2011年02月05日
●23間違いやすいロシア語
ロシア語を初めてから40年になるが、一番難しいのは和文露訳(ロシア語作文)、正確に言えば会話でのロシア語への和文解釈である。大学で岡本正巳先生の「時事ロシア語作文」という講義を2年ぐらい取ったことがある。授業で朝日新聞の天声人語を露訳させるのである。非常に斬新でロシア語に興味が持てるようになったのもこの授業のおかげである。当時この授業については教え方に方法論的なものがないと批判的な先生もいたし、このような授業を高く評価する先生もいた。しかし40年自分がロシア語をやってきて、和文露訳の勉強という事になると、このような教え方は一貫性がなく、批判的とならざるを得ない。ロシア語作文の参考書は私の知る限り、「露文解釈から和文露訳へ」(除村吉太郎、白水社、2000年)、「ロシア語作文教程」(磯谷孝、三省堂、1973年)、「ロシア語作文の基礎」(佐藤靖彦、ナウカ、1993年)、「ロシア語作文・日本の風俗 - 和文露訳の試み」(佐藤靖彦、新読書社、2006年)、ぐらいだと思うが、私の経験から言うとこういう本をやっても、プロとして使えるような一貫した(系統的な)和文露訳の勉強にはならない。これらの参考書の著者は露文解釈の大家ばかりだが、通訳やガイドのプロとして和文露訳をしたことがあるかといえばないであろう。和文露訳は実際にロシア人に対して使ってみて、たくさん恥をかかないとうまくならない。クレーム処理などありとあらゆる場面を経験しないと和文露訳は人に教えられないのである。また今求められているロシア語は観光、経済(ビジネスや技術も含む)で用いられるような言い回しをいかに無理なく日本語からロシア語にするかであろう。これらの参考書がこれに対応できているとはとても思えない。しかも例文が現在形で、一般的(類型的)の構文が多い。比較的よいのは佐藤先生の本で、体の用法などもそれなりに説明しているが、対象が日本の風俗に限られ、紙面の関係もある。これでは我々がこれまでやってきたように何万もの言い回しを場面、場面に応じて暗記していくのと変わらない。この調子で勉強を続けていてもビジネスで通用するような一通りの和文露訳ができるようになるのに5年くらいかかってしまう。
ただ和文露訳の勉強といっても、まずは露文解釈用の勉強が前提である。その前提を踏まえたうえで、和文露訳を系統的に勉強するには、通訳やガイドとしてのプロの観点から見て、運動の動詞(これで予定の動詞を理解する)、体の用法(これでどちらの体を和文露訳で使うべきかが分かる)、基本語彙の類語の使い分けをマスターするべきである。ただ和文露訳で大事なのは骨格を成す動詞であるという事をまず理解してほしい。動詞の運用を理解するためには、基本である運動の動詞、それもидти/ходить, ехать/ездить, нести/носить, вести/водить, везти/возить, лететь/летатьを徹底的にマスターすればよい。それと体の用法をマスターしなければどちらの体を使うのか分からず、いつまでたっても外国人の話すロシア語のままである。この他に、500語程度の基本的な類語(類義語)の使い分け(例えばспустить(ся)/опустить(ся), вступить/поступить, наклонить(ся)/склонить(ся), показать/указать, послать/прислать, проверять/контролировать, решать/решаться, уметь/мочьなどの動詞、разныйやразличныйなどの形容詞、домойとна домなどの副詞(句)、заявкаやзаявлениеなどの名詞)を知れば十分である。このあとは良い表現と出会うたびに自分で、文例をつけた自分なりの和露の語彙集(コーパス)を作ってゆけばよい。これらの勉強をするために今買う事が出来る参考書を挙げると、
1. 「ロシア語の運動の動詞」(原求作、水声社、2008年)
運動の動詞といっても、とりあえずидти/ходить, ехать/ездить, нести/носить, вести/водить, везти/возить, лететь/летатьをマスターすればよい。本書では定動詞と不定動詞しか扱っていないので、接頭辞のついた運動の動詞については本書のほかに、「Verbs of motion in Russian」, Muravyova,Russky Yazyk, 1975を勉強する必要がある。また「Russian verbs in speech」, Merzon/Pyatetskaya, Russky Yazyk, 1983も非常に良い参考書である。
2. 「ロシア語の体の用法」(原求作、水声社、1996年)
非常に良い本だが、索引がないので読みながら自分で作るつもりでいるほうがよい。
3. 「アネクドートに学ぶ実践ロシア語文法」(さとう好明、東洋書店、2008年)
自著を挙げるのは恐縮だが、不完了体現在形の「予定」の用法の説明と被動形短語尾の用法、時制の転用(歴史的現在)が「ロシア語体の用法」にはないので本書を参考にされたい。
4. 「ロシア基本語活用辞典、現代ロシア語社、1979年(項目444)
Словарь-справочник по русскому языку для иностранцев (1. Глагол 2. Прилагательное 3. Наречие 4. Существительное) の復刻版。類義語(同意語ではないが、形が似ている基本的な動詞、形容詞、副詞、名詞の各単語разныйとразличный、заявка とзаявление など)について、類語の使い分けを我々非ロシア人向けに解説している。このような類語辞典は例を見ない。全頁読破すべきである。
5. 「ビジネスロシア語 実戦会話・応用編」(さとう好明、東洋書店、2007年、CD付)
第1部の「ビジネス会話表現法」というのが、和文解釈用の構文集であり、埋め草に使ったコラム「決まり文句」も会話の決まり文句を多数挙げているので参考になるはず。
6. 「ロシア語基本熟語500」、さとう好明、東洋書店、2009年
安定的語結合(いわゆる熟語)を知るために必要である。ただ体の用法を理解していないと熟語も使いこなせない。
7. 「時事ロシア語」、加藤栄一、東洋書店、2008年
和文解釈をする場合、時事ロシア語は避けて通れない。自分が必要と思う単語を本書によって覚えるとよい。
無論これらの参考書は一回で覚えられる道理はないので、参考書を自分の使いやすいように、自分の感心した部分や、あるいはよく理解できないところを自分で見開きにつけ、何度もその都度読み返すようにするとよい。
いつ頃から和文露訳の勉強をしてよいかと言うと理想的には、ロシア語をやりだしてから半年ぐらいの、活字のロシア語が読め、発音もできるぐらいになった時である。類語や体の用法を分かりやすい日本語で説明できる先生につけばよい。独学でやる場合には初級のうちは露文のみで書かれている例文が理解できない可能性があるので、分かる範囲で続けてゆけばよい。和文露訳の上達のためにロシア人につけばよいと安易に考えている人もいるかもしれないが、和文露訳であるから、そのロシア人がよほど日本語を理解していないと、できたロシア語だけでТак не говорят.(こうは言わない)とだけで、理由や違いを説明してくれない(できない)場合も多いだろうし、生徒の方でもその説明をロシア語では当然理解できないであるから意味はない。こう言うのは上級以上の人がスキルアップをするための勉強法であるが、母国語がロシア語の人にとって、理詰めで初級者の日本人に類語の使い分けを説明できるような専門家は少ない。日本人が「は」と「が」、「ある」と「いる」の説明をするようなもので、独自の解釈でお茶を濁す場合もありうるという意味である。ロシア人に習うのは発音とイントネーションだけと考えればよい。