2007年03月07日

●ウハー・ザラターヤ(1991年5月号掲載)

マガダンに出張したときのこと。マガダンというのはオホーツク海沿岸の港町で、近くで金が採れ、強制収容所で有名である。今(1990年7月)現在でも訪れるには特別な許可が必要と言ういわゆる閉鎖都市である。着いた次に日が日曜で受け入れ先の会社がハイキングに連れて行ってくれることになった。驚いたことに地引網も引かせてくれるという。町中から車で行くこと1時間、オホーツク海に出た。もう網の準備は終わっていて引くばかりになっている。早速みんなで引いてみると20匹ほどかかっている。60センチほどのガルブーシャгорбуша(カラフトマス)とケターкета(シロザケ)である。その場で貴重品のソ連製ビールで乾杯した。日本人のビール好きをどこからかで聞いて用意したものらしい。物不足のソ連ではさぞ大変だったろうと思う。
 我々が飲んでいる間に取引先のロシア人が手早くシロザケの腹を裂いて腹子を取り出した。浜の漁師が言うには、この辺じゃマスなんか犬マタギだという。犬はサケですら頭しか食べないらしい。口がおごっている。今日は漁師の日だから一緒に一杯やろうと回りのロシア人から誘われたが、連れのロシア人がこの後川辺でハイキングだと言って断った。さらに20分ほど道を後戻りして、わりに大きな川原で乾いた流木から小枝を取って火を起こした。このへんはさすがに同行のロシア人は慣れていて早い。自然に接することのほとんどない我々日本人グループはただ見守るだけ。
 ウハーуха(魚のスープ)を作る前に、ザクースカзакуска(前菜)を作るから見ていろと、マガダン支店長のシージコフ氏が言う。この人は40前だがスポーツマンで釣りと猟が趣味とか。作ってくれる前菜はピャチミヌートカпятиминутка(5分仕立て)という。先ほどの腹子をなんとバトミントンのラケットの網目で漉して粒々のいわゆるイクラにした。その後直径10センチぐらいの缶詰の空き缶に塩を敷き詰め、イクラを入れ水をひたひたにして火にかける。沸いてきたら火を止め、湯を捨てて、川の水ですすいで出来上がり。この出来立てをバターをたっぷり塗った黒パンに豪勢につけて早速パクついた。うまい。ほんの少し塩味がするだけで(ソ連のバターは無塩だからかいっそう)最高にうまかった。
 ビールとウオッカで何度か乾杯し終わった頃、でっかい鍋に湯もたぎってきて、いよいよウハーを作ると言う。まず秘伝のダシ(粉状で日本の出汁の素に似ていた。ブイヨンか?)を入れ、ぶつ切りにしたマスとシロザケをお頭ごと豪快に鍋に放り込む。しばらくウオッカを飲ませられた後大きい皿に取り分けてくれた。まったく北海道の三平汁だ。切り身の大きさが豪勢なだけ意外とあっさりして、いける。パフタリーチ?Повторить?(お代わりはどうですか?)とさかんに言ってくるからと自分で言い訳しつつたっぷり3杯はお代わりした。
 シージコフ氏はまじめな顔をして今日はトライナーヤ・ウハーтройная ухаでなくて申し訳ないという。そりゃ一体何ですと聞いて見た。それはまず小魚で出汁を取り、小魚は捨て、白身の魚を入れて出汁を取り、これも捨ててしまう。その次に赤身の魚を入れて出汁を取り、これも捨てる。最後に身を食べるために別に取っておいた大き目の魚を入れ、火が通った頃出来上がりというもの。つまり出汁を取るために三度も魚を代えるからトライナーヤ・ウハー(3度出汁)というのだと言う。あの不精なロシア人が本当にそんなに手間をかけるのかまったく疑問である。
 確かにトライナーヤ・ウハーという言葉はよく聞く。アムールの河下りに招待されたときも、小さな川船の中でサケのフライとウハーをご馳走になったので、トライナーヤ・ウハーかと聞いたら、船長曰く、ちょっと違う。強いて言えばドヴァイナーヤ(2度出汁)で、小魚と白身の魚は出汁を取って捨てたが、サケは捨てるのが惜しいので、そのまま入れておいたという。この次は間違いなくトロイナーヤ・ウハーをご馳走すると言ってくれた。相手の言うことはそのまま信じるにしても当方の相当すれているので、今のところウハーはすべて出汁なぞ捨てないアヂナールナヤ(1度出汁)じゃないかと疑っている。しかし一度でよいからこの幻のザラターヤ・ウハーを試してみたいものだ。きっと色は出汁のよく出た黄金色で、凍った川か湖(海辺でもいいが)に穴を開けて採れたてで作るウハーは(もっとも3種類の魚が、しかも小魚、白身魚、赤身魚がそろうとなるとかなり難しいが)、それこそウハー・ザラターヤ(黄金のウハー)に違いない。

Posted by SATOH at 2007年03月07日 21:25
コメント

うわぁ、おいしそう~ ухаとはそういうものだったんですか!トロイナーヤ・ウハーをザラターヤ・ウハーというのですね。ухаというものを一度も食べたことがないので、アヂナールナヤもドヴァイナーヤもトロイナーヤもきっとわからないと思いますが…

Posted by メイ at 2007年03月10日 21:04
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