2020年01月28日

●第46回

や「この年、夏目漱石は籍を北海道に移している」は、過去の出来事だが、今調べて分かったとか、今その痕跡が残っているというように、何らかの点で発話の時点とのつながりがあると意識した時に使う経験・経歴の用法である。こういう用法はロシア語に訳す場合は、歴史的現在(ないしは過去の時制の完了体動詞過去形〔点過去や結果の存続〕)で処理できるのではないかと考える。

2-1-8-7 記録の現在

(1925年彼は上京する)В 1925 году он приезжает в Токио.
(その劇場の歴史は1783年から始まる)История театра начинается с 1783 г.

 上記の文は記録の現在と呼ばれ、歴史的現在の一種であり、文学作品によく出てくる用法である。過去にタイムスリップしたかのような、感情移入させるような場合に使われ、統計データの羅列のような無機質的なニュアンスはない。初めの文を普通の文にすると、В 1925 году он приехал в Токио.(1925年彼は上京した)となり、典型的な完了体動詞過去形の点過去である。このように歴史的現在の不完了体動詞現在形は、臨場感をもつような口語的ニュアンスがなくなり、淡々と記述するという意味での普通の文に直すと、完了体動詞過去形の点過去の用法になることが多い。完全に対応する完了体がない動詞идти, спать, работатьなどは直す時に、そのまま過去形にすればよい。идтиの完了体はпойтиではないかと思われる向きがあるかもしれないが、пойтиは補語をつけて動作の全一性を示す場合もあるとはいえ、始発の意味が主体であり、またидтиには始発の意味はなく、ある程度の時間や距離歩いているという経過や継続、慣用の意味であり、それをпойтиでは表現できないからである。

(昨日通りを歩いているとね、エリツィンが立っていて、橋の下の距離を測っているのが見えたんだ)Вчера иду по улице и вижу: стоит Ельцин и рулеткой мерит расстояние под мостом.

2-1-8-8 歴史的現在と点過去の違い

 歴史的現在と点過去(2-2-1項参照)の違いについて、ボンダールコ先生の説に従って書いて見る。

i) 多回動詞を一回体動詞のように使う。

(彼は森を走って来て、大変だ、大変だと叫んだ)Бежит он по лесу и кричит: «Кризис! Кризис!»»

 上の文のкричитはкрикнулという一回体のように、過去の一回の具体的動作を示している。мигать/мигнуть, толкать/толкнуть, махать/махнуть, трогать/тронуть, мелькать/мелькнутьなどにもそのような用法がある。この用法では完了体動詞過去形との意味の差は、不完了体には不完了体の意識が残っているために、1回の瞬間的という意味が完了体動詞過去形ほど明瞭ではなく、過程としてのニュアンスは出るため、部分的とはいえ完了体動詞過去形のような働きをしているという。

ii) 動作の到来

(不意に遠く離れた茂みの向こうから、大きな、でかい顔のような月が這い出た)Неожиданно из-за отдалённого кустарника выползает большая широколицая луна.

Posted by SATOH at 2020年01月28日 16:16
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