2012年02月15日

●和文解釈入門 第271回

ラスードヴァРассудова先生の「ロシア語動詞 体の用法」(1975年、吾妻書房)や磯谷孝先生の「演習ロシア語動詞の体」(1977年、吾妻書房)や原求作先生の「ロシア語の体の用法」(1996年、水声社)でも触れられていない体の用法がある。それは不完了体の現在という時制についてである。不完了体の現在は反復、動作の一般化、真理、経過(進行形)と日本語にも同じように対応すると考えて筆を省かれたのかもしれない。書かれているとしても、そのほかにはせいぜい予定の用法ぐらいである。これは露文解釈を専門にしていると気がつかないし、和文露訳でも会話だけをやっていても気がつかない用法である。私がこの用法と出会ったのは、毎日ビジネスレター(当時は主にテレックスだったが)を書かなければならない羽目になったころ、今から35年前ぐらいの時である。

 「2013年1月に展示会エコロジー2013を開催しますのでご案内申し上げます」という文はビジネスレターではよく使うもので、初歩的なものである。「案内する」というのはデパートのアナウンスでもおなじみの「連絡する、伝える」ということで、動詞はいろいろ可能だが、最も一般的なのはсообщить/сообщатьである。これを使って初級者に作文させると、「ご案内申し上げます」はМы сообщимと書いてしまう。一瞬後とはいえ、これから「伝える」のだから完了体未来形を使うと無意識に考えてしまうのだ。これは間違いである。正解は、Мы сообщаем Вам, что выставка «Экология-2013» состоится в январе 2013 г.である。主語がмыなのは、弊社(当社)はмыで示すのがビジネスでは普通であり、Вамと大文字なのは貴社(御社)に敬意を示しているからである。私もなぜこれから伝えるのに不完了体現在形が来るのかが分からなかったが、説明してくれる人もいないので、例の丸暗記で覚えてしまった。実用上はこれで差支えないし、私が手に入れることが出来るようなレベルのロシア語の参考書でこれについて説明したものは日本語では見たことがない。しかし、「伝える」という類の動詞だけが例外であって、それ以外は一見未来で「~する」という意味の時は完了体未来形を使えばいいのか、あるいは使うに当たってなにかコツというか決まりがあるのかは分からなかった。

 これはперформативные глаголы (перформативы)という動詞群で一応正確な和訳名を知らないので、動作遂行型動詞と名付け、第21回本文や第233回の表で説明してある。ただ第21回の本文は未来時制での和文露訳をどうするかが説明の主体であり、この用法のポイントをうまく絞って説明できていないと思われるのでここにあらためて書いておく。
 完了体未来形というのは、「これから~する」ということだが、厳密に言えば動作に今という瞬間は含まない。Я пообедаю.(私は昼食を食べます)は一瞬後か、10分後か、1時間後か知らないが、動作が始まるのは今という瞬間ではなく未来である。Я буду обедать.(昼食を食べるつもりです)だとさらに時間をおく感じがする。またЯ обедаю.は何もなければ「私は昼食を食べている」という過程を示すと考えるのが普通である。1時間後とかそのような未来を示す副詞がつけば予定の意味になる。Я обедаю через час.(1時間後に昼食をとります)。ところが動作遂行型動詞は不完了体現在形(特に1人称では)、今という瞬間から、その瞬間を含んで、動作を完了するという意味合いがあるのである。だからこの動詞群の、例えばсообщимと完了体未来形を使って文を作れば、今この瞬間ではない、未来に「伝える」ということになって、Мы сообщим дополнительно.(追ってご案内申し上げます)という文で分かるように、今現在は「伝えてはいない」ということになる。

 この動詞群はсообщаю(連絡する)の他に、делаю(人を~にする), заклинаю(懇願する), запрещаю(禁止する), каюсь(後悔する), молю(懇願する), назначаю(任命する), обвиняю(非難する), обещаю(約束する), освобождаю(開放する), предлагаю(提案する), предписываю(指示する), признаюсь(白状する), приказываю(命令する), провозглашаю(宣言する), прошу(お願いする), прощаю(許す), радуюсь(喜ぶ), рекомендую(勧める), советую(勧める), ставлю(人を~に据える), умоляю(懇願する)などである。こう見ると、「お願いする」、「命令する」、「禁止する」、「約束する」、「連絡する」、「勧める」という語義で、こういう日本語の動詞は露訳するときに、日本語で現在の時制なら、完了体未来形ではなく、不完了体現在形となると覚えよう。一人称だけでなく、三人称でも使えるのではないかと考えている。それはРекомедуется одновременное применение эстрогенных и андрогенных препаратов.(エストロゲンとアンドロゲン〔男性ホルモン〕の薬剤を同時に服用することを勧める)という文があるからである。

 この他にも最近医療関係の会話の例文を整理していて、Определяется дефицит пульса.(脈拍欠損と診断されている)とか、Отмечается застой в лёгих.(肺に鬱血が認められる)や、Наблюдается падение давления.(血圧低下が認められる)という文も3人称ではあるが、この用法ではないかと考えるようになった。三つとも医者が患者や看護師への具体的な症状の説明を示す会話であって、反復でも、動作の一般化でも、状態を示しているものではない。наблюдатьは「観察する、観察している」という状態を示すこともあるが、上記の文例では、「血圧が下がり続けているのを観察している」ということではなく、「血圧が1回下がったのに気がついた」という意味であるのは明らかである。これは「診断する」、「気づく」という動作が、今その瞬間から始まって動作が終了したという意味で不完了体現在形が来ていると私は考えている。またこの代わりに被動形動詞過去形を現在の時制で使えば、例えばОпределён дефицит пульса.は「脈拍欠損と診断された」で結果の現存であって、しばらく前か、たった今脈拍欠損と診断されたという事実がそのまま引き続き存在しているという事を意味しているにすぎない。つまり動作の開始時期が過去(一瞬前か、だいぶ前かは別にして)なのである。しかし、不完了体現在形では、動作の開始時期は今この瞬間か、少なくとも今と呼べる範囲内の時間である。日本語への訳出上では変わりないように見えるが、このようなニュアンスの差はあると思われる。

 日本語のいわゆる現在時制に合わせて、ロシア語も不完了体現在形を使えばよいと考える人もいるかもしれない。日本語の辞書形(不定形のように辞書の見出しとなる動詞の連体終止の形)を例に取って見よう。「食べる」は反復・動作の一般化に使えるが、「これから食べる」と未来時制でも使う。つまり露訳するときは文脈によって体を選択する必要がある。しかも「食べる」は「食べ終わる」ではない。つまり動作の終了を示しているわけではない。しかし、「命令する」、「伝える」、「許す」などは、このままでロシア語同様、動作の終了を示している。そのような動作完了型の動詞はロシア語でも不完了体現在形を使う。このように見かけの現在時制で、全く系統の違う日本語とロシア語を100%同じように時制を解釈するのには無理がある。和文露訳の場合は時制の違いや動詞の語彙の特性をよく理解して、ロシア語の動詞やその時制を選択しないと、誤訳になる可能性が出てくることになる。

 この他にспрашиватьの〔お前にも分かるように尋ねているんだ、尋ねている意味は分かるだろ、聞いてやるのはこれで最後だぞ〕Я тебя русским языком (по-хорошему, последний раз) спрашиваю.という脅し文句もそうであるし、電話の(佐藤さんをお願いします)Господина Сато, пожалуйста.に対して、(どちら様ですか?)Кто его справшивает?もそうであるといえる。

設問)「川の流れに沿っていくつかの自然保護区が作られた」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2012年02月15日 07:28
コメント

По течению реки было создано несколько заповедников.

幾つかの自然保護区が作られてからそれらが今も存在しているかどうかわからないのでとりあえず было создано にしました。最近ヒット率が悪いので危ないですが。 
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設問の日本語はどうとも取れるもので、存在していると思えば現在時制を、存在していないか、特に意識しなければ過去時制ということですから正解です。私の答えは現在時制で作ってみました。По течению реки создано несколько природных заповедников.
今回の設問のポイントはこのようなпоを使いこなせるかです。

Posted by メイ at 2012年02月15日 22:42

ご無沙汰しております。
第251回では形容詞の長語尾/短語尾のニュアンスのご説明をいただき、
ありがとうございました。

(お題)
川の流れに沿っていくつかの自然保護区が作られた
По течению реки выделили несколько мест для охранной зоны природы.

・アオリストと思われますので完了体過去を充てました
・受け身と考えて不定人称文を使っています
 были выделеныとすると主語がはっきりはするものの、
 過去は自然保護区だったが今はわからない
 という風に取られてしまう恐れもあるのでは、と感じました。
・「自然を保護するための特別区」と性質重視で捉え、単数で訳しました
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時制については設問はどうとも取れるものですが、露訳する人にどういうイメージで露訳するのかということは大切です。выделитьというのは、すでに存在するものから、何かの目的で別にするということですから、設問の趣旨には合っていますが、これだと線引きしただけで、保護区用に整備したという感じは出ないように思います。保護区の訳も意味は分かりますが、直訳風のロシア語です。

Posted by コーシカ at 2012年02月15日 22:55

Вдоль течения реки созданы некоторые заповедники.
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正解です。

Posted by asuka at 2012年02月16日 01:36

Вдоль берегов реки создали несколько природных заповедников.
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正解です。ただ川に岸が必ずしもあるとは限りませんが。

Posted by Ml at 2012年02月16日 05:21
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