2007年06月01日
●帯研(第88回)
「封筒に入れる」とか「ハンドバッグに入れる」を露訳する場合、初心者なら手元の和露辞典を見ることになる。手元にあるЛаврентьевの和露で見てみると、вкладывать, вставлять, вмещать, помещать, впускатьという動詞が出てくる。技術関係で何かの部品に別の部品を入れるという場合なら、ともかく、初心者が知りたいのは一般的にどういうかであろう。普通はкласть/положить в конверт/сумкуという。和露に頼って一般的な文章を作ることばかりしていると、思わぬ恥をかくことになる。遠回りのようでも、児童文学でできるだけ日常生活を描いたものや小話などを読んで、日常生活でこれは使えると思った文章をデータベース化しておくことが後で大いに役に立つと思う。急の場合にはそうもゆかぬだろうから、これはという単語を露和(和露ではなく)で引いて、例文を見るのが案外正解に近い場合が多い。
設問1)「コインを自動販売機に入れる」は何というか?
設問2)次の小話を訳し、オチを説明せよ。
Еврей заглядывает в отдел кадров:
- Скажите, пожалуйста, вам требуются сотрудники?
- Да, а какая у вас фамилия?
- Шихман.
- «Ман». Нет, не подойдёт.
- А «ич»?
- Нет, «ич» тоже не подойдёт.
- А «аум»?
- Нет, нельзя.
- -А «ко»?
- А «ко» подойдёт.
Еврей радостно выглядывает в коридор:
- Всё в порядке, Коган, заходи!
ロシア語の習得過程で、「パッシィヴな能力もアクティヴな能力も作文能力なしの口頭発表能力というのはありえない」と、宇多先生の最近出された『通訳教本』の最初に書かれていますが、まさにそれを実感しています。まず読み書きの能力が必要だとおっしゃっていますが、読み書きの能力の目標設定もわからず(完璧を期すことは100%無理なので)最近は悩み山積で自信喪失状態です。と言っていてもしょうがないので、気を取り直して回答します。
設問1)опустить монету в автомат
設問2)
ユダヤ人が人事課に顔を覗かせました。
「お伺いしますが、こちらで職員の募集をされてますか?」
「ええ、してますよ。で、あなたの苗字はなんですか?」
「シフマンです」
「マンですか。適用外ですね」
「では、イッチは?」
「だめですね。イッチも適用外です」
「それではアウムは?」
「いいえ、だめです」
「コはどうですか?」
「コは大丈夫ですね」
そのユダヤ人は嬉しそうに廊下を覗いて呼んだ。
「OKだってさ。コーガン入って来いよ」
ユダヤ人を求人募集の対象外としている雇用者側と、ユダヤ人求職者とのやりとりですね。ユダヤ人名に特徴的な、「~マン」「~イッチ」「~アウム」が次々と拒否されたあげく、「~コ」と来ると思った雇用者側がOKを出すと、じつは、コが前に付く「コーガン」だったというオチでしょうか。
これを機会にユダヤ人の名前の由来などを少しだけ調べてみました。ちょっと長くなり、勝手に紙面を使わせていただくことになるので迷ったのですが、少しでもご参考になれば幸いです。
Йоханан Арнон氏のユダヤ人姓の分類によるものです。ロシアにユダヤ人が大量に入ってきたのは、主に18世紀末にポーランド州だった白ロシア、リトアニア、ウクライナがロシアに併合された時(1772、 1773、1795年)だったようですね。南ロシアにユダヤ人居住地(черта оседлости)が厳格に決められ、ロシア人の住みついている県には居住許可されなかったとか。19世紀まではロシアのユダヤ人はнаследственные фамилии(代々踏襲される苗字?普通の苗字の意味でしょうか)を持つことが許されなかったらしいです。その後、1804年のПоложение о евреях(ユダヤ人条例)で苗字を持つことが決められると同時に、その苗字を変えることも禁止されたと書かれています。その後1844年にユダヤ人共同体(кагал)が廃止され、ユダヤ人が市の管轄下におかれてからはロシア法下に移り、1917年の2月革命までは、一度決めた苗字を変更できなくなり"Еврей навсегда сохранить принятую фамилию или прозвище,без перемены, с присовокуплением к одному имени, данного по вере или по рождению"、1850年に、「他の宗教に改宗した場合でも苗字の改名不可」の条項が加わり、違反した場合には罰則規定まで決められています。その後ソビエト法により、すべてのソビエト国民に改名が認められましたが、ほとんどのユダヤ人が革命以前の名前を踏襲したとあります。
苗字は、①皮肉や蔑称的なもの、今回の課題のаумはここにも入ります。Оливенбаум(オリーブの木), Таненбаум(トウヒの木)、Бир(пиво)、Гедульд(терпение)、Парасолль(зонтик)、Цаудерер(нерешительный)など。②③父方、母方からのもの「~のсын」という意味を持つもの、ичはこれです。Шмулович(сын Шмузля=シュムズリの息子)。④都市名からとったもの、Краковер(Krakov)、Штрассберг(Strassberg)など。⑤国名・地名からのもの、Алеман(Aleman)、Роман(Roman)などで、~манもここに入ります。⑥人、自然、物由来のもの、Ойге(глаз)、Линденбаум(липа)これもаумですね、Штейн(камень)、Вег(дорога)など。⑦動物由来のもの、Аффе(обезьяна)、Фиш(рыба)、Вольф(волк)など。⑧称号、呼称、肩書などの由来のもの、Барон, Принцなど。------------------------------------------------
設問1も2のオチの理解も訳もその通りです。наследственые фамилииは世襲の苗字とか姓でいいのではないかと思います。ユダヤ人の苗字に関する労作に感謝します。このような情報が私の言う大衆文化の紹介に当たるわけです。これまでユダヤ人の姓については一般的には紹介されたのを見ませんから、非常に有益な情報だと思います。これ以外にも新しい発見があればどしどし紹介してください。そのようなブログやホームページを立ち上げるのも一案かもしれません。一応私の回答も書いておきます。
ユダヤ人が人事部へ顔を出しました。
「職員募集中か教えてください」
「ええ、お名前は?」
「シフマーン」
「〔マーン〕ですか、いえ、だめです」
「〔イチ〕なら?」
「いえ、〔イチ〕もだめです」
「じゃ、〔アウム〕なら?」
「だめです」
「じゃ、〔コ〕は?」
「〔コ〕はいいですよ」
ユダヤ人は嬉しそうに廊下を見て、
「オーケーだ、コーガン、こっちへ来い」
解説)語尾の-ко、つまりウクライナ系と勘違いしたわけ。コーガンは立派なユダヤ系の苗字である。
ありがとうございます。HPを立ち上げられたらぜひ何か考えてみようと思います。
「自販機にコインを入れる」というのはопустить を使うのですね。вложитьアタリかなと思いましたが、中にいれてそこに止まっている感じでチャリンと下へ落ちる感じがないんですね。опуститьというとопустить глазаくらいしか思いつかないです。語彙力が圧倒的に少ないことにいつも気づかされます。
メイさんがアップした苗字の由来やユダヤ人が置かれてきた状況はすごく参考になりました。アネクドートを読むにはその背景にあるものに関する深い知識がないといけないのを改めて思い知りました。本当に自分の勉強不足を感じます。
始めまして。
ユダヤ人の姓について検索中に、こちらのブログに辿り着きました。
今大学の卒論研究のために、ユダヤ人の姓名について調べています。
アーサー・ミラーの「セールスマンの死」の主人公は、ウィリー・ローマン(Loman)という名前です。
作品中には、ローマンがユダヤ人であるという表現は全く出てきませんが、
作者があえて限定しなかっただけだというのが私の考えです。
「~マン」という姓がユダヤ系移民の姓なのか知りたいです。
よろしくお願いします。
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Furmanというのはロシアの姓ですが、1705年から使われ、由来はドイツ系、ユダヤ系となっています。イディッシュ語由来ではないかと思われます。ユダヤ人が大量にロシアに来たのは18世紀末のエカチェリーナ2世時代で、ドイツ系の移民が奨励され、それに伴いユダヤ人も移住してきました。本来「マン」で終わる苗字はスラブ系本来のものではなく、イディッシュ語(ヘブライ語とドイツ語が混じったもの)由来と考えるべきだと思いますし、一般のロシア人はマンのつく姓はユダヤ系だと理解するのが普通です。特にロシア革命前後で、シュテイン(例えばトロツキーはブロンシュテインというのが親からもらった姓です)やマンのつく姓がよく出てきます。ただLomanについてはlomat(折るという意味の動詞)からの仇名(生意気な奴とか不器用な奴)かららしく1552年に初出例がありますが、現在ではLomanov, Lomankoというのはありますが、現代ロシアでは見かけない姓です。Romanの方は姓ではなく一般的な名で、ロシア語では「恋、小説」という意味があります。ここまで書いてNovikov-Priboiのドキュメンタリー小説「対馬」の最後の方に水雷艇Blestyaschiiの副官にLoman准尉というのが出てきたのに気付きました。小説とはいえ実際の日露戦争に基づいた小説で作者も参加しています。ただこのLoman
准尉はどうやらロシア人のようです。ご参考のため。