2015年01月31日

●和文露訳指南第172回

順次性は完了体の特性だという事をあまり強調しなかったようなので、『和文露訳指南』2-2-1-4項を少し改めた。

 同じく動作が順々に起こっていても、過去の反復ならば、不完了体動詞過去形を使う。不完了体は時間的に共存する過程を示し、時間における過程と過程の前後関係を指示しないとラスードヴァ先生も述べておられるので、不完了体は具体的な1回ずつの動作の順次性を示さないと考えるべきである。

(この頃彼は帰宅して、夕食をとって、仕事に取り掛かるのがいつもの日課だった)В это время он всегда приходил домой, ужинал и принимался за работу. <夕食を取るのと仕事に取り掛かるのが同時という可能性もある>
(炎はすでに室内に激しさを増し、かまちも窓も燃えており、炎の先端は壁の上にのびていた)Пламя уже бушевал внутри комнаты, горели рамы и окна, и языки огня высовывались вверх по стене. <動作の同時性を示す>

出題)「この家は築何年ですか?」をロシア語にせよ。

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2015年01月30日

●和文露訳指南第171回

идтиの過去形がшёл, шла, шло, шлиであることはロシア語をやっている人は皆ご存知であろう。英語のgoの過去形wentは、wendという別の動詞から借用したと読んだことがあるので、ロシア語もそうかなと思い語源を調べてみたら、古代スラブ語のходитьのぺルフェクト用法という現在完了(結果の存続)のような用法由来らしい。хがшに音韻変化を起こしたり、脱落したことが分かる

ход" - "шед"
Произошло замещение буквы "Х" на "Ш" в одной из форм изначального глагола "хъдьти"
("ъ" и "ь" - это звук "э" разной краткости, сегодня стал где "о", где "е", где "и", а где и вовсе выпал)

первоначальная форма глагола *хъдьти, откуда через *хьдьти > идти, причем, в основных формах "хь" перешло в "ь" (краткое гласное "е")
*хьду > иду - *хьдемы > идем
*хьдеши > идешь - *хьдете > идете
*хьде > идет - *хьдут > идут
в перфекте "хь" > "ш": *хь (дъ) л > шь (дъ) л > шел

出題)「ランプは風の当たらない場所におく必要がある」をロシア語にせよ。

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2015年01月29日

●和文露訳指南第170回

アネクドートの露文和訳を出題した黒帯研究会から8年半、多分今回で和文露訳の短文を出題するようになってからほぼ4年、1300回を数えた。ここまで続いたのも投稿者の皆様のご支援のおかげである。改めてお礼申し上げる。こういう短文というのは出題しようと思えば際限なくできるが、出題する相手のレベルが特定できないために、上達の進度が全くこちらには分からない。こういうやり方で少しはお役に立っているとは思うものの、まさに糠に釘ということで手ごたえがあまり感じられないので、これでいいのか常々悩むところである。常連の方々は上級者なので、特に教えるようなものはないし、せいぜい凡ミスのチェックぐらいだろう。4年もほぼ毎日続けたからもう潮時かもしれない。ロシア語独学のお手伝いばかりで、全くあなた任せであり、そういうのよりはもっと具体的な学習者に教えるようにしたほうが世の中のためになるのかもしれない。

出題)「それは娘達にとっては糠に釘みたいなものだった」をロシア語にせよ。

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2015年01月28日

●和文露訳指南第169回

ロシア大衆の使う表現にголова у кого с (в) ведро(バケツぐらいの大きさの頭)というのがあるが、意味は同じようなものでも、文法的には少し違う。с + 対格は以前にも説明したように、およその大きさを示す。в + 対格はголоваの大きさを示している。

出題)「来ないと思った」をロシア語にせよ。

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2015年01月27日

●和文露訳指南第168回

ロシア語の入門者に一から教えるのも、上級者に動詞の体やロシアの雑学(トリビア)を教えるのもそれなりに自分の勉強になると思うが、今一番やりたいのは、ロシア語の勉強に一度挫折した人向けに、ロシア語に再挑戦してもらうことであり、丸暗記ではなく、動詞の体の使い分けを含めたロシア語文法の楽しさを通じて和文露訳を学んでもらい、ロシア人とのメールのやり取りなどで、ロシア語への興味も取り戻してくれるのではないかと思うからである。まず見つからないであろう新規のロシア語学習者を見つけるよりも、ロシア語学習者数の増加を見込めると思うし、ロシアやロシア人との相互理解も進むと思う。

出題)「彼は船内探検に出かけた」をロシア語にせよ。

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2015年01月26日

●和文露訳指南第167回

『和文露訳指南』を下記のように変更した。

3-1-6-1 状態の動詞とは

 状態の動詞は「ある、いるбыть(存在の動詞、8-1項参照)やнаходиться(位置や所在の動詞)」の意味を語義に持つ不完了体で、そのままの動作の状態の維持を意味しており、場依存型の動詞であると言える。状態の動詞は語義的に、時間軸において動作の特定かつ不動の一点を示す事ができないゆえに対応の完了体をもたないと言える。対応する完了体がない不完了体のработать(働く)やспать(眠る)などは、動作の意味で過程や反復の意味も示せるが、動作の意味を示す時には、поработать(ちょっと働く)、проработать(働きとおす)、поспать(ちょっと眠る)、проспать(眠りとおす)などと、体のペアではないが、意味を限定しての完了体を作ることができる。このように状態の動詞にはвходитьのように語義に動作と状態の二つの意味を持つものもあるので、露露辞典にて用法を確認されたい。

出題)「反応炉の冷却がイの一番にやられる」をロシア語にせよ。

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2015年01月25日

●和文露訳指南第166回

結果存続兼評価型動詞という用語名は、完了体と関係があるようにも受け取られるので、評価解釈型動詞と名称を変更した。『和文露訳指南』を下記のように変更する。

3-1-5-1 評価解釈型動詞とは何か

 評価解釈型動詞интерпретационные глаголыというのは、動詞自体には具体的な動作の意味はないが、発話において具体的な動作の評価を示し、動作の解釈は発話と共に始まり、発話の終了と共にその解釈(判定)は終わるので不完了体動詞現在形が用いられる。遂行動詞の中に判定宣告型というのがあり、これに具体的な評価(ほぼマイナス評価)を併せたものに近い。またこの動詞群はこの用法では過程(進行形)の意味では用いないので、所与の状況や文脈に沿った動作ということで、不完了体現在形で現在の時制でのみ用いられる。

(中略)

これらの動詞群は発話終了と同時に、〔すでに考えの間違いは犯された、間違った行動はなされている、すでに中傷という事実はある〕という(ほぼマイナスの)評価が示され、これは完了体動詞過去形のもつ結果の存続と結果の評価を併せた機能に近い。そのような文脈において、この用法の体のペアである完了体動詞過去形と不完了体動詞現在形は互換性があると言える。その点が遂行動詞(3-1-4参照)との違いである。

出題)「この考えを自分の胸にとどめた」をロシア語にせよ。

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2015年01月24日

●和文露訳指南第165回

私よりロシア語の通訳やガイド、翻訳の上手な人は何百人もいるだろう。これは謙遜ではなく、自分の目指すロシア語が、機械的に、ないしは反射的にロシア語から日本語、日本語からロシア語というような、日ロのバイリンガルを目指したものではないからである。精確な(正確であればそれに越したことはないが、すくなくとも近づけるという意味で)訳を目指しているからである。私の取り柄は、40年以上ロシア語をやっているので、この間ロシア語の本をいろいろ読んだり、仕事や日常、テレビや映画などでロシア人の生の会話を聞いたりして、役に立つと思われる語彙や例文をエクセルに保存しており、それが9万1千項目ぐらいあるということである。だからすぐに適訳が出なくとも、この語彙集にあたってみれば、かなりいい線までは適訳が見つかる可能性が高いのではないかと自負している。
それと20年以上アネクドートやロシアソ連の犯罪の研究をおり、実際にソ連ロシアに10年駐在したので、ロシア人庶民のトリビア(雑学)に強くなったということである。こういうロシアのトリビアは日本に住んでいるロシア人に聞けばよいと思われるかもしれないが、ロシア人はこのトリビアを空気のようにあまり意識していないし、聞けば教えてくれるが、当然のことながらそれを日本語のトリビアでは何に当たるかは知らない。英米のトリビアに関する辞典は『スーパートリビア事典』(フレッド・L・ワース、渡辺洋一他監訳、研究社、1988年)がある。ロシアに関したもので上品なものでは、Россия Большой лингвострановедческий словарь, Прохоров, АСТ-ПРЕСС, 2007があるが、平俗的なものは扱っておらず、Большой словарь русской разговорной речи, В. В. Химик, Норинт, 2004にほんの少し解説あるくらいであり、体系的なトリビアの事典はない。トリビアというのはロシア人にとってあまりに当たり前すぎて、売れないからであろう。これは日本でロシア語を勉強する学習者の大きな弱点である。それは日本のトリビアについての日本語の本がないと同じである。買う人がいないので出版されておらず、日本語ができるロシア人の弱点にもなっている。
 アネクドートを研究したおかげと現地にも10年暮らしたおかげで、ロシアのトリビアにも強くなり、それが日本語で言えばどういう感じに当たるかもある程度見当がつくようになった。このトリビアの知識がないと、アネクドートのオチが分からないとはともかく、ロシア人の仲間内での話もよく理解できないことが多い。日本では嫁姑の問題も、ロシアでは嫁の母と婿の問題となるという類である。

出題)「足を踏み外さないで、階段よ」をロシア語にせよ。

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2015年01月23日

●和文露訳指南第164回

「語学の勉強には精神を安定させるところがあります」と言う木田元先生のお言葉を第37回で紹介したが、この40年ロシア語を原語で読みだした20年前ごろから、あまりストレスを感じなくなったような気がする。15年前ぐらいロシア文学の理解には聖書が不可欠だろうと思い、聖書を読みだしたが、旧約と新約両方合わせて千ページぐらいのもので、当時ソ連でようやくおおっぴらに売り出したものだった思う。信者でもないので飽きると思い、1日2ページにした。旧約は預言者アブラハムと神とのユダヤ人らしいしぶとい駆け引きなどがあり、結構内容も面白いので、だんだんと1日に読むページが増え、10ページになり、結局4カ月ほどで読んでしまった。
最近トルストイのКруг чтения(読書の範囲)という、これも900ページぐらいあるのを読了したが、ノルマはこれも1日10ページだった。内容はトルストイ自身の言葉や自分がよいと思った他の著者の名言が1年365日毎にいくつか書かれており、短いのは1行、長くても5~6行で、週の終わりに短編のようなのが入っており、結構面白い。朝起きて読みだすのだが、おかげで1日をゆったり送れることができるような気がする。基本的に使えそうな例文を探してエクセルに入れるために読んでいるわけだが、会話に使えそうな例文はほとんどなかったとはいえ、人にとって一番大事な、心の平穏が得られるというのは、ロシア語をやってよかったと思うことの一つである。今は20年前に買ったポーランドのSF作家レムの露訳全集全12巻と、例年恒例の年鑑『日本Япония 2014』を読み始めた。この年鑑が私の時事ロシア語の教材になっていて、ここから役に立つと思う語彙や表現をエクセルに入れ、完成するかどうか分からないが『和露活用辞典』の原稿の一つになるということになる。あと『民間直喩大辞典Большой словарь народных сравнений』(Мокиенко, Никитина, ОЛМА Медиа групп, 2008)という800ページほどの時点を毎日4ページ読んでいる。この辞典は標準語だけでなく、方言も扱っているのがよい。直喩と訳したのは、есть как бегемот(がつがつ食べる)というように、какなどを使う語句である。

出題)「まず聞いたことを自分の中でよく消化し、あわてて吐き出してはならない」をロシア語にせよ。

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2015年01月22日

●和文露訳指南第163回

ロシア語の会話がうまくなりたいならば、理想的には、ストーリー性のある会話集、どういう会話集か分からなければNHKのラジオ講座テキストなどを半年分用意して、1ページ毎に文法事項を徹底的に解説してもらい、訳と解説に納得がいけばⅠページ毎に丸暗記し、それを半年分続けることである。講座テキストには和訳は載っているが、単数・複数、動詞の体などの詳しい文法解説はないから、そういう解説のできる人に頼むしかない。初級から上級までいかなる文法的な疑問にも対応できるよう、詳しい文法事項の解説してくれる人を探すのは大変だろう。解説がなぜ必要かというと、入門者や初級者では質問のとっかかりが分からず、疑問に思う事すらないからである。疑問なくして、又その解決なくして語学の上達はない。疑問を前以てクリアしておいて暗記すれば、その文の応用範囲は広がり、多くの文脈に対応できることになり、暗記の効果が高まると言える。これはロボット的な丸暗記とは違う。

 稀にテキストの丸暗記を半年続けられる人がおり、そういう人はロボットみたいなもので、例文にぴったりの和文が出てくれば露訳できるが、そうでなければ文法ができていないので、応用が利かないし、第一体の使い分けができないから、いつまでたっても外人ロシア語のままである。文が文法的に正しいかどうかが判定できないので、疑問があればロシア人に尋ねることになるが、聞かれたロシア人もロシア語としてその文が使われるかどうかは判定できるが、なぜ他の用法が使えないかは、他の用法を提示してもらえない限り判定できないことになる。まじめで優秀な人ほど語彙や例文の暗記を際限なく続けることになる。そういうのを嫌がらない人が優秀な通訳になってゆくと思うが、ロシア語をやって楽しいと感じるだろうか? 私が提唱するのは、ロシア語のニュアンスが楽しめる、昧読できるような人間的なロシア語学習法であって、ロボットみたいな機械的丸暗記法ではない。

出題)「ボートは沖に流された」をロシア語にせよ。

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2015年01月21日

●和文露訳指南第162回

疑惑や不信を示す動詞、сомневаться, не думать, не верить, не может бытьには、чтоもчтобыも両方可能で、意味も近いと言える。

Я не думаю, что этот план (будет, было) трудно выполнить. = Я не думаю, чтобы этот план трудно было выполнить.(この計画が遂行困難だ(った)とは思わない)
Я сомневаюсь, что они выполнили (выполнят) этот план. = Я сомневаюсь, чтобы они выполнили этот план.(彼らがこの計画を実行した(する)かは疑問だ)
Не может быть, что этот план уже выполнен. =Не может быть, чтобы этот план уже был выполнен.(この計画がもう遂行されたはずがない)

P.S. 第157回の回答のコメントで、やまさんの回答にстать первымは時間的関係のみと書きましたが、次のような例文を見つけました。やまさんの回答は正解です。その旨訂正しましたので、ここにお詫びさせていただきます。

Япония стала вторым после Китая крупнейшим рынком солнечной энергетики.(太陽光発電市場では日本は規模で中国に次ぐ2位になった)

出題)「他の最大級の有力なデパートにも根回しをしておいた」をロシア語にせよ。

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2015年01月20日

●和文露訳指南第161回

死ぬまでにやり終えたいと考えていることが二つある。一つは、前にも書いたが、和露活用辞典の編纂・出版であり、これは毎日少しずつ単語を追加したり削ったりして、手直しをしているが、大きなスポンサーが見つからない限り、このままでは出版できず、未完のままで終わるような気がする。まあこれはこれで仕方がない。できるだけ推敲して、原稿の質を高めておけば、後に役に立つと思ってくれる人も出てくるかもしれない。
 もう一つは、ロシア語のレッスンについてである。ロシア語の入門や、初級、中級の段階で早くから体の使い分けを中心に据えてロシア語を教えれば、機械的な丸暗記を少なくできるわけで、ロシア語会話への興味も増し、学習を継続させることができ、また学習効果が高まるのではと考えている。自分では早くからロシア語文法に興味を持ち、語彙や熟語、慣用句、諺などの丸暗記と並行して中級文法もやってきたが、文法で説明がつかないところは丸暗記してきたわけである。当然のことながら、自分でこの方法をゼロから試したことはない。昨年(2014年)の6月ごろようやく否定の用法に確信が持てたことで、体の使い分け全般に自信が持て、『和文露訳指南』を執筆したわけである。今も細かい表現やより適切な説明や例文を修正加筆しているが、それはマイナーな点であり、本質的なものは書き終えたと思っている。
このコーナーの定期投稿者は大体上級レベルで、独力でそのレベルに達した人ばかりである。このコーナーには腕試しとして参加され、語彙の面や体の奥義を極めるなどで、若干お手伝いできることもあるが、私の学習法を試すには遅すぎる人たちばかりである。私の学習法を試してみたいのは、もっと下のレベルの学習者である。それゆえ体の使い分けを中心とした勉強に興味のある入門レベル、初級、中級レベルの学習者に『和文露訳指南』を基にしたレッスン参加を募っているところである。年齢も年齢なので、人を教えるにしてもあまり時間がないような気もするが、より多くの人に、体の用法の奥義を極めることにより、より深くロシア語を味わえるのだという事を伝えたいと思っている。週1回1時間で1~2年やれば、本人が努力すれば体のあらましは分かるようになると思う。学習希望者は御一報を。このサイトでも、私のサイト「ランポポー」のメールで送信していただいてもよい。

出題)「あす朝までに熱が下がらなかったら、医者を呼びます」をロシア語にせよ。

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2015年01月19日

●和文露訳指南第160回

実際に通訳をしている時に、瞬間的に完了体か不完了体かのどちらかを選ぶのは難しい。大まかには話の流れに沿っての動作なら不完了体を、新規や想定外の動作なら完了体をととらえておくとよい。ただ通訳というものは瞬時に体を決めなければならないので、自分なりに目安というものを作っておくとよい。「いつも」とか「頻繁に」となれば、不完了体というのは間違いではないが、それは予測可能な動作の場合であって、特に日常会話などで予測不能な動作の場合完了体が来るというのは、例示的用法(偶発的反復)で何度か出題したので覚えておられる方も多いだろう。話題が過去で2005年などの時の状況語が出てくれば、完了体過去形(アオリスト的用法)を使うとか、前回の出題のように「~するのは難しい」とか、「~するのは簡単だ」というのは、不可能から来る難易のニュアンスがあるので完了体不定形を使うとか、動作に「例えば」というように入れられるなら、例示的用法であるとかである。厳密に言えば、文脈によってそうでない場合もあり、それは体の本質を考えれば説明可能だが、時間のないときには、このような便法に頼るのも一案である。このような便法をどのくらい使いこなせるかが通訳の腕の見せ所である。『和文露訳指南』の体の使い分けの目安16条などもそういう便法である。

 体の使い分けについては、本書で詳しく説明したが、ただ初級者や中級者、ひょっとして上級者でも、読んでもよく分からない人、この本を読むのが面倒な人、じっくり読む時間がない人は、その人に合わせた体の使い分けに関する個別レッスンを実地で受けてもらうしかない。

出題)「その決定は国の内外に大きな波紋を呼んだ」をロシア語にせよ。

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2015年01月18日

●和文露訳指南第159回

動詞の体の使い分けを考える際に、完了体と不完了体を対立するものとか、別個のものと考えると混乱する。それよりも数学の集合の考えを取り入れて、動詞の用法を大きな丸としたなら、その中に黒い丸を書く。その黒い丸が完了体であり、それ以外の白い部分が不完了体である。つまり不完了体は動詞の用法全てを代表するが、白地に黒が目立つように、完了体は主観的な動作を行うと考えればよい。完了体は過程(進行形)を示せないが、全一性などは、不完了体よりも、クロが白よりも目立つという意味で完了体が優先的に使われるということになる。完了体が過程を示せないので、やむを得ず不完了体が示すということになる。

出題)「そのような行動への参加・不参加に一線を画するのは難しい」をロシア語にせよ。

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2015年01月17日

●和文露訳指南第158回

本格的に露文解釈をやろうと思ったら、単語の語義を辞書で確認するのみならず、その単語を使いこなせないと真に理解したことにはならない。特に文学の場合は、どういう気持ちを込めて作者がこの単語を使ったのかが問われる場合もある。そのためには和文解釈で体の使い分けを学ぶことで、露文解釈や露文和訳においても、正確に文意やニュアンスをつかむ術や自由に単語を使いこなせる術を身につけることができるようになる。

出題)「いつもこうだ。僕が中庭に走って来るや否や、すぐに誰かが叫び出すんだ」をロシア語にせよ。

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2015年01月16日

●和文露訳指南第157回

規則的反復というのは、毎週、毎月というというような、それこそ規則的な繰り返しの他に、予測可能な反復、例えば、電話など、いつかは、また誰かからは知らないがだれにでもかかってくることは予測できるような動作、つまり、このような話し手が日常的に起こり得ると見なす反復動作を規則的反復と言う。第155回の出題「誰かから私に問い合わせがあったら」というのも、いつ問い合わせがあるか、誰からあるかは知らないが、仕事をしている以上、問い合わせがあると予測可能であるために、規則的反復が用いられ、偶発的反復(例示的用法)は用いられない。
例示的用法の使い方がよく分からないという人のために、聖書のコリント人への手紙のトルストイの訳を挙げよう。

(もし足が、私は体の一部ではない、なぜなら私は手ではないからだと言ったとしても、まさか足が体の一部ではないということになるというのか?)И если нога скажет: я не принадлежу к телу, потому что я не рука, то неужели она потому не принадлежит к телу?

このような文は仮定法過去で始めるのが普通だが、上の例文のように完了体未来形を使って、例示的用法でも表現可能である。このように話し手によって、「仮に~であれば」という、あるかないか分からないような、予測不可能であることを示すなら、完了体未来形が使えるということになる。

出題)「70年代の日本は資本主義諸国の中で米国を抜いて1位となった」をロシア語にせよ。

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2015年01月15日

●和文露訳指南第156回

ロシア語の文法というと、初級文法で暗記ばかりさせられたうらみからか、拒絶反応を起こす人が多い。将棋を例にとれば、駒の並べ方、進み方、玉の詰み方を知ることが初級文法であり、これを覚えないとゲームにならない。しかし、銀矢倉を始め、将棋にはいろいろな手があり、これを覚えないと、将棋の面白さが分からないことになる。ロシア語も同様で、初級文法だけで、後は語彙を覚えるのに熱心であっても、動詞の体の用法や、単数複数などが分かっていないと、最小限度の用は足せるというぐらいのもので、面白さが湧かない。ロシア語の面白さを満喫するために、また自分の意思を正しく相手に伝えるためにも、動詞の体をマスターすることが必要であると考える。

出題)「集まった人の3人に一人は彼に借金をしていた」をロシア語にせよ。

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2015年01月14日

●和文露訳指南第155回

このコーナーで出題の和文露訳用短文の回答をする上で理想的なのは、短文を読んだ瞬間、語彙は別にして、どの時制でどちらの体を使うべきか分かることであり、そのあとすぐその理由づけが浮かんで来れば、体の使い分けの奥義を極めたことになる。100%正しく体の使い分けが感覚的にできるなら別だが、そうでなければ用法が分かっていないと、次回は間違う可能性が常につきまとう。体の用法を極めるためには、ロシア語の本を精読多読する他に、書かれた(聞いた)ロシア文に対して、また日本語の新聞や文学、日常会話における体の使い分けを意識して、これを会話に応用するにはどうしたらよいのかという意識を常に持つことが必要である。バイリンガルなら自動的に体の使い分けができるから楽だと考える人が要るかもしれないが、バイリンガルというのは幼いころからロシアに住んでいた日本人や、日本に住んでいたロシア人だが、日常会話はペラペラでも、全員が通訳で使えるかどうかは分からない。通訳には長文読解力が要求されるからである。長文読解力を鍛えるには、日本語でもロシア語でも数百冊以上の本を精読する必要がある。それとともに体の用法(ロシア人ならテイルなどの日本語のアスペクト)などを極める必要がある。95%体の使い分けができればいいのではなく、プロなら100%できないといけないということになる。読書力がないと、ビジネスや政治経済、技術などでの標準ロシア語や、標準日本語が話せないということになりかねないからである。バイリンガルの方で通訳として成功している人たちは、自らさらにロシア語を向上させるために勉強を続け、このような努力している人たちなのである。ただ多くの通訳の方々は体の使い分けに、文法的なアプローチではなく、大量の例文の丸暗記で対処(感覚的な動詞の体の自動識別化、ロボット化とでもいうのか)なさっているように見える。私のアプローチとはこの点が違うし、文法的に対処する方が、効率的に、短期間で体の使い分けをマスターできるが、大量の例文丸暗記では出口の見えないトンネルにいるようなもので、だれもこれで十分とは言ってくれないのである。このコーナーの短文は日常会話というよりは、新聞雑誌、文学書で使われるような表現が多いので、体の奥義を極める上でも、また実戦にも大いに役に立つと自負している。

P.S. 139回のやまさんへの最初のコメントに、стрельнутьなどの一回体は、動作の一括化がないと書いたと思うが、これは間違いで、一回体も動作の一括化がある。『和文露訳指南』にその例が載せてあるのをすっかり失念していた次第。お詫び申し上げる。

Снова несколько раз кашлянул.(再び何度か咳き込んだ)

出題)「誰かから私に問い合わせがあったら、私はレストランにいますから」をロシア語にせよ。

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2015年01月13日

●和文露訳指南第154回

前回の出題は「~することができた」を和文露訳するときに、単純にмогとсмогのどちらを使うべきかという風にも置き換えられる。つまり日常会話でも大いにあり得る状況である。мочь/смочьは助動詞ではあるが、体の使い分けに関しては本質的には他の動詞と変わることがない。過去の時制についていえば、接続する動詞の体や文脈によって、状態、規則的反復、動作の有無の確認、結果の存続、アオリスト的用法、否定の用法などがあるが、岩波の書き方ではあたかもその文例の用例しかないように、学習者が受け止めてしまう恐れがある。この用例は、不完了体過去形は過去の時制でのみ用いられ、現在とのつながりがあるかどうかは分からないという特質を活かした結果存続無効の用法(第75回本文参照)や動作の有無の確認であり、完了体過去形は結果の存続を示しているに過ぎない。感嘆とか非難というのもкакが示すものであり、後に続く不定形の動詞の語義や文脈、イントネーションによるもので、мочь/смочьとは関係ない。

(負傷後すぐに怪我をした足で歩け(踏み出せ)ましたか?)Вы могли сразу после травмы наступать на повреждённую ногу? <動作の有無の確認>
(彼は自分の報告書をタイプアップすることができた)Он мог (смог) перепечатать свой доклад. <不完了体過去形は動作の有無の確認から来る結果存続無効〔可能性があった〕であり、完了体過去形は結果の存続だが、文脈によってはアオリスト的用法も可能>
(どうやってこんな高いところに登って来られたのだい?)Как ты смог подняться на такую высоту? <結果の存続>
(よくも彼は私をだます事ができたものだ!)Как он мог обмануть меня! <動作の有無の確認>
(どうしてドイツ軍が1941年にモスクワに迫ることができたのか?)Почему немцы смогли вплотную подойти к Москве в 1941 году? <アオリスト的用法>
(1911年秋から学校に通うことができるようになって、1913年春に卒業しました)С осени 1911 года он смог ходить в школу и окончил ее весною 1913 года. <アオリスト的用法由来の大過去(過去完了の継続)>

出題)「全ての人は時間がないとぼやくが、ちょっとでも自由な時間ができると、無駄に過ごしてしまう」をロシア語にせよ。

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2015年01月12日

●和文露訳指南第153回

岩波露和辞典のмочьの項885ページにмочьとсмочьの過去の用法として、いくつか使い分けの例文が次のように載っている。

イ) Он смог перепечатать свой доклад.(彼は自分の報告をタイプで打つことができた)
ロ) Он мог перепечатать свой доклад.(彼は自分の報告をタイプで打つことができたはずだ(が打たなかった))
ハ) Как ты смог подняться на такую высоту?(君はどうしてこんな高い所へ上れたんだ(感嘆))
ニ) Как он мог обмануть меня!(彼はよくも私をだませたものだ(非難))

これらの例文は露文解釈には非常に役に立つのだろうが、和文露訳の観点から考えると、この説明だけではイ)、ロ)のグループとハ)、二)のグループの使い分けがよく分からない。そこで今回は短文出題の代わりに、мочьとсмочьの過去の用法の使い分けを、和文露訳に使えるよう、上記の例文の用法について、汎用性のある説明をしてほしい。『和文露訳指南』の用語を使ってもいいし、独自の用語でもよいが、その場合は定義を明確にすることが必要である。これまで体の使い分けについて、いろいろ考えを深めてきたみなさんなら、それほど難しい問題ではないだろう。ちなみに研究社露和辞典では、смочьの過去は「うまく...することができた (суметь)の意」とあるだけで、岩波のような区別は立てていない。

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2015年01月11日

●和文露訳指南第152回

定動詞というのは反復であまり使われないが、円運動であるとか、反復が一方向ずつだけであれば使えるということは『和文露訳指南』8-2-1項で説明した。規則的な反復であれば、定動詞も順次的用法に使える。ただ順次的用法と不完了体一般という事でいえば、下記の文は文脈上動作の順がはっきりしているからいいが、不完了体というのは動作の終了をはっきりは示さないので、同時性や動作の重なりなどが出てくる場合もあるので、順次的用法は完了体と共に用いられると考えた方がよい。

(この頃彼は帰宅して、夕食をとって、仕事に取り掛かるのがいつもの日課だった)В это время он всегда приходил домой, ужинал и принимался за работу.
(仕事が終わるとすぐ彼は家に行く)После работы он сразу идёт домой.
(いつも自分の仕事を終えると友達のところに遊びに行く)Обычно я заканчиваю свои дела и идёт в гости к своим друзьям.
(夏が来ると毎年海に行く)Каждый год, как только наступает лето, я еду на море.
(毎年海に行く)Каждый год я езжу на море. <滞在する、いる、訪問するという意味では定動詞は使えない>

出題)「患者には筋肉の弛緩が認められる」をロシア語にせよ。

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2015年01月10日

●和文露訳指南第151回

по-という接頭辞のついた運動の動詞は始発を示すものもあるが、完了体が動作の全一性を示す事から、目的地を示す補語があれば、到着を示すというのがフォーサイス先生のお考えである。到着するという意味で、無理にпри-のついた接頭辞の運動の動詞を使うこともないが、その場所からいなくなった(去った)と言いたければ、у-という接頭辞のついた運動の動詞を用いた方が誤解が少ない。

И вот поплыли рыбы в море к тому месту, где жили мудрая рыба, и спросили её, что такая вода и как узнать её.(海の魚たちは賢い魚の住んでいる場所に行って、水とは何か、どうやってそれを見分けるのか尋ねた)
Сколько времени он сюда поедет?(どのくらいの時間でここに彼は来るの?)
Я пойду в магазин.(僕は店に行くよ)

出題)「仕事が終わるとすぐ彼は家に行く」をロシア語にせよ。

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2015年01月09日

●和文露訳指南第150回

繰り返し構文の主格 + 造格には、第119回出題で紹介したように、суеверие суеверием(迷信は迷信として措いといて)、сомнения сомнениями(疑惑は疑惑として)、поэзия поэзией(詩は詩として)、переписка перепиской(文通は文通として)「~は~として」があるが、人や人称名詞は用いられないようである。その代わりに、下記表現を見つけた。

Папенька сам по себе(パパはパパ)
Божья воля сама по себе, а надо и меры принимать.(神意は神意として、手段を講じなくては)
Лотерея-то лотерея, да кой-какие номерки и помеченные.(クジはクジとして、若干の番号札には印がついているのだ)

 なぜ人や人称名詞が使われないかについては、私見だが、19世紀によく使われた同じ繰り返し構文の強調用法が関係していると思われる。この表現は現在では慣用表現にしか残っておらず、基本的に新しく作ることはない。дурак дураком(大馬鹿者)、баня баней (= как баня 蒸し風呂のようだ)、чудак чудаком(大変人)、сирота сиротой(天涯孤独の身の上)、 молодец молодцом(男の中の男)、туча тучей(雲霞のごとく、むっつりした)だが、このようにマイナスイメージの熟語が多いために人に対しては使わないのかもしれない。

出題)「だれも怪我していないか?」をロシア語にせよ。

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2015年01月08日

●和文露訳指南第149回

聖書にある有名な「右の頬を打たれれば左の頬を向けよ」の露訳は、二通り考えられる。

Если кто ударит тебя в правую щёку твою, обрати к нему и другую. <偶発的反復であり、例示的用法の例えば右の頬を打たれとしたらというニュアンスがあり、右の後は左と論理的帰結を示している>
Христос поучал: когда тебя бьют по одной щеке, подставляй другую.(片方の頬を打たれる時は、もう片方の頬を(いつも)差し出せとキリストは教えた) <規則的反復で動作の常態化を示し、片方ともう片方では論理的帰結がない>

このように同じ動作を完了体と不完了体で示す事も稀に可能な場合もあるが、ニュアンスは違う。完了体は「例えば左の頬を打たれたとしたら」という例示的用法なので、生き生きした感じがするが、不完了体の反復はいつもいつもという感じで平板な感じがする。そのため完了体と不完了体を選べるなら、文に張りが出るので、完了体を使った方がよい。

出題)「赤信号ではだれも通りを渡らない」をロシア語にせよ。

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2015年01月07日

●和文露訳指南第148回

菜食主義者であるトルストイは肉食の害を説いた。一般に菜食主義者にとって肉食はダメだが、菜食は、つまり植物は動物と違うので食べてよいということらしい。植物と動物では生命という概念が違うようである。木の皮の近くは既に死んだ細胞で、生きているのは内部だけだと読んだことがある。ただ植物だって生き物であり、最近の研究では植物には感情があるかどうかという研究がなされており、弱い電気信号を用いて感情を示しているともいう。同じ生き物なのだから、肉食がだめなら、植物を食べるのも不可とすべきという議論が出てくるはずだが、植物も駄目となると、仙人じゃあるまいし、人は霞を食っては生きられないのは確かである。これに対してトルストイは、果実食を勧めている。果実を食べても種は残るわけで、再生産の道を残す事になると言う考えらしい。そうであれば根で増える栄養生殖の植物もよいのだろう。ただそういう理屈であれば、酪農農家であっても、種牛を金を出して借りてきて、種付けするわけだから、再生産の道は残していることになる。今全人類が肉食を止めたとしたら、飼われていた家畜のほとんどは餓死してしまうだろうし、需要がなくなれば無理に飼うこともなくなるわけで、繁殖させることもなくなる。自然にはそれほど栄養のある食糧である草がないからだ。食べられるために生きるのと、はじめからそういう可能性もなく、生まれて来ないと言うのではどちらがよいのだろう。いずれにせよ、人が勝手に決める問題ではないように思う。

出題)「水をたくさん汲んだら、すぐに戻るんだ。いいな?」をロシア語にせよ。

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2015年01月06日

●和文露訳指南第147回

最初のモスクワ駐在の頃だから1985年ごろだと思うが、赤の広場の近くの通り(ヴァルヴァールカだと思う)を歩いている時に、お巡りさんから呼び止められた。信号無視だという。ぼんやり歩いていたので、信号に気がつかなかったのだ。罰金を払えというので、賄賂を出せと言う事かと思い、金額を聞いたら1ルーブルだと言う。お金を払うとその場で受取をくれた。歩いて信号無視して、罰金を取られたのは私ぐらいだろう。赤の広場近辺ではちゃんとした賄賂を取らないお巡りさんを特別に配置していたのか、そのお巡りさんが例外的にそういうことのしない人だったのかは知らない。ロシアの警察官(役人と言い変えてもよい)と賄賂は切っても切れないものだというのは骨身にしみて知っている。その後運転している時に、何度もお巡りさんから、スピード違反とか信号無視とか因縁をつけられて、賄賂を取られたことを思い出す。もったいないので、できるだけ会社のカレンダーを渡す事にしており、水着のミニカレンダーなどは車の常備品だった。賄賂や乞食に渡すお布施も、渡すタイミングというものがあり、日本人にはなかなか難しい。もらう人が気分を害さぬようにという意味ではなく、お金を出す瞬間というのは人から見られているわけで、見られるということは盗難を自ら招き寄せているのと同じだからである。こういうのを覚えたからと言って日本では何の役にも立たないけど。

出題)「混雑から私が抜け出すのに彼らが手を貸してくれたのさえ思い出す」をロシア語にせよ。

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2015年01月05日

●和文露訳指南第146回

例示的用法で完了体未来形のみがほぼ使われるという理由を考えてみた。過去形であれば確述の意味も含め、動作が既に起こったという事を意味し、仮定法過去であれば、実際には起こっていない、起こる確率のないような動作を示すことになる。また不完了体未来形であれば動作が終わるということを明確に言えないが、完了体未来形なら、これからの動作で完遂する動作を示すわけで、例として提示するのであれば、妥当だと判断されたのではないかと思われる。

出題)「複数の部屋は鍵のかからないドアで仕切られていた」をロシア語にせよ。

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2015年01月04日

●和文露訳指南第145回

пока + 状態の動詞、過程の意味の不完了体動詞は主文と従属節の動作が同時に起こることを示し、пока + 動作動詞(неと共に用いられる場合が多く、具体的な1回の動作では完了体が用いられる)では主文の動作が従属節よりも後に起こる。

До тех пор пока будет признаваться власть правительства и право его управлять народом, налагать подати, учреждать суды, наказывать, война никогда не прекратится.(政府権力が人民を支配し、年貢を課し、裁判所を設け、罰する権利を認める間は、戦争は決してやむことはない)
Прошу вас подождать, пока я оформлю документы.(書類の手続きをするまでお待ちください) <ждать, подождать, ожидатьが主文の述語の時は、покаの後にнеが来なくてもよい>
И это продолжается до тох пор, пока колода не убивает медведя.(それはその短い丸太が熊を殺すまで続く)

出題)「両方の間で振り子のように人(の心)は揺れる」をロシア語にせよ。

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2015年01月03日

●和文露訳指南第144回

『和文露訳指南』4-2-1項を第96回本文に加え、再度訂正する。

完了体未来形の完遂的用法にも、近接未来ближайшее будущее(発話時点のすぐ後に続くか、発話時点と融合した未来)で用いられる近接未来完了と、発話の時点と隔たっている未来で用いられる未来完了の二つの用法がある。近接未来完了における発話時点との融合は、動作の開始が発話時点(例えば現在のこの一瞬)であるとしても、動作の終了は早くて発話の一瞬後という未来の時制に起こり、動作遂行の結果として、時間軸の特定、かつ無限小の不動の一点は未来にあるということを意味する。動作の終了が発話の一瞬後であるため、今というような副詞を除き、具体的な時の状況語と共には使われないことが多い。また近接未来完了には動作結果表出の想定というニュアンスがあり、それは動作が始まって終わるという動作の全一性の後で、何らかの結果のニュアンス(そこにそのままいるとか、結果の良否などの主観的ニュアンス)が発話の時点で想定されるという意味であり、完了体過去形の結果の存続や結果の評価と対比される。不完了体未来形は未来の時制の動作の有無の確認はするが、動作の完遂には言及しない。

(しばらく待ちます)Я пока подожду. <пока = некоторое время с настоящего момента>

出題)「シートベルトをつけないと、罰金だ」をロシア語にせよ。

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2015年01月02日

●和文露訳指南第143回

『和文露訳指南』8-1項の出だしに下記追加願う。

(おくつろぎください)Будьте как дома.
(お楽に)Будьте без церемоний.

 上記のように「(そういう状態に)ある」という意味では、動詞бытьも命令形を取るが、「(その場に)いる」という意味では、命令形は使われない。論理的に考えて既にその場にいるなら命令する必要はないわけであり、使われるとすれば、これからの動作となり、побыть(少しの間いる)という完了体命令形を取るのが普通である。

(しばらくここにいてください)Побудьте пока здесь.

出題)「建物の外側はぱっとしない」をロシア語にせよ。

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2015年01月01日

●和文露訳指南第142回

С Новым Годом! 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

例示的用法(偶発的反復)に四苦八苦なさっている方が多いようだ。Если что, всегда я вам помогу.(何かあれば、いつでもお助け申し上げます)という文は、例示的用法ということはよく理解できなかったが、40年くらい前に丸暗記した。そのときにвсегдаが可能なら、частоやиногдаも可能なはずだと頭の隅で考えたが、いい例文にもめぐり合わずそれっきりだった。いい例文というのは、一流のロシア人文学者の文で、それを一流の編集者がチェックしたもの、ないしはロシア人のロシア語学者の引用する例文という意味で、一般のロシア人が作るものではない。我々普通の日本人の発話がそのまま日本語の教科書の例文(特に文法の解説で使うような文)とはならないと同じ理屈である。つまり(何かあれば、いつでもお助け申し上げます)なら正しいロシア語に訳せるというだけだったのである。このように理屈が分からなくても丸暗記はできるし、理屈を考えない方が悩まず、ストレスもないから丸暗記しやすいとは言える。

 ところが数年前にчасто、иногда、бываетを含む偶発的反復のいい文に出遭ったのである。それまではこういう頻度の副詞と組み合わさる動詞は不完了体だと思っていたので、大きな衝撃だった。しかしこういう不完了体を用いる規則的反復と完了体を用いる偶発的反復(名称は私のつけたもので、正式のものがあればいつでも替える)との区別をどうするかについてこの3~4年じっくり考え、『和文露訳指南』にまとめたものだが、投稿者の答えを見ると、私の説明では不十分であることが分かる。それで、再度別の角度からアプローチしたものを、それぞれの投稿者にコメントとして出したり、第135回の本文に書いたりした。これが私の言うフィードバックである。つまり投稿者のみなさんのおかげで自分の説明が不十分であることが分かるわけで、独りよがりの説明から脱するチャンスをいただいたことになる。機会があれば『和文露訳指南(改)』に書き加えたいが、出せるかどうか分からないので、ご興味ある方は自分なりにまとめてみたらよいと思う。分からなければ、具体的に質問願う。質問が具体的であればある程、答えもより適切なものになると思う。

 いずれにせよчасто、иногда、бываетが来ても完了体未来形が来る場合があるということを理解されればよい。このコーナーで出題している例示的用法、遂行動詞、歴史的現在も用語の名称はいかめしいが、日本語の日常会話やテレビドラマでよく使われるものばかりである。ただ日常会話表現というのは一般的に文法的に説明するのが難しいものが多いと言える。『和文露訳指南』の目次や例文にあるものは、すべて内容的に普段の会話でよく使われるものであり、隠語や俗語も避けている。しかしこれらの用法が目新しく感じるのは、学校でも参考書でも教えることがほとんどないか、少なくとも表立っては教えていないということになる。他のロシア語の参考書や学校で遂行動詞や例示的用法を教えているというなら教えてほしい。通訳やガイドの参考書などでも語彙の解説ばかりで、このような語用論(動詞の体、単数複数の使い分け)などを教えているものはほとんどないと言える。あっても露文解釈の立場からで、私のように和文露訳の観点からではないので、実際にこのコーナーのような出題に出会うと戸惑うのである。疑問に思えば、その回答を得ようと人は努力する。その疑問のきっかけにでもなればと願っている。偶発的反復(例示的用法)については投稿者のほとんどの方が正解となるまでは、ちょくちょく出していきたいと思っている。例示的用法というのは学習者にとって分かりにくいと思う。プロの通訳やガイドの中にはロシア人のようにこの例示的用法を自在に操れる人もいるが、規則的反復とどうやって区別するのかは聞いても説明できる人はいないのではないかと思う。私よりロシア語のうまい人は何百人もいると思うが、私の目指すしているのは、和文露訳において、間違いを繰り返さないために、各用法の区別をよい例文を基に分かりやすく解説することであり、翻訳や通訳も含めてただロシア語のうまさを目指しているものではないということである。ロシア語がうまくなりたいのなら、丸暗記で例文や語彙を増やせばよいだけだが、丸暗記を何十年も続けられる人は、人というよりはロボットを目指しているようで、ロシア語をやっても面白くはないだろうし、私は願い下げである。

 投稿者の方も閲覧者の方も私より若い方がほとんどであろう。つまり例示的表現、遂行動詞をマスターしたとしたら、それは私がマスターしたよりも10年も、20年も、あるいは30年も早いということになる。例示的用法も、『和文露訳指南』に目次に挙げた用法も通訳、ガイド、翻訳をする上で基本的な事柄ばかりである。これらはできるだけ早い時期にマスターすれば、ロシア語の理解が格段に早まるし、深まる。語彙を丸暗記で覚えるよりも、これらの用法の会得を学習の最優先にすべきだと声を大にして言いたい。

出題)「彼らは一つの文化の枠にしばられない」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 08:17 | Comments [7]