2011年02月14日

●和文解釈入門 第3回

和文解釈で一番難しいのは基本的な類語(類義語)や体(完了体と不完了体)の使い分けである。長く露文解釈をやって体の用法が分かったつもりでいても、実際に和文解釈で使ってみて正しくどちらの体を使うのか分からなければ、それは理解したことにはならない。そこでしばらくは体の用法で設問を組み立ててみる。
 あるとき韓国系の商社に誘われて商談の後昼食を先方が用意してくれた。私と一緒に行った部長はそれを後でのお返しが大変であると断った。それはまずいでしょうと一応部長を説得したが聞かない。先方はわが社の飯が食えないのかということで(当時韓国には日本に対する劣等感のようなものがあった)、当然その後のビジネスの話はなくなった。部長も悪気がなく、英語も社内一できる人で対外関係が分からないわけではなかったのだが、韓国風の(東洋風な)義理ということが、日本風の義理と合わなかったのだろう。そのとき最初のモスクワ駐在を終えてすぐだったので、両方の反応がなんとも不思議な気がしたのを覚えている。生まれつきとか、育った環境もあるのだろうが、こういう義理というのが好きではない。
 観光ガイドで身代わりのお札амулет-двойникの説明をすることがある。ご参考まで。成田山の身代わり札の由来は、天保2年大工の辰五郎が仁王門の上棟式で5~6丈の高さの足場から落ちたが怪我一つせず、門鑑が二つに割れていた。旅順攻撃で有名な荘司大尉の身代わり札も真二つに割れていた。だからこのお札が身代わりとなるのですよというとフーンというぐらいで興味を示さないロシア人がほとんどだ。
「どんなスポーツが好きですか?」をКакой спорт вы любите?とすると間違いで、Какой вид спорта вы любите?となる。スポーツの種目を聞いているからである。このほかにвид транспорта(交通機関の種類)などもそうである。抽象名詞だけではなく、два вида крестьянских преступлений(2種類の農民の犯罪)などとも使える。種類という意味ではродも使われる。три рода темы(3種類のテーマ)。родの複数はроды"だが("は力点を示す)、軍関係の兵科という意味では複数はрода"となる。все рода" войск(すべての兵科の部隊)などである。無論、出産という意味では複数形のみのро"дыである。タイプはтипでдва типа любви(二つのタイプの愛)やモデルを使って、две модели развития стран(国の発展の二つのモデル)なども使える。
設問)「1875年彼はウラジオストークに着いた」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2011年02月14日 15:24
コメント

はじめまして。
学生時代にロシア語をかじり、長いブランクを経て、また舞い戻ってきた者です。今度はがんばって継続しようと思っています。よろしくお願いします。

В 1875 году он прибыл во Владивосток.
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その通りです。ただ若干問題となるのはприбытьですが、これは人が主語に立つときは非常に公式的な感じ(主語がプーチンとか管首相とか)です。普通はприехатьで十分です。訳にあるようにприбытьはв/на + 対格を取ります。この点もよくご理解されています。прибытьはビジネスでよく使いますが、それは主語が貨物や郵便物のときです。このときはприехатьは使えません。他にпоступитьなどが貨物などに使えます。これだけ見事に正解されると逆に困ってしまうのですが、なぜприбывалではだめなのでしょう?この点を十分に理解した上で完了体過去形を使ったというのならいいのですが、それをはっきり理解していないと、応用が利かなくなります。私の答えは、訳はВо Владивосток он приехал в 1875 году.である。この文は常識的に見て(人間の寿命の世界記録は120歳ぐらいなので)、結果の現存ではありえない。完了体過去形のもう一つの用法がアオリスト(結果について示さずに過去に行われた具体的事実だけを提示する用法)である。アオリストという名称は聞き慣れないかもしれないが、体の用法では完了体過去形の順次的用法としてよく出て来るものである。順次的用法というのは、Он прожил 4 недели и умер.(彼は4週間生きて、死んだ)というように、過去において次々と動作が行われる場合を指す。体の用法の説明では便利かもしれないが、和文解釈でこのような例は少ない。ガイドや通訳では設問のような例が普通である。アオリストは完了形と一緒に出やすいというのは、具体的な時を示す副詞(過去の年号や、昨年、~年前)が不完了体とは使われにくい(相性が悪い)ということにあるからだという。アオリストの定義自体が過去に行われた「具体的事実」であるからだ。前回で不完了体のアオリスト用法ではなくてアオリスト的用法と書いたのはこの趣旨である。仮に設問の文を書いたのが1876年だとしたら、設問の彼はウラジオにそのときはいるかもしれない。そうなると結果の存続という意味になる。結果の現存とアオリストをどう区別するかというと文脈によるしかないことになる。しかも露文解釈や露文和訳であれば、どちらの用法かによって訳が変わる可能性があるかもしれないが、和文解釈の場合はどちらの場合もロシア語で完了体の過去形を使えばよいのだから問題はない。具体的な過去を示す副詞(「昨日」、「~年前」とか、1875年などの年号など)がついていて、具体的な1回の行為をしたというなら、まず95%の確率で完了体過去形を使って問題ない。残りの5%に不完了体過去形が出てくる可能性があるのは、前回説明したように動詞が刺身のつまのようになっていて、意味上あってもなくてもいいくらい弱くなっていて(その前ですでに同じ動詞の完了体過去が使われて、意味の新味さが薄れている場合ならなおら)、意味上の主体がその「時の副詞」が担っている場合である。ただ例外は、歴史的現在(劇的現在)という日本語にもある「臨場感を高めるために過去の出来事を現在形で語る」手法である。例えばВ 1927 году В.А Дегтярёв совместно с В.Г. Фёдоровым создаёт ручной пулемёт новой системы.(1927年にジェクチャリョーフはフョードロフとともに新式の軽機関銃を作りだす)。1927年と明らかに過去であるのに過去形を用いていない。しかも日本語にそのまま現在形で訳しても訳に違和感はそんなにない。ただこう言う臨場感を取ってしまって、普通の文にすれば、создалと完了体の過去形が出て来る。

Posted by momo96 at 2011年02月15日 16:01

詳細な解説をありがとうございます。

「不完了体のアオリスト的用法」と「完了体のアオリスト用法」にはいつも悩まされています。曖昧なところを掘り下げていただいて助かりました。

特に、

>アオリストは完了形と一緒に出やすいというのは、具体的な時を示す副詞(過去の年号や、昨年、~年前)が不完了体とは使われにくい(相性が悪い)。
>アオリストの定義自体が過去に行われた「具体的事実」である。

という説明で理解が進んだ気がします。

ありがとうございました!

Posted by momo96 at 2011年02月15日 22:32

>具体的な過去を示す副詞(「昨日」、「~年前」とか、
1875年などの年号など)がついていて、具体的な1回の行為をしたというなら、
まず95%の確率で完了体過去形を使って問題ない
なるほど。この場合は結果の存続云々ではないのですね。
今は生きていないだろうからприезжалかと勘違いしていました。

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momo96さん、はじめまして。コーシカと申します。
回答仲間がいると張り合いが出ますね。
今後ともよろしくお願いいたします。

Posted by コーシカ at 2011年02月15日 23:02

最初のほうの回ということでもう見ていらっしゃらないかもしれませんが....
少し質問させて頂きたいです。

たとえば、「彼はここへ昨日来ていた(けれど今日はいない)」
というときに、
он приехал сюда вчера.
と、昨日という具体的な日時に1回来ていた、という意味で完了体のアオリストとして、「昨日」という具体的な副詞をつけたとしても、
これは結果の存続、という意味で
昨日来てからずっといる、ととられてしまうのでしょうか?
こういった場合は、
он приезжал сюда вчера.
とするべきなんでしょうか?
文脈によりますか?

時間が近い場合におけるアオリストと現在存続の違いの使い分けというのが未だよく分からなくて若干混乱中です。
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結論から言えば、その通りで、文脈によります。しかし動詞群を二つに分けて考える必要があります。一つはприехать/уехатьのような反対の意味で対応するものがある動詞(第300回の表で過去の時制のところの往復w)で、もう一つはそれ以外です。w)に書いた動詞群は不完了体過去を用いると、つまりприезжалの場合、приехал и уехалという反対の意味の結果の現存(今いない)となる可能性が高いということです。そうなると完了体の過去を使えば結果の現存の意味となる可能性が高いということになります。可能性が高いというだけのことで、絶対そうなるということではありません。あくまでも文脈によります。
 それ以外の動詞では、完了体過去を用いれば、アオリストか結果の現存か二つの可能性があります。それも文脈によるのです。露文解釈ではその見分け方はある程度重要ですが、和文露訳ではどちらにせよ完了体過去形を使うので、あまり深く考えなくともよいということになります。日本語でもアオリストと結果の現存の区別は表面上はっきりしていません。例えば、
「イワノフさんは本を今日買いました」は結果の現存(今ここに本がある)という意味の可能性が高いとはいえ、(本があるかどうか不明)というアオリストの意味に取れないこともないのです。これをロシア語にして、Он купил книгу сегодня.で本があるかどうかは100%はだれにも分からないのです。しかし現実にはこの文が単文で存在することは普通はありえません。会話などではその前後の会話や状況というのが必ず存在しますから、それで分かることが多いですし、第一本があるかどうかすら重要とは限らないのが現実です。
 ただ今日買ったというような具体的な過去の一点に関する動作では不完了体はほぼ来ません。不完了体は過去に動作があったということを示すだけでいつかということには関心がないのです。不完了体過去形にこのような時間を示す副詞が一緒に使われるとしたら、その前の文脈ですでに同じ動詞の完了体が使われて、刺身のつまのような用法(動作の名指し)で使われることはありますが、非常に稀です。日常会話ではまずないと考えてよいでしょう。ですから過去を示す副詞がある場合、なくとも話者が過去の一点を意識していることが明らかな場合は、完了体過去形を使わないと間違いとなります。第302回の設問の「いつスケートをお始めになったのですか?」は過去を示す副詞はありませんが、だれしも物事を最初にするのは過去の一点です。ですから完了体過去形を用いる必要があります。ところが、「スケートを滑ったことがありますか?」という文では、過去の一点とは限りませんし、動作があったことすら不明なわけです。このようなときにはВы катались на коньках?というように不完了体を用います。この説明でもよく分からないという場合は、疑問点を具体的に書いていただければ、それに応えるべく努めたいと思います。
 コメントはその書かれた順に見れますので、何か他に疑問があれば遠慮なくどうぞ。今回の投稿は私にとっても非常に勉強になりました。ありがとうございます。

Posted by аяка at 2012年03月18日 16:29

非常に丁寧な説明、ありがとうございました。

往復運動系?の動詞の完了体は必然的に存続の意味を表しやすい動詞になってはいるが、結局は文脈で決まる、ということですよね。
すっきりしました!!

説明で挙げていらっしゃるように、日本語で考えてみると分かりやすいですね^^
そして動詞というのは奥深いですね~

完了体、不完了体のさまざまな用法がごっちゃになっていたので、最近このサイトを発見してから、かなり理解がすすみました!!それから第300回の最初の方にかかれていた、未来の場合の動詞使い分けのニュアンスが非常に参考になりました!

毎日更新してらっしゃってすごいですね^^これからも続けていって頂けると嬉しいです!
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どうもありがとうございます。「それとприезжалとвчераという時間の副詞の結びつきはおかしいと思います。不完了体過去形はこのような結びつきはしません」という文言を付け加えるのを忘れてしまいました。いずれにせよ、他の学習者にも参考になるよい質問なので、第305回に若干訂正して掲載しました。ご了解願います。

Posted by аяка at 2012年03月19日 19:02
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