2012年07月25日

●和文解釈入門 第432回

(180) 「堺利彦伝」、堺利彦、日本人の自伝第9巻所載、平凡社、1982年
 山川均とともに日本共産党創設に関わった堺利彦(1871~1933)の半生(30年)のうち万朝報入社までを扱った自伝。1925年初出。九州豊津出身。文章は平明で読みやすい。珍しいのは、幼い頃正月に大根製の灯明があり、これは大根を一寸(約3センチ)あまりの長さに切って、その片面をすこしえぐり取って中をへこませ、そこに油を注ぎ、灯心を入れ、火を灯すという。

(181) 「小原直回顧録」、小原直(おはら・なおし)、中公文庫、1986年
 日本の司法・検察界の実力者であり大逆事件、シーメンス事件などの重大事件に関わった小原直(1877~1967)の回想録だが、重大事件は戦前のこととて政府の干渉があり、大して面白いとは思わないが、検事として関わった1914年の桐原集一殺人放火事件(死体を隠し完全犯罪をもくろんだ)とか、1915年の大森おはる事件(猟奇殺人事件で、小原ともう一人の検事が別々に被疑者を起訴したという珍事件)、1917年の島倉儀平女中殺人事件(当時神楽坂署長だった正力松太郎が事件解決に取り組んだ)、1923年の朴烈事件(特に朴烈の妻であるアナーキスト金子文子の生きざまなどは考えされる)などのほうが大正時代の世情もよく分かり面白い。小原自身が実際に強盗に入られ、芝居のように畳に包丁を突き刺されて、金を出せと言われ、命が惜しいから出したという事も書いてある。本書と同じ時代の犯罪を扱ったものには、「大正犯罪史正談」(小泉輝三郎、批評社、1997年、1955年の再録)があり、1922年大輝丸海賊事件や1923年の難波大助の起こした虎ノ門事件が詳しい。また三宅雪嶺や中野正剛がソ連から資金援助を受けていたとの説を披歴し、一時スキャンダルになったという。中野は1943年憤死するが、これはこのスキャンダルが関係しているとする説もある。これは久保田栄吉の「赤露二年の獄中生活」(矢口書店、1926年)によったもので、久保田はソ連の刑務所でこの話をアレクセー・ニコライという極東電報通信社通信人から、三宅と中野がアントーノフから10万円もらって通信に励んでいると聞き、帰国してからすぐ、知人でもあり当時日本駐在だったROSTA(1918年から35年まで存在したロシア通信社)アントーノフに問いただしたが、話をはぐらかされたという。中野は1923年名誉棄損で東京地方裁判所に出版社を訴えたという。

(182) 「ある凡人の記録」、山川均(ひとし)、日本人の自伝第9巻所載、平凡社、1982年
 日本の社会主義者山川均(1880~1958)の誕生から(若干先祖についても記載ある)1910年の半生を扱ったもの。1950年初出。幼少時故郷の倉敷では、天皇行幸に際し、天子様を見ると目がつぶれるとか、男の子に天子さまを拝ませると出世するという言い伝えがあったことが分かる。山川は1900年「青年の福音」という雑誌の第3号に当時の皇太子(後の大正天皇)と九条公爵家の4女節子との御成婚に対して、節子の意に反した結婚で、いわゆる人身御供であると「人生の大惨劇」を守田文治と共に執筆し、最初の不敬罪ということで、巣鴨監獄でともに3年半の懲役をくらった。この時代の監獄の様子の描写が面白い。30年後河上肇も下獄するが、それと比較するのも一興である。下獄前同志社でフットボールやベースボール、特にボートに親しんだことが分かる。社会主義活動の分裂、および幸徳秋水、堺利彦など社会主義者の一面についても触れている。堺利彦については、理解の対象とはなったが、(幸徳秋水のように)崇拝の対象とするには不向きな人だったとある。これは堺が自説を押し付けず、また人の面倒見も良い人で、山川と違い、健康面でも頑強な人だったからと述べている。文章は平明で達意の日本語である。

設問)「私宛に人が訪ねてくることになっているのです」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2012年07月25日 05:51
コメント

Люди должны ко мне
прийти.
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正解です。ただこれだと、複数の人が来るという風になっています。訪ねてくる人が一人ということもありうるので、不定人称文にしたほうがよいと思います。私の答えは、Ко мне должны прийти.
不定人称文である。

Posted by ブーチャン at 2012年07月25日 07:44

昨夜は回答を考えながら眠ってしまいました。こんな単純な日本語をきちんと訳せないことなど他の言語ではあるのでしょうか。時々、家族に設問を見せると、こんな簡単な文章が訳せないの?と笑われています。自分ながらちょっとショックでした。
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簡単な方が難しいのです。長い文章と言っても、短文をつないだものです。語彙は調べがつきますが、短文だと構文自体の深層構造が分からないと、表層構造だけの訳では無理なことが多々あります。долженという基本単語については、その用法(4つぐらいですが)をすべてを理解する必要があります。долженは義務とだけ、覚えて、過去の予定にも使えることを知らないで、いわゆる専門用語の数を増やしても意味はありません。今回の「和文露訳入門」では、できるだけ、このような基本単語の使い方、体の用法によって、多くの和文露訳に応用できるようなものを、200以上の見出しとして説明しています。
 そうはいっても、これだけ和文露訳ができれば、あとは実践だけですが、未曾有の不景気な現在、お気の毒という感じもします。まあ、日はまた昇るです。ロシア語が生きがいであれば、退屈はしません。話す相手も、読む本も、インターネットもいろいろありますから。

Posted by メイ at 2012年07月27日 01:06
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