2020年01月26日

●第8回

はじめに

2012年に電子書籍として『和文露訳入門』を上梓し、さらに説明を分かりやすくするためにいろいろ工夫や検討を加え、翌年『新訂和文露訳入門』、『三訂和文露訳入門』と改訂版を立て続けに出した。2014年にはさらにその改訂版として電子書籍と紙の書籍両方を兼ねた『和文露訳指南』を出版した。2016年にはさらに工夫を積み重ねた結果を加筆訂正し、5訂版として『和文露訳要覧』をお世話になった方々のみの限定版として数部出版した。もともと執筆の動機は、会話のための和文露訳に関して、総花的な参考書ではなく、学習者にとって特に理解が難しい動詞の体の使い分けに焦点を当てて解説することだったが、今回はもっと広くロシア語に興味ある人向けとして、ネットでこの4年間の成果も含めて公開することとした。実質的に6訂版となり、題名も『和文露訳要覧新訂版』と変えた。これまで上下巻にしていた内容、つまり体の本質、過去の時制、現在の時制、未来の時制、命令法、不定法他を全1巻にまとめている。
体の用法についても、より首尾一貫した説明を持たせるよう配慮するなどしたため、全体で50頁ほど増補し、例文を入れ替えたり、似たような例文を削ったり、新たに追加したりして、総ページ数も600ページ余となり、初版の倍を超えた。和文露訳で見過ごされることの多い動作の否定、複文、完遂的用法を近接未来完了と未来完了に分けるなどの工夫を加え、より充実させたのが本書の特長である。会話において和文露訳をする上で、できるだけ多くの文の組立てを想定しおり、実際面での使いやすさのためにこれまで通り目次が索引の代わりとなっている。本書は現時点における私の和文露訳に関する集大成と言える。
 ロシア語で会話するときに、つまり会話で和文露訳をするときに必要なのは語彙であることは確かだが、全ての語彙を頭に入れておくのは不可能である。覚えていられるのはせいぜい日常会話の語彙と、仕事で使うなどの、自分に関係のあるものか、自分の興味がある語彙であろう。しかし語彙だけ並べてもまともなロシア語の文ができるはずもない。文を作るに際して重要なのは文法だが、特に文全体の動作を示す動詞の用法が重要である。動詞の意味や活用は覚えられるが、動詞の体(アスペクト)の使い分けが難しい。それは同じ人間とは言え、日本語とロシア語では言語系統が全然別だということと、それに伴って両言語において時制や法(命令法や不定法)が必ずしも一致しないからだと思われる。つまり動詞は文の骨格で、その動詞の体が筋肉に相当するのだとも言えるし、動詞の体が理解できないと動詞を使いこなせないことになる。そのような考えのもと、自らのロシア語会話の上達のために、この40年間ロシア語の動詞の体について研鑽を重ねてきた。
和文露訳やロシア語会話というのは、語彙を知らなくとも、一通りロシア語の初級文法をやり、和露辞典さえ手元にあればできるかというと、さにあらずである。40年を超える自分のロシア語学習の経験から言えることは、多くのロシア人の先生方もご指摘の通り、初級の学習者はまず完了体と不完了体の使い分けでつまずく。そのため、初級の学習者の作ったロシア語の文は何かちぐはぐな感じがする。それは日本語を学ぶ外国人の敬語の使い方に似ている。意味は分かるが、こうは言わないとか、失礼な感じがするなどという類である。ここでいう和文露訳というのは、会話におけるものであって、日本語の小説などをロシア語に訳すというような専門的なものを指すものではない。ロシア語を学ぶからには、だれしもロシア人とロシア語で話をしてみたいと思うだろう。そのためのロシア語会話などの作文力をつけるため、分かりにくいとされる体の用法を中心に、ロシア語会話を上達させるため書かれた参考書が本書である。体の用法を会得すれば、後は語彙を知るだけで、正しい文ができる。また本書を通じ体の用法を覚える過程で、本書収載の例文を覚えれば、実戦的なロシア語会話用の語彙も増えて、一石二鳥ということになる。また本書はロシア人に頼らずとも、自分の和文露訳が正しいかどうかを自己チェックできるようになるための参考書でもある。

Posted by SATOH at 2020年01月26日 16:15
コメント
コメントしてください