2007年03月06日
●アムール、アムール(1991年3月号掲載)その1
朝。これで二日目だ。ホテルのおばさんに外は何度と聞いてみる。ドヴァツァチ・ドヴァ(マイナス22度)と言って、僕の格好を見るなり止めろと言う。ドアを開けると冷たい風が鼻を刺す。おばさんに手を振りながら走り出す。裏手の公園を抜けてアムール河が見えるところまでで出会ったのはわずか3人。いずれも僕より軽装でスキー帽にトレーニングウエアぐらいだ。こっちはその上防寒ウエア上下にフードまでひもで固く結んでいる。河岸通りに出た。凍ってつるつるのところを避け雪のところを選んでヨタヨタ走る。足は素足にジョギングシューズだけなのに全然寒くない。手袋をした手がかじかんで、思わず親指と人差し指をこする。メガネが曇ってきた。結氷した白いアムール河(黒竜江)から人影が二つ。若い男女で、なんと水着で走っている。マルジーморжи(セイウチ族)といって氷を割ってプールのようにして冬泳ぐ人たちはテレビで見たことはあるが。思わずくしゃみと涙がいっぺんに出た。すれ違うとき二人してドーブラヤ・ウートラ(おはようございます)と声をかけてくれた。ハバロフスクで初めて聞く走りながらの挨拶。こちらも同じように返した。なにかほのぼのとして気持ちがよかった。1時間走ってホテルに入ったとたん、目の前が真っ白になった。メガネの曇り止めなんぞ効きはしない。部屋で防寒着の上を脱ぐと雪が落ちてきた。汗が凍っていたのだった。
昼。日曜だし、日差しも暖かそうなのでアムール河のほうに行ってみた。河の上で氷にドリルを開けて魚を釣っている。気温マイナス18度。あまり釣れていないようだが、2、3匹釣れたのはカチンカチンに凍っている。開いた穴にもうっすらと氷が張ってきている。キターエツкитаец(中国人)かと聞くので、イェポーニェツяпонец(日本人)だと答えると、にっこり笑って紅茶でもどうだと勧めてくれる。中古の日本のテレビを持っているんだけどこわれないんだとさも不思議そうに言う。おじさん曰く、ソ連じゃテレビだろうと車だろうと鍛えて鍛えてよくなってゆくんだ。買って3日目で動かなくなって、1回目の修理、その後1ヶ月、3ヶ月とこわれなくなって、1年か2年経てば一人前。ここまでに4回は修理に出すんだよ。そりゃ中にはスイッチをつけるなり火を吹くフリガーンхулиган(ゴロツキ)もいるけどよ。息子が船員で今度日本から中古車買ってくるのが楽しみなんだ。
河の半分まで行くと、割れ目が出来ていてそれ以上は行けない。下を見ると氷の厚みが10センチもない。太ったおばさんが近寄ってきたのであわてて退散した。
私は寒さに極端に弱いのでこんな話を聞くと異星人のように思えます。あまりにも楽しそうに書かれているので一度冬のアムール川をみてみたいですが、あくまでも暖まったホテルの部屋から望遠鏡でとか… ロシアのおじさんたちは機械に強くて修理上手だと思っていたらこんな裏話があるんですね。機械ものは鍛えるものだとは!いいですね。こんなロシアのおじさんたち。