2009年01月18日

●ロシア語独習者のための質問箱 第2回

ロシア語学習者には文法アレルギーの人が多く、基礎の文法は別にして、文法という文字を見ただけで、実用的な参考書ではないと無視する人が多いのも事実である。著名な翻訳者でも、重要なのは前後の文脈と行間を読むことであり、文法を一生懸命やると語感が損なわれるので、やるななどと暴言をはく人もいる。翻訳者や大学の先生は主として露文解釈だけで、プロの通訳やガイドレベルの会話も含む和文露訳はほとんどしないだろうから、それはそれでよいのかもしれない。私も若いころ通訳していたときに、一つぐらい単語が分からなくても、その場の雰囲気や前後の脈絡で、その単語についてこれ以外の解釈はないと思い、あとで正しかったことが多々ある。しかし、これは、確率が高いとはいえ、絶対ではないし、和文露訳をする上では誤訳のもとである。文法を極めてから、それで分からない時に文脈やイントネーションに頼るべきというのをはきちがえているのだ。多くのプロの通訳やガイドが文法をそれほど勉強していなくとも(実戦を積んでいるので、特に文法の勉強をしているという意識がないということもいえる)、通用するのは、その人たちが、あらゆる分野やシチュエーションでの語彙の使い方に精通しているからである。私も文法を極める以外にそのような勉強もした。ただ、欠点としては膨大な時間がかかるということである。実際は20年から~30年以上かかるだろう。私などはいまだに勉強を続けているくらいである。文法の本というのはカテゴリーごとに(説明が詳細かどうかは本による)書かれており、一見どれも同じ比重で勉強しなければならないと思われるが、プロの会話(和文露訳)に必要なのは基本的な動詞(運動の動詞などいい例である)をいかにうまく使いこなせるかである。そのために運動の動詞や体の用法を勉強する必要があるわけだ。今回の質問は、

(質問) 地方に住んでいますので、語学学校にも通えません。独習を基本としてお金もあまりかけずにロシア語をマスターする効果的な方法が何かあったら教えてください。by Takahashi

(回答)私は東京の大学でロシア語を専攻し、その後も東京に住んでいますので、答える資格があるかどうか疑問ですが、仮定法過去(もし~だったら)という前提で回答します。ロシア語が今どのレベルにあるかによっても異なりますが、入門レベル、初級レベル、中級レベル全般に対してだと、どういう参考書を選ぶかだと思います。私は今もロシア語の学習は続けていますが、もう38年やっているので、入門用や初級の参考書は買うことはありません。本屋で立ち読みする程度です。評判のよい新NHKロシア語入門も読んだことはありません。個人的に若いころを振り返って見れば、ロシア語をマスターするというのは山登りに似ていると思います。つまり入門や初級のうちはどこから登ろうと、それはそれで勉強です。初級の本で読んで無駄だなと思う本はありません。初級の段階の人でも初級の参考書は選べますから、立ち読みして自分のフィーリングに合うものを買えばよいのです。ただ、できるだけお金をかけずに勉強する方法については、過去の経験から自分なりの提案はあります。今でもロシア語を勉強し続けているわけですが、もし最初からロシア語を独学でやるとしたら。どういう参考書を使えばいいのかというのは、常々考えてきたわけです。一番金のかからずに効率的という意味ですが、根気は必要です。逆に言うとロシア語の参考書を根気よく続ける事ができない人は、ロシア語に向いていないわけで、ロシア語をあきらめて、早めに他の分野にトライされた方がよいと思います。もし自分が独学で一からロシア語の勉強を始めて、最終的にロシア語の会話(での和文露訳)ができるようになるための参考書を挙げろと言われたら、次の本を挙げます。語学はプロになるつもりならできるだけ集中的に(毎日2~3時間の勉強)やれば、3~4年でガイド試験を受験するぐらいの実力はつくと思います。

    (1年目)
1) NHKのラジオロシア語講座テキスト
2) 現代ロシア語文法、城田俊、東洋書店、1993年(毎日2ページ暗記)
3) ロシア文学鑑賞ハンドブック、中沢敦夫、群像社、2008(毎日10ページ読破)
(2年目)
4) ロシア語慣用句辞典、キムミネ、東洋書店、2001年(毎日2ページ暗記)
5) 句動詞
Устойчивые словосочетания русского языка, Регинина, Тюрина, Широкова, Русский язык, 1976  非常によい語結合の本で句動詞も多いが、ソ連時代の参考書なので例文が社会主義時代のものであり、使えないものが多い。収録されている語結合自体はいいもの多いので、例文を自分で収集するという手もある。この種の本で例文がより現代的なもの(ポストソ連)あれば、そのほうがよい。
6) ことわざ
「スラブのことわざ」(栗原成朗、ナウカ、1989年)
 文字通りスラブ諸語のことわざの解説だが、ロシア語が一番多く500くらい収められているので、日本語の解説が必要な人にはこれを勧める。
Словарь русских пословиц и поговорок, Жуков, Русский язык, 1991  いい本だが、これに限らず類似のことわざ辞典(集)を一通り読み、必要だと思った諺は暗記する。
7) ロシア語の運動の動詞、原求作、水声社、2008年(毎日2ページ読破)
8) ロシア語の体の用法、原求作、水声社1996年(毎日2ページ読破)
9) ロシア文法の要点、原求作、水声社、1996年(毎日2ページ読破)
(3年目)
10) 時事ロシア語、加藤栄一、東洋書店、2008年(毎日2ページ暗記)
11) ロシア語の1000時間マラソン(毎日3時間ロシア語のテープ、映画、ニュースを聴く)を1年間する。
(4年目)
12) 自分の好きなロシア文学の読破(毎日10ページ)、ガイド試験の準備

「時事ロシア語」についてはいい本だが、単語の和訳で多少疑問のあるものがある。興味のある方は、私のホームページ「ランポポー」の「ロシア語ガイド・通訳・翻訳に役立つ参考書」の最終ページ参照願う。

  以上

Posted by SATOH at 2009年01月18日 12:44
コメント

はじめまして。
非常勤で細々とロシア語を教えている者です。
こちらのサイトはいつも大変勉強になっております。
ロシア語学習の上で文法が非常に大事というお話、世間では文法軽視の傾向がある中(ロシア語に限らず)、大変励まされました。全く、おっしゃるとおりだと思います。
ところで、

>大学の先生は主として露文解釈だけで、プロの通訳やガイドレベルの会話も含む和文露訳はほとんどしない

というのは、遙か彼方の昔の話ではないでしょうか。
確かに、和文から露文へダイレクトに訳す通訳稼業はやらないまでも、現在はロシア語による学会発表・論文執筆、ロシア人研究者との交流、在外研究、また、大学の常勤でしたら交換留学協定等でのロシア側との交渉などなど、アクティブなロシア語力が必要な場面は多々あります。露文解釈だけでもそれなりに許されたのは、それこそソ連時代あたりまでではないでしょうか。

こちらではときどき大学のお話が出てきますが、伺っていますと、少し現在の状況とはずれているなと思うことがありますので、ちょっとコメントさせていただきました。余計なことです。ごめんなさい。
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わざわざコメントありがとうございます。確かにおっしゃることは分かりますが、私が言いたいのは、大学の先生方や研究者がアクティブな会話力(和文露訳)がないといっているのではありません。程度の問題だろうと思います。プロの通訳やガイドのレベルで会話できるのかということなのです。それとプロの通訳やガイドは自分の言いたいことだけをロシア語話せばいいのではなく、自分が興味を持てない、あるいは自分の考え方と違うものでもロシア語でコムニケーションを取らなければいけないということです。そうではなく大学の先生や研究者が、ロシア語を教えている以上、実際は会話力が一般的にプロの通訳やガイドより上だ(少なくとも私が大学でロシア語を習っていた当時はそのような雰囲気でした)というのは、信じられないのです。通訳やガイドでもプロの翻訳家もいるくらいですから露文解釈でもそれほど差があるわけではなかろうと思います。お互い比重の置き方が違うわけですから、ブログやサイトでこのような意見交換をしていけばよいというのが私の考えです。そういう意味でponさんのコメントは非常に貴重であり、私の考えが変わるきっかけとなるかもしれません。今までは独り相撲のようなものでしたから。ただ英語の中学校高校の先生の例を新聞などで見るとほとんどの先生は会話ができないとあります。ロシア語は例外なのでしょうか?この点はどうでしょう?ロシアの入門・初級レベルは中学校高校レベルの英語と同じ程度だと思います。今後ともご意見ご感想があればよろしく投稿ください。

Posted by pon at 2009年01月20日 20:01

今回の記事を読みますと、大学教員・研究者はもっぱらパッシブな能力のみが必要なため、文法にそれほど重きを置かないのだろうというお考えのように感じられましたので、少しコメントいたしましたが、私の焦点がずれていたようです。申し訳ありません。

もちろん、一般的にプロの通訳の方々の方が、大学教員よりも会話力は断然勝ると思います。
教授能力と、実地での運用能力は別ですから、教えられる以上プロの通訳よりも上、ということは決してないでしょう。
もちろん、一口に大学教員といいましても千差万別ですから、プラクティカルなロシア語運用能力が非常に高い方もいらっしゃいますし、また最近ではプロの通訳者が大学で授業を担当なさるケースもありますので、あくまでも全体的な傾向としては、ということになりますが。

ところで、
>ただ英語の中学校高校の先生の例を新聞などで見るとほとんどの先生は会話ができないとあります。ロシア語は例外なのでしょうか?この点はどうでしょう?ロシアの入門・初級レベルは中学校高校レベルの英語と同じ程度だと思います。

ですが、これは、ロシア語が例外というよりは、大学教員と中学校高校教員の違いが問題になるかと思います。
ロシア語に限らず、大学教員になるためには、大学院博士課程修了が必須条件です。加えて、大半は留学があります(もちろん、留学していれば会話ができる、というわけではありませんが)。一方、中学校高校教員は、中には大学院修了者もいるかとは思いますが、基本的には学部卒でしょう。留学経験比率も大学教員ほど高くはないかと思います。
また、ロシアの入門・初級レベルは中学校高校レベルの英語と同じ程度、つまり教える内容は同レベルだとしましても(実際は大学によってまちまちですが)、大学教員・研究者は授業の他に研究活動もありますので、授業で求められるレベルから、教員のレベルを判断することは出来ないでしょう。

いろいろと書きましたが、私などは、さとう様に比べましたら、ロシア語の点でもまだまだひよっこです(ちなみに、30代です)。
プロの通訳の方にロシア語の解説をしていただけるこのサイトは大変基調です。
これからも、よろしくお願いいたします。
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わざわざご丁寧にご返事をいただき感謝します。日頃ロシア語を教えている先生方とはほとんど交流がなく、恩師の新田実先生も鬼籍に入られました。そういう中で若い方からコメントをいただけるのはうれしい限りです。私も独断傾向がありますので、いろいろな方の意見をうかがって、さらにロシア語の勉強にいそしみたいと思います。ロシア語教師の方が会話力に欠けるのではないかと言っているのは、おっしゃるように、別に指弾しているわけではありません。会話や文章における露文解釈と和文露訳をバランスよく習得した方が、仮に翻訳のプロになろうとしている人にとっても、ロシア語の文(特にブーニンやチェーホフは筋を追うだけなら別ですが、言葉の響きやニュアンスを理解するとなると難しいと思います)の昧読には必要だと思いますし、プロであるロシア語を教える方や、通訳やガイドにとっては言わずもがなです。一方知り合いの通訳やガイドに話をすると、ブログやサイト(時事ニュース)、テレビのロシア語はよく視聴しているようですが、一部の人を除いて本(文学、随筆、歴史、実録もの)はあまり読んでいないように思えます(私の考えるロシア語の本の読書量は年間で最低20~30冊です)。ブログやサイトは日本語の例でも分かるように、情報に特化して言葉の面では初級や中級の学習者には標準語とかけ離れたものもあり、その区別がそのレベルの学習者には無理だと思います。その点、本の方は出版前に読み手としてプロの編集者がチェックしていますから、一般的にはロシア語を学ぶには適していると思います。いろいろ書きましたが、これからもよろしくご教示のほどお願いします。

Posted by pon at 2009年01月21日 20:23

はじめまして。
ロシア語を独習している者です。こちらのブログはいつも拝見しております。

私が勉強をしてきて感じたのは…
ロシア語に触れるうちに、ここの文や単語にはこういう文法の規則があるのでは、と自分で発見する楽しみです。
それは些細なことで、例えば接頭辞のвは「入る」「中に行く」といった中への動きの意味があるのでは、と気づき、実際本で調べてみると、「в/въ/во『…の中へ』」とあるのでやっぱりそうだったか、と、納得するのです。

あらかじめ本で知ってしまうと、そこで知識を得ただけであまり感動せず終わってしまうので、しばらく網羅している文法書なんて勉強しないようにしよう、と思った頃もありました。
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こういう「気づき」というのは、ロシア語を続ける上で大きな動機になります。ロシア語の実力を高める上で必要なのは、与えられた知識というよりは、いかに疑問(質問の種)を見出せるかにあると思います。疑問がわけば、その答えはいつかそれなりに出てきます。ただ、その疑問を見出すためには、系統的な文法書を読むことを勧めます。読めば必ず疑問が湧くはずですし、湧かない人は、丸暗記しようという人ですから、ロシア語をマスターすることはできないと思います。それと、どうしてもわからなければ、人に聞くというのも一つの手です。その人の言うことを盲信するのではなく、議論の参考にすればよいのです。納得したものでないと身につきません。

Posted by ちゃんちゃん at 2009年01月26日 23:27

懐かしい名前を見つけてしまいました!
新田実先生です!!!私が高校生の頃、NHKテレビロシア語講座の初代講師でした。中学生の時からラジオロシア語入門(佐藤純一先生)を聴いていて、1973年にテレビ講座が開始されて、ラジオの応用編(木村彰一先生)と合わせて視聴してました。
新田実先生は他界されたのですか!?ビックリしてます。マバタキをよくされる親しみやすい先生でしたね。
代々木にあった日ソ学院の夏期講習にも高校生のくせに通いましたし、三田の慶應義塾外国語学校にも野崎韶夫早大教授の講座を平日夜に受講してました。ローザ姉川さんの中級会話は厳しかったです。
どういうわけか、外大を目指していたので大学受験は飛鳥山のロシヤ語学科に得意だったフランス語で受験しました。
ロシヤ語は大好きで今は一番得意な言語になりましたが、大学教員はやはり会話力の乏しい人が多いと思います。目と頭だけ鍛えられて耳が鍛えられていないのだと思うのですが……。
文章を眺めているだけではダメで、耳と口を徹底的に使わないからでしょうか???
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ロシア語にもいろいろなアプローチがあって、会話だけがすべてではありません。本で楽しむのも映画やビデオで楽しむのも人それぞれです。ただ実際のロシア人と触れ合うには会話能力の習得が必須であるとは言えます。しかし生のロシア人ではなく、書物などを通じて過去のロシアを知るというのも大切なことだと思います。個人的には読むのも書くのも話すのもできるようになりたいと思っています。

Posted by 多言語通訳者 at 2019年04月09日 07:38
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