2011年12月25日

●和文解釈入門 第219回

ロシアで一番多いと思われる名字はイワノフだが、力点には二つの可能性がある。イワノーフとイワーノフである。後者は貴族由来であり、数の上では少ない。イワーノフで有名なのは「民衆の前へのキリストの出現Явление Христа народу」を書いた画家やチェーホフの戯曲の題名「イワーノフ」である。この題名をイワノーフと発音すると、平民というニュアンスになってしまい、ひょっとするとチェーホフの意図とは主人公の設定自体が違ってくるのかもしれない。だからロシア人でイワノフというのを見つけたら、イワノーフと発音した方が当たる確率は高いように思われる。山﨑さんという取引先の人に「やまざき」さんと呼びかけたら、すぐに「やまさき」ですと返された。大阪方面に多い名字らしい。病院の待合室で佐藤さんと呼ばれても、すぐに反応しない私なんかとはわけが違う。そういう人の方のが普通のようだ。私なんぞは名字に誇りなど持てないのだから。そうはいっても名字はロシア語でも日本語でも正確に発音するに如くはない。
 Люди должны голосовать за идею, а не за Иванова, Петрова, Сидорова.という文をある通訳は、「人々はイワノフとか、ペトロフとか、シードロフにではなく、思想に賛成投票を投じなければならない」と訳して、あとで失笑を買ったという。Каждый Иванов, Петров, Сидоровは英語ならevery Tom, Dick and Harryということで、強いて直訳すれば、「どこの佐藤とか、鈴木とか、田中とか)〔どこのだれ(馬の骨)〕と言う意味だからである。この場合イワノーフと発音しないとなおさら意味が通らないと思う。
設問)病院の診察室で、「上半身裸になってください」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2011年12月25日 06:06
コメント

а) Снимите одежду
верхней части тела.

б) Раздевайтесь
в верхней части тела.
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а)は「体の上の部分の服を取ってください」で意味は分かりますが、完了体命令形が来ています。б)は不完了体命令形となっています。上半身という意味でこのようなロシア語は使わないでしょうが、問題は体の用法です。完了体と不完了体と二つ書いてあるということは、こういう場面での体の用法を理解していないように思われます。私の答えは、Разденьтесь до пояса (по пояс), пожалуйста!
この言葉を発する人(医者ないしは看護師)が患者に対して、患者が脱ぐのを当然と見なしていると思うかどうかという事だが、診察に来たからと言って、診察室では患者が常に裸になるものではないという考えるのが普通だろう。それと単に服を脱ぎなさいではなく、上半身という指示がある以上、新規の事柄と考えるのが普通なので完了体命令形が出てくるはずだ。一方раздевайся(脱げ)という強盗の頭の中では、被害者は服を脱ぐのが当然という意識があるから不完了体命令形が来る。相手に遠慮していては強盗なんぞはできないのだ。
 このように診察室などで使う命令法の動詞は、完了体命令形のみを用いるのかと言うとさにあらずである。診察室で医者からまず患者が言われるのは、「おかけくださいСадитесь!」と不完了体命令形のはずだ。客である患者を立たせたままにしておかないのは礼儀だという雰囲気の下では、当然不完了体命令形の動作の着手の用法が出てくる。そういう雰囲気がなければ(例えば野戦病院などでは)、最初からСядьте!が出てきてもおかしくはない。しかし、医者が「寝ている状態から座ってください」というときは、患者が予想していなかった新規の事柄だからСядьте из положения лёжа.と完了体が出てくる。Садитесь, пожалуйста.の後に続けて完了体命令形Сядьте!が来る場合は、許可とか、新たな情報(そこじゃなくてここというような)がある場合に可能である。
「脱ぎなさい」だって、一度「脱ぎなさい」といって、患者がもじもじしていたら、次に言う「脱ぎなさい」は動作の着手だから(動作の指示自体は2度目で、新規ではないので)、不完了体命令形Раздевайтесь!を使う事になる。
Женщина средних лет и ее симпатичная дочка приходят к врачу.
- Раздевайтесь, девушка !
- Простите, - говорит женщина, - но больная, а не дочь !
- Да ? Покажите язык !
(中年の女性と彼女の可愛い娘が医者の元へやってきました。
「お嬢さん、服を脱いでください」
「ちょっと待ってください」と女性がのたまい、(続けて)、「でも病人は私で、娘じゃないんです」
「はっ?舌を見せて下さい」)
 この小話でРаздевайтесьと不完了体命令形が出てくるのは、この医者には患者が服を脱ぐのは当然という意識があるからであろうし、ここにこのアネクドートのおかしみもある。そのため医者の小話では「脱いでください」には不完了体命令形を使う場合が多いようだ。そういう色好みのようなニュアンスを考慮せずに、Раздевайтесь!という医者もいるだろう。ただそうなると、診察室ではなく、小学生が集団で健康診断を受けているような、行列があって、患者の方がもうすでに脱ぐという合図を待っているような感じを受ける。診察室だとしたら、その医者は「脱ぎなさい」という言葉言い慣れているとしか(つまり患者が入ってきたらすぐ脱ぎなさいというのが口癖とか)解釈しようがない。不完了体命令形というのは動作自体を意識させない、自動的な(刺身のつまのような)、当然かくあるべきというニュアンスだから、この小話のようにわざとそういうニュアンスを使うという事もある。最後の行でПокажитеと完了体命令形が来るのは新規の事柄だからである。このアネクドートは極端だが、体の用法はそれを使う人の意識の持ちようで変わる。雰囲気のままというなら不完了体だし、雰囲気とは違う新しい動作というのなら完了体が出てくる。だから用いられた動詞の体を聞いた人が、ある場面では失礼だとか、あるいは礼儀にかなっているなと感じるのもそのためである。ちなみにこの小話の1行目は歴史的現在という用法である。
 普段ロシア人と会話のない学習者(ほとんどの学習者がそうであろう)には、オチの分かりやすい(ゆえにあまり面白くもないかもしれないが)アネクドートを使っての体の用法の勉強を勧める。アネクドートは生きた会話が主体だし、第一短いから文脈も分かりやすい。もう一つ、ついでに、
У врача: - Разденьтесь по пояс!
- Сверху или снизу?
- И сверху, и снизу!.
医者のところで。「腰のところまで服を脱いでください」
「上からですか?下からですか?」
「上からも、下からもね」
 オチは医者が失礼な患者に頭に来たのかどうか知らないが、Раздевайтесь совсем.(服をすっかり脱いでください)ということである。

Posted by カレヤンカ at 2011年12月25日 08:48

1) Раздевайтесь до пояса.
2) Разденьтесь до пояса.

ふつう最初は1)。
2)は患者が医者などの意図に反する行動をとった場合。
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ご回答が絶対間違いだとは言い切れませんし、体の用法の違いを理解されているのは結構です。設問は、もし「服を脱いでください」だけで、上半身というような指示がない場合であれば、Раздевайтесь.が使えると思います。ただその場合でも、不完了体命令形を使うと、患者が診察室に入って、イスに座ったとたん、じゃあ脱いでくださいという感じに受け取れます。今の診察では必ずしも服を脱がなくてもよいのです。思いつくまま申し上げますが、泌尿器の病気なら、尿検査でしょうし、脳や頭痛、ガンなら触診の前にCTをかけるでしょうし、心臓がわるいとなれば触診の前に血圧を測るかもしれません。また病状を聞いて薬の処方だけかもしれません。不完了体というのはその動詞本来の意味だけで勝負しているようなもので、少しでも新規の事柄(上半身とか)出てくると、それは完了体の受け持ちのように思います。

Posted by Ml at 2011年12月25日 09:50

設問)病院の診察室で、「上半身裸になってください」

В кабинете для осмотра в поликлинике(больнице):
- Разденьтесь до пояса.
促しの意味の不完体命令形ではなく、新規の具体的な1回の動作遂行要請の「完了体命令形」を使用して露訳すればよいのですね。
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正解です。ただвを2回続けないような工夫が必要です。なぜ続けたのかを推測すると、для осмотраがあるからでしょう。В смотровом кабинете поликлиникаとするか、поликлиникаを省くとすっきりします。訳はカッコのところだけでよかったのですが、別に全部訳していただいてもかまいません。体の用法は命令法については大丈夫のようです。もし不得意な用法があるとしても、本質的な理解はされているようですから、それはごく少ないでしょう。後は自分の興味のある、あるいは仕事で使う分野に力を注げばよいと思います。希望の分野があればご一報ください。設問に反寝させたいと思います。技術関係もコーシカさんのように興味のある人は別ですが、そういう人もいないようなので、必要最低限にして、もっと人気のありそうな医療関係の出題をと考えてみました。
 ちなみに診察室はсмотровой кабинет, кабинет врачаといいますが、お答えのでも問題ないでしょう。ご存知かもしれませんが、поликлиникаは外来専門病院で、больницаは外来入院どちらも可能な病院です。入院専門病院はстационарです。日本では病院と医院(クリニックという名のところもありますが)とで、ベッド数が20床以上なら病院という風にしているようなので、ロシアとは少し違います。それとклиникаは医学の研究も兼ねている日本でいえば大学病院のような感じです。

Posted by ロンロン at 2011年12月25日 16:24

よっしゃ、追いついた!

上半身裸になってください
Раздевайтесь до пояса.

治療の一環として服を脱ぐよう言われているわけですから
不完了体命令による着手の促し、と考える方が自然と感じます。

研究社でраздетьсяを引くと
医者が患者に言う場合は命令ないし要求であるので完了体命令形
として例文が載せられていました。
とはいえ、治療のために通院している以上
上半身裸になってください
というのは取り立てて具体的な新規の事柄とも思えません。

問診だけでは分からないので
じゃあ心音とか呼吸音(でええんかな)も聴いておきましょう
上半身裸になってください
というのであれば完了体命令形もあり得ると思います。
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普段は岩波の方が活字が大きいので、岩波を愛用していますが(それに飯田先生も新田先生も恩師ですし)、そうおっしゃるので研究社(磯谷先生の授業も受けましたが、先生には体の用法の参考書で今も御世話になっております)も見てみました。研究社の「命令・要求」という説明では、不完了体なら命令・要求ではないのかなど、紙面の都合でしょうがよく分からないと思います。岩波のсестьのところの説明も似たり寄ったりで、現象面だけで、本質的なものではないので露文解釈ではそれでいいものの、和文露訳するときにはどちらの体を使うべきか迷うことになるのです。
 しかしコーシカさんは体の用法の本質は理解されているから問題ありませんし、そういう考えに立てば不完了体だから絶対間違いとも言い切れません。ます。ただ思い込みは排さねばなりません。診察室に入って自動的に裸になる、それが普通と考えれば不完了体命令形の着手ですが、病気というのはいろいろです。泌尿器科なら尿の検査を、ガン、頭痛や脳の病気ならCTを取るでしょうし、血圧を測って終わりかもしれません。そうなると、今や診察室で、上半身裸になれと言われる確率が100%になるのは健康診断のときぐらいでしょう。

Posted by コーシカ at 2011年12月25日 20:43

ロシアの名字にはほんとにおかしい(楽しい)ものがありますね。一度かわった名字、おもしろい名字をご紹介いただけると嬉しいです。

Раздевайтесь до пояса.
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診察室に入って、すぐ可動知りませんが、医者というのは患者に触診するのだということなら正解ですが、違うでしょう。

Posted by メイ at 2011年12月25日 22:40

わかりました。手持ちの会話集(医者と患者の)で確認しました。たしかに、雑談でもしない限りは、医者から患者に対しては命令ないし要求ですね。会話集(未来の外国人医師用)にも、Встаньте! Повернитесь ко мне лицом! Откройте рот! Покажите язык! Высуньте язык больше вперёд! …… と沢山の例がありましたがすべて完了体でした。一つだけ不完了体がありました。これはやるのが当然だからでしょうね。Одевайтесь! (Оденьтесь!) (笑) 。そうそう、Сядьте на стул! もありました。これはたとえば、注射をしたあと「今度は椅子に座って下さい」と言ったニュアンスからなのでしょうか。もちろんその時々によってこれら動詞も不完了体の選択が必要な時もあるとは思いますが、指示を出す医者としては完了体で覚えるべきなのでしょうか。
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二つほど気になる点があります。一つは「命令ないし要求」で、研究社の辞典にあった言葉のようですが、命令法はみな基本的には命令ないしは要求で、強く言うかやさしくいうかであって、完了体・不完了体とは関係ないと思います。無論命令ないし要求という用語に特別な意味を持たせるのなら違ってきます。二つ目は「指示を出す医者としては完了体で覚えるべきか」という点です。体の用法はすべて文脈によります。当然と思われるような状況では不完了体が、新規の事柄には完了体がという法則があるのみです。確率的に完了体命令形が使われることは多いとは思いますが、すべて一律的に物事を決めつけようというのは体の用法を悟る上での最大の障害になります。体の用法は診察の時はこうとか、技術通訳の時はこうとか、スピーチの時はこうというようなその場その場の狭い用法ではありません。もっと大所高所から用法全体のエッセンスを見定める必要があります。私の表はかなり細かく書いてありますが、守破離という考えで、一度細かいところを忘れて(というかすっかり忘れてもらっても困りますから、気にせずに)に体の用法と向き合ってはどうでしょう。大所高所で見て、尚且つ今度は細かく用例を見て本質的な大原則に合っているか、自分の理解に間違いがないか検証すればよいと思います。

Posted by メイ at 2011年12月26日 17:05

ありがとうございました。おっしゃるとおりです。私の投稿の本意がわかりにくくて申し訳ありませんでした。ここで長い間教えていただいているので、一律に医者の指示は完了体でということがありえないのは承知しています。ただ、手持ちの会話集では確率的によく使われると思われる完了体での指示を、未来の医者となるであろう学習者に、何度も聞かせて繰り返させているので、こうした場面が多いんだろうなと思ったわけです。たとえば、下記のような学習法(指示)です。
Слушайте и повторяйте команды врача больному при его осмотре и других методах обследования.
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その通りだと思います。
Встань! Встаньте!
Открой рот! Откройте рот!
(など、以下十数個の完了体のкомандыが出てきます)

 ご助言をありがとうございました。こちらで整理していただいている体の用法は、今一度、というか何度でも、頭に入るまでじっくり読み直すつもりでいます。

Posted by メイ at 2011年12月26日 22:42
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