2012年03月16日

●和文解釈入門 第301回

原求作先生の「ロシア語の体の用法」(水声社)の137ページに、「приходитьは過程をあらわしうる?」というコラムがある。結論としてприходитьは「ある具体的なものが到着する」という意味では過程を示せないが、抽象的な意味で使われている時は過程を表しうると書かれている。またこれはприходитьの語義に関することでприезжатьではそういうことはないとも述べておられる。果たしてそうか?例えば、例として挙げられている三つの文についてだが、和訳は原先生訳である。
Третья зима его жизни приходила к концу.(彼の人生の3度目の冬も終わりに近づこうとしていた)
Только второй день, как начинаю приходить в себя, начинаю чувствовать и немножечко понимать природу.(我に帰り始めて、周囲の事を感じたり、少しずつ理解できたりするようになり始めて、まだほんの2日目です)
Чем больше я обдумываю ситуацию, тем больше я прихожу к выводу.(状況について思いをいたしてみればみるほど、私はますます次のような結論に近づくのです)

 この中で比較的分かりやすいприходить в себяを取り上げてみよう。これは「意識を取り戻す、覚醒する、我に帰る」ということだが、この語義に過程というか、その中間の状態というのはないのではないか?つまり意識のない状態から半覚醒を経て覚醒するという過程を経てということを意味しない。半覚醒というのはうつらうつらという一つの特別な状態を指しているにすぎない。つまり意識は通常あるかないか、ONかOFFしかないはずである。しかもこの文にはначинаюを使っている。

 第133回で「彼は見かけほど単純ではないという気がしてきた」という文の露文として、
Я начинаю думать (считать), что он не так прост, как кажется.という文を紹介した。その時に、こう書いた。〔「~という気がしてきた」は「リンゴやバナナ、牛乳などをジューサーで混ぜている」という過程とは違う。撹拌の後、結果としてミックスジュースが出来るのだが、「~という気がしてきた」ではある考えがすでに存在するのである。「~という気がしてきた」というのも一見過去形だが、まとまった一つの考えが頭に入ってきたという意味では現在完了である。不完了体のначинатьがдумать, считатьと結びついて、一人称ないしは意見の主体が主語に立つ時は、たんなる心の状態の始まり(意見の形成)を示すのではなく、前の意見の変更に関わる意志的な行為を示すとシノニムの辞典にはある。つまりначинаю думатьもначинатьの後の不定形が過程(~と考え始めつつある)を示すというよりは、「もうすでにそういう考えに変わった」というニュアンスであり、そういう考えの確信が高まって行く過程を不完了体現在形で示しているにすぎない。断片的な(部分から成る)意見というものは、それだけでは意味が不明であり、それは意見というのは一つのまとまりであって、ある意見が部分的に分かるというのはまさに一知半解を意味するのだと思う〕。

 同じことがприходитьにも言えるのではなかろうか。приходить к концу (в себя, к выводу)は過程というよりは、一度辿りついた終わり(覚醒、結論)に何度も何度も、波が寄せては返すように繰り返して、その確信を強めているということを示しているゆえに、不完了体が来ているのではないか?つまりこの不完了体の用法は過程ではなく、目的(終着点)に向けての繰り返しであると考える。そのため過程を示せないприходитьを用いていることこそ正に理にかなっているのではないか。

 もう一つの可能性は3つの文とも歴史的現在ではないかということである。そうであれば、意味上はアオリストだから不完了体の現在形が来ても何の不思議はない。二つ目の文はначинатьの補語になっているから不完了体にならざるを得ないということかもしれない。

設問)「サンプルはアトランダムに採取される」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2012年03月16日 06:16
コメント

(1) Образцы собирают
наобум.

(2) Образцы извлекают
что как попало.
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最初のは「行き当たりばったり、あてずっぽうに」にサンプルを集めるということですから、正解といえば正解です。ただこれは技術関係の文書で使うので、あてずっぽうとかという文言は不適切です。二つ目はчтоはよけいのような気がしますし、行き当たりばったりという意味では同じです。私の答えは、Проба берётся вразбивку.
アトランダムというのは無作為にということである。пробаはサンプルはサンプルでも分析用の試料であり、образецにもこの意味はあるが、образецはобразцы продукцииサンプル品(製品サンプル)の意味でも使う。鉄鋼関係では試験片образецを作るために切り出したものを切片темплетという。препаратは顕微鏡用の試料である。土壌や氷河などのコアサンプルはкернという。шлифは研磨試験片で、鋼の構造を顕微鏡で見るためのものである。

Posted by ブーチャン at 2012年03月16日 08:25

Проба берётся вразбивку.

これはさとうさんの「使える言い回し」で覚えました。
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正解です。載せたことをすっかり忘れていました。

Posted by メイ at 2012年03月16日 20:12

Берут пробу в Амстердаме.
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構文的には正解です。アトランダムとアムステルダムの勘違いです。夜中にご回答いただいているわけで、疲れがたまっているのかもしれません。いずれにせよ、アトランダムは語彙ですから、そういうのはすぐ覚えますし、忘れたとしても大したことではありません。問題は動詞です。お答えのような不定人称文が楽に使えるということは、受身の使い方をマスターしているということで、これは大きな武器です。

Posted by asuka at 2012年03月17日 00:09

(お題)
サンプルはアトランダムに採取される
Образцы избраны на выдержку.

被動形動詞短語尾による受け身、と考えました。
サンプルは複数個採取されると思われるため、複数です。

さて、正解は
うわ、全然違う…
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設問は一般的にはこうだというような、繰り返し(総称時、恒常的反復、動作の一般化)です。これには不完了体現在形が用いられます。被動形動詞過去短語尾というのは、前にも書きましたが、現在時制で用いれば結果の現存で、すぐ目の前の具体的なものという感じです。仮にそうだとすると用いられる動詞はотобраныとなり、избраныは使いません。выдержкаは技術関係では、均熱とか、ワインの熟成というように放置して、その結果ある性質を帯びさせることを指しますから、この設問では不適です。

Posted by コーシカ at 2012年03月17日 07:37

なんででしょうか、アムステルダムだと信じて疑いませんでした。やれやれ。さとう先生のコメントを読んでからも、間違いとわかるまでにしばらくかかりました。

Posted by asuka at 2012年03月17日 20:06
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