2007年05月01日

●帯研(第79回)

米川正夫の自伝「鈍・根・才」を10年以上探して、5年前にようやく手に入れて読んだが、期待外れだった。やや私小説気味ではあるが別に内容がどうということではない。ロシア語上達の秘訣が書いてあるのではと思って長年探してきたが、そういう観点からは裏切られた。何も書いてないのである。結局翻訳は天賦の才か、地道に多読するしかないということなのか。中村白葉の自伝「ここまで生きてきて – 私の八十年」も同様である。しかし「くもの糸(北御門二郎の聞き書き)」(南里義則著、不知火書房、2005年)は違う。ロシア文学者の原卓也氏との翻訳論争で有名だが、北御門氏の飾らぬ人柄が伝わる好著である。北御門氏自身の誤訳についても触れている。村上春樹が出版された自分の小説を後から手を入れようとは思わないが、翻訳は誤訳や思い違いに後から気づくので機会があれば手を入れるという趣旨のことを言っていた。あるロシア文学翻訳の大家が「俺の翻訳は完璧で、後から手を入れるところはない」というのは無知(無恥)を通り越して傲岸ですらある。翻訳者としての心構えに打たれるものがある。ただ氏は翻訳者(トルストイのみといってよい)であって、通訳ではないため、会話の実力はどうなのであろうという不遜な考えも湧いてくる。氏自身もモスクワでの講演会でのロシア語原稿をロシア人に発音ともども直してもらったと書いているからである。ソ連時代の日本の翻訳家はソ連に行くことが難しく、ロシア人との出会いも少なかったため、発音、イントネーション、口語や俗語(隠語とまでは言わないまでも)が弱かったろうということは簡単に推察できる。しかしソ連崩壊後時代は変わった。翻訳者だからこれらを無視してよいということはない。できないのは努力しないからである。ロシア人文学者とロシア文学という土俵においてロシア語でやりとりできないというのは、やはりはたからみておかしいのではないか?それともみな通訳を介さずにできるのだろうか?
Штирлиц пришёл к Мюллеру и признался, что он советский разведчик.
- Идите, идите, Штирлиц, работайте! Что только не придумают, чтобы на картошку не ездить!
設問1)オチが分かるように訳せ。オチを別に解説してもよい。

Posted by SATOH at 2007年05月01日 13:36
コメント

難しいお話ですね。翻訳されたロシア文学を読む立場の者としては、やはりこなれた日本語の文章を読みたいので、訳者の正確な語学的知識と、広い知識や教養、訳者自身の世界観を持っているような人が訳してくれれば最高です。それにしても実際にロシアに行けない時代にどうしてあんなすばらしい翻訳ができたのか不思議です。

和訳です。

シュチールリッツはミューラーのところにやってきて自分はソ連の諜報員だと告白した。
「早く行って仕事しろ、シチュールリッツ!じゃがいも奉仕をサボる理由は何でも思いつくもんさ」

オチ)
上司でゲシュタポのミューラーは、シチュールリッツの言う一大事をはなから信用せず、単に仕事をサボる口実だと受け取った。そのうえミューラーは、当時ソ連でじゃがいもの種まきや収穫時等々に、生徒・学生や市民(主に都市在住の?)が労働奉仕として駆り出され、それに対して彼等がいろいろな理由をつけてサボっていたという例まで持ち出した。(じゃがいもの奉仕作業はソ連ではそんなに一般的な労働奉仕活動だったのですか?ネットからの記事参照です)
と、ここまで書いてきて、全部まちがっているのではないかと心配になってきました。
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自伝を読めば分かりますが米川正夫も北御門二郎もハルビンに若い頃1年ぐらいは滞在してロシア語会話を勉強しています。ただ1年か2年で日常会話はべつにして会話をマスターできたかどうかは疑問です。大御所の訳についても(私はロシア文学の和訳というのをほとんど読んだ事がないし、読むつもりもありませんが)、一概に完璧な訳だとするのは疑問です。北御門氏自身もまた村上春樹氏も述べているように、絶対視するというのは上達放棄としか思えません。当時は文法についても現在に比べれば研究が進んでおらず、ただ日本語の感性(これは当時の訳者の方が日本語だけに邁進すればよかっただけに上だと思います。我々は英語もしなければなりませんし、英語の単語量も当時とは比較にならないほど多量です)だけで訳し、文脈のつながり上こうならねばならぬという訳仕方だけで通用するとは思えません。文法の完璧な理解なくしては正しい訳はないと思います。それゆえ現代の新訳が最近出ているのもこのためだと思います。
さて、オチの理解は正確です。私の訳は、
シュチールリッツがミューレルのところにやってきて、自分はソ連の諜報員だと告げました。
「シュチールリッツ、あっちへ行きなさい、行って、ちゃんと仕事をしなさい。ジャガイモ掘りに行かんで済むような口実を考えるのだけはやめなさい」
解説)ソ連時代コルホーズの収穫を手伝うために、勤め人、兵隊や学生がジャガイモ掘りに動員されたことを皮肉っている。

Posted by メイ at 2007年05月04日 22:25

今回はなんとかパスのようですが、毎回投稿のボタンを押した直後に、もしかしたらまったくとんちんかんなことを書いたのではと一瞬不安になり、その後、ま、いっかと開き直ってきました。そんな感じをもう80回近く味わってきたんですね。ちょっと感無量です。
ロシア文学の翻訳者がロシア文学についてロシア人の専門家とロシア語で会話ができないとすれば、たしかにご当人は不便ですね。ただ、一読者の私は、何%かの誤訳があったとしても翻訳されないよりはやっぱりロシア文学をきれいな日本語で読みたいので(悲しいかな露語で読めません)、あまり気にしません。昔の翻訳者はたしかに漢語の知識も含め、日本語の語彙がとても豊富でしたので、逆に国語辞典をひかないとわからない箇所があったりしますが、それでもやはり読めてよかったと思っています。しかし…どちらにしても低レベルの話ですね m(_ _)m

Posted by メイ at 2007年05月05日 22:08
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