2014年03月17日

●続和文解釈入門第391回

二重否定についての第373回の本文を下記に差し替えてほしい。
10-20 二重否定

二重否定というと、否定を否定して修辞的に肯定を示すものと考えがちである。

(それはあり得る)Это не исключено. <не исключено = вполне возможно, вероятно>
(欠点のない人はいない)Нет людей без недостатков. <みんな欠点を持っている>
(それは嘘に他ならない、嘘に違いない)Это не что иное, как ложь. <не что иной, как = именно, как раз>
(彼こそラープチェフだ)Это был не кто иной, как Лаптев. <не кто иной, как = именно, как раз>
(彼は飲むのが嫌いではない)Он не не любит выпить. <неが二度続く稀な用法>
(自分の利益をユダヤ人が逃さないわけではなかった)Не не упускали своей выгоды евреи. <неが二度続く稀な用法>

ところが、それ以外にも「なくはない」というように、「ある」と同義ではないものがある。「なくはない」には、部分否定のように、あることはあるが、量が少ないとか、見せたくないとか消極的なニュアンスが感じられる。ロシア語にもこのような部分的な二重否定はあり、2008年版アカデミー露露辞典のнеにも同意の意味утвердительное (= выражющее согласие с чем-либо; подтверждающее что-либо) значениеを挙げているが、語義から判断して消極的な同意と理解される。このような部分的な二重否定にはнельзя (невозможно) не + 不定形の他に、не могу (смею) не + 不定形があり、その例で説明すると、Я не могу не согласиться.(直訳すれば「同意しないことはできない」)はЯ могу согласиться.(同意することができる)と同じ意味ではない。ザルービンの露和辞典にはне могу не = вынужденとあり、Русский язык Экнциклопедия, Филин Ф. П., Советская энциклопедия, 1979では否定の否定は肯定的意味となり、не могу не = долженとなっているが、いずれにせよ「賛成せざるを得ない」か「賛成しなければならない」と訳すべきであって、「賛成してもよい、賛成できる」という意味にはならないことが分かる。ロシア語でもこのような部分的な二重否定は婉曲的な言い回しゆえに、暗示的な、消極的なニュアンスが出るのだと思われる。не без того (этого)も口語で確認を示す同意(まあそうだ)を示し、これも消極的なニュアンスがあるのは次の例文を見ても分かる。

「疲れたようだね?」- Ты, кажется, устали?
「まあね」- Не без этого.

 この他にこのような部分的な二重否定の例文を挙げる。

(憲法に関する仮定は確固たる基盤を欠いた噂以上のものではなかった)Предположение о конституциях представляло не более как слух, лишённый твёрдого основания.
(彼にはユーモアのセンスがなくはない)Он не лишён чувства юмора.

 次にこのような部分的な二重否定の要素が含まれている形容詞(副詞をその形容詞から作るのは可能である)を挙げる。

небезвыгодный(悪い話ではない)、небезграничный(無限ではない)небезгрешно(罪がなくはない)、небезоблачный(心に曇り一つないというわけではない)、небезосновательный(いい加減というわけでもない)、небезопасный(危なくなくもない)、небезразличный(まんざらでもない)、небезынтересный(興味がなくもない)、небезывестный(心当たりがないでもない)、небесполезный(役に立たないわけではない)

 このような部分的な二重否定に近い用法として次のようなものもある。

(詐欺のない日はほとんどなかった)Редкий день обходился без мошенничества.
(テロの脅威を過小評価してはならないが、過大評価もすべきではない)Угрозу террористических актов нельзя недооценивать, но и переоценивать не следует!

出題)「やがて有線放送は過去のものとなる」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2014年03月17日 06:51
コメント

Вскоре трансляция
по проводам отойдет
в прошлое.
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体の用法は正確ですが、трансляцияは実況中継(現場からの中継)であって、放送そのものではありません。私の答えは、Со временем проводное вещание отойдёт в прошлое.
徐々にというニュアンスがあっても、動作が完遂を示しているなら完了体未来形が来る。『三訂和文露訳入門』の2-1-7項は過去の時制だが、未来の時制でも同様である。

Posted by ブーチャン at 2014年03月17日 08:51

よろしくお願いします。

Рано или поздно проводное вещание станет остатком прошрого.
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正解です。

Posted by Женя at 2014年03月17日 09:46

Скоро кабельное вещание станет прошлым.

よろしくお願いします。
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体の用法も含め、全体的に間違いとは言えませんが、стать прошлымという言い方は、あまり聞きません。それと現代語ではкабельное телевидение(ケーブルテレビ)という表現があるので、これと紛らわしいような気もします。

Posted by yama at 2014年03月17日 19:53

Через некоторое время проводное вещание уйдёт в прошлое.
やがて…через годы, когда-нибудь…??
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через некоторое времяだと、やがてはやがてでも、「しばらくして、そのうちに」のように時間が短いような気がします。直訳すれば時とともにぐらいがよいかと思います。体の用法、語彙とも正確です。

Posted by ゴ at 2014年03月18日 00:12
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