きついてホテルの日本語(日本語だと何が書いてあるかわからないので非常に便利)のスタンプを押してもらったことが何度かある。宿泊したのは間違いないし、到着日と出発日だって確認せよといえば嫌とはいえない。嘘ではないからだ。
復習のために否定の話をしてみよう。存在の否定には生格が来る(Места нет.〔空きなし〕というのは知っていると思う。補語(目的語)を取る動詞で、желатьも補語として基本的には生格を取ると言うのも抽象的なものは生格という考え方がロシア語にはあるからだ。Удачи!〔うまく行くといいですね、Good luck〕、Спокойной ночи!と生格になるのはЖелаю/Желаемが省略されていると考えるとよい。無論желатьでは稀だが、具体的な補語を取る時は(Что вы желаете?ぐらいか)対格を取る。「求める」という意味のпроситьでは30年ぐらい前の参考書では具体的な補語を取る時は対格を、抽象的な補語のときは生格をと書いてあったが、いまはみな対格で統一されつつあるらしい。このようなロシア語の発想を覚えておくとよい。
 現在の動作の否定はというと、個人的な考えだが、新規なものを否定するということで不完了体現在形を使うのが普通である。「分かりません」はЯ не понимаю.という。ところが一歩進めて、不可能の場合はというとЯ не пойму.と完了体未来形が出て来る。これは前回の例示的用法の発想だろう。可能・不可能についてはмочь, смочь, уметьで表すのが普通だろうが、この違いについては別に書くこともあろうし、初級文法書でもある程度は説明しているだろう。Я не пойму.は未来の完了の否定ではなく、「(現在)理解できない」とか、今風に言えば「わけわかんない」ということであり、Я не понимаю.よりは意味が強い。
別の例で示せば、「駅の行き方を教えてください」という場合、新しい事柄だから、Скажите, пожалуйста, как пройти на станцию.と完了体の命令形が出て来る。これをやや丁寧にすると(否定疑問文にすると日本語でも「~していただけないでしょうか」とより丁寧になるのはロシア語と似ている)、Не скажете ли вы, как пройти на станцию?となり、これはНе можете ли вы сказать, как пройти на станцию?と同じ意味である。このことから可能・不可能というのに完了体が関わってくることが分かる。ちなみにНе могли бы вы сказать ~?と仮定法を使えばさらに丁寧な言い方になるが、仮定法についてはいずれ取り上げることがあるかもしれない。
設問)「とうとうズィミナーさんはいらっしゃいませんでしたね」をロシア語にせよ。

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2011年02月23日

●和文解釈入門 第11回

ここで和文解釈(会話で使う和文露訳)について書いているが、それは自分の経験から来ていて、これからロシア語を深く学びたいと言う人に、ロシア語本来の面白さを伝えたいと言う事と、そういう人たちのために機械的暗記をできるだけ少なくできないかと考えたからでもある。ロシア語をプロとしてやる以上いつかは覚えなければならないのだから、盲目的にあらゆる表現を暗記してゆこうと思い、また効率的に覚えるために自らの批判を封じ、ロシア人がこう言った、こう書いたという事を確認できなければ、類推可能でも新たな表現を使えないという心理に陥ったことが多々あるからだ。ロシア語の表現を何万でも暗記すれば(20年以上ロシア語をやっていればその可能性はある)、帰納的に知らない表現でもこうなるのではないかと類推できるようになるはずだが、自ら心理的にそれを拒否してしまうようになってしまうかもしれない。それを防ぐためと、学習期間の短縮のために中級や上級の文法は存在するのだと私は思っているし、文法のおかげでロシア人に頼らなくてもロシア語をやっていける自信ができてきたように思う。
(機能動詞その2)
- оказать/оказывать -
 оказывать влияние(影響する), внимание(配慮する), гостеприимство(歓待する), давление(圧力をかける), действие(作用する), поддержку(支持する), помощь(援助する)で、принимать ванну(風呂に入る), меры(措置を取る), присягу(誓う), распоряжение(指示する), решение(決定する), смерть(死ぬ), согласие(同意する), сопротивление(抵抗する), сторону(~の側に立つ), тёплый приём(歓迎する), услугу(世話をする), участие(参加する), экзамен(試験する)。
- пользоваться –
пользоваться авторитетом(権威がある), доверием(信頼されている),праом(権利がある), преимуществом(利点がある)、популярностью(人気がある), репутацией(評判がいい), свободой(自由を享受する), успехом(成功する), уважением(尊敬されている)もある。
- поставить/ставить –
ставить диагноз(診断する), оперу(オペラを上演する), опыты(実験する), рекорд(記録を打ち立てる), термометр (градусник)(温度計を脇の下に挟む), фильм(映画を作る)。 - представлять/представить –
представлять ценность(価値がある), секрет(秘密である), трудности(困難である)
設問)「1985年からこの工場で働いています」をロシア語にせよ。

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2011年02月22日

●和文解釈入門 第10回

ここに載せた体の用法の表は改訂の上第150回に載せたので、そちらを参照願う。
設問)「何かあったら、いつでもお手伝いしますよ」をロシア語にせよ。

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2011年02月20日

●和文解釈入門 第9回

 チェーホフの短編「はねっかえり」Попрыгунья(1892年初出)の主人公のモデルについては、ラーザレフ・グルジーンスキーЛазарев-Грузинскийの書いたものの中に、ソーフィヤ・ペトローヴナ・クフシーンスカヤСофья Петровна Кувшинскаяとある。小説の方の主人公はスラム街の治療に尽くす医者の若奥さん(20歳)で、風景画家リャボーフスキーРябовскийと不倫するというテーマである。この画家がチェーホフの友人の画家レヴィタンと噂されたのでチェーホフも困ってしまった。クフシーンスカヤは当時40位で美人でもなく、かなり変わった人だったという。ワシーリエヴァという女性がクフシーンスカヤと最初に会った時のことをラーザレフ・グルジンスキーにこう述べている。馬に乗ったアマゾンという感じで裸体に部屋着をはおっただけで疾走し去ったという。クフシーンスカヤの夫は警察医で、スラムを担当していた。おかげで1年から1年半ほどレヴィタンはチェーホフに腹を立てていたという。クフシーンスカヤもチェーホフに腹を立てたという。ただ夫婦間に波風は立たなかったようである。クフシーンスカヤはぱっとしない画家だったが、死後彼女の絵の展覧会が行われたが、やありぱっとしなかったようである。クフシーンスカヤは夫やレヴィタンやチェーホフより長生きして、モスクワ郊外の別荘である伝染病患者の世話をして伝染病に感染して亡くなったという。
機能動詞というのは日本語の「する」と同様、目的語の名詞の意味の動作を行うという意味になる動詞である。делать, проводить, производить, выполнять, осуществлять, совершатьがそうであると拙著「アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法」(48~53ページ)に書いたことがあるが、他の動詞でもそのような働きをする場合もあるので、何回かに分けて書いておく。
- войти/входить в + 対格 -(~になる)
входить в действие (силу)(実施される), в доверие (милость) к + 与格(信頼を得る), в известность(有名になる), в моду(流行となる), в поговорку (пословицу)(語り草となる), в привычку (обычай)(習慣となる), в славу(有名になる), в соглашение(協定を結ぶ), в употребление(使われるようになる)
- дать/давать -
давать веру(信じる), жизнь(息を吹き込む), задание(課題を与える), занавес(幕を引く), звонок(ベルを鳴らす), имя (название, прозвище)(名づける), нагоняй (взвучку, головомойку)(お目玉をくらわす), обет(誓う), обещание(約束する), ответ(答える), отпор(反撃する), отставку(引退する), пас(パスする、トスする на удар), промах(へまする), разрешение(許可する), распоряжение(指示する), слово(約束する、言質を与える), согласие(同意する), телеграмму(電報を打つ), толчок(刺激を与える)。
- пойти/идти на + 対格 (быть готовым, способным, решаться, соглашаться ~に応じる用意がある) –
идти на верную гибель(決死の思いでゆく), на войну(戦争に行く), на всё(どんなことでもやりかねない), на опасность(危険に赴く), на посадку(着陸する), на признание(認める用意がある), на риск(リスクを覚悟する), на уговоры(説得される用意がある), на уступки(譲歩の用意がある)。
- иметь -
иметь влияние(影響する), намерение(意図する), понятие(理解する), соприкосновение(接触する)がある。
設問)「お飲みものは何になさいますか?」をロシア語にせよ。

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2011年02月19日

●和文解釈入門 第8回

この和文解釈入門の対象者は、ロシア語を6カ月から8カ月ぐらいまじめに勉強した人(NHKのラジオ講座を最低半年くらいまじめに勉強した人)のレベルからそれ以上を考えている。中級者にとっても復習になるように配慮しているつもりである。一見文法関係の専門用語があるとびっくりする人がいるかもしれないが、一応内容については説明しているし、なにせ日本語である。説明が分かりにくければ具体的にその旨ご指摘いただければ、別途詳しく説明してもよい。
現世の御利益という観点で、仏教とキリスト教などを見てみると、庶民と聖職者など専門家の間には信仰の理解に大きな差があることが分かる。片方は現世利益であり、これには試験に合格するようにとか、安産、厄除けが含まれる。一方仏教やキリスト教の宗旨を見れば、お釈迦様は死や病気の恐怖から解脱する方法を、キリストは天国に至る道を述べているのであり、どうみても現世の御利益とは関係ないようである。ところがお寺で売っているお守りを見るまでもなく、神道・仏教とも庶民にとっては現世利益のみであり、そうでない寺は経営状態が悪くなって寂びれる。またキリスト教でもマリア信仰(ルールド)や、聖ニコラ(革命前のロシア正教など)などの聖人信仰も庶民にとっては現世の御利益を願ってであろう。宗旨に沿ってその宗教を究めようとする専門家は少数派のようである。キリスト教徒で作家の曽根綾子も旧約聖書は勧善懲悪だが、新約聖書は現世の御利益を一切拒否する思想であると述べている。キリスト教は永久の命を約束する宗教であるという。イスラム教は違うのだろうか?
若いころпо болезни とかпо причинеという言い回しを入れた文はなぜかロシア人に見せると直された。理由を尋ねてもこうは言わないというだけである。今にして思えば、これらは文法的には正しいが官僚的で硬い感じがするから、ビジネスレターとか演説などでないとロシア語では使わないのだという事が分かるが、ロシア人にロシア語ではこうは言わないと言われても初級者は困ってしまう。それ以降ロシア人の言う事はあくまでもインフォーマントの意見として自分で露露辞典や参考書なりで調べることにした。素人のロシア人でなぜ使えないのかその理由を文法学者のように説明できる人はいない。いたとしても自分の憶測や思い込みを言ってしまう可能性がある。ロシア人がこう言ったと錦の御旗のように振り回すのではなく、専門家(文法学者)の書いた参考書で勉強することを勧める。
恩赦という意味ではамнистияとпомилованиеがあるが、амнистияは時の最高権力によって発せられたもので、大赦とか特赦とするのがより正しい。「前払い」をавансと訳しても間違いではないが、若干ニュアンスの差が出る。авансはもともと「仮払い」のことであり、ビジネスの前払いは普通предварительная оплатаであり、長いのでпредоплатаとする。厳密に言えばавансというのは契約金額の100%前払いではなく、30%とか一部の前払いであり、契約直後30%前払いで、残りは船積後などという場合の前払いで使われる。
設問)「今御社に向かっているところです」をロシア語にせよ。

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2011年02月18日

●和文解釈入門 第7回

発音やイントネーションを除いて、ロシア語をロシア人に習うのはどうかということを書いたが、習ってもいいロシア人がいる。それは日本でガイド試験に受かったロシア人である。今まで私の知るところ3人(女性一人、男性2人)の若いロシア人が合格しているし、今後少しずつ増えて行くだろう。一人についてはたまに電話やメールをもらうが立派な日本語である。こういう人たちは自分たちが日本語で苦労しているから、ロシア語の初級者についても和文解釈の分かりにくいところを日本語で分かりやすい説明してくれる可能性が多いと思う。一方日本の大学でも何人かのロシア人の先生がロシア語を教えているが、それが和文露訳となれば、和文露訳の授業をする上でのロシア語の日常会話の説明(こう言うんですとか、類似表現)はこなせても、ロシア語のニュアンスの差を日本語で説明できるレベルの日本語が出来る人はどのくらいいるのだろうか?和文露訳でこういう先生について学習効果があるのは、自由にロシア語で質問が出来、その解説をロシア語で理解できるロシア語の上級者にならないと無理だろう。
東京遷都について、1868年大久保利通は大阪遷都を提議したが、前島密がひそかに東京に遷都すべきという内容の書簡を大久保に遣わしたと「前島密自叙伝」(日本図書センター、1997年)にある。その主張は、
・蝦夷地開拓を考えると日本の中央に位置する東京が管理面で便利であること。
・大阪は小船用であり、修理の設備も近くにない。東京は大艦巨舶も受け入れ可能であるし、修理のために近くに横須賀がある。
・大阪は道路が狭いが、東京は広い。
・大阪の道を広げるためには巨費を要する。
・大阪に移せば、官邸、学校など新築せざるを得ず、金がかかる。東京であれば、江戸城を活用できるので国費の無駄もない。
・大阪は首都にならなくても衰微しないが、東京は首都にならなければ、人々が離散して寂びれる。
1895年オープンしたレストラン「ノーヴィ・エルミターシュНовый Эрмитаж」のメニューにотец с сыном = холодный поросёнок с ветчиной(父子〔ハム付冷製子豚〕とある。ロシア版親子丼だ。
庭はсадと訳すと思われるか知れないが、садは樹木も生えた道もある、いわゆる庭園である。日本語の庭には広辞苑によれば6つの語義があり、現代で通用するものは庭園と「家の出入口や台所の土間」であり、我々庶民の家の庭と言えば、後者の玄関周りの空間で、植木鉢を置いたり、ちょっと草花でも植えたりしている場所ということになろう。家の周囲にある庭ならдворикであろうし、玄関前ということになればпалисадникが適当という事になる。我が家にсадがあるとロシア人にいえば、どんな豪邸に住んでいるのだろうと思われる可能性が大きい。
設問)「追剥が通行人に「背広を脱げ」と言いました」をロシア語にせよ。

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2011年02月16日

●和文解釈入門 第6回

19世紀中ごろ日本の開国直後の外国人訪日記を読むと、必ず混浴について書かれており、日本人は裸に羞恥心を覚えないとある。いずれも非常に客観的な書き方であり、だから日本人は野蛮だというのではなく、文化の違いによるのだとしている。シドモア女史の「シドモア日本紀行」では、じろじろ裸を見る異人を日本人は軽蔑するというような記述がある。現代でも人前でじろじろ見つめられれば、見つめる人が無作法だと思うのと同じ感覚であろう。しかし、現代のロシアでもサウナにおいて年配の人達の男女混浴はよく見られるということをロシア人から聞くし、その写真を見せられたこともある。これは本当に心から見たくはなかった。「シベリアと流刑」(ジョージ・ケナンがシベリア流刑の政治囚について調査する前に精読し、非常に役に立ったと述べている)を書いた旅行家で民族学者のセルゲイ・マクシーモフは1861年に今の函館に10日間滞在して、日本人とロシア人の違いについて述べているが、混浴についても当時のロシアでは、モスクワやペテルブルグではないが、田舎に行けばサウナでの混浴は普通に見られる現象で驚くには値しないと述べている。
 「次の」はследующийだが、Свечу переносилив в очередной дом.(ロウソクは次の家にもって行った)というようにочереднойも用いられる。очередная задача = ближайщая задача(緊急課題、喫緊の課題)なども覚えておくとよい。
 ガイドをしていると歩道のデコボコは何のためかよく聞かれる。「目の不自由な人」ためだと言おうとして、ロシア語で何と言うのかしばらく調べていたことがある。слепойというのはロシア人でもやや失礼な感じがあるらしい。どうやらслабовидящие и незрячиеでいいという事が分かった。案外露訳しにくい「目明き」はзрячийである。
設問)次のやり取りをロシア語にせよ。
「だれか助けて」
「今行くぞ」

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●和文解釈入門 第5回

この和文解釈入門を始めたのは、会話で和文をロシア語にするときに、特に時制(現在、過去、未来)などを考えるときに、何かサインとなるものを提示できないものかと考えたからである。このサイン(合図でも目印)があれば、完了体を使うとかという意味である。一通り文法をやってから和露辞典で単語を拾っても、よほど辞典にある例文がぴったりでない限りそれだけではロシア人に通じる文にはならないのが普通である。ロシア語作文でよく使われる現在形の文の動詞に過去なら-л/-лаなどや、未来ならбытьの未来形をつければよいという単純なのではない。かといって我々多くのプロがやっているような何万もの言い回しを、たとえば会話集の語彙などを、書かれているがままに(文法的には疑問に思っても、ロシア語ではそういうのだからと自分を納得させて)、場面ごとにひたすら暗記するというのは、二十歳を過ぎた人の学習法ではないと思う。そこでできるだけ文法に即して(できるだけ理屈抜きに暗記すると言うのは避けるという方法で)、合理的に理詰めに続けてみたい。少しでも和文解釈の参考になれば幸いであるし、これでсухая грамматикаが少しでも興味が持てるようになってもらえればなおさらうれしい。
2001年頃モスクワの地下鉄内で物乞いする人が結構いた。ロシア人は物乞いに寛容で、お金をあげる人も結構いた。あるとき、中年の男の乞食が車内で物乞いを始めた。若い女性が小銭を渡したところ、その金を放り投げて、「こんなカペイカじゃ何も買えない。くれるならもっとましな額をよこせ」とどなった。その女性は真っ赤になって、次の駅で降りた。こういう乞食もいる。ロシアの乞食はほとんどプロと考えてよい。ショ場代をやくざに払って営業しているわけだ。松葉杖をついて物乞いしていた傷痍軍人が時間になると、松葉杖を脇に抱えてスタスタ歩きだしたというのも見た頃がある。営業時間が過ぎたからだろう乞食は売春婦とならんで世界一古い職業だそうだが、ザベーリンによればロシア語の乞食という言葉には、17世紀初め宮廷付きの乞食(歌手)という職業の意味があるという。宗教詩を、節回しをつけて歌いながら喜捨を乞うていた。
地図はкартаだが、市内案内図という意味ではплан городаを使う。地図ではないが地下鉄の路線図などはсхема линий московского метрополитена(モスクワ地下鉄路線図)のようにсхемаを使う。コテはмастерокとкельмаがあり、мастерокはサイドが丸いレンガ積みやモルタル塗用であり、кельмаはサイドが二等辺三角形のようになっているものを指す。
設問)「よくお休みになれましたか?」をロシア語にせよ。

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2011年02月15日

●和文解釈入門 第4回

ドストエーフスキーの「罪と罰」の主人公ラスコーリニコフのモデルと言われ、プーシキンの「スペードの女王」の主人公ゲルマンの雰囲気を漂わせたと言われたのは、工兵大隊所属近衛兵准尉カルル・ランズベルクК. Х. Ландсбергだった。なかなかのハンサムだったが、顔は笑っても目は冷たいままだったとジャーナリストのドロシェービチは書いている。ランズベルクは1879年65歳の金貸しウラーソフおよびその下女(料理女)セミニードヴァ殺害の件で15年のサハリン流刑を申し渡された。当時の権力者トテリェーベン伯爵令嬢との婚約も決まったときに、借りた金の返済をしつこく迫ったウラーソフ(7等官)を殺したわけである。ランズベルクは1875年~76年のコーカンド汗の反乱鎮圧にも参加し、人を支配する側と支配される側に分け、自分は前者に属し、人を殺すことを別に何とも思っていなかったようである。流刑地のサハリンでも成功し、支配者としての生活を送った。
 ベッドにはкровать とпостельがあるが、кроватьはベッドそのもので、постельは寝具спальные принадлежностиも含めての寝床である。ゆえにлежать в постели(ベッドで横になっている)とか、Вам кофе в постель?(コーヒーをベッドまでお持ちしましょうか?)という文では前置詞はвを取る(ただ病人が「床上げする」はподняться (встать) с постелиで、これは動詞の格支配が強いからだろう)。そしてОн умер на своей кровати.(かれは自分のベッドで死んだ)ではнаを取ることが理解されるだろう。
糞も日本語同様いろいろ使い分けがある。排泄物はиспряжнения, экскременты(ともに複数形で用いる)であり、(大)便はкалであり、какаはウンチ(幼児語)、鳥の糞はпомёт、犬などの(道にある)落し物はкучки, кучаで、牛の落し物はблины, лепёшкиという。語結合で見てみると、человеческий кал 人糞、лошадиный кал (испряжнения) 馬糞、собачий кал 犬の糞、птичий кал 鳥の糞、куриный помёт ニワトリの糞、голубиный помёт 鳩の糞、воробьиный помёт 雀の糞、коровий помёт 牛の糞、конский помёт馬の糞、свиные испряжнения 豚の排泄物、собачьи кучки 犬の落し物、котяхи 乾いた糞、коровьи лепёшки(кал) 牛などの落し物、аргал, кизяк 乾いた燃料用の糞、навоз 厩肥、стул 便通、「クソ(ッ)」という卑語ならговно, дерьмоなどである。また便の硬さはконсистенция калаで、下痢便はдрисня(卑語)。
設問)「明日モスクワに出張なんだ」をロシア語にせよ。

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2011年02月14日

●和文解釈入門 第3回

和文解釈で一番難しいのは基本的な類語(類義語)や体(完了体と不完了体)の使い分けである。長く露文解釈をやって体の用法が分かったつもりでいても、実際に和文解釈で使ってみて正しくどちらの体を使うのか分からなければ、それは理解したことにはならない。そこでしばらくは体の用法で設問を組み立ててみる。
 あるとき韓国系の商社に誘われて商談の後昼食を先方が用意してくれた。私と一緒に行った部長はそれを後でのお返しが大変であると断った。それはまずいでしょうと一応部長を説得したが聞かない。先方はわが社の飯が食えないのかということで(当時韓国には日本に対する劣等感のようなものがあった)、当然その後のビジネスの話はなくなった。部長も悪気がなく、英語も社内一できる人で対外関係が分からないわけではなかったのだが、韓国風の(東洋風な)義理ということが、日本風の義理と合わなかったのだろう。そのとき最初のモスクワ駐在を終えてすぐだったので、両方の反応がなんとも不思議な気がしたのを覚えている。生まれつきとか、育った環境もあるのだろうが、こういう義理というのが好きではない。
 観光ガイドで身代わりのお札амулет-двойникの説明をすることがある。ご参考まで。成田山の身代わり札の由来は、天保2年大工の辰五郎が仁王門の上棟式で5~6丈の高さの足場から落ちたが怪我一つせず、門鑑が二つに割れていた。旅順攻撃で有名な荘司大尉の身代わり札も真二つに割れていた。だからこのお札が身代わりとなるのですよというとフーンというぐらいで興味を示さないロシア人がほとんどだ。
「どんなスポーツが好きですか?」をКакой спорт вы любите?とすると間違いで、Какой вид спорта вы любите?となる。スポーツの種目を聞いているからである。このほかにвид транспорта(交通機関の種類)などもそうである。抽象名詞だけではなく、два вида крестьянских преступлений(2種類の農民の犯罪)などとも使える。種類という意味ではродも使われる。три рода темы(3種類のテーマ)。родの複数はроды"だが("は力点を示す)、軍関係の兵科という意味では複数はрода"となる。все рода" войск(すべての兵科の部隊)などである。無論、出産という意味では複数形のみのро"дыである。タイプはтипでдва типа любви(二つのタイプの愛)やモデルを使って、две модели развития стран(国の発展の二つのモデル)なども使える。
設問)「1875年彼はウラジオストークに着いた」をロシア語にせよ。

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2011年02月11日

●和文解釈入門 第2回

金兎金というのは貴金属店のようだが、この看板を見て金鍍金とひらめいた。鍍金はメッキだから本物の金とメッキの金を見分けると言う意味でいいのではないかと思った次第。
「統一する」というのはобъединить Японию(日本を統一する)のようにобъединитьを普通使うが、内装や色調を統一するという場合はвыдержатьを使う。多くは被動形で使われる場合が多い。例えば、Интерьер выдержан в классическом японском стиле.(内装はクラシック的な日本調で統一されている)とかКабинет, выдержанный в белых тонах(白いトーンで統一した書斎)などと使う。また案というのも契約案というような草案という言う意味ではпроект で、проект контракта(契約案)とかпроект соглашения(協定案)などというが、いくつかある案の中の一つというのであればвариантを使い、компромиссный вариант(妥協案)などとする。промышленностьというのは工業と鉱業を含めたもので、тяжёлая промышленность (= тяжёлая индустрия) 重工業、лёгкая промышленность (= лёгкая индустрия) 軽工業、というが、その同意語のиндустрияのほうがより意味が広く産業と訳して問題ない。индустрия развлечения 娯楽産業、индустрия информации 情報産業、информационно-телекоммуникационная индустрия (ИТИ) IT産業、индустрия туризма 観光産業、спортивная индустрия スポーツ産業、индустрия азарта 賭博産業などと使う。
設問)下の二つの文をロシア語にせよ。
「このバッグを買ったのよ」
「どこで買ったの?」

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2011年02月10日

●和文解釈入門 第1回

題名を和文露訳としなかったのは、露文和訳と露文解釈の違いを当てはめてみたかったからである。露文解釈というのはロシア語の勉強を始めたその瞬間から始まり、プロであろうと素人であれやっていることだが、露文和訳は文学であれ、技術であれプロでしかやれない。正しい日本語が文字に現れるプロの職業である。和文解釈ならみな頭の中でやっているわけで、厳密な、そして美しいロシア語でなくとも、文法的に正しいロシア語であればよいと考えてこういう題名にした。頭の中のロシア語ではテレパシーができるわけではなく誰にも分からないので、プリントアウトのような形になってしまうのはやむを得ない。形式はいつものように雑文と今年の自分のテーマでもあるロシア語や日本語の類語(類義語)のあとに和文解釈の設問を入れ、読者の回答があれば、回答に私のコメントと答えを書くし、読者の応募がなければ、次回回答を紹介すると言う形にしたい。和文解釈はロシア語の日常会話でも必要だし、プロを目指す初級(年齢を問わず)の方にも必要だと思う。まあしばらくは続けてみよう。
「古語の謎」(白石良夫、中公新書、2010年)の中に、古文辞学の荻生徂徠の主張として「古語の語義・用法を知っただけでは、ほんとうの古語の理解とはいえない。古語を使って詩や文章が書けてはじめて古語が理解できたと言えるのであり、また古人の心を知ったといえるのである」とあり、さらに「英文学者が英語の文章を書けなければおかしいように、漢文を書くことは儒者なら当然のこととされる」という文章が続く。英文学者をロシア語研究者と読み替えても何らおかしくはない。ロシア語の研究をしていてロシア語の文章が書けず、会話ができない人がいれば、それは常識的におかしいと言わざるを得ない。何も通訳やガイドのまねをしろといっているのではない。自分の研究分野、たとえばドストエーフスキーの研究をしているなら、ドストエーフスキーに関してロシア人の研究者とロシア語でやりあえるくらいの語学力がなければ、また実際にそういうやり取りをしなければその研究も進んでいかないのではないかと考えるからである。実際のところはどうなのだろう。ロシア語の研究者は少なくとも自分の研究分野はロシア語で書いたり話したりできるのだろうか。技術通訳を長年した経験から言えばシンポジウムでの発表をロシア語ですることはそんなに難しいことではない。前もって準備できるからだ。難しいのは質疑応答である。その場でのロシア語の質疑応答が自分の得意分野でこなせるかどうかということである。
「長い」を日本語に訳せと言われても、ロシア語では物体の長さについてか、時間の長さかによって訳が違う。使い分けは物体の長さならдлинныйを、時間の長さならдолгийが一般的で、долгийの類語としてдлительный やпродолжительный は書き言葉や演説に、またこの二つは動名詞(хранение, изучение)などとの語結合が多い。длинныйは時間的なものにも使えるが、длинный разговор(長い話)というようなニュアンスである。долгий разговорといえば(話せば長くなるが)と言う意味になる。直接時間の単位に関係したものならдолгие минуты, долгие неделиなどといい、продолжительныйとдлительныйの違いは、それぞれの固有の語結合があるものでしか区別できないが、продолжительныйは音に関してпродолжительные аплодисменты(長く続く拍手)のように用いられ、またпродолжительна болезнь(長患い)も決まった言い方である。длительныйは時間的に長いということでдлительное воздействие(長期にわたる作用)などという。
設問)「イワノフさんがいらっしゃっています」をロシア語にせよ。

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2011年02月05日

●23間違いやすいロシア語

ロシア語を初めてから40年になるが、一番難しいのは和文露訳(ロシア語作文)、正確に言えば会話でのロシア語への和文解釈である。大学で岡本正巳先生の「時事ロシア語作文」という講義を2年ぐらい取ったことがある。授業で朝日新聞の天声人語を露訳させるのである。非常に斬新でロシア語に興味が持てるようになったのもこの授業のおかげである。当時この授業については教え方に方法論的なものがないと批判的な先生もいたし、このような授業を高く評価する先生もいた。しかし40年自分がロシア語をやってきて、和文露訳の勉強という事になると、このような教え方は一貫性がなく、批判的とならざるを得ない。ロシア語作文の参考書は私の知る限り、「露文解釈から和文露訳へ」(除村吉太郎、白水社、2000年)、「ロシア語作文教程」(磯谷孝、三省堂、1973年)、「ロシア語作文の基礎」(佐藤靖彦、ナウカ、1993年)、「ロシア語作文・日本の風俗 - 和文露訳の試み」(佐藤靖彦、新読書社、2006年)、ぐらいだと思うが、私の経験から言うとこういう本をやっても、プロとして使えるような一貫した(系統的な)和文露訳の勉強にはならない。これらの参考書の著者は露文解釈の大家ばかりだが、通訳やガイドのプロとして和文露訳をしたことがあるかといえばないであろう。和文露訳は実際にロシア人に対して使ってみて、たくさん恥をかかないとうまくならない。クレーム処理などありとあらゆる場面を経験しないと和文露訳は人に教えられないのである。また今求められているロシア語は観光、経済(ビジネスや技術も含む)で用いられるような言い回しをいかに無理なく日本語からロシア語にするかであろう。これらの参考書がこれに対応できているとはとても思えない。しかも例文が現在形で、一般的(類型的)の構文が多い。比較的よいのは佐藤先生の本で、体の用法などもそれなりに説明しているが、対象が日本の風俗に限られ、紙面の関係もある。これでは我々がこれまでやってきたように何万もの言い回しを場面、場面に応じて暗記していくのと変わらない。この調子で勉強を続けていてもビジネスで通用するような一通りの和文露訳ができるようになるのに5年くらいかかってしまう。
ただ和文露訳の勉強といっても、まずは露文解釈用の勉強が前提である。その前提を踏まえたうえで、和文露訳を系統的に勉強するには、通訳やガイドとしてのプロの観点から見て、運動の動詞(これで予定の動詞を理解する)、体の用法(これでどちらの体を和文露訳で使うべきかが分かる)、基本語彙の類語の使い分けをマスターするべきである。ただ和文露訳で大事なのは骨格を成す動詞であるという事をまず理解してほしい。動詞の運用を理解するためには、基本である運動の動詞、それもидти/ходить, ехать/ездить, нести/носить, вести/водить, везти/возить, лететь/летатьを徹底的にマスターすればよい。それと体の用法をマスターしなければどちらの体を使うのか分からず、いつまでたっても外国人の話すロシア語のままである。この他に、500語程度の基本的な類語(類義語)の使い分け(例えばспустить(ся)/опустить(ся), вступить/поступить, наклонить(ся)/склонить(ся), показать/указать, послать/прислать, проверять/контролировать, решать/решаться, уметь/мочьなどの動詞、разныйやразличныйなどの形容詞、домойとна домなどの副詞(句)、заявкаやзаявлениеなどの名詞)を知れば十分である。このあとは良い表現と出会うたびに自分で、文例をつけた自分なりの和露の語彙集(コーパス)を作ってゆけばよい。これらの勉強をするために今買う事が出来る参考書を挙げると、

1. 「ロシア語の運動の動詞」(原求作、水声社、2008年)
 運動の動詞といっても、とりあえずидти/ходить, ехать/ездить, нести/носить, вести/водить, везти/возить, лететь/летатьをマスターすればよい。本書では定動詞と不定動詞しか扱っていないので、接頭辞のついた運動の動詞については本書のほかに、「Verbs of motion in Russian」, Muravyova,Russky Yazyk, 1975を勉強する必要がある。また「Russian verbs in speech」, Merzon/Pyatetskaya, Russky Yazyk, 1983も非常に良い参考書である。
2. 「ロシア語の体の用法」(原求作、水声社、1996年)
 非常に良い本だが、索引がないので読みながら自分で作るつもりでいるほうがよい。
3. 「アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法」(さとう好明、東洋書店、2008年)
 自著を挙げるのは恐縮だが、不完了体現在形の「予定」の用法の説明と被動形短語尾の用法、時制の転用(歴史的現在)が「ロシア語体の用法」にはないので本書を参考にされたい。
4. 「ロシア基本語活用辞典、現代ロシア語社、1979年(項目444)
Словарь-справочник по русскому языку для иностранцев (1. Глагол 2. Прилагательное 3. Наречие 4. Существительное) の復刻版。類義語(同意語ではないが、形が似ている基本的な動詞、形容詞、副詞、名詞の各単語разныйとразличный、заявка とзаявление など)について、類語の使い分けを我々非ロシア人向けに解説している。このような類語辞典は例を見ない。全頁読破すべきである。
5. 「ビジネスロシア語 実戦会話・応用編」(さとう好明、東洋書店、2007年、CD付)
第1部の「ビジネス会話表現法」というのが、和文解釈用の構文集であり、埋め草に使ったコラム「決まり文句」も会話の決まり文句を多数挙げているので参考になるはず。
6. 「ロシア語基本熟語500」、さとう好明、東洋書店、2009年
 安定的語結合(いわゆる熟語)を知るために必要である。ただ体の用法を理解していないと熟語も使いこなせない。
7. 「時事ロシア語」、加藤栄一、東洋書店、2008年
 和文解釈をする場合、時事ロシア語は避けて通れない。自分が必要と思う単語を本書によって覚えるとよい。
 無論これらの参考書は一回で覚えられる道理はないので、参考書を自分の使いやすいように、自分の感心した部分や、あるいはよく理解できないところを自分で見開きにつけ、何度もその都度読み返すようにするとよい。
いつ頃から和文露訳の勉強をしてよいかと言うと理想的には、ロシア語をやりだしてから半年ぐらいの、活字のロシア語が読め、発音もできるぐらいになった時である。類語や体の用法を分かりやすい日本語で説明できる先生につけばよい。独学でやる場合には初級のうちは露文のみで書かれている例文が理解できない可能性があるので、分かる範囲で続けてゆけばよい。和文露訳の上達のためにロシア人につけばよいと安易に考えている人もいるかもしれないが、和文露訳であるから、そのロシア人がよほど日本語を理解していないと、できたロシア語だけでТак не говорят.(こうは言わない)とだけで、理由や違いを説明してくれない(できない)場合も多いだろうし、生徒の方でもその説明をロシア語では当然理解できないであるから意味はない。こう言うのは上級以上の人がスキルアップをするための勉強法であるが、母国語がロシア語の人にとって、理詰めで初級者の日本人に類語の使い分けを説明できるような専門家は少ない。日本人が「は」と「が」、「ある」と「いる」の説明をするようなもので、独自の解釈でお茶を濁す場合もありうるという意味である。ロシア人に習うのは発音とイントネーションだけと考えればよい。

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2011年02月04日

●22間違いやすいロシア語

大宅壮一の「この目で見たソ連」(大宅壮一全集第21巻所載、蒼洋社、1981年)を読んでいたら、訪ソのときについたイントゥリーストの通訳について、「日本語を(ある程度)解するという事はプラスでもありマイナスでもある。日本人心理を知り過ぎているものは、半ば日本人化していて純粋のソ連人とはいえない。日本人の頭を盧過したソ連人に過ぎない」や「通訳というのは外国人との接触が職業化しているので、多分にその影響を受けていて厳密な意味でのソ連人ではなくなっているのかもしれない」とある。これをロシア語の通訳やガイドに置き換えれば、10年モスクワで暮らし、2年カザフスタンのアルマトゥイで駐在した。私も純粋な日本人とはいえないということになる。私の相手をするロシア人観光客は、そのような私を通じて初めて日本人を知ることになるので、可愛そうな気もするが、ロシア(語)を知らない「普通の」日本人とは直接会話が出来ないのだからやむを得ないとも言える。
ロシア語ではあまり兄とか弟とは言わないが、和文露訳では必要である。3人兄弟なら真ん中の兄弟はсредний братでいいはずだが、それ以上となるとどうなるのかと考えたことがある。最近末弟はсамый младший братといい、次弟はвторой младший братとあるのを本で読んだので、次兄はвторой старший братでよいと思う。
日本語とロシア語で似た響きの言葉で訳が異なるものを紹介しよう。ビスケットはпесочное печениеだが、бисквитは(ケーキなどの)スポンジ生地である。翡翠は英語ではjadeというが、古来において玉と呼ばれたのは軟玉(ネフライトнефрит)であり、清朝より硬玉 жадеит(ヒスイ輝石jadeite)が流通した。両者とも翡翠というが、現在宝石とされるのは硬玉のみである。

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