2015年02月19日

●和文露訳指南第191回

『ハートロッカー』というアカデミー賞受賞の映画を見ていたら、「分かった」という言うところで、Understood.と言っているように聞こえた。そこでネットI understandとUnderstoodの違いについて調べたら、ネットの初心者英会話ステーションというところに説明を見つけた。説明と言っても現在の時制がよく使われるという頻度での説明であって、語用論的なものではまったくないのは、説明している人が遂行動詞というのを知らないか、閲覧者のレベルでは分からないと判断したのか、実用的には文法にこだわらずに、専門家の言う事に従えと考えているのかは分からない。ようするに使い方を丸暗記せよということらしい。

- Do you know what I mean?
- I understand.

Understoodは(It is) understood (by everyone)の略で、了解は了解でも、個人的に分かるというよりは、誰にでも分かるというニュアンスがあるらしい。ただI understandのほうが頻度的にはるかに高いとある。またI get it. = I got it.でニュアンスの差はほとんどないとある。つまり英語では遂行動詞と結果の存続を実用上は同じように見なしているということになる。

出題)「彼は何度死にかけたことか」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2015年02月19日 05:35
コメント

Он много раз чуть не
умирал.
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正解です。私の答えは、А сколько раз он помирал.
このように志向の動詞(『和文露訳指南』7-1-1項参照)も、対応するペアの完了体過去形が結果の存続となりやすく、その不完了体は対比として結果存続無効の用法で使えることが分かる。つまりこの用法は奥が深く、使える動詞はまだまだありそうで、今後の研究課題でもある。

Posted by ブーチャン at 2015年02月19日 09:43

Столько раз он чуть не умирал.
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正解です。

Posted by eri at 2015年02月19日 15:26

Сколько раз он едва не погиб!
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正解ですが、1日何度も車にひき殺されかけたというようなかなり特殊な状況です。不完了体過去形を使うほうが自然です。

Posted by saitama at 2015年02月19日 18:44

Сколько раз он чуть не умер.
動作の一括化で完了体としました。
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正解ですが、1日何度か発作で死にかけたとかというようなかなり特殊な状況だと思います。不完了体過去形を使うほうが自然です。

Posted by 智 at 2015年02月19日 19:12

おぉ
古英語のころは使い分けがあったのかもしれませんね。ドイツ語なども絡めて比べると面白そうなネタです。それはまたいずれ…

(お題)
彼は何度死にかけたことか
(コーシカ訳)
Сколько раз он умирал!

動作未完了の不完了体過去と考えます。
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正解です。

Posted by コーシカ at 2015年02月19日 20:38

Уж сколько раз он чуть не умер.
反復なのに完了体は変かなと悩みつつも、「死にかけた」はчуть не умерしか思いつきませんでした。
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正解ですが、動作の一括化ですからかなり限定されるような状況となります。чуть неなどを使わなければ、もっと自由な発想がおできになったのではないかと思います。

Posted by じぇーにゃ at 2015年02月19日 22:54

Сколько раз он умирал!
Сколько раз он перенёс смертельные испытания!
1つ目、動詞умеретьだと死んでしまうからнесов。2つ目の動詞は耐え抜いたんだからсов。188がうまくできたのは嬉しかった~。189は開けっ放しにしていたと時間の経過を言うのかと思いнесовにしたのですが、残念。
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最初のは正解。二つ目は完了体過去形というのは1回の具体的な動作を示しますから、何度もという複数回の動作を示すのには不適です。唯一考えるられるのは動作の一括化ですが、短い期間に次々と動作が起こる必要がありますから、そういう状況はかなり特殊でしょう。
第189回は「開けたままにしていた」としていたとしても、不完了体は動作動詞のように、идтиなど経過(進行形、状態)で使えるものもありますが、оставлятьは「残しつつある、残している」というような過程や状態にはならず、反復にしかならないと思います。

Posted by ゴ at 2015年02月19日 23:42

Столько раз он чуть было не умер!
動作の一括化
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正解にしておきますが、1日とか1時間というような短期間で死ぬような目に遭うというのはかなり特殊な状況です。こういう出題の短文の場合は、もっと自然な状況というのを考えるべきで、何度死にかけたことかというのであれば、長い一生の間にはと考えるのが普通でしょう。

Posted by チジクピジク at 2015年02月20日 02:10

Он чуть не погиб не раз.
「何度も」ですが結果として死んではいないので、一括化してсвとしました。「何度」が一番伝えたいことですので最後に持ってきました。よろしくお願いします。
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レーマを考えにおられているのは結構なことです。お答えは正解ですが、かなり特殊な設定となります。この出題で完了体過去形をお使いになった方は、完了体の結果の存続と対比される不完了体の用法がまだ分かっていないような気がします。ただ分かっていないと言って、レベル的には高い方々ばかりですから、すぐにお分かりになるとは思いますが。

Posted by やま at 2015年02月20日 06:30

追記失礼します。
和文露訳指南4-1-1-4の「反復のきかない単一的、無意識的な動作および目的志向的でない動作」の動詞に「✕ умирать → умереть」とあってумерとしたのですが、いかがでしょうか?
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誤解を招くような表現をして誠に申し訳ありません。「反復の利かない単一的、無意識的な動作、目的志向的な動作」では、погибатьやумиратьは死ぬのは1回なので使えませんが、否定的なニュアンスのある文ではこの限りではありません。出題の文は「何度死にかけたことか」という反語文であり、死んではいないという意味ですから、使えます。両方の動詞も目的志向(死ぬつもり)という意味では使えませんが、志向(死に向かいつつある動作、死にかけている『和文露訳指南』7-1項参照)では使えます。

Posted by チジクピジク at 2015年02月20日 07:52

さらに追記失礼します...。
чуть неとчуть было не は全くの同義でしょうか?
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чуть не = почти, едва не
чуть было не = едва не
同義です。ただ、едва неとедва ли не (= чуть ли не)では、едва неが動作のおおざっぱであることを指すのに対して、едва ли неはものが大体このようなものだということを示します。

Она едва не упала.(彼女は転びかけた)
едва ли не самые поэтические выражения(最大級の詩的表現)

Posted by チジクピジク at 2015年02月20日 08:01

何度も失礼します...。
お答えのAは、岩波露和辞典でいうа4の1で驚きを表すものでしょうか?
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10の疑問文・感嘆文・応答文の冒頭に使われる強調です。疑問に思った時点でご遠慮なくその都度ご質問ください。こちらも勉強になります。

Posted by チジクピジク at 2015年02月20日 12:46
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