2013年03月22日

●続和文解釈入門 第42回

最近読んだ探偵小説の中で結果存続兼評価型動詞の例を挙げておこう。男の子が1日中遊び呆けて、ママにベッドに連れて来られるシーンである。
И говорил "Мам, я уже встаю, встаю, мам!" и засыпал опять.(「ママ、もう起きてるよ、起きてるってば、ママ」と言って、また寝入ってしまった)
このвстаюは経過(進行形)を示すものではない事はお分かりだろう。この作品を書いたのはタチヤーナ・ウスチーノワТатьянаУстинова という女流作家であり、Саквояж со светлым будущим(明るい未来のつまったボストンバッグ)の一節である。スリラーとラブストーリーと探偵小説がいっしょくたになったようなもので、それなりに面白かった。他にМиф обо идеальном мужчине(理想的男性についての神話)も読んだ。これらは4年ほど前ガイドをしていたときに、別れ際に女性客からもらった探偵小説5冊の2冊である。こういうのは好みがあるから特には勧めないが、会話の部分は実戦的なロシア語会話の例文として大いに参考になる。女性作家ゆえに女性や子供の心理や仕草が丹念に描かれているので、会話用のサンプル収集には非常に役立っているような気がする。

出題)「セミョーノフの取り巻きは日本人の間にロシアと日本政府の接近がまもなく起こるという噂を流している」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2013年03月22日 04:52
コメント

Приспешники
Семёнова
распространяют слухи, что среди
японцев скоро
возникнет сближение
правительств
России и Японии.
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приспешник = соучастник в каком-либо дурном, неблаговидном делеですから、共犯者ということで、格としては同格です。ところが取り巻きというのは広辞苑では、人に付きまとって機嫌を取ること、取る人を指すとあり、同格ではありません。私の答えは、Семёновское окружение пускают слухи среди японцев, что скоро предстоит сближение России с японским правительством.

Posted by ブーチャン at 2013年03月22日 09:13

Окружающие Семёнова распространяют японцам слухи, будто что вскоре Россия и правительство Японии начали подходить друг к другу.
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будтоというのはкак, словноということで、それだけでは仮定法にはなりません。そのためにはбыが必要です。будто чтоというのは研究者の露和に記載がありますが、岩波にも最新のアカデミー版にもありませんので、現代では使われないと判断してよいかと思います。будтоだけで接続詞なので、よけいなものはつけるのは間違いの元です。そのため時制がおかしいわけで、началиではなく、начнутとする必要があります。распространять слух (слухи) по городу (среди японцев)というような語結合で、与格は来ないと思います。

Posted by ゴ at 2013年03月23日 00:05

(お題)
セミョーノフの取り巻きは日本人の間にロシアと日本政府の接近がまもなく起こるという噂を流している
(コーシカ訳)
(1)Окружающие Семенова пустили слухи среди Японцев о том,
чтобы скоро пройзошло приближение между Россией и Токио.
(2)С окружающих Семенова ходят слухи среди Японцев о том,
чтобы скоро было приближение между Кремлем и Токио.

噂は一番意味が広そうなслухを充てました。
ЗиР=ザルービン・ロジェーツキンに複数での例が挙がっていましたのでそれに倣います:
要旨はひとつでも語られ方は様々であることに注目して複数なのであろうと思われます。
動詞は(1)の例では完了体過去による結果の現存
(2)では現在流れている状態に注目した不完了体現在と考えます。
さて、正解は
んん?
чтоにすれば主文と主語が異なる場合であっても動詞を過去形にせずとも良いのですか?
確かにчтобы以下が過去形では紛らわしいなぁ…とは思っておりました。
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(1)で完了体過去形を使えば1回の行為です。しかし噂を流すというのは1回で噂となるのでしょうか?噂を流すというのは何回かの動作だと考ええるのが普通です。完了体と不完了体の使い分けは、動詞の語義にも拠るということをご理解ください。приближениеというのは、ある対象に近づくことで、二つの対象同士が接近するという意味はありません。
 чтоとчтобыの基本的な意味の違いがご理解なさっていないようです。чтобыは目的(~するために)という意味であり、説の場合は仮定法過去を伴います。不定形の場合は、繰り返しやある一定の期間を願意することが明確でなければ、通常は完了体が来ます。чтоを含む説は、英語と違い、日本語と同様、時制の一致はありません。

Posted by コーシカ at 2013年03月23日 23:10
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