2012年08月02日
●和文解釈入門 第440回
体の用法の使い分けというのはロシア語会話を含む和文露訳のみならず、ロシア文学を深く味わおうとすれば、そのニュアンスを知るために不可欠なのだが、そう肩肘張らずに、リラックスして、時制など各章や200余の構文を一つずつクリアするとか、制覇するとか、その順番はバラバラでも、ゲーム感覚で取り組むというのも一つの考え方だと思う。そうすれば、楽しむロシア語、謎ときロシア語の世界が目の前に開けて来る。
卒業試験として、私の場合は、「ロシア人の疑問 – 日本編 –」を日本語で書き、それを自分でロシア語にし、プロのロシア人作家でもあるヒサムジーノフ極東連邦大教授にチェックしていただいた。体の用法で直されたのは2か所、そのうち1か所は凡ミスで、残りが主観の違いということで、一応OKというか、お墨付きを頂いたわけである。語彙については直されもしたが、著者の意図と違うものについては、何度かメールを交わし、納得してもらったものもある。男だけでは、感覚の違いもあるので、教授の奥様にも見ていただいて、女性からの視点でチェックもしていただいたが、文責はすべて私にあるのは言うまでもない。
体の用法が会得できたかどうか自分なりにチェックするのに、和文露訳や露文和訳をして見るというのも、一つの手ではあるが、手軽にできるのはロシア人ペンパルにロシア語でレターを書いて見るということである。そのとき、文法的におかしいのだけ(語法や語順も含めて)直してもらい、格調高いロシア語であるとか、美しいロシア語であるとか、私ならこう書くというのはくれぐれもやめてもらうようにするか、( )にして別にしてもらうかということを、前以てお願しておくことである。日本人でも美しい日本語や格調高い日本語が書ける人はそうはいない。とりあえず普通の日本人が目指すのは、礼を失しない、通じる日本語であろう。ましてや外国語であるロシア語については言わんもがなである。
設問)(修理などで)「待っている間にできますか?」をロシア語にせよ。
Вы можете успеть, пока я жду?
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お答えだと、待っている間に、間に合うことができますかという文になります。можетеは要らないと思いますし、設問はできますかですから、問いの部分的な解釈のような気がします。私の答えは、Это можно сделать при мне?