2011年02月19日

●和文解釈入門 第8回

この和文解釈入門の対象者は、ロシア語を6カ月から8カ月ぐらいまじめに勉強した人(NHKのラジオ講座を最低半年くらいまじめに勉強した人)のレベルからそれ以上を考えている。中級者にとっても復習になるように配慮しているつもりである。一見文法関係の専門用語があるとびっくりする人がいるかもしれないが、一応内容については説明しているし、なにせ日本語である。説明が分かりにくければ具体的にその旨ご指摘いただければ、別途詳しく説明してもよい。
現世の御利益という観点で、仏教とキリスト教などを見てみると、庶民と聖職者など専門家の間には信仰の理解に大きな差があることが分かる。片方は現世利益であり、これには試験に合格するようにとか、安産、厄除けが含まれる。一方仏教やキリスト教の宗旨を見れば、お釈迦様は死や病気の恐怖から解脱する方法を、キリストは天国に至る道を述べているのであり、どうみても現世の御利益とは関係ないようである。ところがお寺で売っているお守りを見るまでもなく、神道・仏教とも庶民にとっては現世利益のみであり、そうでない寺は経営状態が悪くなって寂びれる。またキリスト教でもマリア信仰(ルールド)や、聖ニコラ(革命前のロシア正教など)などの聖人信仰も庶民にとっては現世の御利益を願ってであろう。宗旨に沿ってその宗教を究めようとする専門家は少数派のようである。キリスト教徒で作家の曽根綾子も旧約聖書は勧善懲悪だが、新約聖書は現世の御利益を一切拒否する思想であると述べている。キリスト教は永久の命を約束する宗教であるという。イスラム教は違うのだろうか?
若いころпо болезни とかпо причинеという言い回しを入れた文はなぜかロシア人に見せると直された。理由を尋ねてもこうは言わないというだけである。今にして思えば、これらは文法的には正しいが官僚的で硬い感じがするから、ビジネスレターとか演説などでないとロシア語では使わないのだという事が分かるが、ロシア人にロシア語ではこうは言わないと言われても初級者は困ってしまう。それ以降ロシア人の言う事はあくまでもインフォーマントの意見として自分で露露辞典や参考書なりで調べることにした。素人のロシア人でなぜ使えないのかその理由を文法学者のように説明できる人はいない。いたとしても自分の憶測や思い込みを言ってしまう可能性がある。ロシア人がこう言ったと錦の御旗のように振り回すのではなく、専門家(文法学者)の書いた参考書で勉強することを勧める。
恩赦という意味ではамнистияとпомилованиеがあるが、амнистияは時の最高権力によって発せられたもので、大赦とか特赦とするのがより正しい。「前払い」をавансと訳しても間違いではないが、若干ニュアンスの差が出る。авансはもともと「仮払い」のことであり、ビジネスの前払いは普通предварительная оплатаであり、長いのでпредоплатаとする。厳密に言えばавансというのは契約金額の100%前払いではなく、30%とか一部の前払いであり、契約直後30%前払いで、残りは船積後などという場合の前払いで使われる。
設問)「今御社に向かっているところです」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2011年02月19日 14:47
コメント

今回もいざとなると考え込んでしまいました。

Я сейчас еду в вашу компанию.

歩いて行ってるならидуかと。

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正解です。ただビジネスでは普通は次のような回答になると思います。Мы едем к вам. (Мы подъезжаем к вам.)
この文は過程を示す不完了体現在形の用法(学校英語で言えば現在進行形)である。それと御社や貴社というのは確かにваша фирма (компания)ということだが、ビジネスでは普通выを使う。だから弊社や当社はнаша фирма (компания)というよりは、мыを使うのが多い。подъезжатьは接近を現す動詞で、кを伴い、в + 対格は来ない。どこまで近づくかというと、近づく対象が目に見えるところまでと考えるべきである。この設問の趣旨はпри-という接頭辞のついた運動の動詞(日常使うのはприходить, приезжать, приносить, приводить, привозитьぐらいだろう)は、過程を示せない、つまり進行形にならずに繰り返しか予定でしか使えない。よく参考書に出てくる例で言うとホームに列車が入って来つつあるときに、Поезд приходит.とはいえないということである。無論文脈を変えればこの文が正しい文になる。Поезд приходит на перрон в три часа (каждый день.)〔列車は3時にプラットホームに着く〔予定〕〕とか「毎日」をつければ毎日3時に来ると言う繰り返しの意味になる。進行形で言いたければ、Поезд идёт . Поезд подходит.にしなければならないということである。回答者が運動の動詞を使いこなしているようで、喜ばしいが、出題者の立場からするとちょっぴりがっかりというところもある。案外ロシア語がかなりできる人でもこういう定動詞・不定動詞を使わずに、難しい動詞を使っているのを聞くことがある。ロシア語らしいというのは、このような基本的な動詞(運動の動詞)をいかに完璧に使いこなすかだと個人的には思っている。
идтиはほぼ全部の乗り物が主語になるが、基本的に定期的な運航を示すと考えてよい。идти/ехатьというのは定動詞で、一方向を示すので、кなどで方向を示してあげないと、こっちに来るのか向こうへ行くのか分からない。英語のgo/comeとは違うのである。Самолёт идёт в Киев.(飛行機はキエフに飛んでいる)などで、ехатьは飛行機以外(70年代の参考書には船も使えないと書いてあったが、最近の露露では船はOKのようである)の乗り物が主語になるが、質問があってそれに対する答えなどで使うぐらいであまり見ない。ただ乗り物がидтиの主語にならないものは唯一オートバイで、Мотоцикл едет на нас.(オートバイがこっちに向かってくる)などである。к намだと「こちらに来る」だが、このна + 対格はидти на + 対格と同様、攻撃を示す。Мы идём на Киев.(キエフに攻めに行く)で、グラーニンГранинの小説の題名Иду на грозу.(雷に立ち向う)などもこの意味であろう。だからедет на насは「ひきに来る」ということで逃げないと危ないことになる。
ロシア語には不完了体で進行形(過程)の意味を示せない動詞というものがあって、それについては、「ロシア語動詞 体の用法」ラスードヴァРассудова、磯谷孝訳編、吾妻書房、1975年の磯谷先生の解説によれば、случаться, являться(出席する)、多回体動詞(прочитывать, выпивать, просиживать, протаивать)、運動の動詞にпри-という接頭辞がつく不完了体приходить, приезжать, приносить, привозить, прилетать, приводитьを挙げ、原求作先生は「ロシア語の体の用法」の中でпри-という接頭辞のつく運動の動詞の不完了体、случаться, даватьを挙げておられるが、私はそのほかにдостигатьも過程の意味では使えず、繰り返しや、一般的にこうだという意味にしかならないと思う。過程の意味で使うならдобиваться などが代用できると考えるからだ。

Posted by momo96 at 2011年02月20日 09:21

подъехатьをすっかり忘れていました…
ロシア人の友人がちょいちょい使ってました。
乗り物が何かに近づく場合はподойтиなりехатьなり、別の動詞を使うのですね:
подойтиで「乗り物が近づく」の意は露露に明記されていました。

忘れないようにします。

Posted by コーシカ at 2011年02月23日 00:07
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