2012年02月10日

●和文解釈入門 第266回

ロシア語の勉強という事を考えると小さな商社に入ってよかったと思う。というのは自分の意思に関わらずいろいろな部署に配属されたことである。初めは重工船舶部で新造船を、後に修繕船(修理船の専門用語)もやり、といっても商社に入ったが営業はせず、技術通訳専門だった。ソ連向け船舶がだめになると、鉄鋼部の技術通訳を経て、機械部の営業に行く。そこでは工具、スノーモービル、漁労機械、在庫になった化粧品、遺伝子交換用の酵素などもろもろを担当した。

 日本でもロシア駐在でも大商社や中商社の担当には秘書がつくが、小さな商社では何でも自分でしなければならない。大商社の人が駐在しても電話は秘書がかけて、相手が出てきてから話をすることになるし、ビジネスレターも秘書が書いてくれるから話すのはともかく書くロシア語は上達しないのである。小さな商社で秘書と言っても所長の秘書だけだから、時間の空いているときにロシア語の質問をし、自分で作ったロシア語のレターを見てもらったものである。また当時あるソ連の公団は電話がつながりにくく、自動で電話かける器械が導入されたことがあったが、3ヶ月で壊れるありさまだった。電話がつながっても、相手のロシア人は席を外しているのがほとんどで、いつ戻ってくるのか分からないから1時間後に掛け直すというありさまである。これが駐在員の仕事だろうかと不思議に思ったことも何度かある。こういうことは大手の商社の人には分からないだろうと思う。

 別の会社に移ってからは、それまでは日本からの輸出ばかりの担当だったが(駐在のときにスクラップを少しやったことがあるが)、合金鉄の輸入、中古プラントの輸出などをやった。大手の商社であれば、一つの部から動くことはなく、鉄鋼部に配属されて、それから化学プラントに移ることなどはあり得ないから、語彙も狭く深くなる。私のは広く浅くの典型である。その証拠に今でも、昔の化粧品の通訳のとき出た「肌のきめ」はстроение кожиというのは覚えている。

 そういう意味で医療関係のロシア語ではイスクラという商社の社員の方がベストだと思うが、私もほんの少しだが医療器械を輸出したことがあり、いくつかソ連やロシア、カザフスタンの病院を回ったことがある。また家族で駐在していたころは娘が幼いので通訳も兼ねて病院へはよくついていった。病名や医療器械というのは英語(ドイツ語)から来ているから、調べるのはそれほど難しくない。露和の医学辞典や露英医学辞典も何冊か持っているからなおさらである。ロシア語の語尾で-титとなるのは英語の-itisの可能性が高く、そうなると「~炎」と訳せる。例えばнасморкは鼻風邪で、専門用語では鼻炎ринитだが、英語はrhinitisである。ロシア語として難しいのはこういう病名や医療機械ではなく、体の用法や複数・単数の使い分けである。モスクワやアルマトゥイ駐在当時に病院の会話(医者と患者のやり取り)で使う文例をかなり集めて、ロシア人の医師や看護婦、多くはロシア人の秘書になぜこの体を使うのかとか、なぜ複数が出てくるのかと聞いても、「こうしか言わない」の一点張りであり、これ以上聞いても無理であり、結局丸暗記しかないとあきらめた。

当時も今もロシア人や日本人のロシア語専門家への伝手もないし、それに関係する論文を知る手だてもない。故新田實東京外大名誉教授には晩年メールをいくつかやり取りして、文法について教えを乞うたこともあったが、やがて亡くなられてしまった。この何年か真剣に自分で体の用法や単数・複数の勉強をやりだして、いろいろな参考書も手に入り、かなり理解が進んだと思うので、昔書き記したその医療関係の文例も含めて、いろいろな会話の文例を今整理して、エクセルに入れているところであり、そのいくつかを皆様に紹介しているわけである。会話における体の用法や単数・複数の使い分けというのはアカデミーの世界では常識なのかもしれないが、一般向けの参考書ではそれについて書かれてあるのは数えるほどしかないし、例文もドストエフスキーやトルストイのがあったりして、19世紀の、しかも露文解釈用の文法書としか思えない。あくまで書かれてあるロシア語の分析用だからである。例えば、「明日商談にお伺いします」という文を日本語にするには、時制は未来だというのは分かるが、その後どうすればいいのだろう。「伺う」は「行く」の謙譲語だという事は分かる。「商談に」はどの前置詞を使えばいいのだろうとこの短文に対しても、普通の文法書は答えてくれていないように見える。答えはあるのだが、それを探すのはかなり文法をやった人でも難しいし、これでよいのかという確信もその文法書は与えてくれない。会話での和文露訳用の文法書が存在しないならということで、文法書は無理でも、和文露訳する際に一番難しい体の用法を中心に、その手引きぐらいはこれまでの経験から自分の勉強のために書けるのではないかと考えたのがこのコーナーである。

設問)「誕生日を祝ってもらう人の年の数だけ火のついたロウソクを立てたケーキを置く。その人はそれをいっぺんに吹き消さないといけない」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2012年02月10日 05:53
コメント

Поставить пирог(торт) с зажжёнными свечками по количеству лет именинника. Тот должен задуть их одним выдохом.

第261回で不定形を使ったときに「~すべき」というニュアンスが強くなると書かれていましたが、今回は、料理のレシピで完了体不定形が使われているのと同じ意味で不定形を使いました。料理のレシピではほぼ必ず、たとえば下記のように完了体不定形が使われていて、日本語に訳すと「最初に~する、次に~する、最後に~する」と考えましたので同じく完了体不定形を使いました。三人称複数でもいいのでしょうか。
Мясо, мандарины и ананасы нарезать кусочками, все продукты смешать и залить майонезом.
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料理のレシピには興味がないので、あまり気にしたことがありませんでしたが、修理船の作業指示に非常によく似ています。これは不定形完了体を用いた強い命令法です。日本語の連体止めの「一つ、親の言いつけを守る」や体言止めの「一つ、廊下は走らないこと」というのに似ています。ロシア語の場合も文に無駄がなく、引きしまった感じがします。ですからこの用法でも正解です。ただこれの代わりに使うなら、完了体の三人称複数を使うよりも、完了体の命令形を使ったほうがよいと思います。ただ動作の一般化と考えれば三人称複数の不完了体も使えます。
 さてご回答ですが、設問の日本文を見れば、具体的な指示と取れないこともありませんが、内容から見ると動作の一般化です。どちらでもよいでしょう。コメントするとクリスマスケーキはホールwhole cakeですからтортです。пирогは肉や魚などのパイを指します。тотをその人という意味で使うのは、関係代名詞といっしょか、受けるものがон, онаの場合です。он, онаをもう一度он, онаとして文を続けると混乱するのでそれを避けるという意味があります。しかしご回答の文はименникを受けているのですから、онとすべきです。一気にодним духом, за один присестというのは聞いたことがありますが、意味的には正しくともодним выдохом というのはどうでしょう?
 私の答えは、Ставят торт с зажжёнными свечами, количество которых соответствует возрасту именника. Виновник торжества должен задуть их все сразу.
関係代名詞に関する出題です。

Posted by メイ at 2012年02月11日 00:52

Ставят торт с горящими свечками по количеству лет поздравляемого с днем рождения, а им надо задуть все сразу.
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имをихかемуに代えれるか、取ってしまえば正解です。

Posted by Ml at 2012年02月11日 02:35

ありがとうございました。設問ではстолько, сколько も使えそうな気がしてきました。
ロシア語の料理のレシピですが、これはもう完全に完了体不定形です、日本語の料理レシピなら、「①材料を○cmくらいに切る。②柔らかくなるまで煮る。③調味料を加える。」となるのでしょうが、長年ロシア語をやっていながら、どうして完了体不定形を使っているのかがずっと疑問でした。動作の一般化で完了体不定形が使えると考えればいいのですね。いろいろ勉強になりました。
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何か誤解があるようです。完了体を使っている以上、動作の一般化ということはありえません。レシピについてはある料理についてという具体的な事例なので、完了体不定法(意味は命令)が使われているのです。設問は内容から見て、単なる偶然だと思います。私は個人的に、一般的に誕生日のケーキというものは年の数だけ火のついたロウソクを並べ、それを吹き消すものだととって、動作の一般化だから不完了体現在形にしたのですが、例えば、子供にケーキを前にこうするのよ教えるときには具体的な事例ですから完了体も使えるだろうという意味です。つまり設問に対する解釈の違いです。体の用法は使う人の文脈の解釈によって体を変えることもできますが、その場合当然ニュアンスも違ってきますし、それを感じ取るのが体の用法を理解する醍醐味です。
 それとレシピというのはみな同じというなら別ですが、各料理においても、一つの料理においてもレシピはいろいろなはずです。このレシピの時はこうすると指示しているわけですから、具体化ということで、新規なわけですから完了体が来るのは当然のことです。料理の時は必ずまな板を洗うとか、包丁を用意するというなら動作の一般化が使える可能性があります。

Posted by メイ at 2012年02月12日 01:57

「完了体を使っている以上、動作の一般化ということはありえない」 ― 確かに。今頃そんなことを言い出すとはお恥ずかしいかぎりです。考えてみればレシピは順番に動作を一つひとつ完結させながら次に進むわけで、完了体そのものですね。それが不定形で書かれていたのでつい動作の一般化と考えてしまいました。それと、日本語のレシピからは強い命令、硬いイメージは想像しませんから、日本人とロシア人ではレシピを読んだ時の感じ方が少し違うのでしょうか。おもしろいですね。
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この用法は強い命令ということですが、レシピのほうは修理作業の指示と同様、事務的にパッパッと要点を順次的に述べていると考えればよいと思います。

Posted by メイ at 2012年02月13日 01:28
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