2010年03月15日
●新帯研 第106回
私の著作も12冊となった。5年で11冊というのはまあまあハイペースだが、これも和露のコーパス(コンピューターで編集可能な語彙集)のために語彙収集を40年近く毎日続けているおかげである。露文和訳と和文露訳では、母国語が日本語なので私は個人的には和文露訳の方が難しいと思う。それでその修練用に和露のコーパスを作っているわけである。通訳やガイドのプロは自分なりの語彙集を持っていると思うが、私はできるだけ例文を入れるようにしている。初めは造船、鉄鋼と技術用語中心だったが、この20年はビジネスの交渉用ということで一般の語彙や表現が中心となって、今や6万2千項目に達した。コーパスには基本語彙は入れず、翻訳や通訳用にすぐには頭に浮かばないような表現が中心である。収録項目の90%には引用した個所が分かるようにしてある。たとえばГончаров 3-295であれば、ゴンチャローフ選集第3巻の295ページで、その個所には赤く線を引いてあるので、自分で書き写しのミスなどあればあとでチェックできるようにしてある。10年前モスクワに観光で来られた恩師の故飯田規和前東京外国語大学教授にコーパス(その頃2万ぐらいだったと思う)を作っていると話したところ、先生は岩波露和辞典を故新田実東京大学名誉教授と中心になって編集された方だけあって、ある時点で量が質に転化するよとおっしゃった。どのくらいでですかと聞いたところ、コーパスの中味が分からないから何とも言えないが、一般的に5万項目以上であろうとおっしゃったのを覚えている。通訳や翻訳の仕事のないときは毎日いろいろな分野(ちなみに今読んでいる本は革命前のモスクワ、ピョートル大帝の時代、ラスプーチン史料集、年鑑「日本」2009年度版、ポルノチャストゥーシュカ、革命前の民間療法など)のロシア語の本を5~6冊(各10ページ)を精読し、これはという表現があれば、エクセルでコーパスに入れている。ロシア語の表現を文でその場で和訳するので、露文和訳のいい練習にもなる。瞬間的にロシア語から日本語へ翻訳する練習になるし、長く続けると自分の日本語表現をも磨くことができる。そのためいい加減な和訳ではなく、自分にとってその時点で最高のレベルの和訳とするよう心がけている。
ほぼ露文解釈だけでロシア語を勉強する場合、文脈だけに頼る比重が大きく、文のイントネーション(抑楊)のフィードバックが想像を除けばない。露文解釈では通常考える時間は十分あるが、考える時間を十分に取りすぎるか、時間に制限を持たせないと逆に瞬間的に日本語やロシア語が出てこない。そのため、露文を見たら瞬間的に頭の中ででも日本語に直す訓練が必要である。こう書くと、自分はもっとレベルが上で、ロシア語そのまま理解できるから問題ないという人もいるが、それは違う。ロシア語の文献を利用するだけでならそれでいいかもしれないが、プロの通訳になるなら、頭の中でロシア語が分かったような気になっても、日本語が出なければ通訳ではない。そのための練習である。この他にも実戦会話での訓練が必要であることは言うまでもない。露文を読んで、まず力点をチェックし、徹底的な文法的解析の後、和訳して、訳の意味が分かっても日本語としておかしい場合は、露和に限らず、露露を総動員してよい日本語の訳になるようにする。そうすることによって、日本語の文章のブラッシュアップにもなる。今回の課題は、
Шагая по аллее, Штирлиц увидел огромную лужу.
- А по хую! – подумал он и смело шагнул. Лужа оказалась по уши.
設問)訳せ。
毎回楽しみながら拝見させていただいています。すっかりロシア語の専門家になられましたね。ロシア人のホームスティも十数回やりましたよ・・極東国立工科大学学長とも知り合いになりました。昨年ウラジオに和風モデルハウスを建設するプロジェクトがあり、そのお手伝いをさせていただきました。ますますのご活躍をお祈りいたします。
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ご無沙汰しております。お元気そうでなによりです。上京の折はご一報ください。
よろしくお願い致します。
並木道を歩いていたスパイのシュティルリッツは、巨大な水たまりに気付いた。
「何てことないよ」と思い、勇敢にも一歩踏み出した。水たまりは耳までの深さがあった。
すみません、オチが分かっておりません。ご教授下さい。
-----------------------------------------------аллея = дорога (в саду и в парке и т. д.), обсаженная по обеими сторонами рядами деревьев или кустарниковであり、並木というのは国語辞典では街路に1列に並んで植えた木ということで、少し違うのではないかと思います。「庭の小道、小径」ぐらいかと思います。並木道はбульварが普通です。тиの発音ですが、英語のtiとは違います。ロシア語にはティという音はありません。(тыはあります)。тиはティよりチに近い音で、もっと言うと、ツィとチの中間ぐらいの感じです。それ以外は訳は良いと思います。私の訳は、
小道を歩いていると、シュチールリッツは大きな大きな水たまりを目にしました。
「どうってことないな」と思い、勢いよく足を踏み出しました。水たまりは耳までありました。
*по хую (поに力点) = безразлично, всё равно
オチはпо хую、つまり水たまりが「男性器ぐらいの深さまで(これに「どうってことないや」をかけています」と思っていたら、耳のところまである深さだったということです。
学生時代にаллея =並木道と覚えていましたが、改めて露露辞典を引くと、確かに少しイメージと違うことに気付きました。有り難うございました。