2011年06月13日

●和文解釈入門 第38回

「あなた」という言葉は愛妻が御亭主を呼ぶ時以外は、何か女学校の女の先生が生徒に対して使っているような、外人の日本語のような感じがして個人的には大いに耳ざわりである。谷崎潤一郎の「文章読本」に「敬語の動詞や助動詞があるときは、それらを受ける主格は略したほうがよい、否、略すための敬語である」と述べ、これは「元来主格たるべき御方の御名を口にするのが勿体ないところから起こったとも思える」と書いている。だから主格、所有格、目的格の名詞、代名詞を省くのだと言う。だから「ご質問についてお答え申し上げます」というのが自然で、「私はあなたの質問に答える」というのは外人の日本語だが、受験英語ばかりやっていると外人のみならず、このような日本語を書く日本人もいるだろう。ここまで極端でなくとも、通訳していて我ながら変な日本語だなと思うこともしばしばあるから、自戒せねばと思うこのごろである。
日本語でごく簡単に書かれている事柄をロシア語にするのは案外難しい。動詞の体と類語の使い分けが出来ていないと、つまり基本が出来ていないと無理な話だ。それができれば時事ロシア語などは、インターネットがある現在、単語を探すのは似たような出来事の記事を探せばよいから楽だと言える。ある程度文法は学んだとはいえ、ロシア語をやり始めてから40年、今も勉強を続け、場合場合の表現をそれこそ何万通りも覚えてきたわけで、それでプロとしてやっているわけである。
こんな赤ちゃんが言葉を覚えるような迂遠なやり方ではなく、赤ちゃんのような柔軟で吸収力の強い脳を持っているなら別だが、成人になったぐらいから(あるいはそれ以降)ロシア語をマスターするにはもっと効率のいい方法があるはずだとずっと考えてきた。私は大学でロシア語を専攻した後、在学中から慣用句(これは理屈もほとんどないので覚えざるを得ない)とか諺を中心に10年ほど勉強した。かたわら小さなソ連中国貿易の専門商社に入ったので、仕事上船舶や鉄鋼、機械の専門用語も英語、日本語、ロシア語と覚えなくてはならなかった。卒業して5年ぐらい経ってから体の用法の重要性を認識し、参考書を読んできたが、仕事上ロシア語で困ることはないものの、ロシア人の使うロシア語と自分のでは随分違うなと感じてきた。ロシア人がこちらに合わせて分かりやすいロシア語で話してくれるのが分かるのである。一方ロシア人同士の会話は口語や俗語を使っていることもあり、こちらには分からない。それでアネクドート(小話)の勉強を始めた次第である。これはロシア人との宴会で通訳させられてオチがなかなか分からなかったからでもある。
当時ソ連ではアネクドートの出版など思いもよらないときで、日本にいるときに東京のナウカでニューヨークやテルアビブで出版されたものを売っていたのを買って使った。地下鉄の構内で半ば違法でアネクドートを売り出したのが80年代後半ぐらいだったと思う。こういうアネクドートの勉強を15年くらい続けたのだが、今振り返って見ると時間はかかったが非常に効果があったなと思う。口語辞典や俗語辞典がなかったので最初は手探りだったが、この10年前ぐらいからそういう辞書も手に入るようになったので意味もだいぶ分かるようになったからである。生きたロシア語を学ぶには非常によい教材だと思うし、今ならインターネットで簡単に、しかも大量に知ることができるからトライする価値はあると思う。
設問)「たった今彼と電話で話したばかりだ」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2011年06月13日 07:34
コメント

うむ、
今回も体の選択で悩みました
てゆうか、разговоритьという完了体では、
会話したの意味にならないとは知りませんでした
(会話という過程を表わすから完了体がない、という発想なんかな)。

(答)
Только сейчас я с ним побеседовал(а) по телефону.

う~~ん
たぶん、結果の存続の完了体過去形と思われます:
ついさっきまで彼と話していて、今は話は済んでいる。

研究社の辞書でтолько чтоを引くと

 Он только что вернулся.彼はいま帰ったばかりだ。

という文が出ていました(研究社2,346頁)。

今帰った、結果、今はいない、だからこの例文も完了体
と考えました。
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ロシア語において何をもって結果の存続といい、事実の有無の確認というかの認識についての問題だと思います。これはいくつかの例文をみて自分なりに納得するしかないと思います。私の答えと解説は、Я сейчас говорил с ним по телефону.
сейчасの代わりにтолько чтоを使ってもよい。Только что звонила Настя.(たった今ナースチャが電話してきた)。「たった今сейчас, только что」にどうして不完了体が出てくるのだろう。英語ではjustは現在完了形を使うと中学や高校で習ったのを思い出す。時制の一致もそうだが我々は受験英語の影響を強く受けている世代なのだ。よく考えると「たった今」という日本語にも少なくとも二つの使い方があることが分かる。一つは「イワノフさんがたった今お見えになりました(お見えです)」と、もう一つは、設問のような「たった今電話したばかりだ」である。前者ではイワノフさんは今ここにいるのであり、正に結果の現存なので完了体過去形を使う。後者は電話で話は終了していることが分かり、なんの話をしたのかその内容が分からず、たんに事実を確認しているにすぎない。つまり事実の有無の確認ということで不完了体過去形が出てくるわけである。
確かにロシア語と日本語は全く異なる言語だが、同じ人間に変わりはない。だからこのときこれらの動作を頭の中でイメージすることが大切である。イメージせよと言っても、それほどややこしい事を言っているのではない。人ならその人が今そこにいるかどうか、事柄ならその有無の確認かどうか(話の内容まで踏み込んで触れているかどうか)をイメージすれば、どちらの体を使うかが決まる。慣れればこの決定が瞬時にできるようになる。
 話の内容に触れるというのは、つまり「~という事を電話で話した」ということであれば、事実の確認の有無ではなく、物語るわけだから、完了体が出てくるべきだが、звонить/позвонитьグループ(просить/попросить, мешать/помешать, звонить/позвонить, здороваться/поздороваться, прощаться/попращаться, желать/пожелать, думать/подумать, обещать/пообещать, советовать/посоветовать, рекомендовать/порекомендовать, терять, потерять, пробовать/попробовать, стараться/постараться, жалеть/пожалеть, служить/послужить, ручаться/поручатьсяなど)では実際は両方の体が来る可能性がある。звонить/позвонитьは不完了体のзвонитьが使われる頻度が多いのは、このグループの動詞は明らかに不完了体から完了体が派生したことが分かることと、語義上から来るものと思われる。つまり、このグループは不完了体が主体のグループであるという事と、動作の主体、動作の時間などに話し手の注意が集中する場合には、不完了体過去形が出てくる可能性が高くなる。つまり電話などではある程度の時間話すわけだから不完了体が出やすいとは言える。つまり完了体・不完了体といってもその動詞のもともとの語義の制約を受けるということになる。
 сейчасには発話の瞬間〔同時性〕、たった今(発話の前〔設問の例〕)、今すぐ(発話の直後Ложись спать.〔寝なさい〕 – Сейчас.〔今すぐ寝ます〕)という意味があり、19世紀ではтеперьも同じように使われた、現在ではсейчасは時間的に比較的短く、一般的にあまり重要でない事柄に用い、теперьは時間的に長く、過去との対比とか、重要な事柄に用いられることが多い。теперьについてはもっと細かく触れることもあるだろう。
 сейчасの発話の同時性というのは、一番分かりやすそうだが、過去において何かを物語る時の同時性を示すのにも使える。これにはтеперьも使える。Сейчас (Теперь) путники брели по грязной деревенской улице.(今旅人は汚い村の通りをゆっくりと歩いていた)
теперьについては第175回回答参照。

Posted by コーシカ at 2011年06月14日 00:55

>人ならその人が今そこにいるかどうか、
>事柄ならその有無の確認かどうか
>(話の内容まで踏み込んで触れているかどうか)
>をイメージすれば、どちらの体を使うかが決まる。
>慣れればこの決定が瞬時にできるようになる。
うむむ、今回も見事に絡まってしまった…
確かに「こうこうこんなことを今しがた話しておった」
ではないですものね。

ありがとうございます。

Только сейчасとはやはり言わないようですね:意味は通じるとしても。
辞書を見ても、только чтоはありましたが、
только сейчасは確認できませんでした。
сейчасで同時性を表わす、と説明くださっているとおり、
この上толькоまで加えるとくどくなる、ということかもしれませんね。

>сейчасとтеперьついでにныне
сейчасはたった今、今すぐ、といった瞬間的な今、
теперьはこれまでの過程を踏まえた上で現状どうであるか、というちょっと息の長い今
という違いがあるのですね。
нынеは格調高い言い方で、теперьに近いような使い方、と理解しました
(研究社2,321頁)。
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только сейчасは「今だけ」という意味以外では使わないでしょう。ныне (нынче)は発話の瞬間という意味しかありません。「今すぐ」という意味ならотныне, сию минуту, сию секундуがありますが、いずれも廃用に近い表現です。研究社の辞典もよい辞典ですが、今から20年前に出た辞典ですから、その辺を考える必要があります。

Posted by コーシカ at 2011年06月15日 00:36

Я только что поговорил с ним по телефону.
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正解です。結果の現存ということになります。поговоритьは「話がある」Я хочу с тобой поговорить. Поговорим.というように使いますが、無駄話をするというのではなく、用件があるということに使います。完了体が来るのは、動作に焦点(重点)が来る場合で、私の答えは、電話があったという動作の有無の確認ですが、お答えは話の内容に重点がある、重要な話だったということを示唆していることになります。

Posted by ゴ at 2013年02月14日 23:55
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