2012年11月24日
●和文解釈入門 第554回
(248) 「モスクワの顔」、芹川嘉久子、中公文庫、1979年
1969年初出。1965~68年までモスクワの出版社プログレスで働いた芹川嘉久子(1924~)のモスクワ生活エッセー。文章が非常によい。この頃冷凍イカや缶詰の昆布のトマト煮が出回りだし、イカкальмарという言葉はそれまで知られていなかったことが分かる。女性らしい視線から、トーポリ(ポプラ)の綿毛は皮膚にアレルギー症状を起こしたり、呼吸器に害を与えるとか、葬式の様子、薄い紫色の染髪剤ヘンナхна(著者はロシア語のフナと表記している)とか、ブロンドの娘は黒い眉を幸福の申し子として珍重するとか、亜麻色(著者は銀色に似たと表現しているが、ロシア女性に多い髪の色)の髪が最も好まれる、ソビエトでは女のズボン姿が極端に嫌われるとか、3倍ウハーтройная ухаという小さい魚を選んで大鍋のたぎった湯に放り込み、しばらく煮てから魚をすくいだし、今度は忠暗いのを入れて、これも知るに味が出たところで捨ててしまい、最後にとっておきの大きな魚をぶつ切りにしてスープで煮るという、三平汁のようなスープなど興味深い。革命50周年記念日の1967年11月をめどにソ連でも週5日労働制が導入され、デパートや商店が日曜休日となり、それまでは土曜の勤務は午後3時までというのは知らなかった。
ドルの店(ベリョースカ)が赴任の半年前にオープンしたとか、訪問乞食(ジプシーらしい)という話も興味深い。ロシア人の迷信深さにも触れ、床に誤ってフォークを落とすと男の客が、スプーンだと女の客が来るとか、空のバケツを持った女と出会うとの縁起が悪いとか、ハンカチのプレゼントは喜ばれず、お返しに硬貨を渡すとか知らなかった。マーヤМайяは革命後にできた名前(5月の女性形)であるというのもそうだ。ロシア人に聞くと一番いい時代というのは1970年前後だと言う人が多い。ソ連人がまだ誇りをもって生活していた時代のモスクワを活写している。この時代のサナトリウムを体験したかった。本書に出て来るソビエトグラフのカワゴエさんは本稿でも紹介した川越史朗さんであろう。これよりちょっと前のフルシチョフ時代については、1961年に訪ソした大宅壮一(1900~70)の「ソ連の裏街道をゆく」と「この目で見たソ連」(ともに大宅壮一全集第21巻所載、蒼洋社、1981年)がバランスのとれた偏りない目で見たソ連を活写している。ヤルタでジャズシンガーのウチョーソフУтёсовの公演を見て、アメリカ仕立てのジャズにコミカルな要素を入れていると誉めている。生でウチョーソフ見たのはうらやましい限りだ。
設問)「火事だ、みんな起きろ」をロシア語にせよ。
Пожар ! Встаньте.
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命令法の着手の用法が理解していないようです。それと、「みんな」が訳されていません。Садитесь.(おかけなさい)は不完了体命令形だというのは、多くの人が丸暗記のせいで、間違わないでしょうが、なぜ不完了体を使うのかということを、深く考えて、体の使い分けにを理解しないと、応用が利かないということになります。私の答えは、Пожар! Поднимайтесь все!
火事だということは、そのまま寝ていたら焼け死んでしまうということで、起床するのは当然だという意識が発話者にあるから、着手の用法の不完了体命令形を使う。着手というのは文法用語であって、場依存型である。そうでない新規の意味の着手であれば完了体を使う。Приступите к делу.(本件に取りかかって下さい)。「起きろ」という事で考えると、朝に起きろというのは場依存型であり、朝でもないのに叩き起こすというのは場独立型と言える。
Вот пожар! все вставай!
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これはすごい。正解です。ただвсеがあるので、вставайте!にした方がよいという気はします。теがなくとも、兵士たちに命令する場合などはいいのかもしれません。
Пожар! Все, Вставай!
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正解です。
Пожар! Проснитесь!
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不完了体命令形の着手の用法を理解なさっていないということと、「みんな」が訳されていません。もっと細かいことを言うと、この動詞は「目を開ける。目を覚ます」という意味ですが、これでは火事の時に困るわけです。目を開けるだけではなく、起きてもらわないと困るような気がします。