2007年03月07日

●アリョー、アリョー(未発表、1985年ごろ)

リリーン。電話だ。「もしもしターニャ?」まただ。今日これで5回目だ。「ターニャ、電話だよ」。Сато-сан, иду. Иду-у-у-у.「サトサン、今行きます、行きますってばぁ」。あせってるときなんか Бегу, бегу-у-у-у.「すぐに行きますから、今すぐだってばぁ」だもんな。よくも自分の旦那とああ話す種があるもんだ。もっとも聞くとはなしに聞いていると、旦那に買い物をどこですればよいかとか、娘をいつ出迎えればよいかとかちゃんと指示している。あの旦那、どこかの省の運ちゃんしてるって聞いけど、よくもまあそんな暇があるもんだ。まったくうちのターニャは参謀本部といったところか。これじゃどっちが秘書か分からない。少しは仕事をしてもらわないと。
「ターニャ、プロムスィリョーインポルト(工業原料輸入公団)のイワノフに電話して」
 あの公団には参る。たった3本しか電話がないってどういうわけだ?いくら自動呼出機ったって電話がつながるまでに1時間以上かかるというのはおかしい。ったく)
「サトサン、つながったみたい」とターニャがこそこそいう。まるで大声を出すと電話が切られるみたいだ。そこで私が代わって、
Здравствуйте, будьте добры, господина Иванова.「こんにちは、イワノフさんをお願いします」
Его нет на месте. Перезвоните.「席におりません。おかけ直しください」
かかったと思ったらこれだ。ここでくじけちゃ男がすたる。
Когда он будет?「いつお戻りですか?」
Не знаю. Перезвоните через час.「存じません。1時間後におかけ直しください」
まったく愛想も何もあったものじゃない。
 リリーン。また電話だ。
Алло, Нина?「もしもし、ニーナ?」ちくしょう、間違い電話だ。
Алло, у нас нет такой.「もしもし、こちらにそういう方はいらっしゃいません」
Кто это?「あなたどなた?」間違い電話をかけた当人がこう言うのには頭にくるので、
А вы кто? Это японская фирма.「そちらこそどちらさまで?こちらは日本の会社ですが」
ここでИзвините.「失礼しました」とでも言えば可愛げがあろうというものだが、普通はいきなり電話を切ってしまう。ロシア人というのは概して礼儀正しいし、おっとりしているが、電話とガソリンスタンドでは人間が変わってしまうようだ。こんなバカ相手にしていたら、僕も無愛想になって日本じゃ使い物にならなくなるよなぁ。
 Сато-сан, вас просят к телефону.「サトサン、電話ですよ」まったくだれから電話なのかぐらい言わんかい。小言を言うロシア語を考えるだけ頭がキリキリ痛みそうなので、やめて出てみると、
Господин Сато, беспокоит Полунин «Станкоимпорт». Как вы поживете?「佐藤さん、スタンコインポルト(工作機械輸入公団)のポルーニンです。ごきげんいかがですか?」
Плохо(悪い)とかТак себе(ぱっとしませんな)とか言いたいところをぐっとこらえて、
Ничего. А как вы живёте? Наверное, нормально?「おかげさまで。そちらはどうですか。きっとうまくいっているんでしょうね?」
Ни плохо, ни хорошо. Сато-сан, к сожалению,「良くも悪くもありませんな。サトサン、残念ながら」ああ、悪い知らせじゃ。
мы не можем принять ваше предложение. Сделайте нам скромную скидку в 30 процентов.「貴社のオファー(見積)受けられないんですよ。ほんのちょっぴり30%ほど値引きしてくれませんかね」何がほんのちょっぴりだ。
Александр Иванович, это слишком здорово. Из-за понижения доллара и повышения зарплаты, мы попали в тяжелую ситуации.「ポルーニンさん、それはあんまりというもの。ドル安と賃金アップで、我が社はひどい状況に陥っているんです」
Сато-сан, я сам прекрасно вас понимаю. Так что я сказал о скидке не 50%, а 30%.「サトサン、私自身もお立場をよく分かっているからこそ、50%じゃなくて30%の値引きと申し上げたんです」。面倒くさいので、
Александр Иванович, тогда пополам. Скидку в 15%.「ポルーニンさん、じゃ中を取って値引きは15%ということで」
Мне очень тяжело решать, но договорились.「こちらもとってもつらいのですが、まあそういうことで手を打ちましょう」
Спасибо. Договорились.「ありがとうございます。そういうことで」ようやく決まった。さて何と本社にテレックスを打ったものか?20%レス(lessで値引きのこと)までは本社から任されているので問題ないが、正直に伝えれば、きっと何でもう一声ふんばらないんだと嫌味を言われるに決まっている。常々僕は商社マンにも創造力と創作力が必要だと考えているので、それに従いこういうテレックスを作った。(  )は商社用語の説明文。「ポルーニン氏に朝一番で本乙波(オファーをこう書く)について、当方よりプッシュ(push督促)した。価格が高すぎ50%レスなら契約の可能性ありと言いおる。当方為替およびメーカーの賃上げ、材料費高騰など理由を挙げ、オファー通りの価格を呑んでくれるよう強く要請した。しかしながら検討に値せずとのことゆえひとまず電話を切った。1時間後さらにコンタクト。5%レスでどうかと話したが、けんもほろろ。10%と粘ったら、30%ではどうかと先方言う。やむなくお互い損をかぶりましょうと話して15%レスで決めた。了解願う。契約書は従前通り。サインの日付については後連(後ほど連絡します)」。このテレックスをすぐ出してはまずい。努力を疑われる。今午前10時ということは、日本は午後4時。午後1時過ぎにしよーっと。それなら日本は午後7時で担当者は多分接待でいないだろうし。

Posted by SATOH at 2007年03月07日 22:16
コメント

1985年ですと、私も協邦通商に在職していました。当時、プラザ合意のおかげで円高が急速に進み、日本からのドル建てオファーはソ連側にとってかなり割高になってしまった時代でしたね。造船などはほとんど韓国やシンガポールに契約を取られたことを覚えています。
先方から大胆なdiscountを要求されたという内容のテレックスを読んだ覚えがあります。ひょっとしたら今回の話だったのかもしれませんね。ちなみに「ふっかける、ぼろ儲けする」というロシア語はвыгонятьでいいのですか。Цуганков(?)というсудоимпортの技師がF造船の見積もりをみて一度そんな言葉を口にしたような記憶がふとよみがえりました。
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выгонять = зарабатыватьですから、文脈によってはそういう意味にもなるでしょう。「ぼる」という意味ではлупитьをよく使います。

Posted by takahashi at 2007年03月08日 14:13

こんな具体的なビジネスやロシア人にかかわるお話、まさに聞きたかったことでした!おもしろかったです。またこんなお話、UPして下さい。しかし、元同僚同士のお話も負けずに楽しいですね。

Posted by メイ at 2007年03月10日 21:47
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