2008年08月11日
●新帯研 第32回
去年の2007年10月1日午後4時ごろいつものように中川の土手を1枚歯の高下駄で散歩していたら、魚が2度3度空中に飛んだ。魚が空中にはねるのには、体についた寄生虫を水面に落ちるときのショックで叩き落すのだとか、空中に浮かんでいる間寄生虫が息が苦しくなって(普段水中で生活しているので)、自然と虫が魚の体から離れるのだとか(1秒ぐらいで息苦しくなるほど虫はやわなのだろうか?)、いろいろ説を聞いたことがあるが、ひょっとしたら、魚も楽しんでいるのかもしれない。魚にとって空中にはねるというのは、我々人間が水に潜ると同じことではないか。お互い長くはできないが、普段と違うスリルを体験してそれが病みつきになってしまったのかもしれない。一番のスリルは臨死体験だというから。そんなことを考えた。今回の課題は、
Решение о выделении юридической консультации с преобразованием ее в коллегию адвокатов принимается простым большинством адвокатов.
課題)和訳せよ。(これは小話ではない。単なる露文和訳であるが上級者でないと無理かもしれない)
10月の新著の発売、楽しみにしています。
今回は上級者向きということで腰がひけてました。中級者の私がトライするのはチト苦しいところがありましたが、回答します。
<和訳です>
法律相談所を分離して弁護士会へ改編する決議は、弁護士の過半数の賛成をもって採択されるものとする。
課題文はロシアの弁護士制度の移行に関する法律で「ФЕДЕРАЛЬНЫЙ ЗАКОН ОБ АДВОКАТСКОЙ ДЕЯТЕЛЬНОСТИ И АДВОКАТУРЕ В РОССИЙСКОЙ ФЕДЕРАЦИИ」の第43条に出ている表現の一部ですね。
この法律は「ロシア連邦における弁護士業及びその制度に関する法律」とでも訳せばいいのでしょうか。
旧制度のもとでは、弁護士自治組織であった「弁護士会」によって「法律相談所」は組織され、すべての弁護士はいずれかの「法律相談所」に配属されていたようですが、新制度では「法律相談所」は弁護士が少ない地域の組織名称とすることになったようです。そのため、中身の変更に伴い、名称も他の名称に変更することが新制度への移行期間に許可されているということだろうと、条文を読んで推測しましたが・・・
выделениеを「分離」と訳していいものか、自信はありません。旧弁護士会から切り離すという意味だろうと思いますが、よくわかりませんでした。
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おっしゃるように、「ロシア連邦における弁護士業務と弁護士総体に関する連邦法」の一部を使ったものです。адвокатураは「全体としての弁護士」ということで、「制度」と訳すと問題があるように思います。「弁護士全体」という訳すのも一つの方法です。こういう細かい点を別にすれば訳は正確です。ただ、文法的にではなく、パズルのように単語を置いてみて、日本語らしくなるためにはこう訳すしかないとして訳したのか、文法的にこうだからと理屈の上で訳したのかが問題です。文法を軽視する人には、ロシア人も同じ人間だから、法律関係の発想は同じく論理的であり日本語らしくなりさえすればよいし、文法的説明が分からない以上他に方法もないと考える人も多いようです。私の訳は、「法律相談所を離脱させ、法律相談所を弁護士会に改編するという決定は弁護士の単純多数決によって採択される。」
解説)これは弁護士法の条文の一部である。ここで問題にしているのは、法律用語をどう処理するかという点と、сの用法である。法律用語については東大教授であり、社会科学研究所の小森田所長がホームページhttp://web.iss.u-tokyo.ac.jp/~komorida/Ruslegal.htm「ロシアの法律用語」で法律用語集を作っておられるのでそれを参考にしてほしい。выделениеを分割や分離と訳すのは問題である。これは化学用語では単離と訳し、全体から一部が離れることを指す。разделениеというのは通常は2分割(つまり二つに分離すること)、あるいは二つ以上に分かれることを指す。さて、課題の例文はс + 動詞由来名詞отглагольное существительноеの造格の用法で、岩波などでは同時性と説明されているものだが、厳密にはほぼ同時であっても順次的用法である。時間的にほぼ連続して前後する動作を示す用法である。露露辞典の説明を書くと、При обозначении события, явления, с наступлением которого осуществляется какое-либо действие(その出来事や現象の到来とともに、何らかの行為が実現される出来事や現象を意味するとき)、действия, состояния, к окончанию или началу которого приурочивается сообщаемое.(伝えられるものがその行為、状態の終わりか初めに結びつくような行為、現象)となるが、文例で示した方が分かりやすいだろう。
встать с зарёй(朝焼けとともに起きる)
выехать с рассветом(夜明けとともに外出する)
Птицы замолкли с заходом солнца.(鳥は日没とともにさえずりをやめた)
Со смертью отца положение изменился.(父の死とともに状況は変わった)
Дежурство начиналось с наступлением вечерней темноты.(夜の闇が到来するとともに、当直が始まった)
和訳は、すべて「~とともに」となっているが、いつもそう訳せるとは限らない。この例文も厳密に言えば、朝焼け(夜明け、日没)を主語が認識してから、その後すぐに行動に移っているわけである。4番目の例が一番分かりやすいが、父の死が先にあって、それからすぐ状況が変わったということであり、5番目の例は夜の闇の到来を認識したすぐ後、当直が始まったということである。そういう意味で同時性ではなく、同時性に近い順次性という用語を使ったわけである。このс + 造格を「~とともに」と訳せない場合も多い。課題の例もそうである。しかも、с + 造格の動作が先に来るという保証はない。文脈によるのだが、с + 造格が時間的に後だということを示すために、普通はсにпоследующийという形容詞をつける場合が多い。たとえば、
приобретение в западноевропейских странах пассажирских самолетов с последующей сдачей их в аренду другим государствам(西欧諸国で旅客機を手に入れ、そのあとそれらを他の国々にリースすること)
совершение 11 разбойных нападений на владельцев автотранспорта, с последующим похищением граждан(車の所有者に対する11件の強盗、それに続く(車の所有者である)市民の誘拐)
произвести ремонт с заменой изношенных деталей(摩耗した部品を交換してから修理する)
наплавить сварные швы на отдельных участках с удалением коррозионного металла(腐食した金属を除去してから個々の場所の溶接継目に肉盛する)
文例から分かるように、この用法は契約書、法律、技術関係のスペックなどで多用されるので覚えておこう。
「~の上(で)」と訳せる場合もある。
Регистрация проводится в срок до 30 дней с момента предъявления лицензии с проверкой при необхожимости указанных в лицензии данных(登録は、許認可が提示されてから30日までの期間に、必要なら許認可に記載の資料をチェックの上行われる)
どうも詳しいсの用法をありがとうございます。
実務ロシア語の分野で、こういった修飾関係なども含めて複雑な構造のロシア語を読み解く練習のできる素材があるといいですね。そういう参考書の出版があると個人的にはいいなあ、と思います(^^)。
随伴の意味のсは英語のwithと似ています。まず「ともなう」で訳して形容詞句としてвыделениеにかけてみたのですが、それだと手続きとしての順序が逆になるため、時系列にそった訳となりました。преобразование ее в коллегию адвокатов の部分もпреобразовать А(кого-что) в В(что)で「AをBへ変える」を名詞化したもの(いわゆる『名詞構文』)ととらえて訳したつもりです。
例として挙げていただいた表現の中のнаплавитьも「肉盛りする」と訳されているように専門用語を正確に訳に反映させることは難しいですね。一般的な文章ばかり読んでいてはそういう表現にはなかなか出会うことはないです。露日版の専門分野別辞典などもあるといいのですが、これもまたないものねだりになってしまうのでしょうか?
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露文和訳ができればそれでいいという人もいますが、ロシア語をプロとして使いたいのならば、同じような文例を日本語から露文にできなければなりません。そのために文法的な理解が必要だと考えています。高橋さんのように英語の素養がかなりあれば、また日本語の文章も上手ですから、それを組み合わせれば感でほぼ正しい文章を紡ぎだすことは可能です。プロとしてロシア語を使うのでないならば、あとはどのくらいロシア語の理解を深めるのに興味を持つか如何でしょう。露日の専門分野辞典では「露日冶金辞典」(欧文出版、1978)などがありますが、英露・露英も含めて、単語の訳だけで句動詞、その専門(技術)でよく使われる表現や、文法事項などを書いたものは、ほぼ皆無です。最近2万円ぐらいで売られている露日の技術辞典を見つけましたが、やはり単語中心で、語数はかなりあるものの、露英の技術辞典で収録数50万語という辞典を持っているので、自分には不要だなと思いましたが、技術辞典を持っていない人はチェックする価値があるでしょう。強いて挙げれば、Русско-английский словарь технической лексики, Русский язык, 1980で、用例も、その訳である英文も結構載っていますが、手に入るかどうか疑問です。しかも高橋さんの得意な英語とはいえ、日本語とではないために、隔靴痛痒という感じがないでもありません。