2018年04月30日

●和文露訳要覧第350回

出題)「彼らは謎の死を遂げた」をロシア語にせよ。

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2018年04月29日

●和文露訳要覧第349回

1980年代に次のような小噺を聞いたことがある。
Социлогический опрос:
- Где вы родились?
- В Санкт-Петербурге.
- Где ходили в школу?
- В Петрограде.
- Где проживаете сейчас?
- В Ленинграде.
- Где хотели бы жить?
- В Санкт-Петербурге.
 当時は特に何とも思わなかったが、今となれば小話が現実となった例である。

出題)「問題はフィルムの方だった」をロシア語にせよ。

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2018年04月28日

●和文露やいう要覧第348回

出題)「多少の見落としはやむを得ない」をロシア語にせよ。

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2018年04月23日

●和文露訳要覧第347回

出題)「西欧にはパンの行列はない」をロシア語にせよ。

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2018年04月22日

●和文露訳要覧第346回

『ロシア潜水艦乗りの日常生活』Повседневная жизнь российских подводников, Черкашин, 2000 г. Молодая гвардияという本を15年来探していたが古本でも見つからず、半ばあきらめていたところ、ネットで読めることが分かった。今読んでいるところだが、冷戦時代のキューバ危機の他に、何度も我々が第三次世界大戦の瀬戸際に追い込まれていたかを如実に本書は教えてくれる。ほとんどはソ連の潜水艦事故についての詳細であり、日本では紹介されていないものばかりである。大韓航空機墜落の際のブラックボックス探しの挿話も興味深い。私個人は海運用語に強いつもりだが、そうでないと、ましてや潜水艦の専門用語が頻出するので。手こずるかもしれない。ロシア語の本は、古い本ならネットを活用するのも一つの手ではある。

出題)「状況は手に負えなくなった」をロシア語にせよ。

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2018年04月15日

●和文露訳要覧第345回

形容詞化(短語尾)している被動形動詞過去短語尾にも結果の存続の用法が先祖返りのように現れてくる場合もある。

(十分ニ三服すれば効き目が現れる)Две-три хорошие затяжки - и эффект готов. 
<これは例示的用法でもあり、готов = завершён>
(一人片づいた、一丁上がり)Один готов. <готов = умер, убит>
(彼は出来上がっている)Он и совсем готов. <готов = совершенно пьян>

出題)「変なところに置く(置き場所が悪いと)とセメントでも、板でもなんでも盗まれる」をロシア語にせよ。

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2018年04月14日

●和文露訳要覧第344回

不完了体の用法は行雲流水の如きものだと説明したが、今風に言えば、1列のエスカレーターで、普通は皆立ち止まって乗っているが、一人歩きだすと、それにつられて動くようなものである。こういう場合その場でじっと立ち止まるにはかなり勇気がいるわけで、それが完了体の動作となる。

出題)「彼はご婦人方が苦手だった」をロシア語にせよ。

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2018年04月08日

●和文露訳要覧第343回

部分生格について考えてみた。(水を<くれ>)Воды! では欲求を示すために生格が用いられているが、(ちょっと水を飲む)попить воды, (水を飲み干す)выпить водыは水全体ではなく、水の一部であることを強調しているために、部分生格を要求している。(水を飲む)пить водуは特に水の一部という事を強調しているわけではないので、対格が来ると言うことになる。

出題)「彼らは互いに水をはねかけあった」をロシア語にせよ。

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2018年04月07日

●和文露訳要覧第342回

ソ連時代の収容所についてご興味のある方もおられると思うので、基本文献として下記を挙げておく。ソルジェニーツインの『収容所群島』、エヴゲーニア・ギンズブルグの『明るい夜 暗い昼』、シャラーモフの『極北コルィマ物語』(これは抄訳のようなので、ロシア語が読めるのなら原書Колымские рассказыを勧める)があるが、この他に『ラーゲリのフランス人』(ジャック・ロッシ、ミシェル・サルド共著、外川継男訳、恵雅堂出版、2004年)を挙げておく。

出題)「見かけたら殺してやる」をロシア語にせよ。

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2018年04月01日

●和文露訳要覧第341回

ヴォールвор в законе(極道、任侠)というのはロシアの犯罪界のエリートであり、その発生については1930年代であることは、識者の間で意見が一致しているが、前半なのか後半なのかについては意見が分かれている。発生の理由についても、肥大化する収容所の統制を図るためにヴォールを利用した(教育を受けているはずの政治犯は信用できないため)ということでは見解が一致しているようである。東シベリアの流刑地で19世紀中ごろに金鉱掘りで虐待され、生きのびた一群からイワンиванという犯罪エリートの一群が生まれ、それが、1920年ごろにはウールカуркаとなったと思われる。ウールカからヴォールが生まれた。これはロシアだけではなく、どこの国でも精神的にも肉体的にも強いものが犯罪界を仕切ってゆくということから特に目新しいことではない。ロシアの犯罪界の特殊性は、収容所当局(無論スターリンの了解を得て)が、収容所統制のためヴォールを利用したが、第二次大戦終了後にはその起用が失敗に終わったことが明らかとなったということにある。最近『ラーゲリのフランス人』(ジャック・ロッシ、ミシェル・サルド共著、外川継男訳、恵雅堂出版、2004年)を読んだ。コミンテルンで働いていたロッシが1937年10月スパイとして逮捕され、以降24年間の収容所生活を送ることになった。彼は『ラーゲリ<強制収容所>注解事典』(この本の訳でヴォールを泥棒と訳しているが、これは誤訳であろう。ヴォールが盗みを働くことはない)の作者でもあるが、収容所統制の一番下の組織である獄房の管理者である牢名主староста(収容所の規模によるが、いくつかの獄房を管理するのがсмотрящийであり、その上がположенецと呼ばれる。これらの管理者の任命については収容所当局からヴォールが任されていたと思われる)については1937年までは挙手で囚人自身が選んでおり、それ以降当局からの指示で任命されたと書いていることから、1937年ごろにヴォールの体制が確立したのではないかと推測される。

出題)「芸能は公的な文化のまま子扱いだった」をロシア語にせよ。

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