2013年05月11日

●続和文解釈入門 第90回

日本語の指示代名詞の「これ、それ、あれ」は「これ」が話し手の領域に近い指示物、「それ」が聞き手の領域に近い指示物、「あれ」が双方の領域に属さない指示物というように話し手からの物理的、心理的距離を示している。その他に話し手と聞き手が近接している場合があり、双方の共有している場を「これ」で、それより遠い場を「あれ」で、どちらでもない場を「それ」で示す。また文章における文脈指示には「あれ」は使われないなどあるが、詳しくは、研究社日本語教育事典(近藤安付子+小森和子編、2012年)を参照されたい。

 ところが、藤沼貴先生の『ロシア語ハンドブック』(225ページ)によれば、ロシア語では、это (этот, эта, эти)で全ての指示物を表し、то (тот, та, те)はэтоとの対比でのみしか、ほとんど使われないという。つまり、то (тот, та, те)を使うのは、二つのものがあって、その二つのうちで話し手より遠いものを指すということになり、単独で遠くのものを指すのには使えないという事になる。3メートル離れた窓を示せば、日本語では「あれは窓です」となるが、ロシア語ではЭто окно.となり、この山というような対比がなければ、100キロ離れた富士山を指しても、Эта гора, покрытая снегом, Фудзияма.(雪を被ったあの山は富士山です)となるとある。非常に興味ある説ではあるが、実際にガイドをした経験から言えば、必ずしもそうとは言えない場合のあるという事を指摘しておきたい。
 二つの対象物(人も含む)があり、そのうち話し手に近いものをэто (этот, эта, эти)で示し、より遠くにあるものをто (тот, та, те)で示すというのはその通りである。

(この本は〔内容的に〕面白いが、あの〔その〕本は違う)Эта книга интересна, а та нет.

 しかし、ロシア語では比較の対象がないときに指し示す場合は、「これ、それ、あれ」をэто (этот, эта, эти)で示すことになるという事になる。ここまでは藤沼先生の説と同じなのだが、実際の会話の場面を思い出してみると、これに加わる要素がある。それは手振り身振りである。手(頭、目、あごなど)で示して、この山(その山、あの山)という場合は、эта гораでも、та гораでもよいはずだ。少なくとも露露辞典(アカデミー版4巻本, Русский язык, 1984〔アカデミー最新版は第21巻пятьюまでしか届いていない〕)では、Указывает на какой-либо предмет, лицо (обычно сопровождается указательным жестом); то же, что «этот».(何らかの物、人を指す〔普通は指示の身ぶり手ぶりを伴い、этотと同義〕)とあり、遠近を問題にせずに、人や物を指示する(いくつかのものから選び出す)ときには、это (этот, эта, эти) も、то (тот, та, те)も両方使えることになる。

(あの山々の間に寺がある)Между этими горами и расположен буддийский храм. <指か何かで指し示すなら、теми горамиでもよい>
(例えば、ほらその木を見てみろ)Вот взгляни, например, на то (это) дерево.

 一方、здесь (= в этом месте)とтам (= в том месте, не здесь)は、здесьが「ここに」であり、тамは「ここでない場所に」という、近くにあるものを示すかどうかという分け方であり、この二分法は我々日本人にも分かりやすい。сюда (= в это место, в эту сторону)とтуда (= в то место, в ту сторону)も同様な区分のしかたである。しかし、日本語との違いもある。電話中の会話で、他の人のいる前では話したくないときに、電話を切らずに、携帯などを別の部屋に持って行くことがある。そのときに、日本語では「コーリャ、まだそこにいる?」と聞き手が電話の前を離れていないことを確認するときには、ロシア語ではКоля, ты ещё здесь?であって、тамにはならない。日本語では聞き手の領域なので「そこ」が使われているが、ロシア語では話し手と聞き手が心理的に近いという理由でздесьが使われる。

 初歩的な事柄ではあるが、あの山は英語ではthat mountainとなることを考えると、英語とロシア語も発想は違うわけで、このような思いこみに対して、特に初級の段階で、このような基本的な違いを学習する大切さを痛感する次第である。

出題)「渡り廊下は2階と3階の間の中間の高さにあった」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2013年05月11日 07:23
コメント

Переходный коридор
находился на
промежуточной
высоте между вторым
и третьим этажах.
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промежуточныйというのは、二つの間のどこでもよいという意味ですが、2階と3階の中間というのは2.5階ということです。私の答えは、Галерея находилась на высоте, средней между вторым и третьим этажом.
渡り廊下はпереходной коридорでもよい。

Posted by ブーチャン at 2013年05月11日 07:56

Переход был на высоте между вторым и третьим этажами.
露人は意外とтотを使わないものだ、程度にしか思っていませんでした。ありがとうございました。
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お答えでは、2階と3階の間のどこでもよいということになります。

Posted by ゴ at 2013年05月11日 23:29

(お題)
渡り廊下は2階と3階の中間の高さにあった
(コーシカ訳)
1) Галерея была установлена на высоте в середине между вторыми и третьими этажами.
2) Галерея находилась на высоте в середине между вторыми и третьими этажами.
3) Галерея была на высоте в середине между вторыми и третьими этажами.

1)は現存する渡り廊下の高さについて別の場所で
(例えば帰社後の報告といった形で)話している、と考えました。
現存するものの見たのは過去というニュアンスを出そうと
бытьの過去形と被動形動詞過去短語尾を使いました。
2)はどこにあったかに力点があり、3)はあったことそのものを強調する意味にそれぞれなり
現存しているかどうかは特に強調していない言い方になるかと思います。
さて、正解は
なるほど、на восотеを修飾する形でсредний этажが来るので
(補足説明ですよ、という印のコンマも必要ですね)
этажは単数でないといかんのですね。2.5階の意味が分かりました。
2階と3階の間とフロアが2つだから複数、と勘違いしておりました。

Posted by コーシカ at 2013年05月13日 19:58
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