2011年12月30日
●和文解釈入門 第224回
交通機関など移動手段を示すには造格にするか、на + 前置格にするが、машинаはна машинеであって、造格にしないと教えられた。ところが、シーモノフというソ連時代かなり有名だった作家の「生者と死者」という長編の中でセルピーリン将軍が自分の父親を車でモスクワに呼び寄せる場面で、Чего же машиной не поехал?(何でまた車で行かなかったんだ?)という場面がある。ちなみにここで完了体過去形が来ているのは来るのを予定していたのに来なかったという期待外れの意味を示す。さらに医学系の会話集で、Больной доставлен в приёмное отделение (в отделение неотложной помощи) машиной скорой помощи.(患者は救急車で受付(救急科)に運び込まれた)という文も見つけた。こういう文を見つけたからмашинойと造格でも使えると言うつもりはない。こういうのは例外であって、我々外国人が使うべきではないという事はよく理解しているつもりだが、ただこの40年で初めて、しかも続けてこういう例を見つけたのでご参考まで挙げておく。
車がスリップするに相当するロシア語で、буксоватьはタイヤなどが空回りして、その場から進まないことを示し、заноситьは車などが走行中にあらぬ方向を向くことであり、идти юзомは車輪が空回りして、地面や線路などをそのまますべることを指す。セットはテニスのならсет、バレーボールならпартия、工具などの用途が決まっているもののセットはнаборやкомплектで、運動の1セットはподходで、映画のセットはстудийные павильоныとなる。病気でположение больногоというのは病状ではなく、ベッドに寝たきりпассивное положениеであるとか、体中にチューブをつけられて身動きできない状態вынужденное положениеということで、активное положение больногоというのは、一人で自由に出歩ける患者の状態を指す。一方 состояние больногоが病状のことである。
設問)「シカは呼びかけに応えて私たちに近寄り、撫でさせてくれた」をロシア語にせよ。
Олень приблизился
к нам по нашему зову и
подал нам его
погладить.
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「呼びかけに」はна зовでしょう。податьに「~させる」という意味はありません。далでよかったと思います。ただこのように完了体が続く順次的用法では、動作が次々と行われたような感じがします、特に最後のなでるが、1回や2回なでて終わりというニュアンスです。なでるということにもっと時間をかけたというニュアンスなら不完了体が出てきます。私の答えは、Олени подходили к нам на зов и позволяли себя гладить. これは不完了体過去形の繰り返しの用法ですが、完了体を使っても投稿する人がどういう文脈で使うか分かっていれば問題ありません。
1) Олень отреагировал на призыв, подошел к нам, дал себя погладить.
2) Мы позвали оленя к себе, он в ответ подошел и дал себя погладить.
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本質的な意味は正しいと思いますが、1)を訳すと、「シカはアピール(呼びかけ)に反応し、我々に近寄り、なでさせた」で、動作は順次的で次々起こったことになり、最初の動詞二つは、体の用法としては適切ですが、最後のは一なでさせておしまいという感じがします。2)は「我々は鹿を呼び寄せ、鹿はそれに反応して近寄って、なでさせた」となり、硬い感じがします。
Ответив на обращение, олень подошёл к нам и позволил себя погладить.
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副動詞を使っているので、硬い感じがしますが、話すのではなく、文章で書く場合にはいいと思います。前半の部分は「その呼びかけに応えて」は日本語で書くと問題ないように見えますが、鹿を擬人化しているのならともかく、人間相手という感じです。後半はこれはこれで正解なのですが、гладитьと不完了体にすれば動作が時間的に長い感じが出てとてもよくなると思います。もっともそれは私の感じで、鹿というものはそれほど長くはなでさせてくれないものかもしれません。この辺が私の言う話者としての感覚の違いです。いずれにせよその感覚(時間的長さ)が違うという認識は共通のはずです。
シカは呼びかけに応えて私たちに近寄り、撫でさせてくれた
Олени приблизились к нам в ответ на наш зов, и позволили нам ласкать.
Олениは何頭いるか不明な上に、
単数では「そもそも鹿というものは…」という風に聞こえるのでは、
という気がしましたので複数です。
приблизиться、позволитьは共に完了体過去です:順次的用法と考えます。
ласкатьは撫でるという行為そのものを許した、と考えて不完了体が適すると思われます。
さて、正解は
あ~やっぱり「撫でる」にもっと適した語があった!
гладитьの方が動きが出ますね。
露露も見ましたが、ласкатьでは感情の方に重きが置かれている感じがします。