2009年11月05日
●新帯研 第79回
ザべーリンの「16世紀~17世紀のロシア皇后の家庭習俗」に毒消しの妙薬безуй (безоар)というのが出てくる。現代風にいえば、ある種の動物(シカの心臓、蛇の胆嚢という説もある)の体内にできる結石や化石である。東インド特産で、色は灰色、黒で細かくなっている。最大の毒消し効果を持つとされ、服用するときは挽いて、麦粒の大きさにし、量は12粒をラインワインやフランス産の白ワインとともに服用し、その後ベッドに横になって発汗させるために体を服でくるむ。1616年や1626年にカザンからロシア宮廷が購入したという記録がある。当時は毒殺が非常にポピュラーな手段だったので、これを防ぐために需要はあったわけである。ルイス・フロイスの「日本史」にもベゾアル石の粉末を日本に持ってきて治療に使ったという記載がある。ペルシャのヤギ属胃の中から出た石で薬用とある。こういう本を読んだ後、いつものようにママチャリで荒川沿いを散歩していたら、ラジコントラックを操縦している人を見かけた。ラジコンのヘリや4WDなどはよく見るが、ラジコンのトラックというのも珍しい。それも操縦している人は自転車に乗って、その前をトラックがチョコチョコ走っているわけで、後ろから見ていると子犬がご主人と散歩しているようで微笑ましい。上り坂になると、トラックは元気に坂を登って行くが、ご主人さまはそうはいかない。自転車を降りて、よちよち歩いて行く。坂の上でトラックは立ち止まり、ご主人さまを待っている。そのあと銀行に行った。いくつか銀行に口座があったので、一つにまとめようと思い、銀行の残高を聞いたら4円だという。口座解約には目黒まで行かざるを得ず、結局そのままとなった。御縁(5円)なしといったところか。取りとめのない話。今回の課題は、
- Гражданин, пройдите.
- В чём дело?
- Пройдите, говорю.
- Нет, вы мне скажите, в чём, собственно, дело.
- Да говорят же вам, пройдите. Скорее!
- Хорошо, я пройду. Но вы объясните мне сначала зачем.
И тогда ему на голову вдруг падает огромная глыба снега и сбивает его с ног.
- Я же вам русским языком говорил: «Проходите».
設問1)訳せ。
設問2)1行目は不完了体の命令形にすると間違いか?
銀行の残高4円ですか(笑)!?そりゃ、解約のほうが高くついたりしますね。こないだあるおそば屋さんで、会計が終わると5円をいただきました。さすが江戸時代からのおそば屋さんでシャレがきいていました。
回答です。
設問1)
「そこの方、行っちゃってください」
「いったいなんだって?」
「行ってって言ってるんですよ」
「いや、ただどういうことだか言ってくださいよ」
「だから、行ってって言ってんですよ。早く!」
「いいですよ。行きますよ。だけどなんでだか初めから説明してくださいよ」
そのとき彼の頭に突然大きな雪の塊が落ちてきて彼を倒した。
「だから私はロシア語で『行ってください(行くという動作にとりかかるように)』って言ったのに」
まず、пройтиの日本語訳が難しく、ここではただ「行く」としましたが、本当は通り過ぎ(抜け)て行くという意味なんですよね。乗り物の中で聞いたことがありますが。次に命令者が3度とも完了体で言っているのは、相手にいつまでたっても自分の意志が伝わらないからですか?オチは完了体と不完了体(動作の着手)?
設問2)
間違いだと思います。不完了体は相手が命令された動作を当然なすべきだとの暗黙の了解がある場合にその動作に着手しろという意味(動作の着手)として使われるかと思うのですが、ここでは、相手はその動作を行うことを予期していないし、命令者はその動作の完了を大きく意識して言っているので完了体が適当なのではと思いました。
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その通り完了体でないとおかしいと思います。完了体・不完了体についてもよく理解されているようです。メイさんの場合は後は完全に上級の勉強になるわけで、参考書は少ないですが、前にhatomameさんのところで書いた時の表現や、Русский язык, Виноградов, Высшая школа, 1972とか、Теория морфалогиеских категорий и аспектологические исследования, Языки, Брндаренко, славянских культур, 2005ぐらいでしょう。日本語で書かれた参考書で上級向けのはないと思います(まあ何を上級と考えるかによりますが)。せいぜい中沢先生の「ロシア文学観賞ハンドブック」が少し上級に触れている程度です。まあ実戦で(自分で本を読むとかガイドや通訳をするとか)センスを磨くというしかないのかもしれません。ただ訳については、「行ってください」とすると日本語としておかしいわけで、その場合は否定を使って同義にするという発想も必要です。要は日本語としておかしくなければいいのですから。単語の訳からいったん離れて、自分で場面を想像して、この場面ではどのような日本語が出てくるのだろうと考えるのも必要です。守・破・離という武道の考え方を上級の人は取り入れるべきだと思います。私の訳は、
「立ち止まらないで下さい」
「どうしたんです?」
「立ち止まらないで下さいと言っているんです」
「いや、実際どういうことなのか教えてください」
「行きなさいと言っているんです。すぐに」
「いいでしょう。行きますよ。でも最初になぜなのか説明してください」
そのとき彼の頭の上にとてつもなく大きな雪の塊が落ちてきて彼は倒れてしまいました。
「分かるように言ったでしょ。〔立ち止まらないで下さい〕って」
解説)これは有名なРайкинの自伝にある小話。
必死で訳語を考えてもなかなか日本語で思いつかない時は本当に困ってしまいます。否定を使って同義にするというのはおもしろいですね。さっそく使っていきたいと思います。ご助言ありがとうございました。