2012年11月29日
●和文解釈入門 第559回
技術通訳をしていると、技術者がロシア語を覚えた方が、技術者が技術用語にも通じているので、通訳自体がうまくゆくという事を主張する人が結構いる。一見正しいようだが、大きな勘違いがいくつかある。技術といっても、鉄鋼と化学プラントでは使う用語も違うし、鉄鋼と言ってもプラント用、自動車用、造船用では使う鋼が違う。このように現代では技術自体が非常に細分化されている。例えば、「サワー環境の井戸でSSCCが起これば」という文を露訳することになったとしたら、素人のみならず、技術者と言っても、油井管の専門家でない限りチンプンカンプンだろう。通訳するときにプロの通訳が気にかけているのは、サワー環境とかSSCCという語彙ではない。こういうのは事前に調べるか、通訳を依頼するメーカーに予め尋ねておくのは当然のことだ。聞かない限り、この忙しい世の中、メーカーの方から教えてくれる場合はほとんどない。サワー環境сероводородсодержащая средаというのは硫化水素の含むガス井か油井скважинаで、有毒だし、浸食性も高い。それ以外の環境はスイートということになる。SSCCというのは硫化水素応力腐食割れсероводородное коррозионное растрескивание под напряжением (СКРН)のことである。通訳する上で問題なのは、そういう技術的な語彙ではなく、起こるのが、具体的に1回なのか、繰り返しの話なのか、つまりどの体を使うべきか、単数か複数か、主語はどうするのかを瞬時に判断しなければならないということである。技術通訳では主語はяではなく、мыとвыにするか、できるだけ不定人称文にして、主語を出さないような工夫をする。技術通訳でも医療通訳でも単語を並べれば通訳が済むと言うわけではない。正しい通訳をするためには、体の使い分け、時制や法(命令法や不定法)をよく理解していないとできないのである。一人前の技術者になるのには何年もかかる。同様に一人前の通訳になるのにも何年もかかるわけで、技術者と通訳では職種が違うと言う事を忘れているのだ。一人前の通訳が何年も必死に努力してロシア語をマスターしたというなら、確かにそういう人の技術ロシア語には見るべきものがあるが、技術の分野も広いから一人でマスターすることは不可能である。高専や理系の大学、ロシアで理系の大学を卒業して通訳をしている人は知っているが、一流の技術者出身で一流の技術通訳というのは知らない。世の中それほど甘くはない。
医療通訳でも、今は素人の、医学について知識のない通訳が医療通訳をしているが、これは人の命に関わることであり、医師や看護師などの医療従事者にロシア語を勉強してもらうべきだと考える人もいる。そうであれば通訳も随分なめられたものだ。医者や看護師になるためには国家試験に合格しなければならず、何年も勉強し、そこから実際に病院で実習して一人前になるのであろう。それでは通訳は1年か2年片手間に勉強して、プロの通訳として通用するものなのだろうか?プロの通訳は何年も勉強して、しかも金銭的に報われる仕事ではないのにその勉強を続けている人が多い。医者や看護婦は患者の治療が仕事であり、医療通訳はロシア人の患者と日本人の医師や看護師との意思疎通が仕事である。これをはきちがえてはいけない。医療関係の語彙を覚えて、単語を並べるだけで通訳ができると考える方がおかしい。患者の命にかかわるなら、それこそ医学の用語をよく知っているプロの通訳に通訳を依頼すべきだと思う。
医者だって外科と内科では内容が随分違うというのは素人でも分かる。医療通訳をするのであれば、医者や看護師がロシア語を覚えるよりも、政治経済や文化系のプロの通訳やガイドが医療用語を覚えた方が通訳自体の質は高い。これは技術通訳の例と同じである。医療用語でも、英露の語彙集はネットでも手に入るし、和英も同様である。アメーバ性髄膜脳炎амёбный менингоэнцефалитという言葉があるが、脳の炎症(あるいは病名)だと分かるだけで、内容を深く知らなくとも通訳はできる。医療関係の病名は英語とロシア語が非常に似ているから、コツを覚えれば簡単で、多分amoebic meningoencephalitisとでもなるのだろう。逆もまた然りである。ただこういう難しい病名はともかく、日常的な病名などは英語とはまるっきり違うので、一から覚える必要がある。
医療通訳で一番多いのは、健康診断や検査の通訳であり、複雑な脳手術に関してその場で医師と通訳する機会はあまりないであろう。こういうのはセミナーで扱うもので、セミナーなら前以て用語を調べる時間はあるのが普通だ。医療通訳を目指す人は、まず日常の通訳ができること、100%相手のロシア語が聞きとれて、体の使い分け(時には間違うにしろ)、時制や法が完全に理解できていることが前提であり、その後、健康診断や検査の語彙を自分で調べれば、基本は大丈夫と言える。ロシア語が中途半端な医療従事者に通訳してもらう方がよっぽど患者の命にかかわると思う。
需要があるなら「医療ロシア語」という参考書を書いてもいい。資料はこの40年集めたものがあるし、その一部はこのコーナーでも紹介している。初級から医療ロシア語中心に勉強したいという希望者がいれば、病院の受付、検査の語彙を中心に初級用の授業を設定することも可能である。その場合はメールにて連絡願う。有料だけど。
設問)「患者は片頭痛(の症状)に悩んでいる(片頭痛の症状を訴えている)」をロシア語にせよ。
(1) Больной мучится
признаком мигрени.
(2) Больной жалуется
на признак мигрени.
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признакは兆候、兆しということで、症状そのものではないと思いますので不要ではないかと思います。取れば正解ですが、(2)の方がよく耳にします。私の答えは、Больной жалуется на одностороннюю головную боль.
мигреньでもよい。
Больной страдает миндалиной.
Больной болеет миндалиной.
Больной болеетは変?
------------------------------------миндалинаというのは複数形でヘントウ腺、単数だと脳のヘントウ体を意味しますが、мигреньとの勘違いではないのでしょうか?болеетと活用するболетьは病むという意味であり、болетьで「痛む」はболитとなりますが、人は主語に立ちません。У меня болит голова.(頭痛がする)とするか、無人称動詞で使います。この辺は研究社や岩波の露和辞典でも分かることです。
① Больного мучают симптомы мигрени.
② Больного беспокоят симптомы мигрени.
③ Больной жалуется на симптомы мигрени.
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正解ですが、симптомыがない方が自然ですし、医者が使うのは3番目のものでしょう。