2013年10月11日
●続和文解釈入門第241回
「行って来る」は不定動詞や接頭辞のついた運動の動詞でも表現できるが、過去の時制が一般的で、未来の時制の例は少ない。
不定動詞の未来形も使えるが、これだと「すぐに行く」というようなニュアンスはない。
(タクシーの金がないなら、バスで行って来よう)Раз нет денег на такси, будем ездить на автобусе. <文の焦点は行くという動作ではなく、交通手段にある>
しかし、時間が限定されると、不完了体は使えない。
(彼は10分で新聞を取りに行って来た)Он сходил за газетой за 10 минут.
出題)「お客様は神様です」をロシア語にせよ。
Клиент представляет
собой бога.
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お答えは名詞の単数形で全体を示すという用法であり、動物や樹木でよく見られます。私見ですが、なぜその他の名詞であまり使われないのかというと、ロシア語には冠詞がないために、例えば、お答えが、「その客は神様である」という訳も可能であるということではないかと思います。ただ複数形にしてしまうと、この出題の場合、神様が複数になるのか(多神教)とか、単数(一神教)なのかというややこしい問題も生じます。使う場合には一般性を示す状況語をつけたほうがよいと思います。そこで発想を変えてみます。私の答えは、Желание покупателя - закон продавца.
この他にも、Желание клиента – закон.とか、Клиент всегда прав.やПокупатель всегда прав.も可能である。
(1) Клиент есть бог.
(2) Покупатель-король.
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直訳で、ロンさんと同じ懸念があります。
Мои зрители (поклонники) как божество.
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三波春夫の口癖を考えれば、分かりますが、神様のような私の視聴者(ファン)という意味で、文字通り神様は万能(空も飛べるし、金銀も思いのまま)ということでしょうか?
(お題)
お客様は神様です
(コーシカ訳)
1) Клиенты приносят благо.
2) Клиенты решают все (в конце концов).
ぅ…
個人的には嫌いな言葉
(これを悪用する客の相手はしたくないです)。
それはさておき
1000年からキリスト教の伝統を持つ露語が
「神」という語を軽々しく使うとは思えませんので言い換えてみます
(ヒンディー語みたいに多神教が当たり前の土地の言語なら直訳でも通じるかもしれませんね)。
習慣、法則などを表せる不完了体現在を使うと考えます。
さて、正解は
なるほど、законも強い語ですね。
模範解答例を見て2)を追記してみました。
1000年からの「から」は「だいたい」くらいの意味の口語(近畿方言?)です。
ロシアのキリスト教受容は988年、
ヴラディーミル1世がキリスト教を国教と定めた時、であるようです
(廣岡正久『ロシア正教の千年』NHKブックス、1993年、31頁)。
ん~…
「ロシアのキリスト教受容」なんてコチコチのウクライナ人に言うと揉めそう…