2011年05月30日

●和文解釈入門 第30回

今回は不完了体の特徴が特によくあらわれるとされている過去に的を絞って体の用法を整理してみた。通訳するときに一見簡単な表現ほど訳しにくい場合も多い。日本語の「~していました(~していた)」は状態、過程、繰り返し・反復の意味だから、不完了体の過去形を使うのだというのは分かるだろう。しかし会話で日本語の文末に多いのは「~しました(~した)」であり、これがすべて不完了体過去形で済むなら通訳も楽だが、そうはいかない。いくら動詞の意味を覚えても、体の用法が分かっていないと使えないというのはそこのところである。「~しました」はもちろんロシア語には訳せるが、すべて文脈によるのであり、通訳するときには瞬時にその文脈を読み取ってどちらの体を使うかを決めなければならない。「~しました」でも、動作の完了(たった今終了した)やアオリスト(現在とは直接関係のない出来事を示す。分かりやすく言えば、過去の目印〔昨日、1990年とか、3年前とか〕があるときや、〔~してから~した〕と過去の動作が連続するときで、これらを順次的用法と言う)は完了体過去形を使う。
その他の「~しました」では不完了体の過去形を使うのだが、これが案外分かりにくい。この用法はロシア語の文法用語では、「事実(動作)の名指しобщефактическое (обобщённо-фактическое) значение」と呼ばれ、これはいわば過去の出来事の有無の確認であり、その中には経験(第29回の回答参照)という用法も含まれている。これは1回(一度もないなら、精確にいえば0回)の経験と何回もの経験の用法に分かれる。前者はОн читал «Братья Карамазовы» ещё в молодости.(若いころにもうカラマーゾフの兄弟を彼は読んだ〔ことがある〕)で、後者はОн читал этот рассказ много раз.(かれはこの短編小説を何度も読んだ〔ことがある〕)などと使う。前者には「若いころに」という過去の目印らしきものがあるが、漠然としており、この程度なら不完了体を使えるという事である。
事実の名指しという用法は全部で3つあり、他の二つは、それこそ「過去の出来事の有無」を示す用法で、На стене справа когда-то висела картина.(壁の右側にはかつて絵がかかっていた)〔発話の時点では絵はかかっていない〕とНа стене справа висела картина.(壁の右側に絵がかかっていた)〔発話の時点では絵はかっていたかも知れないし、かかっていなかったかもしれない〕という過去にはあった(否定文なら過去にはなかった)という用法であり、もう一つは、第23回本文で紹介した反意語のある動詞群で、Кто открывал окно?(だれが窓を開けてたの?)〔発話の時点では窓は閉まっている〕で、ちなみに同じ動詞群の完了体過去形では、Кто открыл окно?(誰が窓を開けたの?)〔発話の時点では窓は開いている〕がある。
前に出題した「書いた」は、動作だけの記述(確認)だけなら不完了体を、書いた内容まで踏み込むなら完了体をという考え方もできる。過去における体の用法は、不完了体が確認的であり、完了体は告知的・物語的と覚えるようにしよう。そうすれば体の用法で迷った時にどちらを選べばよいかが分かりやすい。会社や工場見学でロシア人がよく聞く「彼ら〔前のグループなど〕は来ましたか?」という文はОни посещал?と不完了体過去形を使う。これは事実の確認をしているということになる。前に説明したГосподин Иванов приезжал.(イワノフさんが来ていた)は Господин Иванов приехал и уехал.と同じことで、приехал и уехалは完了体過去形の順次的用法であり、これはアオリストの典型でもある。アオリストも現在とは無関係の過去の出来事を扱うから、不完了体過去形の事実の確認とどう区別すればよいかという疑問もわくだろう。不完了体過去形は事実の確認という事で、主語と動詞しかないことが多いし、具体的な過去を示す目印もないのが普通である。要するに動作があったかどうかが重要だという事であり、アオリストでは具体的な過去を示す目印(昨日とか、1850年とかの年号、1週間前など)がついて具体性を示すような文言がついてくるのが普通で、不完了体にはこの具体的な過去の印というのはつかないと覚えよう。
通訳する日本語の内容が瞬時に人の姿でイメージできるように訓練をしておけば、上記のうちいずれかの体を選べるようになれるはずである。ロシア語ならともかく、日本語を聞いてイメージするのはそれほど難しくはないはずである。少しはお役に立てただろうか?第10回の表や第21回の本文も若干手直ししたので興味ある方は見てほしい。今後も手を入れるつもりである。
もっともどちらの体を使ってもあまり意味もニュアンスも変わらないものも少しはある。また間違っても確率5割だから、運を天に任せてと言う考え方もできるが、それだと一生外国人のロシア語から抜け出せないし、ロシア人がロシア語を使うときのニュアンスの違いも分からないままで一生終わってしまう事になる。せっかくかなりのところまでロシア語をやってきたのなら、それほど難しくはない体の用法をマスターしないのはもったいない話であると思う。
設問)「僕は彼女の手を握った」をロシア語にせよ。

Posted by SATOH at 2011年05月30日 12:47
コメント

さとう先生

Я пожал её руку.
こんばんは。よろしくおねがいいたします。

彼女の片手を握ったと思われるので、上記のように訳しました。
-----------------------------------------------
文法上は間違いではありませんが、ロシア人はこうは言わないでしょう。これ以外でも握手するなどに使える表現です。私の回答と解説は、Я пожал ей руку.
Я пожал её руку.も間違いではないが、普通のロシア語ではない。設問は城田先生の「現代ロシア語 中・上級編」にあるように全体を示す与格の用法である。こういうのは日本語の発想にはなく、そのため和文解釈する際にはすぐに出てこずに、個人的にはかなり難しい表現だと思う。まず全体を示し、それから具体的なものに移るというのは、主題を提示して、それからより具体的なものに移るという「~は...が~」という用法に通じないこともない。宇多先生の「ロシア語文法便覧」や中沢先生の「ロシア文学観賞ハンドブック」にもあるが2例ほどで、城田先生の挙げている例が一番多い。この全体の与格で城田先生が挙げているのは、смотреть + 与格 + в лицо(~の顔を見る), мазать + 与格 + ногу(~の足に塗る), брать + 対格 + за руку(~の手を取る), гладить + 対格 + по голове(~の頭をなでる), ударить + 対格 + по лицу(~の顔を殴る), целовать + 対格 + в щёку(~の頬にキスをする)である。無論これだけではないので、ロシア語を聞いたり読んだりするときに注意するようにすればもっと見つかるはずである。

Posted by asuka at 2011年06月04日 22:32

Я пожал ей руки.
Я взял её за руки.
Я захватил её руки.
----------------------------------
1番目のが正解です。二番目は手を取ったで、最後のは手をつかんだとなります。

Posted by ゴ at 2013年01月30日 23:35
コメントしてください